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異世界マップ  作者: 碧衣 奈美
第四話 再会
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氷のターシャ

 ものすごく怖い顔で描かれてる。この挿絵を描いた人、見習い魔法使いや本物を見たことがない人を怖がらせようとしてるのかしら。

 レリーナは心の中で憤慨する。

 時間は放課後。場所は魔法使い協会ロネールの図書館。

 レリーナは魔獣についての本を開いていた。いわゆる魔獣図鑑だ。今見ているページは「翼のある猫」と呼ばれる種族について書かれている。しかし、レリーナの知る魔獣とはちょっと違うのだ。

 レリーナのレベルはまだ中級1、つまり中の下あたり。なので、普通であれば本物を見る機会はほぼないのだが、レリーナはこの魔獣につい最近出会った。

 レリーナには一つ年上の幼なじみがいる。レリーナと同じく魔法使い見習いのラディだ。彼の祖父ヴィグランが隣に住んでいた縁で、子どもの頃からちょこちょことヴィグランの家へ出入りするうちにラディとも仲良くなった。

 ヴィグランは幼い二人に異世界での冒険談をよく聞かせてくれたのだが、それがヴィグランの実体験だと知ったのはほんの十日程前のこと。レリーナはラディと一緒に、おとぎ話と思っていたカロックへと導かれたのだ。そこで大竜と呼ばれる種族のジェイと出会い、大竜の試練に協力することになった。

 カロックは広く、移動には魔獣の力が必要。ということで、レリーナよりレベルが上のラディが魔獣を召喚し、ジェイが指示する場所へと向かった。

 カロックへはまだ三回行っただけだが、召喚された魔獣の中に、レリーナが今開いているページに載っている「翼のある猫」がいたのだ。オスで名前をシュマと言った。

 姿は猫と同じ。だが、大きさは牛くらいもある。もちろん、子牛サイズではない。さらには、その背中に大きな翼がある。そこまではシュマも図鑑も同じ。つまり正しい。シュマの毛は黒で図鑑の絵は焦げ茶のまだらになっているが、毛色については個体差だろう。なので、ここまではいいとして。

 レリーナが引っ掛かるのは、描かれている「翼のある猫」が今にも人間に襲いかかろうとしているかのような姿だからだ。もちろん、顔も牙をむき出しにしてことさらのように恐ろしい表情にされている。描いた人間に悪意があるのではないか、と思いたくなるような絵だ。もしくは、恨みでもあるのだろうか。

 実際に現れたシュマは、もちろん突然襲いかかったりしなかったし、むしろ紳士的だった。シュマと一緒にいた時は何かを威嚇するような状況がなかっただけで、場合によってはこういった表情になることだってあるだろう。魔獣は言葉は通じても、基本は野生の動物だ。人間が怖いと思ってしまう表情はいくつもあるに違いない。

 でも、図鑑に載っているのがその顔だけでは、この魔獣はとても恐ろしい、というイメージだけが残ってしまいそうだ。レリーナはそれが不服なのである。

 他のページの魔獣も、だいたい恐ろしげな表情のものばかり。きっとこの作画を担当した人はその魔獣に会った魔法使いから話を聞いて、半分想像で描いたのだろう。もしくは、図鑑制作に関わる人達があえてそう描くように注文したのか。あまり優しげな絵にすると、本物を知らない見習いがなめてかかるから、とか何とか理由をつけて。

 シュマはちょっとぶっきらぼうな言い方をすることもあったけど、とても優しかった。こんな絵を見て他の人達に誤解されるの、やだな。

 性格に関しての記述では「獰猛できまぐれ」などと書かれている。正直なところ、何だこれ、と言いたい。ずいぶん大雑把な表現だ。基本が猫だからきまぐれは仕方がないとして、獰猛なんて書かれたら見境なく飛びかかって来そうなイメージにならないだろうか。

 これを読んでいたら、他のページの魔獣についてもどこまで信用していいのかわからなくなってきた。この図鑑が悪いのか、図鑑とはだいたいこんなものなのか。

 あたしなら、優しい顔のシュマを描けると思うけどな。

 レリーナは絵を描くのがそこそこ得意だ。ここで描けと言われれば、シュマの姿を描くことだってできる。絵の技術はともかく、この図鑑よりもっと真実に近い姿を。

 これからカロックや他の場所で出会う魔獣を、こんな図鑑みたいな量にはならなくても、描いて一冊にまとめられないかしら。

 ジェイの話だと、試練は当分続くことになる。つまり、その分だけ魔獣と出会うのだ。今は召喚できるレベルにないレリーナだが、一つ進級すれば召喚術を習う。その時にも魔獣に出会う訳だ。根拠も何もないが、正規の魔法使いを目指して修行していれば、そしてカロックを何度も訪れていればその数は二十や三十を超えるだろう。それをまとめれば、少なくとも魔獣って怖そうというイメージしか浮かばなそうなこの図鑑より、ずっと見習い向けと思える本ができそうな気がする。

 だけど……会った魔獣が全部協力的とは言えないもんねぇ。この図鑑に載っているような怖い魔獣だってやっぱりいるだろうし……そもそも、魔獣ってどうして人間の言うことを聞いてくれるのかしら。

 あれこれ考えているうち、ふとそんな疑問がレリーナの中に浮かんだ。

 魔獣は、魔力を持つ獣。普通の獣と同じような姿はしていても、基本的な筋力などは圧倒的に違う。人間なら、生まれたての赤ん坊と身体を鍛え抜いた大男、くらいの差があるだろう。もしかすればそれ以上。さらに魔力を持つ。普段はおとなしくても、身体が少し大きい犬が本気で人間に向かってくれば、こちらが丸腰なら殺されることもある。それが魔獣ならなおさら危険だ。

 そんな力があるのに、いくら呼んだのが魔法使いだとは言っても、所詮は牙も爪もない人間。いくらでも襲えるはずなのに、彼らは人間に協力してくれる。その理由は何なのか。

 図鑑をぱらぱらめくってみても、レリーナの疑問が解けることはない。召喚術について書かれた本なら、その点についても触れられているだろうか。

 持っていた図鑑を一旦棚に戻し、レリーナは疑問に答えてくれそうな本を数冊選んで読み始めた。

☆☆☆

「この席、ご一緒させてもらっていいかしら」

 そんな声がかけられたのは、どこを開いても疑問に答えてくれるページが見付からず、レリーナが小さくため息をついた時だった。見ると、レリーナの横に本を数冊持った女性が立っている。

「報告書を書く間だけでいいの。あっちにも席はあるんだけど、日陰で寒いから」

 レリーナがいる席は窓の近くで、太陽の光がいい具合に差し込むので暖かい。図書館は夏でもひんやりする。まだ初夏の今は陰だと寒がりには堪える温度だ。レリーナは寒いのが苦手なので、図書館の席はできるだけ窓際を選ぶ。きっと彼女もレリーナと似たタイプなのだろう。今いる席は四人がけなので、一人増えたところで支障はない。

「どうぞ。あたし一人だけなので」

「ありがとう。助かるわ」

 そう言ってレリーナの向かい側に座った女性は、正規の魔法使いだ。ロネールの制服を着ていないし、さっきも報告書と言っていたから仕事関係のものだろう。

 二十歳くらいであろう彼女は、女性のレリーナから見ても美人だ。レリーナと同じく、明るい金色の髪に青の瞳だが、何が違ってどこをどうすればこう大人っぽくなれるんだろう、と首をひねりたくなる。

 こっそり相手を観察していたレリーナだが、どこかで彼女を見たことがある気がした。ロネールに所属している魔法使いなら、敷地内で見てもおかしくはない。でも、数が多いのでいちいち特定の個人を記憶にとどめることなどあまりないのだ。それなのに見覚えがあるということは、特別な何かがあったはず。

「あ、あの……あなたはターシャさん、ですか?」

「ええ」

 ふと思い付き、レリーナが恐る恐るした質問に、ターシャはにこっと笑いながら答える。その顔を見て、見覚えがあるはずだわ、と思った。

 どこの魔法使い協会にも、アイドル的だったりカリスマ的な魔法使いは一人や二人はいるものである。

 ロネールにはブラッシュという有能かつ美形の魔法使いがいるが、ターシャはその女性版といったところだ。女性の魔法使いで魔物退治の仕事を主とする人は少ないが、ターシャはその数少ないうちの一人。レリーナが聞いた噂では、二十二歳という若さでありながら、魔物退治に向かうチームのリーダーとなって任務をこなしているという。年季や年齢が上であっても、この世界では実力が最も重要。リーダーになるということは、それだけ彼女の実力が高いことを意味する。

 しかし、こうして見るとのんびりした雰囲気で「氷のターシャ」の異名を持つようには見えない。

 ちなみに名前の由来は、彼女に睨まれた魔物が凍り付いたように動けなくなり、一番得意とする氷魔法で確実に仕留めるから、である。

 ロネールに入ってそういう魔法使いがいる、というのはレリーナも知っていた。あの人がそうだ、と友達に教えられて遠くから何度か見たこともある。だが、まさか自分の向かい側に座って微笑まれる日が来るとは思ってもみなかった。

「ターシャさん、寒いのが苦手なんですか? 氷のターシャって呼ばれてるのに」

「堅苦しいからターシャでいいわよ。そう、寒いのは苦手なの。はっきり言えば、大嫌い。冬が近付いて来たら、冬眠したいって本気で思うもの」

「あ、その気持ちはわかります。あたしも秋が終わる頃になったら、次に春が来ないかなって思うし」

「あなたも? そうよ、季節なんて四季じゃなく三季で十分だわ。春夏秋だけでいいのよ。何だったら、夏だけでも構わないわ」

 余程寒いのが嫌いらしい。でも、その白い肌は夏より冬の方が似合いそうだ。

「だけど、氷の魔法が一番得意だって聞きましたけど」

「ええ。皮肉よねぇ。寒がりの私がよりによって氷魔法を得意とするなんて。こういう場合、炎よね。寒さを敵視する私が使うなら、業火の魔法を使うべきなのに。一番効果が高い魔法が氷なんて、自分で自分にケンカを売ってるみたいだわ」

 その言葉に、レリーナは吹き出す。実力の高い美人魔法使いだから近寄りがたい人だと勝手に思っていたが、まるで友達としゃべっているみたいだ。

「あたし、ターシャってもっと近付きがたい雰囲気の人だって思ってました」

「あら、イメージを壊しちゃったかしら」

「いえ、この方が絶対いいです」

「そう? よかった。みんな言うのよ、本人としゃべったら肩すかしを食らうって。これがありのままの私なんだけど、みんなは違う人物を想像してるみたい」

 注目される人物の悩み、みたいなものだろうか。本人とは違う人格が一人歩きし、いざ本人が現れるとそのギャップに驚かれてしまう。本人にしかわからないつらさだろう。

「あら、ごめんなさい。勉強中に話し込んで」

「いえ、あたしから話しかけたんだし……」

 こんなチャンスは滅多にない。正規の魔法使いに接する機会と言えば、担任の先生くらいだ。たまに魔物退治の体験談を聞く授業もあるが、一方的に話を聞くだけ。後で質疑応答の時間はあるものの、こうして面と向かっての会話となると個人的に知り合いがいなければ無理だ。しかも、ロネールの中でも実力者と言われる魔法使いなのだから、もっと話をしたい。勉強なんて家に帰ってからでもできる。

「あの、質問があるんですけど……いいですか?」

「いいわよ。私に答えられるものなら」

 ターシャは気さくに応じてくれた。

「魔獣についてなんですけど」

「魔獣と言っても、色々いるわよ?」

「あ、魔獣全体です。特定の魔獣って訳じゃなくて」

「種族や属性も関係なしね。それで?」

「魔獣はどうして人間に協力してくれるんですか?」

「ずいぶん直球な質問ね。魔獣召喚の授業が始まったのかしら」

 レリーナは首を横に振った。

「あたし、まだ中1だから召喚術は習ってません。でも……」

 こんな疑問が出たのはカロックで魔獣と触れ合ったからなのだが、その辺りを話すのは面倒だ。ターシャが異世界の話をすんなり信じてくれるかもわからない。なので、レリーナはその辺りはぼかして話した。

「最近、よそで魔獣と会う機会があったんです。他の人が呼び寄せた魔獣で、でもあたしの言うことも聞いてくれて。魔獣って人間より身体が大きいものがほとんどだし、力も魔力も強いから弱い人間の言うことなんて無視することもできるはずでしょ?」

 どこで会ったのかを聞かれたらどう答えようか、と頭の端で考えつつ、レリーナはさっき浮かんだ疑問をターシャに向けた。

「そうね。そういうことを考えてもおかしくないわ。あなた……あ、まだ名前を聞いてなかったわね」

「レリーナ・オーランです」

「レリーナ、ね。いいところに目を付けたわ。あまりそういった部分を考える見習いっていないもの」

「そうなんですか」

 確かに、レリーナだって昨日までは考えたこともなかった。ラディが召喚術を使って魔獣が現れ、当たり前のように協力してもらっていたのを見るだけだったから。この疑問だって、さっきふと浮かんだものにすぎない。

「人によって意見は違ってくるかも知れないけど、私の見解はこうよ。まずは魔獣の好奇心ね」

「好奇心? 人間に興味があるってこと?」

「八割、もしくは九割がそうじゃないかしら。呼び出した魔法使いや、呼び出された時の状況に少なからず興味を覚えるの。人間だって、自分が興味を持たないものに対して関心を向けたりしないでしょ? 魔獣だって同じよ。さっきレリーナが言ったように、興味がないのなら無視すればいいんだから。一時的に呼び出す場合、だいたいが魔物と戦闘が始まる前よね。好戦的な性格の魔獣なら、敵となる魔物を倒したいって欲求も生まれるわ。もしくは、ちょうどいい退屈しのぎになる、とかね」

 人間に協力するくらいだから、少なくとも人間に対して嫌いだとか憎んでいるといった感情があるとは思わなかったが、まさか退屈しのぎなんて言葉が出るとは思わなかった。

「まずってことは、まだ他にも?」

「次に考えられるのは、魔法使いの魔力に警戒しているってことかしら」

「え? でも、人間の力だけじゃ足りないから魔獣の力を借りるんでしょ」

「そうよ。何にでも例外はあるけど、魔獣ってだいたい一つか二つの力に特化した力を持ってるわ。例えば、水属性の魔獣だと水魔法や氷魔法に強いとかね。ただ、その魔法については強いけれど、他はあまり……という場合も少なくないわ。対極の火の魔法を使われたり、自分が苦手な土の魔法を向けられたらその魔獣にとっては当然困るでしょ」

「だけど、魔獣の魔力が強ければ、いくら火の魔法を使っても人間の方が負けるんじゃ」

 強い火を出しても、氷の壁を出されたら阻まれる。基本的に火は水に弱いし、その火を水で消されてしまったら魔法使いに勝ち目はない。

「そうね。だけど、全くダメージを受けないって訳でもないの。失敗しない限り、召喚される魔獣は呼び出した魔法使いが対抗できるはずのレベルだから」

「え? 対抗って、魔獣は人間より強いはずじゃ」

「もちろん、自分の属性魔法なら魔獣は楽勝でしょうね。でも、今言ったように別の属性を使われたらどうかしら。魔獣は自分の弱点を突かれた時に対抗もしくは逃げられるかを、魔法使いを見て瞬時に判断するの。かろうじて対抗できる力があったとしても、戦って大きなケガを負わされたりすると困るでしょ。その場から逃げても、その後で本来なら自分より弱い魔物にやられちゃう場合だってあるんだから。つまり、確実に逃げられるかってことも彼らにとっては判断基準になってる訳」

 カロックでラディが呼び出した魔獣達は、ラディと戦うのは危険と判断した上で協力してくれたのだろうか。……いや、ラディではなく、そばにいたジェイのおかげだろう。ラディには失礼だが、レリーナはそう思う。

 試練を受けている間の大竜は力を大幅に制限されているが、いざとなればカロックで一番強い魔力を持つ存在だと聞いた。大竜の協力者であるラディやそばにいたレリーナを傷付ければ、ジェイが黙っていないと判断したのだろう。

「魔力についてはともかく、身体能力は魔獣の方が絶対に上ですよね。自分から先に仕掛けて、魔法使いを負かすとか殺す、なんてことは考えないんですか?」

「そういうことをするのは、余程世間知らずの魔獣ね」

「世間知らず……」

「魔獣達は、本物を見たことがあるかどうかはともかく、人間の魔法使いという存在は知っているわ。そして、人間を殺せば必ず自分が追われるということもね。人を襲った魔物や魔獣は血の味を覚えてまた襲ってくるかも知れない、と考えられて仕留めるまでは魔法使いが追い続けるの。ロネールでもそういう魔獣や魔物を追うことを専門にしている人がいるわ。自らの意思で人間を襲ったら最後、死ぬまで魔法使いに追われる羽目になるのを魔獣達は知ってるの。自信過剰な魔獣ならともかく、面倒ごとが嫌いな魔獣は多いから、自分からそういった愚行はしないわね」

 人を殺した犯罪者を役人が追い続けるように、人を殺した魔獣は魔法使いが追い続ける。いわゆる「迷宮入り」となってしまう件もあるが、簡単にあきらめる訳にはいかないのだ。忘れた頃に第二第三の犠牲者が出てしまう恐れがあるため、もうこの世に存在しないという確実な証拠を手に入れない限りは半永久的に捜査が続く。

「あとは、単純だけど相性ね。魔法の実力はあっても、なかなか魔獣との契約にこぎつけない魔法使いもいるのよ」

「え……召喚して契約すればいいだけじゃないんですか?」

「本来はそうなのよねぇ。だけど、本人の意思にかかわらず、魔獣との相性がよくなくて契約がなかなかできないって人がいるの。基本的に動物が苦手な人とかね。ほら、動物って相手が自分達を好きか嫌いかをわかるって言うじゃない。魔獣も同じよ。自分に好意的じゃない相手と契約なんて、きっとしたいと思わないわ」

 魔法使いだから何でもできる、というものではない。生きた人間である以上、性格などはもちろん、やはり得手不得手というものは存在する。その中には、特定の、もしくは動物全般が苦手だという人もいるのだ。

 しかし、嫌いだと言うだけで契約しなくていいことにはならない。魔物退治などの仕事ではどうしても魔獣の力を借りなければならない、という場合が多々あるのだ。どうしても契約が必要な場合は、強制的に支配下に置く形でなされる。呼び出して「手下になれ」と言っているようなもの。当然、魔獣の評判はよくない。

 しかし、ターシャがさっき話したように魔獣が無事に逃げ切れないと判断すれば、仕方なく契約に応じるのだ。その場合、魔獣は「仕事」が終わればさっさと帰ってしまう。

「逆に相性のいい人もいるわ。その場合、魔獣の方から契約を持ちかけたりするの。契約する魔法使いの性格にもよるけれど、そういう場合の契約だと強い主従関係じゃなく仲間に近いものになることが多いわ」

「契約って色々な形があるんですか?」

「そうよ。その点については、上級になれば習うから」

 レリーナは召喚もまだ習ってないのだから、その後で行う契約も当然習っていない。

「だいたいこんなところかしら。なぜ魔獣が協力してくれるかと言われれば、好奇心と魔法使いの魔力や術の技量、そして相性って私なら答えるわ。あと付け加えるなら……」

「何ですか?」

「人間には何か抗い難い力があるって感じる魔獣が多いみたい。魔力とは別にね。その力に惹き付けられる魔獣もいれば、反発する魔獣もいるわ。嫌がる場合は、最初から召喚を無視するし、無理に呼び出されても人間を拒否するの。魔法使い側も逼迫した状況でなければ、それ以上は強制もしないわ」

「抗い難い力……」

「人間の存在感みたいなものじゃないかしらって、私は思ってるわ。魔獣も色々と性格があって、面白いわよ。人間と同じ。協力的であってもそれを表に出さない子もいるし、役に立つことを素直に喜ぶ子もいるわ。従順に思えても、反撃の機会を窺っている場合もあるしね。特に強制的に契約した魔獣はそうみたい。もちろん、人間を殺したら厄介なことになるってわかっているからやらないけれど、契約を破棄して逃げたいって思ってるらしいわ」

 カロックで出会った魔獣達は、みんな協力的だった。ジェイに言いくるめられ「仕方なしにやってる感」はあったものの、逃げたいという雰囲気はなかったように思う。レリーナにはそう見えただけだろうか。

 でも、黒獅子のデリスは魔物に囲まれた時、面倒そうだったが少しおだてると「乗せられてあげる」と言って戦ってくれた。従順なふりをしていただけなら、あの場からさっさと逃げていたはず。

 ラディが呼び出した魔獣はみんな、あたし達と一緒に戦ってくれていたもん。ってことは、少なくともラディは嫌われてはいないってことかしら。

「レリーナなら、きっと魔獣に好かれそうね」

「そう……ですか?」

「そうやって魔獣のことを知ろうとしてるじゃない。自分に興味を持ってくれる相手なら、魔獣だって好感を持つわ。人間だって、本当は無関心なのに仕方なく対応してるって人を好きになることはほとんどないでしょ」

「本当に人間と同じってことですね」

「はっきりした意思を持って、言葉で相手に気持ちを伝えるって点は確かに人間と変わらないわ。だけど、人間ではない、という点も頭に入れておかないとね」

「はい。ありがとうございました。とても勉強になりました」

 こんなに細かく解説してもらえるとは思っていなかった。やはり正規の魔法使いは違う。聞いてみて正解だった。

 レリーナは今聞いたことを忘れないうちに、急いでノートに書きまとめる。その間に、ターシャも報告書を書き終えた。

「相席させてもらって、助かったわ。ありがとう」

「こちらこそ。色々ありがとうございました」

「ねぇ、レリーナ。今の時期ってやることや覚えることがたくさんあって大変だとは思うけど、負けないでね。今しか経験できないこともたくさんあるから」

 今しか経験できないこと。レリーナにとっては、異世界カロックへ行くこともその一つ。見習いである今しか行けないのだから。

「今の時期を楽しんでね」

「はい」

 しっかり楽しんでます。

 レリーナは心の中でそう答えた。

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