合流
最初に相手にした小物やエクアより、湖から現れた魔物の方がずっと手強かった。それでも、水系の魔物なら雷が有効だろうと見当をつけ、二人で攻撃を続ける。共に戦ってくれる魔力の強い魔獣がおらず、自分と同レベルの見習い魔法使いしかいない状態での対峙はかなりきつかった。時として攻撃を受けることもあったが、最初に張っておいた結界が役立って難を逃れる。
やがて新手が姿を見せることもなくなって周囲が静かになった。
ラディとダイルの二人が息を切らし、しばらくしゃべれないでいるところへ、ようやくジェイ達が姿を現した。
「ラディ、本当に大丈夫なの?」
デリスから降りると、レリーナが駆け寄る。こんなのをダイルに見られたらますます勝手に発展させられるな、と思いながらラディは笑って頷いた。
「何ともないよ。湖から魔物が出て来て今まで魔法を使ってたから、ちょっと疲れてるだけ」
息を切らしているのを具合が悪いと思われないよう、そう説明しておく。
「あぁ、この辺りなら湖から出るかもな。だけど、二人でちゃんと排除できてるじゃん。しっかりこなせてるな」
周囲に残る魔法の気配を読んで、ジェイはどういう状態だったか確信したようだ。いつもおちゃらけたりしているようでも、やっぱり色々できるのだと思い知らされる。
「ダイルも無事ね。よかったぁ。その程度のあざなら、すぐに消えるわ」
トリンの言葉に、ダイルは首を傾げる。
「あざ? どこかにできてる?」
ダイルもラディとは少しデザインが違うが、協会の制服を着ている。露出しているのは、顔と手首から先だけ。しかし、そこにあざらしきものは見えない。
「お腹や背中よ。エクアに掴まれていた部分が軽く内出血してるの」
「え、じゃあもしかして俺も?」
二人して思わず服をめくりあげ、驚いたレリーナはよそを向いた。確かに、肋骨の周辺が青くなっている。自分では見えないだけで、ラディとダイルの背中には所々に似たようなあざが見受けられた。
「こんなのが……気付かなかったよ。思っていたより強く掴まれていた、ということか」
「当分、人前で着替えられないな。こんなの見られたら、ケンカでもしたのかって誤解されるぞ」
修学部でそういう機会はないが、家では見られる可能性がある。あざが薄くなるまでは注意が必要だ。
「トリン、どうして服の上からあざがあるってわかるんだ? 当事者のぼく達さえ気付いてないのに」
「んー、どう言えばいいのかしら」
「雰囲気だな」
「ジェイ、あざの雰囲気って何だよ……」
「オレ達は何となくでもわかるってことだ。そう深く突っ込むなよ。細かい話は得意じゃないんだからさ」
「わかった……」
笑いながら軽く手を振るジェイを見て、確かに細かい話は無理だろう、とラディも納得してしまう。
「人間の身体って、ヤワなのねぇ」
「我々とは比べものにならんな」
「いや……あまりそういうところを比べないでほしいんだけど」
魔獣達の言葉に、ダイルが苦笑する。頑丈さなら、魔獣の子どもの方が人間より上かも知れない。
「魔力だって、そう強い訳でもないのに……どうして私達、呼ばれちゃったのかしら」
「おいおい、デリス。今、それを悩むかぁ?」
ラディは内心あせる。魔力も弱いくせに呼び出すなんて、やってられるか! とここで放っておかれてはたまらない。
「人間って、よくわからない部分で強かったりするからな」
デリスがそう言ったジェイの方を振り返る。
「そうなの?」
「そうでなきゃ、オレ達だって、協力者に人間を選んだりしないしな。魔力も身体の作りも弱いけど、人間には何か放っておけないものがあるんだ」
「それに反発する魔獣や魔物もいるけどね。この試練で初めて触れ合ったけど、私は人間のことが好きよ」
トリンの声は明るく、その言葉にうそやごまかしは見えない。
「ここで茶話会を開く訳にもいかないからな。そろそろ行くかぁ」
ジェイに促され、ラディとレリーナはデリスに、ダイルはレーフルに乗ると再びロネ平原へと向かった。エクアに連れて来られたコースを戻る形だ。
「この辺りでいいの?」
デリスがジェイに尋ねる。同じような景色が続くので、ラディ達にはさっきの場所に戻って来たのかどうかもわからない。
「ああ、適当に降りてくれ」
デリスは旋回しながら地面に降り立つ。わずかに離れた所で、レーフルも同じように降りていた。
「今は何もいないな。よし、また変なのや面倒な奴が出て来ないうちに探そうぜ」
「ああ。それで、今回は何の魔法なんだ?」
「んーと……氷、だな」
地図のかけらを捜すには、協力者が竜の指定する魔法を使う必要がある。魔法を使うことで竜はかけらの気配を感じ取り、かけらがある場所を探し出すのだ。
「わかった」
ラディは小さな氷の粒が出る程度に呪文を唱えた。ジェイが目を閉じて気配に集中する。
「こっちだ」
東西南北もさっぱりな場所だが、あとはジェイにまかせるしかない。小さな竜が進む方へ、ラディ達もついて行く。
その途中で、少し離れた場所から火花が出る音がした。ダイルの魔法だ。
「あっちは火……じゃないな。あれは、雷か」
こんな場所で雷を出す必要はない。かけらの気配さえ強められればそれでいいので、雷をうんと縮小した形で火花が出ているのだ。
「こんなふうに近い場所にかけらが落ちてる、なんてことがありえるのね。どっちがどっちの物か、わかるの?」
「そりゃ、わかるさ。一口に地図と言っても、トリンとオレのじゃ別物だからな。気配も変わってくる。それに、ほら……使ってる魔法だって違うだろ」
「たまたまじゃないんだ」
「あー、魔法が違うのはたまたまだけど」
時々、拍子抜けさせるのがジェイである。
「まぁ、心配するな。間違えたりしないからさ」
「トリンみたいによその竜が捜しているかけらが、ジェイの探すかけらの隣に落ちていても間違ったりしないの?」
「しないってば。もし間違えたとしたら、復元の魔法をかけたって元に戻らないだろ」
かけらはラディが復元の魔法を使って地図に戻す。そうすることで石のようなかけらは紙に戻るのだが、確かに違う物に魔法をかけても持っている地図とつながることはありえない。
レリーナも交代で氷の魔法を使い、かけらのある場所へどんどん近付いていく。
「ねぇ、私が氷魔法を使ったらどうなるの?」
同じようについて来るデリスが、ふと思いついたように言う。
「何も感じない」
「えー、何よ、それ。こんなしょぼい氷よりうんとしっかりした氷を出せるわよ」
「出せる出せないの話じゃないんだ。オレが探しているかけらについては、人間で見習い魔法使いの魔法にしか反応しないから」
「大竜の試練って、面倒な事が多いのねぇ」
「まぁな。その辺りも試練ってことだ。そういう制約がなければ、オレだけで探せば済む話だろ。かけら捜しは魔法使いに頼んで、移動は魔獣に頼んでって役割があるんだ」
平原には名前もわからない草が、ラディのくるぶし辺りまで伸びている。それまでは草の上をふわふわと飛ぶように移動しながら話していたジェイだが、ある地点に来るとその草をかき分けた。
「みーっけ」
ジェイの小さな手には、白っぽい石のようなものがあった。小さなジェイが持つと身体の半分より少し小さいくらいのサイズに思えるが、実際はラディが親指と人差し指で輪を作るよりやや大きいサイズである。これが捜している地図のかけらだ。
「それ? 捜してたの、それ?」
確かにかけらと何度かジェイは言ったが、本当にかけらとはデリスも思っていなかった。ジェイが手にしたそれを見て、驚きを隠せないようだ。
「もうちょっといい物捜しなさいよ。見ていてつまんないわ」
デリスは思うことを遠慮なく口にする。
「見せびらかすために探してるんじゃないんだ、そう言うなって。ラディ、頼むぞ」
「わかった」
ジェイからかけらを受け取り、ラディは制服に仕込んである地図の切れ端を取り出す。復元の呪文を唱えると、かけらはどんどん薄っぺらくなって地図の方へ引き寄せられた。ぴったりとくっつき、切れ目もわからなくなる。少しだけ紙切れが大きくなった。
「よし、成功。……って、これだとまだ地図かどうかもわからないな」
まだ角の部分で、地形の線らしきものがわずかに見えるだけ。地図らしく見えるのは、まだまだ先のようだ。
「だけど、着実に大きくなったわよね。それだけでも、やったんだってわかって嬉しいわ」
「そうだな。ダイルの方はどうなんだろう」
七度も来ているなら、これよりはずっと大きいだろう。少なくとも半分くらいのサイズになっているのではないか。
「あっちも終わったみたいだぞ」
お互いが離れた場所へ向かったので、会話など聞こえない。しかし、ジェイは魔法の気配で状況が判断できるようだ。
ラディ達はダイル達のいる方へと向かう。彼らも気付いたようで、こちらへ歩いて来た。
「ジェイ達も無事に終了したみたいね。みんな、おつかれ~」
今回捜すかけらも無事に見付かったせいか、トリンの声が明るい。いや、彼女は最初からずっとこんな調子だった。
「なぁ、ダイルの方の地図はどんな感じなんだ?」
「かなりまともな形になってきたよ」
「わ……」
ダイルが見せてくれた地図は、もうほとんどの部分が修復されていた。かけらの大きさにもよるが、あと二回も捜せば完成と思われる。魔法書よりやや小さい長方形の紙で、中央より少し外れた部分に穴が開いている状態だ。枠の部分からできた後で中身を埋めてゆくようにかけらが集まる、みたいな言い方をジェイはしていたが確かにそんな感じだ。
「すげ……もう終わりそうだな」
「これがカロックなの? 大きな大陸ね」
ダイルの持つ地図には、広大な土地が広がっている。どやらこの土地は海に囲まれており、周囲に大小の島が点在していた。高い山を表しているのか山の絵があったり、湖らしいいびつな丸があったりする。
「確かに大きな大陸だと思うけど、この地図の縮尺がわからないんだ。だから、これで見るより現実はもっと広いんじゃないかな。それに、山や湖の名前も書かれてないからね。自分が行った所なのかもわからない。一度島へ行ったことがあるけど、そこがどれかも定かじゃないんだ」
確かに地図は山と湖を除けば、単なる白地図だ。文字はどこにもない。この土地を描いている筆記具は何なのだろう。人間がいないのであれば、ペンなどが存在するとは思えないのだが。……魔法のインク、ということだろうか。
「ジェイ、俺達がいつも最初に出るムーツの丘って、どこなんだ?」
「さぁ」
「さぁって……」
「オレ、地図の見方がわからないから」
あっけらかんと言われた。トリンも首を傾げる。
「読み方を勉強しろって言われたらするけど、私達は地図を見てカロックにあるどの山がどの辺りにあるって知るんじゃないもの。んー、感覚かしら」
「だけど、カロックには間違いない……と思うぞ」
ジェイの言い方だと、果たしてこの地図が「カロック」かどうかも怪しくなってきた。
「カロックにいて、地図に頼る奴がいるなら教えてほしいわね」
横で聞いていたデリスが笑う。
彼らは地図というものを知識として知っているが、見たことはない。それは竜も同じだ。
「つまり、ぼく達の作業に地図は大いに関わるけれど、使い道はないってこと」
「……まぁ、俺達は地図作りをしてるんじゃないからいいけどさ」
「地図っぽいもの、なのかもね」
ダイルの言葉に、ラディもレリーナも苦笑するしかない。
「ちなみに、ダイルの地図とこれって同じ物かな」
ラディの持つ切れ端も、最終的にはダイルの持つ地図と同じ大きさになるのだろうか。
「ここん所に線がわずかに見えてるわよね。それと照らし合わせるとどの辺り?」
「同じ大きさだとすれば……これはこの部分の線じゃないかな」
ダイルの地図と合わせると、ラディの地図は右下の角にあたるようだ。もっとも、この地図の天地はわからない。とりあえず、同じ物っぽい、と何となく思う程度だ。
「ラディ達は今回で三回目だって言ったっけ。ぼくが三回目に来た時はもう少し大きかった気がするけど」
「そうなの? あ、ジェイがかけらの数が変わる、みたいなことを最初に話していたわよね」
「オレが聞いた話では、な。それが本当かどうかまだ断定できないけど……ダイルの時がもう少し大きかったって言うなら、オレ達の場合はかけらが細かくバラまかれてるってことになるな」
「そうねぇ。もう少し大きかったわよねぇ。きっと協力者の数とかけらの数でバランスを取ってるのよ。ラディとレリーナはもうしばらくかかりそうね。がんばって」
トリンにエールを送られ、ラディとレリーナは頷いた。
「じゃあ、今日はここまでだな。みんな、お疲れ。ありがとな」
来た時と同じ扉が二つ現れる。わずかに遅れてもう一つの扉。こちらはトリンが出したダイルが帰るための扉である。トリンと似たような色の扉だ。
「ナージュとロネールじゃちょっと遠いけど、同じ世界なら会えなくないよな。異世界でこうして顔を合わせたんだから。また会おうぜ」
「ああ。何度目で地図が完成したか、聞かせてもらうよ。レリーナも元気で」
「うん、ダイルもね」
それぞれが別れの挨拶をして、協力者達は自分の世界へと戻った。
「トリンはもうじき終わるんだな」
「ええ。ジェイだって、考えてる以上にきっと早く終わるわ」
そう言って笑うトリンの身体が、会った時よりも少し白くなったことをラディとレリーナは知らない。
☆☆☆
無事に自分の部屋へ戻れた。今までちゃんと戻れていたのだから問題はないはずなのだが、今回も色々あったので見慣れた部屋へ戻れてほっとする。
ラディは水晶を取り出すと、レリーナに連絡を入れた。
「また心配かけて悪かった。ごめん」
「ラディがやろうと思ってやったことじゃないもん、仕方ないわ。それよりも身体のあざ、本当に大丈夫なの?」
「あ、レリーナに言われるまで忘れてた」
本当のことなのだが、ラディの言葉でレリーナも安心したようだ。
「ダイルも俺と同じで中級2なんだって。なのに、一人でこなしてる。俺も見習わないとな。あ、別にレリーナをのけてって意味じゃないぞ」
「あら、それじゃどういう意味?」
「……甘えてるなって思ってさ。この水晶だって、本心ではレリーナに何かあったら、と思って用意したのに、実際は俺に何かあって連絡入れてるって状況ばかりだろ」
ちょっと情けない。守るつもりだったのに、守られている。もちろん、レリーナ一人ではなく、近くにジェイと魔獣がいてくれたから助けられたのだが。とにかく、周りに頼りっぱなしだ。
「たまたま続いただけよ。それに、水晶があったからダイルも助かったんだし。ラディ、まさか次からは水晶を持って行かない、なんて言わないわよね?」
「え? そんなつもりはないよ。どういう形で必要になるか予測できないんだから。むしろ、絶対忘れちゃ駄目な物だろ」
「うん、それならいいの」
レリーナはそれを聞いて少しほっとした口調になる。これで変にプライドにこだわるタイプなら、こんな物があるから頼ってしまうんだ、なんて言い出しかねない。ラディがそういう意地っ張りな性格でなくてよかった、とレリーナは本気で思った。
「ねぇ、ラディ。あたしの氷魔法、どうだった?」
かけら捜しの時のことを尋ねているらしい。
「悪くなかったぞ。攻撃するために使っていたんじゃないから、攻撃力については何とも言えないけど」
「そっか。そうよね。あたしね、最近はずっと複合魔法を練習してたの。その成果が出てるといいなって思ったんだけど」
カロックへ行った時のために魔法を練習しているのは、ラディだけではない。レリーナもラディの足を引っ張らないようにがんばっているのだ。
「そうか。じゃ、次にカロックへ行った時に見せてもらうよ。何事もなく行きたいけど、次も魔物は出て来るだろうしな」
「うん。じゃ、もっと練習しておくね」
俺は長く魔法を続けていられるよう、スタミナをつけないとな。
まだまだ小さな地図の切れ端。あと何回カロックへ行けば、ダイルのような地図になるのか。きっと、十回はくだらないだろう。その間、何度もレリーナを心配させられない。させたくない。もっと強くならなければ。
地図の切れ端を見詰め、ラディは魔力向上を改めて心に誓うのだった。





