最後のかけら
リーオンが降りたのは、草原のど真ん中だ。
と言っても、どれくらいの広さかわからないし、ど真ん中と思っていても実はこれでもまだ草原の端にあたるエリアかも知れない。草の高さはひざより少し下くらいだ。歩くには問題ないだろう。
とにかく、周囲を見回しても何もない。さっきまで見えていた山の影はとっくに消えているし、どこを向いても何もない。今立っている位置で目隠しをされ、その場でぐるぐる回されたら来た方向は全くわからなくなる。ここには本当にこれという目印がないのだ。
以前、テップ草原という広い場所へ向かったことがあるが、ここはもっと広い。あの時、ジェイが「もっと広い場所がある」と話していたが、それがここなのだろうか。
「ジェイ、今回は何の魔法を使えばいいんだ?」
「風で頼む。……んー、本当に気配がうっすいんだよなー」
ジェイが珍しく困ったように言う。
「俺が少し強めの風を出したら、わかるようになるかな」
いつもならそよ風程度の風魔法しか使わないが、ラディは宙に小さな竜巻ができる程度まで力を強めた。
「お、いい感じ。こっちだな」
方角はわからないが、とにかくジェイはある方向を目指して進む。その後をラディ達がついた。
「ねぇ、ジェイ。まだちゃんと聞いてなかったけど、この辺りで現れる魔物ってどんなのがいるの?」
「そうだな。この草に隠れてネズミやいたちみたいなのが出て来る。時々、毒キノコみたいな奴が現れるってのも聞いたな。あと、虫のでっかい奴とか、それを狙う鳥系ってところか」
結局のところ、色々な魔物が現れる、ということだ。
ジェイがそんな話をした途端、近くでがさっと音がする。そちらを見ると、ジェイが話した通りにネズミのような魔物が現れた。前歯が鋭い刃物みたいだ。
「強さのレベルは大したことないけどさ、数が多いから」
「ゴルの森で似たようなことがあったよな」
初めてカロックへ来た時、向かった森の中でいきなりリスに似た魔物に取り囲まれたことがあった。数が多く、相手のレベルは低くても大変だったのだ。
「あー、そうそう。こいつらもレベルはあの時とそんなに変わらないから」
「まぁ、あの森に限らず、魔物に囲まれるってことはよくあったけどさ」
「最後まで魔物の相手をさせられるのね」
言ってる間に、魔物はネズミ算式に増えてゆく。本当にあの時の光景が再現されているみたいだ。リスがネズミになっただけ。
「あの時はロアーグが出て来て、魔物はみんな逃げちゃったんだよなー。ここにはそんな都合よく大きい奴はいないんだ。んー、残念」
魔物達に囲まれ、一旦退こうかとした時に巨大な灰色狼が出現したことで魔物は逃げてしまった。ジェイの持つ情報では、この草原にこういった魔物にとって脅威となる魔獣はいないらしい。つまり、自分達で何とかしなければならない、ということ。
「楽できないのは残念だけど、魔物だって無限に出て来る訳じゃないだろ。今回はレリーナだって戦えるんだから、どうにかなるさ」
「そうよね。あの時のあたしって、攻撃力はあってないようなものだったもん」
あれから二人はずっと練習したのだ。カロックででも鍛えられている。最後にこんな所でつまづく訳にはいかない。
「ここで火を出したら、草原が焼け野原になりかねないよな。ジェイがかけらの気配を感じ取りやすいように、風でいくか」
ラディはさっき出した竜巻より、もっと大きなものを出した。自分の身体とほとんど変わらない。相手は小さい魔物だから、その風の渦に巻き込まれると簡単に飛ばされた。
レリーナも、ラディ程ではないが、竜巻を起こして魔物を弾き飛ばす。
「いい風を出すようになった」
二人の様子を見て、リーオンがつぶやく。
こうして小さな魔物に囲まれた時、以前も二人は風を起こして懸命に応戦しようとしていた。だが、相手の数が多いことと、レリーナがまともな戦力になれなかったことでかなり苦戦を強いられていたのだ。
それが今ではレリーナまでが竜巻を出して応戦し、確実に魔物は数を減らしつつある。一旦撤退するべきかと思ったあの時とは違い、分が悪いと悟った魔物達の方が逃げ出し始めていた。
「おー、今の魔法でさっきより気配がわかりやすくなった。いい感じだぞ」
目的地がわかって、ジェイは嬉しそうだ。魔物もいなくなり、目指す方向へと進む。
が、少しすると動くキノコが現れた。足があるようには見えないのに、なぜか動いている。
「うわ……見るからに毒キノコだよな」
さっきジェイが毒キノコみたいな、と話していたが、見た目だけなら間違いなく毒キノコ。カサの色が黒ずんだ紫色だ。とても無害には思えない。もし毒はないとしても、こうして動くキノコが安全なはずはないだろう。しかも、ラディの腰くらいまで高さがある。はっきり言えば、お化け毒キノコだ。
さっきのネズミより数は少ないが、それでも十体……この場合十本と言うべきか、とにかくそれくらいいる。大きすぎるキノコに囲まれたら、これという被害がなくてもそこにいるだけで不気味だ。
「うん、毒キノコだな。毒の胞子をまくから、気を付けろよ」
「……どう気を付けるんだよ。風を起こすと、舞い上がって逆に危険になるかな」
「凍らせればどうかしら」
消滅させる前に毒をばらまかれてはたまらない。動きを完全に封じるのが得策だ。
なので、レリーナの提案通りにみんなでキノコを凍らせてゆく。リーオンは炎馬とは言いながら、空気の温度を操ることができるので、凍らせることもできるのだ。
全員で一気にキノコを凍らせてしまい、そこへラディが風の刃で滅多切り……とまではいかなくても、切断していく。身体をばらばらにされては、キノコも生きていくのは無理だ。煙になって次々に消える。
「キノコって、森の中のもっとじめじめした場所に生えるものだと思ってたんだけど」
「あー、ラディ達と一緒の時はそういう場所でキノコの魔物は見てないよな。いかにも湿気てそうな身体の魔物ばっかりいたような気がする」
「やだ、ラディもジェイも……。思い出させないでよ」
湿った魔物が嫌いなレリーナは、言葉を聞くだけで顔をしかめる。ラディは苦笑しながら謝った。
ここからちょっと離れているみたいだとジェイに言われ、ラディ達はまたリーオンに乗って移動する。
ある程度まで進み、リーオンから降りた途端にまたネズミの魔物に囲まれた。どうやらさっきのとは別の団体らしい。そうでなければ、さっきさんざん仲間がやられているのだから、姿を見てもこうして取り囲んだりはしないだろう。
「数はともかく、あまり強くないってことが救いかな」
これで強敵だったら大変だ。かけらを捜すどころじゃなくなる。
ラディはさっきよりも大きめの竜巻を出して、魔物達に向けた。多少の魔物を巻き込んでも風の渦が消えることはなく、包囲網の一部があっという間に欠ける。一度強めの力を見せ付けておけば、さっきのように逃げて行くのでは、という目論見もあった。
ラディの思惑通り、魔物達は相手が悪いと判断して逃げて行く。それを見てほっとしたのも束の間、上空で悲鳴が聞こえた。
驚いたラディとレリーナが見上げると、いつの間に近付いていたのか、猛禽類のような鳥の魔物がこちらへ滑空しようとしていたのだ。それに気付いたリーオンが青い炎のつぶてを放ち、翼を貫かれた魔物達が地上へと落ちて来る。だが、草原に落ちてしまう前に煙となった。
リーオンの攻撃を免れた魔物達は、上空で旋回しながら地上の様子を窺っている。隙あらば、と狙っているのだろう。
「ありがとう、リーオン。助かったよ」
「まだ安心はできないぞ」
「そうだなー。あいつら、オレ達が地上の奴等とやり合ってる時を狙うつもりでいるぞ。ずっといられると厄介だな」
このまま進んで行けば、また別のネズミグループや違う魔物が現れるだろう。レベルはそう高くないようだが、たまにボスのような存在が現れたりしたら面倒だ。そっちにかかり切りになってる時に襲われたりしたら。同時に二手は対応しにくい。
「だけど、高い所まで逃げられちゃったわ。ここからじゃ、あたし達の攻撃は届かないわよね。届いたとしても、余裕で逃げられそうだもん」
さっきのリーオンの攻撃は、鳥達が近くまで降りて来ていたから届いたのだ。リーオンでも、今の鳥達に攻撃が届かせるのは難しい。レリーナが言うように、命中率が落ちるだろう。重力強化で動きを封じようとしても、そもそもその力が鳥達のいる所まで届くかどうか。
「……あいつらより、リーオンの方が速く飛べるだろ?」
「負ける気はしない」
魔物と魔獣では、基本的な力の差がある。魔物が死に物狂いで飛ぶならわからないが、普通に飛んでいればリーオンの方が断然速い。
「やっぱりそうだよな。じゃ、あいつらの所まで行こう。向こうが遠くて攻撃が届かないのなら、届く所までこっちが近付けばいいんだ」
「おー、ラディ、冴えてんなー」
ジェイが小さな手を叩く。
「なるほど。では、乗れ」
ラディとレリーナはリーオンの背に乗り、ジェイもまたその頭にちょこんと乗る。リーオンの身体が一気に上昇した。自分達は安全な場所にいると高をくくっていた魔物達は、すぐ近くまでラディ達が来たことに慌てふためく。
少し面倒そうだがこいつらは自分の獲物だ、と思っていたのだ。それがいきなりそばまで来られ、すぐには対応ができない。安全な場所から獲物を仕留める、ということは考えられても、所詮はその程度。安全を脅かされた時にどう動くかの対応力や判断力はあまりないのだ。
リーオンが地を蹴った時から、ラディは呪文を唱えていた。そして、魔物達のすぐそばまで来た時に最後の一言を口にする。途端に大きな竜巻が放たれ、逃げようとしたものの追い付かれた魔物達は次々に巻き込まれた。竜巻が勢いを失って霧散する頃には、上空にいるのはラディ達だけになる。
「よっし。これですっきりだな」
ジェイが確認し、今の風でかけらの気配を感じ取れた方向へと一行はまた進んだ。
☆☆☆
幸い、巨大な魔物は現れない。背丈の低い草しかないから、大きな身体ではすぐに相手に気付かれてしまうため、そういった魔物はあまり来ないのだろう。
その代わり、小さかったり姿勢を低くすることで隠れられる魔物はよく現れる。ただ、その身体に見合った控え目な力しかないので、遠慮せずに一気に撃破していった。
「現れる魔物がこの程度でしかないが」
もう何度目かになるかわからない、ネズミグループを一掃した後でリーオンが言った。
「だてに回数を重ねていないな」
「え……それって」
「俺達が強くなったってことか?」
「そうだ。あの覚束ない魔法しか使えなかったことは、遠い昔だな」
リーオンの言葉に、ラディとレリーナの顔に笑みが浮かぶ。
リーオンにすれば、前回と今回とではかなり期間があいているだろう。でも、二人にすれば三ヶ月程だ。その間に強くなれたと言ってもらえた。
どれだけ成長しているか見てもらいたいと思ってリーオンを呼び出したラディだが、確かに認めてもらえたのだ。
「やっぱりリーオンに来てもらって正解だったな。最初の時との違いをはっきりわかってもらえるから。力がついてきたのは成績の点数を見てもわかるけど、こうして魔獣からはっきり言ってもらえると間違いないって自信が持てるよ」
彼らはお世辞など言わない。だから、その言葉をそのまま受け取れる。
「そうよね。リーオン、あたしね、自分の世界では炎馬と契約したのよ。まだ子どもなんだけどね、ピンクサファイアの瞳をした女の子なの。たてがみが朱色でね」
「ほう。珍しい色だな」
「そうみたいね。お父さんはきれいな赤のたてがみなの。あたしと契約したことを知って、娘に何をさせるつもりだって、直談判に来たのよ。珍しい色の子だから、何かされるんじゃないかって心配したみたい」
「だろうな。変わった毛色の個体は目立つ。状況によっては狙われやすく、命を落としかねない場面も増える。子どもなら、いや、将来的にもその炎馬はレリーナが守ってやらなければな」
「あたしが?」
「俺はまだその炎馬を見たことはないけど。人間が魔獣を守らなくても、力は十分にあるだろ?」
人間が魔獣を呼び出すのは、人間では力が足りない、及ばない部分を彼らの強い力で補助してもらうためだ。
そんな魔獣を守れと言われ、レリーナも少し戸惑う。生まれたての子どもならともかく、魔獣を人間が守るなんてちょっとおこがましい気もする。
「オレはラディとレリーナ以外、人間をほとんど知らないけどさ。話に聞いたところじゃ、人間って珍しいものが好きって奴が多かったりするんだろ? 見た目が変わった奴って、結構危ないことが多かったりするんだ。どんなに強くたって、リーオンが言ったように状況によっては窮地に陥ったりする。ほら、この前ラディが連れて来たカイザック。こっちではグリフォンの姿になれなかったけど、金のグリフォンなんだろ? あいつだって充分珍しいから、ラディが守ってやんなきゃな。契約したってことは、ラディのそばに来る機会が多いってことで、ラディの周りには色々な人間がいるんだろ?」
ジェイは最後まで言わなかったが、ラディもレリーナもジェイが言おうとしていることはわかった。特にレリーナはターシャからもそういった話は聞いている。
私利私欲のために珍しい魔獣や妖精を捕まえる人間がいるのだ、と。
誰がどんな方法を使い、珍しいものを手に入れようとするかわからない。人間のそばに多くいるようになれば、その危険性が高まる。やすやすと捕まえられるような魔獣ではないが、絶対的ではない以上、気を付けてあげなければいけない存在なのだ。
炎馬のフィーアはまだ子どもだから自覚はあまりないだろうが、カイザックはそういった点をわかっているはず。それでも、ラディと一緒にいることを選んでくれたのだ。
「そうか。……うん、わかった。大切な友達だからもちろん大事にするつもりだったけど、ジェイやリーオンの話でその気持ちが強くなったよ」
魔獣のことは魔獣に聞くと、違った面が見えてくるものなのだ。
「お、かけらみっけ」
「ええっ?」
真面目な話をしている途中で、いきなりジェイがとんでもないことを言う。
「ジェイ、何だよ、急に」
「別に急でもないだろ。さっきから捜してたんだし」
「それはそうだけど……。近くにありそうだ、とか何とか言わなかっただろ」
「気配の感じからしてこの辺りだろうなぁ、とは思ってたんだけど。下を向いたらあったんだ」
「えー……何、その唐突な終わり方って……」
レリーナもあっけにとられている。
最後なのだから、もっと変わったイベントと言うか、ハプニングのようなものがあるのでは、と勝手に予想していたのに。見事に裏切られた。前回までのように「そろそろ近付いて来たな」というセリフが、今回も当然あると思っていたのに。
「まあまあ。今回も無事に見付かったんだから。じゃ、復元頼むぞ」
ジェイの態度は、やっぱりいつもと変わらない。何だか本当に今回が終わりなのかが怪しく思えてきた。かけらそのものも、土くれのような見た目で今までと変わらない。
ラディはジェイからかけらを受け取り、自分の制服に同化させている地図を取り出す。レリーナの方を向くと「やって」と言うように、彼女は小さく頷いた。
ラディは息を吸うと、復元の呪文を唱える。呪文が終わるとかけらはどんどん薄くなり、ひとりでに地図の方へと吸い寄せられた。地図の欠けた部分にくっつき、見ている間に地図とかけらの境目がわからなくなる。
そして……地図は完全な一枚の紙になった。
「完成だな」
横で見ていたリーオンがつぶやく。
ラディとレリーナは、小さく頷くしかできなかった。





