違い
授業が終わると食堂で昼食をとり、食べ終わると早々にラディは門へと向かった。
今日は土曜日。
いつものパターンであれば、どこかに扉が現れる。そこにジェイも一緒に現れて、カロックへと行くことになるのだ。
最初の頃はいきなり平日に現れたりとランダムだったのだが、試練が進むにつれてジェイの協力者を呼び寄せる力が安定してきたのだろうか。土曜日の午後に呼ばれることが多くなった。
授業で疲れてから行くのでもなく、自主練習してから行くのでもなく、午前しかない授業でそこそこ肩が温まった状態で向かうことになる土曜日は都合がいい。カロックでの行動がハードで疲れ切ってしまっても、次の日は休みだ。ゆっくり休める。ラディやレリーナにすれば、この日が本当にやりやすいのだ。
ここのところずっと土曜日だったからと言って、今日ジェイが現れるという保証はない。でも、たぶん今日のような気がする。
なので、ラディとレリーナは昨日のうちに待ち合わせることを決めていた。最後に行くカロックは二人で行きたい、とレリーナが希望したので、ラディの部屋から行くように話をしている。ジェイに呼ばれる前に部屋で待機していよう、ということで、待ち合わせて一緒に帰るつもりだ。
門の所には、すでにレリーナの姿があった。軽く手を振る彼女に、ラディも手を振る。二人並んで歩き出し、ラディの家へと向かった。
「もし今日じゃなかったら、明日よね」
「うん。できれば休み明けはやめてほしいな。進級テスト本番だしさ。緊張で疲れた後にカロックはきついよ」
「そうよね。それだって、合格していれば気持ちも軽くなるけど、落ちてたりしたら普段の実力も出なくなりそうだわ」
そんなことを言いながら、二人して笑う。
「カロックであれだけやってるんだ、落ちないって勝手に思ってるけどさ」
少しくらい自画自賛してもいいくらい、実力は上がっているはずだ。
「正直なところ、俺の認定試験を受ける直前くらいまで続くって思ってたんだよな。最後の日に、もう見習いじゃなくなったぞってジェイに言いたかったんだけどなぁ」
「でも、そうなるとカロックに行った時、魔力が落ちちゃうわよ」
「んー、協力者は除外……とはならないかな。余計な心配で終わったけどさ」
結局、この試練の間で進級できたのは一つだけ。数が多くても、毎週のように呼ばれていたから期間的にそうなってしまうのは仕方がない。
最初に満月と新月に呼び出すようなことを言われ、だったらそれなりの期間になるんだろうな、と思っていたのに。実際には、カロックでの満月と新月だった。
カロックとこちらの世界では時間の流れ方が違うらしい。なので、こちらの世界の月齢は何の関係もなく、毎週になってしまったのだ。
「この前、ターシャに会ったの。もうすぐ終わりそうだって話してたら、完成した地図を見せてねって言われたわ」
「以前、ブラッシュにも言われたな。たぶん、カイザックにも言われるだろうなぁ」
飛び入りの状態で、先輩魔法使いのブラッシュやターシャ、グリフォンのカイザックもカロックへ行った。そこで何をするかを知っているから、地図が完成したら見てみたいと思うのも当然だろう。ラディだって、彼らの立場ならそう思う。
家に着くと母のセリーンは買い物に出掛けており、いるのは姉のテルラだけだった。
「あら、レリーナ。珍しいわね」
「お邪魔しまーす」
「この前話してただろ。次で最後になりそうだって。最後は一緒に一つの扉で行こうって話になったんだ」
テルラも飛び入りしたクチだ。もっとも、彼女だけは自分の意思ではなくて偶然に足を踏み入れることになってしまった。それでも、事情を詳しく話すまでもなく通じるのは楽である。
「ああ、そうなの。気を付けて行ってらっしゃい」
テルラに見送られ、二人はラディの部屋へ入る。
「うわ……タイミング、よすぎだろ」
部屋に入った真正面の壁に、ガラスでできたような壁が現れていた。もちろん、普段は部屋にない扉だ。いつもならロネールの敷地内でラディやレリーナのそばに現れる扉だが、二人がここにいるのでこうして部屋に現れたのだろう。最初に出る扉はいつものように、とは言っていたのだが、ロネールでうろうろせずに真っ直ぐ帰って来たのでこうなったのだ。
ラディが軽くノックした。心なしか、最初の頃の扉よりノックの音が硬く、高い。ガラスっぽく見えるから、そう感じるのだろうか。
「よっ。うまい具合に二人でいるみたいだな」
いつものように扉から生えるようにして、ジェイが身体半分を現す。扉と同じく、やはりガラスっぽいジェイ。
「うん、そろそろだろうと思ってたからさ。このままそっちに行くよ」
「そっか。じゃ、頼むなー」
そう言って、ジェイは扉の向こうに引っ込む。それを見て、レリーナがくすっと笑った。
「本当にいつもの通りね。ジェイらしいわ」
「うん。ちっちゃなジェイが本当の大竜になったらどうなるのか、楽しみだ」
変にかしこまったり、緊張の面持ちでいられたりしたら、こちらも堅くなってしまう。
ジェイの性格というのもあるだろうが、そうしてもらう方がラディ達もいつも通りの力が出せるだろう。
「じゃ、行こうか」
ラディが手を差し出し、レリーナがその手に掴まる。
ラディは異世界への扉を開いた。
☆☆☆
最初に訪れる場所、ムーツの丘。今日もいつものように穏やかに晴れている。
そして、そこには前回とあまり色の変わらないジェイが待っていた。
前回カロックへ訪れた時、ジェイの身体はほとんど透明に近かった。さっき扉から現れた時もそうだった。
それが玻璃の森にいた魔物に似ていると言うと、ジェイは自分で色を付けて曇りガラスのような色になったのだ。今も前回の時とほとんど変わらない。
「今日もよろしくな」
二人の姿を見ると、ジェイが小さな手を振る。
「うん。ジェイ、それで……試練の進み具合はどうなんだ?」
「今回で最後になる」
覚悟はしていたが、はっきり言われてどきりとする。
「本当にそうなの? 前回みたいに、やっぱりまだあるみたいだ、とかはないの?」
前回始める時、これで終わりみたいだと言われたのに、いざ終わってみたら地図は完成せず。ものすごい肩すかしになったのだ。
レリーナはまたそんなことにならないかと期待を込めて尋ねてみたが、ジェイは否定した。
「今回、それはないよ」
「はっきり言うんだな。何か根拠はあるのか? 試練を課していた大竜が、次で終わりだぞって告知したとか」
「告知はしないけどさ。今日、向かう場所でわかるんだ」
ジェイだけでなく、大竜は他にもいる。それぞれの竜がこれまでに試練を受けてきたのだが、どの竜も例外なく同じ場所で試練を終えるのだ。
前回はかけらの気配の感じ方がややこしく、これが最後ではないかと思ったジェイ。しかし、目的地をラディ達に言ってから、そこじゃないから最後じゃないと知ったらしい。
最後の場所は決まっていて、今回ジェイがかけらの気配を感じ取っているのがそこなのである。つまり、今日は最終地点へ向かう。
だから、今回で最後になるのは間違いないのだ。
ラディとレリーナはその言葉に内心ショックを受ける。本当に最後なんだ、という淋しさが押し寄せてきた。
「今回行く場所は、ロスクの草原。だだっ広くてさ、延々と草っぱらだけが向こうの方まであるっていう、あんまり面白くない場所なんだよな。山や森なんかははるか遠くでさ。かろうじて川があるくらいかな」
面白くない、というのはジェイの個竜的感想である。
「面白くないって言ってもさ、やっぱり魔物は出て来るんだろ?」
「まぁな。あと、前回はかけらの気配がいっぱいでわかりにくかったけど、最後のかけらって協力者が魔法を使っても薄くてわかりにくいらしいんだ。時間がかかるかも知れないけど、よろしくな」
ラディとレリーナは今回で終了ということで色々と思うところがあるのだが、ジェイはいつもと同じだ。何も思っていないのだろうか。……いや、思っていたとしても、これがジェイなのだろう。
「そんじゃ、まずは魔獣召喚だな。原っぱだから、どんな奴が来たって問題ないぞ」
今まで呼び出した魔獣で、問題があったことなどない。いつものように、協力してくれれば誰でもいいのだ。
「ジェイ、今日が本当に最後なら、呼びたい奴がいるんだ」
「呼びたい奴? シュマ? バルディか?」
「本当なら、今まで来てくれた魔獣みんなに来てもらいたいけどさ。俺が呼びたいのは、リーオンなんだ」
「リーオン? ああ、青の炎馬だっけ。ラディが最初に呼び出した奴だよな」
真っ白な身体に青い炎のたてがみを持つリーオン。ジェイに言われ、ラディがカロックで初めて召喚した魔獣だ。
「炎馬なら飛べるし、何も問題ないよな。いいぞ」
「レリーナもいい?」
魔獣召喚は、協力者の二人どちらかがする。最初はラディしかできなかったが、進級してレリーナもできるようになった。
回数こそ少ないが、レリーナも召喚するようになってきたから、どちらが呼び出しても構わない。それを自分がやると言っているのだから、ラディは一応のお伺いをたてたのだ。
「いいわよ。でも、どうしてリーオン?」
「最初に来てくれただろ。カロックの話はじいちゃんに聞いていたけど、あの時の俺達っていざ自分が本当に協力者をやるとなった時にレベルの低さを露呈してたと思う。こんな奴等が今後やっていけるのかって、思われてたんじゃないかな。だから、あの頃とは違う、成長した俺達をジェイ以外の誰かにも見てもらいたいんだ」
それには、最初に呼び出した魔獣が一番適任な気がする。今回で終わりだと聞いてから、ラディはそんなことを考えていたのだ。
「ああ、そうだなー。ラディもレリーナも、あの頃に比べりゃ見違えるって奴だよ。うん、確かに違いが一番わかるのはリーオンだな」
呼び出す魔獣に問題はなく、試練の中身を知る魔獣なら説明も省けて楽だ。
ジェイの許可とレリーナの承諾を得て、ラディは召喚の呪文を唱えた。
やがて、目の前に現れる光の玉。その縁は濃い青で、初めは拳大だった光はすぐにラディ達より大きくなる。
そして、気付けば目の前には青い炎のたてがみを持つ炎馬が現れていた。
「まさか、本当にもう一度呼ばれるとはな」
最初の試練が終わってからジェイが「またよろしく」と軽く言うので、でも本当に呼ばれるとは思っていなかったリーオンは「気が向けば」と応えた。竜が真に受けるとは思わなかったのだ。
しかし、こうして呼ばれ、自分は協力者の声に応えてしまった。
「へへ、久し振りだな、リーオン。三ヶ月ぶり……でもないのかな。カロックではどれだけ時間が経ってるかわからないけど」
相変わらず、サファイアの瞳が美しい。その瞳が、呼び出した見習い魔法使い達と小さな大竜を見る。
「ラディ……か。とりあえず、私を呼び出した理由を聞いておこう」
名前を覚えてくれていたことに喜びつつ、ラディは呼び出した理由を述べる。
「俺とレリーナは、大竜ジェイの試練に協力している。俺達がカロックにいる間、移動と現れるであろう魔物の排除を手伝ってほしい」
「……」
言い方は多少違っても、同じ内容を魔獣が現れる度に言っているので、ラディの口調はなめらかだ。
「あの時とはずいぶん違うな」
馬の表情の違いはあまりわからないが、口調は少し笑っているように思える。
「そりゃ、あれから十回以上も同じことをしてるんだ。同じだったら、マズいよ」
そう言って、ラディは笑う。
カロックでの最初の召喚でリーオンが現れた時、ラディは本当に現れてくれたことに感動していた。いつも、呼ぶ声に応えて今回も魔獣が来てくれた、という喜びはあるが、あの感動はあの時だけのものだろう。
「何かできるようになったか?」
「何か……」
リーオンは現れた時、ラディに何ができるのかと尋ねた。どう答えていいか迷った挙げ句、大竜に協力できると大声で言い放ったのだ。
それは、自分が半人前だと宣伝しているようなもの。隠しても魔獣には見抜かれるとわかっているので、ラディはあえてそう告げたのだ。
そして、今。
同じことを尋ねられた。いや、厳密に言えば、どれだけの力をつけたのかと尋ねられている。
「まだ相変わらず、大竜の試練の協力者だよ」
前回は勢いで言ったが、今は落ち着いた口調で伝える。
「だけど、正規の魔法使いになるのにあと一歩のところまで来てる。できることはそんなに増えていないけど、一つ一つが強くなってるはずだ」
「そうか。それを確かめるのも一興だな。いいだろう、力を貸してやる」
「ありがとう、リーオン」
名指しで呼び出し、来てくれたからには話を聞かずに断られることはないと思っているが、この言葉を聞くまではやはり不安だ。リーオンが承諾してくれたことにほっとする。
捜す範囲が広いということで、さっそく出発した。
「最後? では、ラディ達がカロックへ来るのも今日で終わりか」
今回で試練が終わると聞いて、リーオンは驚いた様子だ。
「私は大竜の試練の最初と最後を見届けるという、貴重な機会を得た訳だな」
「そういうこと。カロック広しと言えども、そんな魔獣はなかなかいないと思うぞ。あえて同じ奴を呼び出すのは、そう……なくもないかな」
「ジェイ、どっちなんだよ、それ」
いつものように、魔獣の頭にちょこんと乗っているジェイにラディが突っ込む。
「魔法使いによっては、属性の絡みに問題がなければ同じ奴ばっかり呼び出すってこともあるらしいからな。そういう奴を除けばってことで」
「適当だなぁ」
統計をとっているのではないだろうから、その辺りは「たぶん」でしかないのだろう。
「ラディ達は今回を含めて、何回カロックへ来たのだ?」
「二十回ね。二人の協力者だと回数が増えるらしいけど、これってやっぱり多いのかしら。それにしても、キリのいい数字になったものね」
そうなるように仕向けられたのではないだろうが、うまい具合になったものだ。
「ジェイ、あの山を越えればロスクの草原だが……どの辺りまで行けばいいのだ?」
「んー、何とも言えないんだよなー。でも、山のふもと近くにはないと思うんだ。ってことで、しばらくそのまま進んでくれ」
「ジェイは相変わらず、ざっくりだな」
リーオンの言葉に、二人は吹き出した。
「そうだよな。ジェイって本当に誰に対しても態度が全然変わらないよな。出会った時も、今も」
「え? そうかな。だって、誰に対してどう変われってんだ?」
ジェイにすれば、むしろ変わる理由がわからないらしい。
「強そうな魔獣が来ても、頼むよーって言うでしょ。初対面なのに、友達みたいな対応するんだもん。もうちょっと丁寧に頼んだ方がいいんじゃないのって、今まで何度も思ってたのよ」
「んー、ダメならまた別の奴を呼んでもらえばいいかって思ってたからな。それに、最初だけ丁寧に言って、後はへらへらした感じだと逆に怒られないか?」
「それは……ありえそうだな」
頼む時だけ腰を低くしやがって、となってもおかしくない。そのやり方が通じてしまうのは、魔力の強い竜だけだろう。これを人間のラディやレリーナがやったら、単に礼儀知らずなどと言われてしまいそうだ。
「あとどれくらい進めばいい?」
そんなに長話をした訳ではないのに、リーオンはさっき話していた山をとっくに越えてしまい、眼下には草原が広がっている。
ここがロスクの草原らしいが、本当にだだっ広い。前方に何も見えなく、空と黄緑色の地平線だけだ。振り返れば、超えて来たはずの山の影はかなり小さくなっている。
草原の広さにも驚きだが、リーオンの移動速度にも驚く。山の影があれだけ小さくなるということは、相当の距離を移動しているはずだ。いくら障害物のない宙を駆けているとは言え、ひたすら感心する。
「そうだなー。あとちょっと走ったら、適当に地上へ降りてくれ」
ちょっととか、適当とか、あいまいな指示だ。しかし、ここには目印となるような木一本すらもない。指示する方もどうしようもないのだろう。
「では、適当に走る。問題があったら言ってくれ」
前回のことでジェイの性格はだいたい把握しているらしいリーオンは、適当な返事をして進み続けたのだった。





