報酬
休み明け、教室に入って来た担任から白い紙が配られた。
「あー、とうとう来たか」
後ろの席にいるマイズが、小さく溜め息をついた。来るとわかっていても、こうして実際に来ると、やっぱり溜め息が出てしまう。
配られたのは、進級前テストの試験範囲が書かれたもの。やることは進級テストとほぼ変わらないが、この進級前テストに合格できなければ本番のテストを受けることさえできないのだ。
進級前テストが不合格でも、果敢に本番のテストにチャレンジする見習いがたまにいる。本人の強い希望があれば、余程ひどい成績でなければ受けることを許可されるのだが、そこで合格する者はほぼいない。事前テストが不合格なのに、それより難易度が上がる本番のテストで合格するなんて、余程の実力がなければ難しいのだ。
ラディは今、上級クラス1にいるが、一つ下の中級2から試験範囲については担任の口からではなく、こうして紙に書かれて配られる。そこに文字が封印されているので、それを解除しろという訳だ。
大した術でもないのだから口で言ってくれれば早いのに、という文句もちらほら聞かれるが、大した術でもないと言うならそれくらい解け、というのが魔法使い協会側の見解である。
ラディはさっさと紙に封じられた魔法を解き、中身を確認した。そこに列挙されているのは、このクラスで習った魔法のおさらいみたいなものだ。それをいかにミスすることなくこなすか、というところである。
最初に結界を張って、試験終了まで破られないこと。途中でやり直し、または強化することは可。ただし、やり直している間に攻撃対象から攻撃を受ければ、結界を破られたものとみなし、減点となる。
動く的、もしくは幻影の魔物を全て複合魔法で倒す。火と土の爆裂、水と風の氷結、火と風の雷だ。最後に状態異常の負傷者が現れるので、治療する。
これが試験内容だ。本番では、同じ内容でも難易度が少し上がる。
爆裂はカロックで使う回数は少なかったかな。でも、氷や雷は使ってるから、どうにかなるか。治癒はカロックでもしレリーナがケガしたりした時を想定して練習してきたから、これもいけるな。
「ラディは何か苦手な部分ってある?」
マイズが試験範囲が書かれた紙を眺めながら、ラディに聞く。毎日のように自主練習をしている級友には愚問かな、と思いながら。
「状態異常、かな」
「え、ラディにも苦手があるのか?」
聞いておきながら、マイズが驚いて聞き返す。その表情に、ラディは思わず吹き出した。
「オールマイティじゃないんだから、弱い部分はあるって。攻撃魔法はともかく、ここには異常って書いてあるだけで何が出るかわからないだろ。苦手とまではいかないけど、練習量は明らかに他の魔法より少ないからな」
状態異常は毒や麻痺、混乱などがある。普通の傷を治す魔法は何度も練習したが、そういった状態を治す魔法はあまりやっていない。治癒がある程度できる実力があれば、難易度はあまり高くない魔法だ。でも、やり慣れない魔法をテストの時に完璧にこなす、ということが難しい。
「マイズは特に問題ないだろ?」
「うわ、あっさり言いやがって」
「この前言ってただろ。背中を狙われる恐怖を味わっておけって。まさか回れ右するつもりじゃないよな?」
実技の授業を見ていても、ラディの方が間違いなく実力は上。でも、指をくわえてそのままいるつもりはないとばかりに、マイズは「ラディを追い掛ける宣言」をしたのだ。
ラディだって、これまでカロックで鍛えられたのだ。そう簡単に負けるつもりはない。
「あれだけ偉そうに言ったのに、そんなことするかよ。絶対、パスしてやるから」
ラディの言葉でマイズはやる気を出したようだ。
「ああ。さっさと認定試験まで突っ走らないとな」
☆☆☆
次の日。誰もが緊張した面持ちでいた。魔法実技をする場であるフィールドで、順番が来るのを待っている。
審査する担任の他に、二人の魔法使い。試験監督がいるだけでも緊張するのに、クラスメイトの前で一人ずつ課題をこなしていかなければならないのは、あがり症の人間には酷な時間だ。
しかし、どういった状況でも魔法が使えるようにするため、という名目があり、どこの魔法使い協会の修学部でも昔からこの形でやっている。
順番はランダムだ。いつ自分の番が回ってくるかはわからない。ただ、成績上位者はだいたい後半に回されるようになっている……という噂だ。優等生がそつなくこなしてしまうと、自信のない者はそれだけで萎縮してしまいかねないから、ということらしく、協会にすればほんのわずかな優しさ、といったところか。
それならクラスメイト全員の前でやらさなければいいじゃないか、といった意見もあちこちで上がっている。あくまでも、見習い達の間でだが。
その噂がウソか本当か、ラディの順番はなかなか回ってこない。残っているのは、残留組で授業でもそれなりにこなしているクラスメイトばかりだ。その中にはマイズも入っていて、進級組ではラディと二人だけらしい。
半分以上が終わり、ようやくマイズの番が来た。ラディが見ている前で、マイズは襲って来る魔物を撃破してゆく。攻撃魔法の対象は、動く的か幻影の魔物のどちらかを選べるが、マイズは魔物にしたようだ。
正規の魔法使いになったら魔物退治に行きたいと希望している見習いは、幻影の魔物を選ぶのがほとんど。今から少しでも感覚を慣らしておこうというところだ。
マイズは結界を破られかけたが何とか持ち堪え、攻撃は外したりしたものの、時間内に全滅させた。
最後に麻痺状態なっている負傷者の幻影が現れる。壮年と思われる女性で、マイズはどこかぎこちなさも残っていたが治療を終えた。
ほーっと息を吐きながら、マイズが戻って来る。ノーミスではなかったから、結果発表まで合否はわからない。だが、ラディから見てマイズは合格だと思えた。少なくとも、進級前テストとしては充分合格点に足りるはず。
「お疲れ」
「本当、疲れた」
言葉通りに疲れた表情だ。緊張していた分、気が抜けてしまったのだろう。
「やっぱり人間相手の治癒って、幻影ってわかってても怖いよな。失敗すれば自分がその人を殺すってことになりかねないんだし」
獣相手なら、獣には申し訳ないが人間相手よりずっと気楽だ。だが、もしこの魔法を使用するとなれば、人間相手の方がずっと多くなる。だから、避けては通れない。
「傷が大きいと、余計に怖いよな」
ラディの言葉に、マイズが大きく頷いた。
「いつも授業で練習してるより、ずっとひどい傷だった。ここからじゃあまりわからないと思うけどさ。近くで見たら怖いぞ。魔法医師を目指す奴、本気で尊敬する。あんなのばっかり見てたら、毎日気が滅入りそうだ」
マイズだけでなく、自分の番が終わったクラスメイト達は気が抜けたように座り込んでいる。座り込んでないのは、まだテストが終わってない者と、今回のテストは最初からあきらめている者くらいだろう。
治癒、か。俺がカロックでケガした時、ジェイが治してくれたんだよな。レリーナの話じゃ、竜の力の一部ってことででっかい手が現れたらしいけど。ジェイは……緊張なんてしないよな。竜が人間の手当てをするなんて、軽いもんだろうし。
でも、俺がカロックでケガした時って、死にかけたような状態だったらしいんだよな。協力者を無事に帰すことも試練の一部らしいから、万が一、なんてことがあったら……俺が死んでたらジェイは試練失敗になってたとか? そうならないようにって思ったら、やっぱりジェイでも緊張したりするのかも。
もし、そうなら。竜でも緊張するなら、人間の自分が緊張しても当たり前だ。そう思えば気持ちが楽になる。それに、緊張したって構わない。要は失敗しなければいいのだ。失敗したって、時間内にクリアすればいい。もちろん、一番いいのは完璧にすることだが、ミスしても取り返せばいいのだ。
つらつら考えていると、ラディの名前が呼ばれた。気が付くと、他に待っているクラスメイトはいない。つまり、最後だ。
あれ、いつの間にみんな終わってたんだ?
自分の番が最後ということより、みんなが終わっていたことに気付かなかったということに気が向いたせいか、ラディは思いの外緊張せずに済んだ。
担任の「始め」という合図で、ラディは結界を張る。カロックでいつも最初に使う魔法だ。先輩のブラッシュに、危険な所に行くとわかっているなら余裕のある時に張っておけ、と言われてからやるようになった。練習もしっかりしている自覚はあるから、この魔法については楽なもの。
結界を張った直後、魔物が現れる。クラスメイトの番を見ていた限りでは、十体前後出て来ているようだ。この前、カロックに行った時は間違いなくこれまでで最多の魔物が現れて大変だった。それを思えば、この程度の数など何でもない。
複合魔法なら何でもいいので、ラディは氷のつぶてを放つ。水系らしいスライムのような姿の魔物は効果が薄いようなので、爆裂を起こしてふっ飛ばした。それらの攻撃をうまくすり抜けた魔物には、雷を落とした。放電するので、攻撃がうまく当たらなくても麻痺することがある。そこへもう一度雷を落として完全撃破。
気が抜ける程、あっさり終わってしまった。プルレオの森で魔物を相手にしていた時間は、確実にラディの腕を上げるのに一役買っていたようだ。
魔物が消えると、人影が現れる。現れたのは、小さな子ども。三歳前後だろうか。華奢な女の子で、右腕にケガをしている。大人なら多少の耐久力があるだろうが、子どもや高齢者は体力が少ないという点から難易度が上がる。ラディの実力を見越しての幻影だろうか。今まで子どもはいなかったはずだ。しかも、状態異常は毒。時間がかかればますます体力を奪われてしまう。
ラディはしゃがむと、一旦少女の体力を回復させる。治療中に事切れてしまっては困るからだ。毒を消し、それから傷の手当てをする。
レリーナがカロックでケガすることがなくて、本当によかった。もしもの時を考えてずっとこの魔法の練習をしてたけど、使わずに済んだもんな。この魔法、本当ならカロック以外でも使わないで済むに越したことはないんだけど……そうもいかないし。
幻影の少女が笑った。それを見て、ラディは治癒魔法が効いて少女が完治したことを知る。
「そこまで」
テスト終了を告げる声が聞こえた。
「くっそー。何だよ、あの手際のよさ」
マイズは感心するより、怒っている。ラディの魔法のあまりにスムーズな流れに、自分の力のなさを思い知らされて自分自身に腹を立てているのだ。
「練習って嘘をつかないんだな」
ラディが自主練習をしていることを知っている他のクラスメイト達が、そう言ってきた。
練習だけじゃないんだけど……。
自分だけが秘密で個人レッスンをしてるみたいな気がして、他のクラスメイトにちょっと悪いな、などと思うラディである。だが、カロックで大変な目に遭っているのだから、その見返りとも言えるだろう。
結果発表は成績上位者から読み上げられるが、最初に出た名前はやはりラディだった。
進級テスト本番は、来週だ。
☆☆☆
ラディと同じく、進級前テストに合格したレリーナ。この日は軽く自主練習をしてから家に帰って来た。
いつもと同じパターンなら、明日の土曜日にはまたカロックへ行くことになる。ジェイは最後の方になると難易度が上がるみたいだと話していたし、またこの前みたいにずっと魔物の相手をしなければならないのなら、体力を温存しておかなくては。
「ああ、レリーナ。ちょうどよかったわ」
家の門を開けようとしたところで、レリーナは声をかけられた。隣りに住むラディの祖母アリーヌだ。
子どもの頃はラディと同じように入り浸り、ヴィグランにカロックの話を聞かせてもらっていた。ここの夫妻には本当の孫のようにかわいがってもらい、レリーナ自身も本当の祖母のように慕っている。
「おばあちゃん、どうかしたの?」
庭にいるアリーヌに手招きされ、レリーナはそちらへ足を向けた。
「帰って来たところなのに、ごめんなさいね。実は……ヴィグランの部屋から声が聞こえるの。でも、私が見ても誰もいなくて」
明確な言葉が聞こえた訳ではない。だが、確かに声が聞こえる。それがここ何日か続いているらしい。
アリーヌは最初、泥棒でも入ったのかと思ったが、それなら声がするのは妙だ。そんなことをしたら見付かってしまって「仕事」ができなくなってしまう。
声が聞こえたヴィグランの部屋に恐る恐る行ってみたが、誰もいない。誰かいた形跡もない。
空耳かとも思ったが、二日程経ってからまた聞こえた。やはり誰の姿も見えない。その後さらに三日が過ぎたところで、また声が聞こえて。
気味悪いと思っていたが、アリーヌはふと思い付いた。
声はヴィグランの部屋からしている。ヴィグランは魔法使いだったし、彼が生きていた頃は人間ではない存在もよく来ていた。魔法使いではないアリーヌは、ほとんどそれらの姿を見たことはない。ヴィグランが見せないように気を遣ってたのか、相手が普通の人間には見られたくなかったのか。
とにかく、その存在が来ているのかも知れない。ヴィグランがいなくなったことを知らず、呼んでいるのに彼は現れないので日を改めて来て……。
ありえそうなことだが、アリーヌにはその存在が見えない。妖精か魔獣か知らないが、とにかく魔法使いでなければどうしようもなかった。
幸い、孫二人が魔法使い。一人前でなくても、ラディに言えば見えない存在に話をつけてくれるかも知れない。
そう考えた時、窓からレリーナが帰って来たのが見えたのだ。ラディを呼んで待っているより、今彼女に頼んだ方が絶対早い。そう考えて、アリーヌはレリーナを呼び止めたのだ。
「ああ、でも女の子に頼むのは危ないかしら」
話をしてから、アリーヌはレリーナにもしものことがあった時のことに思い至った。
「大丈夫よ、おばあちゃん。あたしが見てみるわ。おじいちゃんに会いに来てる誰かなら、危険なことはないはずだもん」
部屋の中にいるのなら、妖精か小人くらいだろう。魔獣はあまり人間の家の中には入らないから、たぶんその辺りだ。ヴィグランが妖精に借金でもしていて、それを取り立てに来た……なんてことだったら、レリーナもおかしなとばっちりを受けるかも知れないが、さすがにそういうことは考えられない。
「おばあちゃんはリビングの方で待っていて」
一緒に行って、魔法使いでない彼女に危険が及んでは大変だ。まずそんなことはないだろうが、普通の人間がそばにいることで部屋にいる誰かが姿を見せてくれないのも困る。ここはレリーナだけの方が、たぶん都合がいい。
言われたアリーヌは「無茶だけはしないで」と言って、待機するべくリビングの方へと行った。レリーナはヴィグランの部屋がある方へと向かう。
おじいちゃんの部屋、久し振りだわ。
ここに来たのは、ヴィグランのお葬式の後だった。ここにラディと一緒に入り、二人でカロックへと呼び寄せられたのだ。
あの日、おじいちゃんが行けって背中を押してくれたのかしら。
そんなことを思いつつ、レリーナは中にいるかも知れない誰かを驚かさないよう、ノックした。返事は聞こえない。声の主は、もう帰ってしまったのだろうか。
そっと扉を開ける。部屋はしんと静かで、開いた窓からの風が心地良い。この前来た時と何も変わってないように思える。レリーナは中へ入ると、静かに扉を閉めた。
「ねぇ、誰かいる? あたし、ヴィグランの知り合いなの」
ここに来ると言うことは、ヴィグランを知っているということ。彼以外の人間には警戒してるかも知れないので、まずはその点を告げておく。
「あたしはレリーナ。ヴィグランおじいちゃんには、本当の孫のようにかわいがってもらっていたの。誰かいるなら、出て来てくれない?」
そう言って、部屋を見回す。だが、誰も出て来ない。もう出て行ってしまったのだろうか。それとも、まだレリーナのことを警戒して、どこからか見ているのだろうか。
しばらく待っても出て来ないので、レリーナはそばにいることを前提に話す。
「もしヴィグランに会いに来てるのなら……残念だけど、おじいちゃんには会えないわ。三ヶ月程前に亡くなったの。だから、いくら呼んでも来られないのよ」
「ええっ?」
窓の近くにある本棚から、そんな声が聞こえた。やはり誰かいる。まだ帰ってなかった。
「ねぇ、よかったら姿を見せてくれない? あたし、見習い魔法使いなの」
声が聞こえた辺りに向かい、話し掛けてみる。すると、本棚のそばから柔らかな紙が舞うように、ふわりと何かが飛んだ。やはり妖精だ。
薄い緑の衣に、明るい金色の長い髪。背中には透明の羽を持つ小さな少女。見た目だけなら、レリーナより二つ三つ下くらいだろうか。もっとも、妖精の年齢は見た目とは違うから、彼女はたぶんレリーナより年上だろう。
「初めまして。あなたの名前、教えてもらえるかしら」
「チェルンよ。ねぇ、本当にヴィは亡くなったの?」
「ええ、残念だけどね。ここに何度か来ていたのはチェルンなの?」
「うん。久し振りにヴィとお話ししようと思って。なのに、いないから……何か用事があって出掛けてるのかと思ったの。だけど、別の日に来てもまだいないし、旅行でどこか遠くに行ってるのかなって。ヴィのパートナーはいるから、本当に旅行かしらってことは思ってたんだけどね」
アリーヌが話してたように、やはりチェルンは何度か来ていたようだ。この部屋でヴィグランを呼んでいたが、声を聞き付けて彼が現れるということはない。
不審そうな顔でアリーヌが現れたりもしたが、チェルンは魔法使いではない人間と話をしたことがないので、彼女の前では姿を現さなかった。でも、現してヴィグランがどこにいるのかを聞けばよかったかな、と後悔する。
とは言っても、わざわざ彼女の前に現れて、驚かれたりするのもチェルンとしては避けたい。顔を見て叫ばれるとショックなのは、妖精も人間も一緒だ。
結局のところ、ヴィグランがどこに行ったのかわからないまま、何度か訪問することになる。
「今日会えなかったら、しばらく来るのはやめようかと思ってたの。だけど、ヴィはもう若くないから、次にここへ来た時には誰もいなくなってるかもってことも考えて、どうしようかと悩んでたのよ」
妖精は人間に比べれば長寿。妖精にとっての「ちょっとの時間」が、人間にとってはとても長いものになったりする。だから、今回はあきらめて次回に、としてしまったら、今度こそ本当に会えなくなることだってあるのだ。
しかし、もう遅かったようだ。レリーナの言葉で、チェルンはもうヴィグランがこの世にいないことを知らされた。今度、ではなく、もう今回も会えない。
「チェルン、ここにはよく来ていたの?」
「よくってほどではないけどね。たまに気が向いた時、他の仲間とも一緒に来てたわ。彼の面白い話を聞きにね」
気に入った魔法使いの元へ妖精がしばしば訪れる、というのはよくあること。そこには契約関係など存在しないので、本当に気の向くまま。ヴィグランは楽しい話をしてくれていたので、チェルンや他の妖精も来ていたようだ。
「ねぇ、もしかしてその面白い話って、カロックのこと?」
「そうよ。よくわかったわね。もしかして、レリーナも聞いたことがあるの?」
試しに聞いてみたが、やはりそうだった。ヴィグランのするカロックの話は、人間にも妖精にも魔獣にも魅力的に感じられるようだ。異世界という名の魔力だろうか。
「さっき、かわいがってもらってたって言ったでしょ。おじいちゃんの本当の孫のラディと一緒に何度も聞いたわ。それでね、あたし達もそのカロックに行ってるの」
それを聞くと、チェルンは緑の瞳をまんまるにしてレリーナを見た。
「そうなの? それじゃ、竜と一緒に行動したりするの?」
まるで子どものように、チェルンは目を輝かせて尋ねる。
「うん。ジェイって言ってね、すごく軽~い感じの竜なの。今回も頼むなー、みたいな言い方で。大竜だけど、チェルンより少し大きいくらいよ」
レリーナはざっくりとカロックの話をチェルンに聞かせた。
「ヴィと同じようなことをしてるのね」
「大竜の試練はそういうものだもん。だけど、たぶん次で終わりみたい」
「あら、そうなの?」
「ジェイがそう言ってたし、地図もほとんど完成してるから」
試練が早く終わってジェイが一人前になってほしい、と思う反面、やはりどうしてもまだ終わってほしくないような気持ちが今もある。カロックにいる時は大変な時間の方が圧倒的に多いのに、早くかけらが見付かってほしいと思っているのに、また行きたくなるのだ。
「そっかぁ。ねぇ、レリーナ。今度ゆっくり話を聞かせてくれる? ヴィとは違うカロックの話を聞いてみたいわ」
「ええ、いいわよ。あたし、見習いだから、今は学校にいる時間の方が多いの。だから、家にいる時でないとゆっくり話ができないと思うけど、それでもいい?」
「構わないわ。私もそう頻繁に来るって訳でもないから」
気紛れな妖精のこと、また来ると言ってもそれが明日なのか一年後か。
「今日はこれで帰るわ。またね。レリーナに会えて、よかったわ」
そう言ってもらえると嬉しい。カロックへ行くようになったのはラディやレリーナの「功績」ではないが、このことをきっかけにして妖精や魔獣との間が親密になれるのは試練に協力したことへのご褒美みたいなものだろうか。
チェルンは光の帯になって窓の外へと消え、どんな状況になっているのかやきもきしながら待っているであろうアリーヌに報告するため、レリーナはリビングへ向かった。





