表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界マップ  作者: 碧衣 奈美
最終話 完成

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

101/105

回顧

 ハンガーに吊してあるロネールの制服。

 ラディはその袖に呪文を唱えると、同化させていた一枚の地図を取り出した。それを持って、机の前に座る。

「あと一回、か……」

 陽に灼けたような、うっすら茶色い紙。横長に置いた状態で、中央の部分が少し欠けている。

 そこに描かれているのは、大陸、海、小島。それだけだ。文字や記号などはない。いわゆる白地図である。

 大陸は紙面の半分以上を占めていた。復元している途中は何を示しているのかよくわからない線でしかなかったが、ほぼ完成した今ではようやく何か判断できるようになってきている。海を表しているのであろう波模様が申し訳程度に何カ所か描かれ、山らしき絵があり、湖と思われるいびつな丸がいくつか。大陸から近く遠くにいくつもある、ちょっと歪んだ小さな丸で表された小島。

 これまでラディは、幼馴染みで今は恋人のレリーナと異世界カロックに呼ばれ、そこにいる大竜ジェイに課せられている試練の協力者をしてきた。

 最初に呼ばれた時。

 紙でできているはずのこの地図を床に落とし、それがなぜか陶器のように割れてしまった。かけらとなったそれは異世界カロックへと散らばり、それをジェイと一緒に捜すことになったのだ。

 ほぼ週一のペースでカロックへ呼ばれ、かけらを見付けるとそれを復元し、地図は次第に元の形へ戻りつつあった。

 そして、昨日。

 ジェイは、次が最後になるだろう、と言ったのだ。

 確かに、手元にある穴のあいた地図を見る限り、余程かけらが細かく割れているのでなければ、あと一つで完成しそうに思える。ジェイの言う通り、次が最後のカロック行きになりそうだ。

 カロックへ行くようになって三回目頃だったか。別の大竜の試練に協力している見習い魔法使いダイルと会った。

 その時点で彼の地図はかなり完成に近く、その地図を見て自分達がいる場所がどの辺りになるのかを見極めようとした。結局、よくわからなかったが。

 あの時に見せてもらった地図と、今持っているこの地図は同じ地形が描かれているのだろうか。ダイルが持っていた地図もまだ完成ではなかったし、そんな細かい部分まではちゃんと覚えていない。同じだったような、ちょっと違ったような……。

 もっとも、これがカロックの地図かどうかもわからないのだ。試練が今どのくらい進んでいるのか、推測する目安にするためのものかも知れない。

 そもそも、カロックの地図がカロックに存在していたとしても、それを使う人間はいないのだ。いるのは大竜と魔獣、そして魔物と魔力を持たない獣。誰も使わないのに作られるとも思えず、やはり試練の目安にするためのものと考えた方がよさそうだ。

 大竜と魔獣と……と考えてから、ラディはカロックで呼び出した魔獣達を思い出した。

 カロックでは、広い土地を移動するために魔獣の力が必要不可欠。その協力をしてくれる魔獣をラディは何度も呼び出した。

 ロネールを含めた魔法使い協会では、見習い魔法使いが一人で魔獣を呼び出すのは禁止である。そういう規則があるから最初はちゅうちょしたが、ジェイからここはロネールじゃないと言われてラディは召喚術を行った。

 そのおかげで今では召喚にも慣れ、自分の世界で魔獣を呼び出す授業ではグリフォンのカイザックが現れてくれたのだ。

 カロックでもグリフォンを呼び出したし、麒麟やロック鳥、翼狼(よくろう)も来てくれた。天翔王(てんしょうおう)と呼ばれる獅子も複数回現れ、時には彼等に命を救われている。

 そう、命の危険は何度かあった。死にそうになる手前まで血を吸われたり、飛ばされて木に激突したり。レリーナに至っては、空間の歪みでよそに飛ばされた。しかも、連絡を取るために持っていたはずの水晶も落ちてしまって役に立たず。

 それを翼のある猫のシュマが助けてくれた。おかげでケガもなく終わったが、もしあの時通りすがりでしかないシュマがレリーナをラディ達の元へ連れて来てくれなければ。レリーナは最悪の場合、カロックで命を落としていたかも知れない。

 そう、彼等には本当に感謝しきれないのだ。

 今まで本当に色々あったよな。俺はレリーナと二人で行くことになったから回数がその分増えたらしいけど、それだけ冒険もできた訳で……。たまに二人になる時もあるって話は最初の頃にジェイがしていたような気がする。でも、二人になった途端、こんなに回数が増えたら大変だな。ジェイは楽しそうだけど、協力者は一人でいいから回数を減らしてくれって思う竜がいたりするかも。

 一人だとどれくらいの回数になるのか、細かいことは知らない。でも、ラディ達のようにここまで多くないはずだ。もしかしたらロネールの進級テストのように、本試練の前に別の試練があって、その成績如何で回数が変わったりするのだろうか。

 何にしろ、ラディは一緒にカロックへ行くことになったパートナーがレリーナであったことはとてもラッキーだった。小さい頃からよく知った仲だし、お互いにカロックのこともわかっている。

 そして、今では恋人になった。レリーナがラディにとって一番大切な人になったのは、カロックのおかげとも言える。

 次で最後……そう言えば、じいちゃんが最後にカロックへ行った時の話を覚えてないって、レリーナとも話してたっけ。やっぱり思い出せないな。

 最初こそ驚いたが、ラディとレリーナは異世界であるカロックに呼ばれてもパニックにはならなかった。二人が幼い頃、ラディの祖父ヴィグランがカロックの話をしてくれていたからだ。

 聞いていた頃はてっきり祖父の作り話と思っていたが、その時になって彼の体験談だったのだと知る。二人と同じようにカロックに呼ばれ、大竜の協力者になり、魔獣を召喚していたらしい。

 ただ、子どもだったから詳しく覚えている部分は限られている。そもそも、祖父は順序だてて話してくれていたのだろうか。

 一番最初にカロックへ行った時の話をしてくれていたかどうかは……覚えていない。最後の日のことも。

 ラディは、そしてたぶんレリーナも、ヴィグランがカロックへ行って魔獣を呼び出し、魔物を倒した、という話の盛り上がり部分しか頭に残っていないのだ。魔獣が違ったり、行く場所が違ったりするから、新鮮な感じがして話に聞き入っていた。

 でも、細かい部分は完全に抜けているようだ。実際に自分達が行くようになり、じいちゃんの時は……と考えるようになってちゃんと覚えていないことがわかった。

 最後にカロックへ行った時のことを、ヴィグランは一連の流れとしてちゃんと話してくれていたかも知れない。だが、ラディは覚えていない。

 何度か思い出そうとしても、ラディの頭に浮かぶのはヴィグランがとても楽しそうに話してくれていた時の顔ばかりだ。

 まぁ、いいか。

 最後の部分を思い出したら、試練を終えた大竜がどうなったか、ということも思い出してしまうかも知れない。レリーナとも話したが、ここが一番の楽しみな部分。ここまで来たのだ、最後は何の前情報もなしにジェイがどうなるのかを見てみたい。

 やることはいつもと同じ。この地図のかけらを捜すため、魔獣と一緒にカロックを移動する。見付かれば地図を復元し……その後からこちらの世界に戻るまでの間がいつもと少し違うだけのこと。

 最後に大コケして、ジェイにがっかりされたり、大笑いされたりしないようにしないとな。ジェイなら絶対、容赦なく突っ込んでくるだろうから。

 そうなった時のことを少し想像し、ラディはくすっと笑いながら地図を制服にまた同化させた。

☆☆☆

 最後……最後かぁ。

 レリーナは同じことを何度も思い返し、深くため息をつく。

 昨日カロックへ行った時、ジェイから「今日が最後かも」と言われてショックだった。いつか来る日だと知っているはずだったのに。

 召喚されて現れた天駆(てんく)のエルミルは、最後のかけら捜しらしいと聞くと、記念すべき時に来た、と言った。

 そう、最後ということは、ジェイが巣立ちできる日ということ。試練が終了し、一人前(一竜前?)になれるということになる。レリーナ達で言うなら、魔法使い認定試験に合格し、晴れて正規の魔法使いになれるということ。

 そう考えれば、確かに記念すべきで、おめでたい。

 だが、それはジェイとの別れも意味する。正規の魔法使いになっても環境は特に大きく変わることはないが、ジェイは異世界の存在であり、レリーナ達はジェイの所へ気軽に行くことはできない。

 試練が終われば、全てが終わることになる。

 幸いと言っていいのか、昨日で試練が終わることはなかったが、次で本当に終わるとジェイは言った。いつもはどこかおちゃらけているジェイだが、そう言った時の表情はいつになく真面目だったように思える。

「ふう……」

 レリーナは机の上にノートを取り出し、開いた。そこには、レリーナが描いたジェイの絵がある。もう一冊のノートには、カロックで出会った魔獣達の姿が描かれているが、ジェイだけは別のノートに描いているのだ。

 カロックのことを知っているターシャやブラッシュ、ラディの姉のテルラ以外の人にジェイの絵を見られると、これは何だと突っ込まれかねない。なので、このノートについては自分の部屋から出さないようにしている。

 鉛筆だけの絵がほとんどだが、最初の頃のジェイの絵には色鉛筆で色を付けていた。まだ黒っぽい茶色の身体をしていた頃のジェイだ。

 今はほとんど透明に近い身体になっている。玻璃の森で見た魔物みたいだとレリーナが言ったら、一緒にされないようにとジェイは少し白っぽくなったが、とにかく最初の頃とは全然違う。試練の回数が重なっていくうちに薄まっていたから、ジェイの身体の色も試練に関係しているのだろう。

 自分が描いたジェイの絵を見ていると、レリーナは涙が浮かんでくる。

 突然来る別れも悲しいが、来るとわかっている別れも悲しい。

 あたし達、ジェイのことを……ほとんど何も知らないよね。

 カロックへ行き、魔獣と一緒にかけらを捜し、行く手を阻む魔物を退ける。

 そのことに集中して、あまりジェイのことを聞かないままでいた。自分達のことはあれこれと話していたのに、ジェイはどうなの? と聞いていない。本当の大きさは試練が終わればわかるだろうが、それ以外でジェイについて何を聞いただろう。

 たまに同じく試練中だったよその大竜に会ったことがあるが、彼らとは顔見知りのようだった。ジェイのことだから、きっとそういった友達はたくさんいるだろう。

 仲間がいることはわかったが、それなら親は? 兄弟はいるのか。試練は満月と新月に行われるが、その間は何をしてるのか、普段はどこに棲んでいるのか……といった話を何一つしていない。どこそこで寝てる、といった話を少ししたことはあるが、その時にもっと話を広げればよかった。

 あんなに何度もカロックへ行っていたのに、目的地がどんな所なのか、どんな魔物が現れるのかといった話ばかりしていたような気がする。

 今になってこんなことを思うなんて……何をしてたのかしら、あたし。

 手の甲で涙をぬぐいながら、レリーナはノートをめくった。

「……笑ってる」

 意図的に同じ表情を選んだつもりはなかったが、レリーナはどのページにもジェイが笑っている姿を描いていた。十枚以上描いているが、そのうちの一枚だけ拗ねた顔のジェイがいる。

 それを見て、レリーナはくすっと笑ってしまった。

 ジェイは大変そうなことでも軽い口調で言い、現れた魔獣にも本当に頼む気があるのかと聞きたくなるような軽い口調で協力を求め、何かと言えばけらけらと笑って。

 そう、あの小さな大竜はいつも笑っていた。だから、レリーナも無意識のうちに笑っているジェイばかりを描いていたのだ。

 ラディが危険な時はさすがに笑っていなかったが、それでも焦りや困惑、不安といった表情は見せてない。小さいと言われて怒ることはあったが、それは「拗ねる」の延長だ。本気で怒っていたことはない。

 きっと最後の日も、ジェイは笑っているだろう。試練が終われば、満面の笑みを浮かべるかも知れない。そして、元の世界へ帰る協力者の二人を笑顔で見送るだろう。

 そんな気がする。ジェイが泣く姿なんて、想像できない。

 あたしも……笑って帰れるといいな。

 別れの瞬間はきっと泣いてしまうだろう。でも、そばにはラディもいる。レリーナからそうしてほしいと頼んだ。彼と一緒に扉を閉める時には、笑ってジェイに手を振れれば。

 ジェイの絵を眺めているうちに、レリーナはそう考えられるようになってきた。

 しばらくそのノートをぱらぱらとめくっていたが、魔獣達を描いているノートに手を伸ばした。

 あたし達、本当にたくさんの魔獣と会ったわよね。おじいちゃんも会った灰色狼のナーノスや、翼翔(よくしょう)のファイルド。あたしを助けてくれたシュマ。助けてくれたって言えば、シュマ以外の魔獣にもたくさん助けられたわよね。あ、炎獅子(えんじし)のリジオルに子どもを見せてって言ってたのに、見られてない! ああ、残念……。今更言っても間に合わないけど、他にカロックでやり残したこと、ないかしら。

 その日は夜になるまで、レリーナはノートを見ながらこれまでのカロックに思いを馳せるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ