未完成
その後も、気の休まる時間はほとんどなかった。
こちらはプルレオの実に興味なんてこれっぽっちもないのに、取られると思い込んだ魔物達が威嚇してくる。威嚇だけでなく、先手必勝とばかりに飛び掛かってきたりもした。話してわかる相手でもないので、向かって来た魔物に遠慮はしていられない。
ラディは時々、あえて火の魔法を使って対処し、ジェイにかけらの気配を感じ取るように促した。これなら、終わった後で改めて火の魔法を使う必要もなくなる。
その場を一掃したら、新手が来る前にジェイが言う方へと走った。
獣系の魔物はもちろんだが、プルレオの木に化けた魔物の木にもまた出会った。さっきラディに焼き尽くされた木を見ていればちょっかいを出さないのでは、という淡い期待をしていたが、残念ながら裏切られる。ラディ達はかけらを捜すために移動するから、そんな離れた所にいる同族のことなど知りようがないのだ。
木に化けていても、実際は魔物だから多少なりとも動く。幹部分の幅こそあまりないものの、巨大な魔物を相手にしているような気分だ。
「こんな大きな身体の奴、何度も相手にできないぞ」
火を使って一気に焼き尽くしてもいいが、完全に消し去る前に別の魔物が来ても困る。相手にしないで逃げようとしても、ツルを伸ばしてくるので厄介だ。
「木が動くのが面倒なら、いっそ凍らせちゃえばどう?」
自分が得意とする魔法ということもあるだろうが、火を使いにくいのであれば、とエルミルが提案した。とにかく、相手が動かなければいいのだ。
「そうだなー。じゃ、みんなで凍らせて、それを風で斬っちゃおう」
ジェイの言い方だと、魔物を斬る相談に聞こえない。それについてはあまり突っ込まず、全員が氷結の魔法を使い、木を凍らせた。
何かされると悟った木がツルを伸ばして術者を捕まえようとしたが、その前にどんどんツルの動きが緩慢になる。目の前まで伸びたものの凍って動かなくなったツルを、エルミルがその爪で叩き落とした。落ちたツルは砕け、そのまま溶けるように消える。
やがて、ツルだけでなく木全体が凍り、攻撃されなくなった。だが、しっかり凍っていないツルは何とか動こうとして、ふるふると震えている。
「氷から脱出される前に斬るぞー」
ジェイのかけ声で、風の刃がいくつも飛ぶ。氷漬けにされた木の幹がかまいたちの力でどんどん斬られ、凍った木の幹が地面に落ちた。全体の半分もなくなると生命維持はできないようで、氷漬けの木はその場からなくなる。
「よーし、行こうぜ」
ラディとレリーナはさすがに疲れてきたが、ジェイは元気だ。
「ねぇ、ジェイ。まだ遠いの?」
「んー、もうかなり近くなってるぞ」
ジェイの答えを聞いて一旦はほっとしたレリーナだが、はっとする。
かけらに近付くということは試練が終わるということ。そうなると、もうカロックへ来ることはなくなるのだ。
そのことを認識すると、急に淋しくなってくる。このお茶目な竜とも会えなくなるのだ。
かけらに近付いてほしくないような、でも、このまま同じ状況が続けば魔力も体力も尽きてしまうから早く終わってほしいような、複雑な気持ちだ。
ジェイに言われ、ラディがまた小さな火を出す。
「ちょい待ってて」
ジェイはあるプルレオの木の上の方へ上がって行く。幹に手足をかけて上ることをしなくて済むので、ふわふわと浮かんでいるのは相当楽に違いない。
そのままジェイは、緑の葉がたっぷり茂る中へと入って行く。ジェイのサイズなら、草むらの中へ入って行くようなものだろうか。葉に隠れてその姿が完全にわからなくなる。
「これで……最後なのかな」
枝葉の間に消えたジェイを見守っていたレリーナがつぶやく。
「そうかも。だけど、じいちゃんや他の協力者に比べれば、オレ達はカロックへ来る回数がずっと多かったんだから、ラッキーじゃないかな」
「あら、試練はこれで終わりなの?」
そうとは聞いていなかったエルミルが、ラディ達を交互に見る。
「始める前に、最後かなってジェイがつぶやいてたから……たぶん」
ラディは視線を落とし、小さく頷いた。
「じゃあ、記念すべき時に私は来たということね」
「記念……そっか、最後ってことは、ジェイが一人前になる記念の日なのよね」
だったら、淋しくても祝ってあげなくては。自分達が何度も来ることになった分、ジェイは他の竜より試練が終了するのが遅かったということになる。それがようやく終わるのだから。
「あったぞー」
そうは思ったものの、葉っぱの間からジェイが顔を出して嬉しそうに報告してくるのを聞くと、レリーナはやはり淋しさを感じずにはいられなかった。
「来る時に話を聞いていたけど、そんなものを捜すのが試練なの?」
やはり誰もが思うようなことを、エルミルも口にした。この辺りはもうお決まりである。
「そうそう。何だよ、これくらいって思うだろ? でも、捜すまでが大変なんだよなー。さーて、復元だけど……場所、変えた方がよさそうだな」
ジェイがかけらを探し出すのを待っている間に、また魔物達が周囲に集まり始めていた。
実にありついている魔物は近くにいないから、実の取り合いではなく、ラディ達を獲物とみなした魔物達だろう。確かにこんな場所でゆっくり地図の復元なんてやっていられない。
「オレ達が魔物を攻撃してる中でだと、ラディ達も落ち着いて復元なんかできないだろ。エルミル、頼む。森を出ようぜ」
「ようやくここから出られるのね。二人とも、さっさと乗って」
エルミルに促され、ラディとレリーナは急いでエルミルの背中に乗った。その動きに気付いてか、周囲にいた魔物達が彼等を囲む輪を急速に縮めてくる。
だが、襲い掛かって来るのを待つつもりはない。二人の人間と小さな大竜が乗ったことを確認すると、エルミルは地を蹴った。下では魔物達が吠えているが、その中に飛べるタイプはいないようで、追って来る気配はない。
この周辺は枝が大きく広がって、上空へと抜けられそうな場所がなさそうだ。しばらくエルミルは下にいる魔物達が届かない程度の高度で飛んでいたが、枝と枝の隙間が大きく開いている場所を見付け、そこから抜けて一気に森の上空へと飛び出した。
☆☆☆
プルレオの森は広い。その広い森の中央近くにまで来ていたようで、エルミルはしばらく森の上空を飛んでいた。
やがて森が終わり、気付けば眼下には草原が広がっている。その広い草原を割るように幅広の川が一本流れていた。
「ジェイ、この辺りでいいかしら」
「ああ、エルミルの降りやすい場所で降りてくれ」
エルミルはゆっくりと高度を下げ、やがて川のそばに降り立った。周囲に魔物がいそうな気配はない。今回カロックに来てムーツの丘を出発してから、ようやくほっとできる時間が来たような気がする。
「じゃ、復元頼むな」
ジェイがラディにかけらを渡す。小さな身体のジェイが持っていると大きく見えたが、ラディが受け取ると手のひらの半分より少し大きいくらいでしかない。
「レリーナ、やる?」
ラディが尋ねたが、レリーナは首を横に振る。
「ううん、ラディがやって」
「いいの?」
「うん。お願い」
後半になってレリーナも復元の魔法を使うようになった。術そのものはそんなに複雑なものではないし、今まで失敗はしていない。だが、呪文を唱えているうちに感極まってきそうな気がして、ちゃんとできないような気がしたのだ。
レリーナに託され、ラディは制服の袖に同化させていた地図を取り出す。それを持って、復元の呪文を唱えた。小さくても厚みのあったかけらは、呪文の効果を受けてどんどん薄っぺらくなってゆき、九割以上復元されている地図の方へと引き寄せられてゆく。やがて、地図本体と完全に同化した。継ぎ目となるような線も見えない。
「……」
「……」
「おっし。今回も無事に終わったな」
ジェイが嬉しそうに言うが、ラディとレリーナはぽかんとしていた。
ラディの手元にある地図。復元が終わっても、まだ完璧な形にはなっていない。ページ全体の中で中央部分が破られているような、ほんの少しだが欠けた状態だ。
「どうしたんだ?」
「ジェイ……今回が終わりって」
「え? 終わりかもとは言ったけど、そんなはっきり言ってないだろ」
ラディの言葉を、ジェイはあっさり否定した。
確かに、終わりかも、という言い方ではあったが、その口調はほとんど「終わりに違いない」雰囲気だったのに。
「何よぉ、もう。あたし、いきなり終わりだって言われて、すっごく淋しいと思ってたのにぃ。かけらが見付かってほしくないような、でもジェイの試練を早く終わらせてあげたいとも思ってたのよ」
文句を言いながら、レリーナは涙が浮かんできた。
「あんな環境でのかけら捜しだと、これで最後かなーって思ったんだ。それに、断定はしてないってば」
ジェイが人間の姿なら、きっと頬をふくらませて反論しているような口調だ。
「とは言っても、目的地を言ってから違うなー、とは思ってたんだよな」
「何、それ。どういうことだよ」
「聞いた話だと、最後は森じゃないってことなんだ。で、やっぱりまだ最後じゃないかもって言おうと思ったんだけど、タイミングを失ってさ。ごめんごめん」
笑ってゴマかそうとしているジェイ。竜でもこんなことをするのかと、ラディはあきれかけた。
「もうっ、びっくりさせないでよね」
涙声で言いながら、レリーナはジェイを掴まえると強く抱き締めた。
「いきなりお別れになっちゃうの、淋しいじゃない」
「……ん、そうだな」
ジェイが小さく頷いた。
「ずいぶん慕われたものね、ジェイ。別の種族でそんなに好意を寄せられることなんてないわよ」
エルミルがそう言って、笑う。
「うん、オレもそう思う」
そう言って、ジェイも笑った。
「何だか肩すかしだな。森にいる間は必死だったけど、森を出てからここへ来るまでにこれで最後だって思ってたからさ」
「ん……。でも、次が最後だ」
「え?」
二人の声が重なる。何だかムーツの丘でのシーンが再開されたような気分だ。
「そんなこと言って……また今日みたいなことになるんじゃないの?」
「そうだといい……のかどうかわかんないけど。ラディが持ってる地図の欠け具合を見る限り、その大きさで二回も三回もあるとは、正直なところ思えない。それに……ラディもレリーナも前から思ってるようだけど、オレの姿も最初に比べてずいぶん変わっただろ」
言われて、二人はどきりとする。ジェイの方から自分の姿に言及したのは初めてだ。前にもラディが色が変わってると言ったが、そうかー? と明らかにはぐらかしていたのに。
「この色具合から見ても、終わらない方がおかしいからな」
「……もうさっきみたいに、まだ終わらない、なんてならない?」
「絶対、とは言わないけどさ。こればっかりはオレの意思でやってる訳じゃないからな。でも、たぶん終わる」
たぶん、とは言ってるが、今度こそ断定に近いと考えるべきだろう。ジェイの身体の色が試練とどう関係するのかわからないが、少なくとも地図はほぼ元に戻っているから。
「そっか。じゃ、次に来る時は俺達も覚悟を決めて来るよ」
いつか終わりが来るのはわかっていること。そして、それがついに来るだけだ。
「今回については、これでおしまいね。試練の終了を見られなかったのは残念だったけど、楽しかったわ」
色々助けてくれた魔獣に、ラディとレリーナはそれぞれ礼を言った。
「じゃ、次も頼むなー」
ジェイが言い、二枚の扉が現れる。帰りの扉だ。
「あ、あの……ジェイ」
その扉を見ていたレリーナは、ジェイの方に向き直った。
「ん?」
「次が本当に最後になるなら……カロックへ来る時の扉はラディと一緒にしてほしいの」
「扉を一つってことか?」
「レリーナ?」
「ラディ、ごめんね。一人で勝手なこと言って。あたし、ジェイの試練が終わって帰る時に、自分だけで帰るのがいやなの。だから、ラディと一緒にいたい」
行く時はいい。でも、帰って一人でいるのがつらくなりそうだ。今度はちゃんと覚悟ができるだろうが、それはそれ。友との別れが淋しくないはずがない。
「オレは構わないぞ。扉が少し増えようが減ろうが、使う力はそんなに大した差もないからな」
「俺もいいよ。じゃあ、呼び掛ける時はいつものようにして、扉は俺の部屋に出してくれるかな。レリーナ、それでいい?」
あまりおかしな場所を指定して、最後の最後に無関係の人の目についてほしくはない。それならどちらかの部屋ということになるだろうが、女の子の部屋に押し掛けるのも考えもの。だったら、ラディの部屋が一番適してるだろう。
「うん。ありがとう、ラディ」
「じゃ、そういうことで。次の満月の日に呼び出すよ」
ジェイとエルミルに見送られ、二人は扉を開けて自分の世界へ戻って行った。
「ねぇ、あの子達、大竜の姿を見たことがあるの?」
「ないな。レリーナが俺の手だけを見たくらいだ」
ほんの少しだけ考え、ジェイはそう答えた。
「そう。無事に終わるといいわね、試練」
「問題ないだろ。協力者があの二人なんだから」
扉があった辺りを見ながら、ジェイは自信たっぷりに言うのだった。





