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異世界マップ  作者: 碧衣 奈美
第十九話 いつか来る日

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増す力

 レリーナの足が浮いたのは、突然だった。

 横から黒っぽいツルが伸びてきてレリーナの身体に絡み付くと、そのまま持ち上げたのである。

「きゃっ」

 結界は張ってあるが、魔法を向けられた時に発揮するものだから、こういったツルに巻き付かれるという攻撃は防げない。

「レリーナ!」

 その悲鳴に気付き、ラディがそちらを見るとすでにレリーナの身体が持ち上げられたところだった。二階の屋根より高い位置になるまではほんの一瞬。

 そのツルに向かって白い石のようなものが飛び、ツルはあっさり切れる。レリーナの身体は解放された。

 そこまではいい。だが、人間には翼などないし、飛行能力もないのだ。

 持ち上げられていたレリーナの身体は、カロックにも存在する重力に引かれて地面へ向かう。ラディが走っても、追い付くことは不可能だ。追い付けたとしても、その高さから落ちた人間を受け止めようとすれば、二人とも無事ではいられない。

 しかし、レリーナが落ちて行くその下でエルミルが待ち受け、その背でレリーナを受け止める。レリーナは傷一つなく、地面に足を着けた。

「ありがとう、エルミル」

 何とか降りたものの、レリーナはそのままエルミルにもたれかかる。驚いて力が抜けそうになっているのだ。

「安心しないで。私がしたのはツルを一本切っただけ。本体はまだそこにいるわよ」

 さっきの白い石のようなものは、エルミルが飛ばした氷だ。鋭く尖った氷のつぶてが、レリーナを捕まえたツルを切ったのである。

 そのツルは、すぐそばに立っている木から伸びていた。

「木に化ける魔物ってあれか。完全に木じゃないか」

 周囲にあるプルレオの木とほとんど変わらない木。若干、幹が細いかな、と思う程度で全く見分けがつかない。だが、本物のプルレオの木と違い、黒く太いツルが数本、幹から伸びてうねうねと動いていた。あのうちの一本がレリーナを捕まえていたのだ。

 改めて動くツルを見たレリーナは、背中が寒くなった。以前にもこの類の魔物に捕まえられたことがあるが、植物の魔物は顔がない分、普通の魔物より不気味に思える。精神的な恐さに包まれるのだ。

 ふと気配を感じて見回せば、大型の獣の姿をした魔物達がラディ達を囲んでいる。木に捕まえられる前に自分達が捕まえようと思ったのか、近くを通った時にちょうど目に付いたから襲ってやろうと単純に考えたのかは知らない。

 とにかく、魔物達は明らかにこちらを狙っていた。

「こんな時に限って、次々と現れてくれるよな、魔物って」

「ラディ、あの木の方をまかせた」

「俺? ……え、俺だけ?」

 何でもないように指示され、ラディはジェイの方を見た。

 本物のプルレオの木と同じくらい、高い木……の姿の魔物。実際がどんな姿かはともかく、かなり大型には違いない。今のところ、この近くには一体しかいないようだが、少なくとも大きな姿になれる魔物だ。

 それをいきなりまかされ、ラディは戸惑う。

「ラディはそっちだけに集中しろ。こっちはオレ達で何とかするから。この際、あれこれ言ってられないから、火を使え。そいつの弱点は火だから。ただし、できるだけ短時間で済ませろよ」

「わかったけど……ジェイ、注文が多いぞ」

 言いながら、ラディはレリーナを捕まえようとした木と改めて対峙する。

 周囲にあるプルレオの木と本当によく似た魔物だ。これなら、実にばかり気を取られている魔物達は気付かずに近付くだろう。実際、ラディ達もわからなかった。この魔物にすれば、入れ食い状態に違いない。

 黒っぽいツルが、見ている間にどんどん増えてくる。レリーナを捕まえていたツルが切られた時は二、三本くらいだったのが、今では十本近くにまでなっている。

 はっきり言って、動いてるツルはヘビみたいで気持ち悪い。一体、どれだけの魔物を喰うつもりなのか、喰って来たのか。

 そして、その喰うつもりの中にレリーナが入ったのだ。

 そばにいたエルミルがすぐに助けてくれたから無傷で済んだが、タイミングによっては喰われかけてたかも知れない。どこが口にあたる部分かわからないが、襲うからには自分の中に取り込もうとするはずだ。

 そこまで考えて、ラディは腹が立ってきた。

 自分の大切な人が襲われ、喰われかけたのだ、当然のように怒りがわく。カロックに来れば危ない目に遭うことはわかっているが、レリーナが襲われるのを見て冷静でいろ、という方が無理だ。

 レリーナに手を出したことを後悔させてやる。

 拳を強く握りしめ、ラディは木を睨み付けた。

 ラディの気迫に気付いたのか、太い木のツルがラディに向かって伸びて来る。ラディはそれを風の刃で叩き斬った。ぼとぼとと重い音をたててツルが地面に落ち、痛みなのか恐怖なのか、残った部分のツルがぶるぶると大きく震える。

「しつこいっ」

 まだ数はあるとばかりに、残ったツルが次々とラディに襲いかかった。しかし、ラディは続けざまに風の刃を放ち、ことごとく切り刻む。

 幹にも当たった刃があり、カツッという本当の幹に当たったような音がした。本当の木ならそのまま立っているはずだが、魔物は苦しそうに木に似せた身体をよじる。

 これは相手が悪いと思ったのだろう。木の姿のままで魔物は後ずさりを始めた。本当に土に根を張っているのではないので、動けるのだ。根の部分は本来の足なのか、それらしく歩くような動作をする。

 だが、ラディはそのまま逃がすつもりはない。

「逃がすかっ」

 ラディが重力強化の呪文を唱えた。そろそろと逃げる仕草をしていた木が、途端にその動きを止められる。上の方の枝葉が震え、どうにかしようとしているようだが、ラディの力がそれを許さない。

「燃え尽きろっ」

 大きな火が大きな木の根元から幹に沿って一気に燃え上がる。一瞬のうちに、木全体が炎に包まれた。その場に巨大な火の柱ができる。

 木にとっては意外な反撃であり、思いもしない早業だっただろう。なす術もなく、その場に立ち尽くしているように見えた。

 木がゆっくり倒れそうになるのを見て、ラディはさらに重力と火の勢いを強める。動けないよう地面に張り付け、さらに強い火で燃やしたのだ。

 やがて、他の木々に被害を広げることなく、魔物の木は燃え尽きて消える。他の魔物と同じように、その身体は残らなかった。放っておいても死んだことで消えたのか、ラディの火に焼き尽くされたのか。

 どちらにしろ、この近くに同じような魔物がいてこの状態を見ていたら、ラディ達に手を出すことは控えるだろう。ツルを斬られるだけならまだしも、完全に焼き尽くされてはかなわないだろうから。

 一方、自分達を囲む魔物と対峙するジェイ達。

 怖い目に遭ったが、腰を抜かしかけてる場合じゃないと、レリーナはお腹に力を込めた。少し足が震えるが、気にしないことにする。

 目の前にいるのは大まかな形としては犬だが、犬と一括りにしては犬に申し訳ないような、醜い顔の魔物達。十匹はいそうだ。とにかく、みんな大きい。四つ脚だから体高はレリーナより低いものの、重さはきっとレリーナよりずっと上だ。後ろ足で立てば、レリーナの身長なんてすぐに抜かされてしまう。

「レリーナ、さっきも言ったけど、特に有効な魔法はないから。自分のやりやすい魔法でいいぞ。どんとかましてやれば、すぐに消えるからさ」

「うん、わかった」

 ジェイに軽く言われ、レリーナは苦笑する。何とも微妙なプレッシャーだ。どんな魔法でもいい訳だが「どんとかまして」やらなければ、消えないということ。効果的な魔法がない分、生半可な力では一掃するまでに時間がかかるのだ。強い力、もしくは急所に当たらなければ。

 強い力、なんて無理よね。あたしにそんな力はないもん。でも……弱い力でも、同じ所を攻め続ければダメージはそこにたまるはずだわ。大きな力を使おうなんてできないことはやめて、できることをやらなきゃ。

 レリーナは攻撃の呪文を唱える。自分の前にいた魔物に飛んだのは、氷のつぶてだった。急所がわからないので、とにかく顔を集中して狙う。目に当たればかなり動きが制限されるだろうし、そのまま襲い掛かって来ても目測を見誤ることだってあるだろう。そうなれば、こちらの逃げられるチャンスが増える。

 それに、当たり方によっては牙を折ったり欠けさせられるかも知れない。相手が悪いと魔物が考えて逃げてくれれば、こちらも楽になる。

 氷の魔法については、以前に先輩魔法使いのターシャからコツを教えてもらっていた。得意とまではいかないが、かなりいい感じになっている……ような気がする。その成果を試す時だ。

 風の刃のように切れるのではないが、氷は固形でしかも尖っている物もあるからダメージにはなる。レリーナに攻撃された魔物は、その身体に氷を受けて後ずさった。

 出せるのは拳より少し小さい氷だが、何度も出している中でたまに拳より一回りも二回りも大きな氷が出る時がある。それが見事に魔物の眉間に当たった。そのまま魔物は煙になる。

「やった」

 これに気をよくしたレリーナは、別の魔物にもその攻撃を繰り返す。

 そばにいるエルミルは、レリーナの何倍も鋭く重い氷のつぶてを放っていた。もしくは素早く相手に近付き、その鋭い爪で直接攻撃したり。雌であっても、やはり天翔王(てんしょうおう)と呼ばれる魔獣の力は強い。動きがなめらかで鮮やかだ。

 ジェイは風の刃を放っていた。が、普段よりその刃の形が大きい。ラディはもちろん、レリーナもしっかり見ていた訳ではないが、いつもの倍以上はあった。そのため、一度攻撃が当たっただけで魔物達は消滅してゆく。

 この様子をラディが見ていれば「いつもより本気でやってる?」なんてからかわれただろう。

 実際、ジェイは少し本気を込めてやっていた。いつも力を抜いている訳ではないが、いつものようにやっていては、時間がかかる。時間がかかれば、こちらの気配に気付いて多少なりとも興奮した魔物が参戦してくる可能性があるのだ。

 今は十匹前後で済んでいるが、のんびりしていたら新手が現れて終われなくなるかも知れない。まして、今はラディに火を使って魔物を退けるように言った。火を使えば、さっき話していたように森を燃やされることを懸念した魔物が現れ、襲い掛かって来ることもある。そんな誤解をした魔物まで相手にしていられない。

 この森は広いのだ。果実を目的にした魔物と、その魔物を目的にした魔物がどれだけいるか見当も付かない。そんな膨大な数の魔物に関わっていたら、時間や魔力がいくらあっても足りなくなってしまう。

 少しの数をレリーナが、現れた魔物のほとんどをジェイとエルミルで退けた。その時には、ラディも木の魔物を燃やし尽くしていて、周囲は急に静かになる。

「よし、このまま移動するぞ。ラディが大きな火を使ったから、かけらの気配もはっきりしたからな」

 言われるまま、ジェイに導かれて一行は出発する。

「レリーナ、どこもケガはないか?」

「うん。さっきはちょっとびっくりしすぎて力が抜けそうになっちゃったけど」

 何かされる前にエルミルが解放してくれたし、落ちそうになったところも彼女に助けてもらって助かった。

「エルミル、助けてくれてありがとう」

 レリーナは改めて、助けてくれたエルミルに礼を言う。

「どういたしまして。そういうのも含めて、協力でしょ」

 人間の姿なら、きっとわずかな笑みを浮かべているだろう。

「ラディ、思ってたより早く始末できたな」

「何とかね。ジェイ、どうして俺だけに木の相手をさせたんだよ」

 仲間は偶数いるのだ。半分ずつで対応してもよかったはず。

「複数で火の魔法を使ったりしたら、気配が余計に強くなって他の魔物を呼び寄せる心配があったからな。それに、今のラディの実力ならあれくらいの魔物は何とかなると思ったしさ」

 こんな小さな姿で誰にでも軽い対応するジェイだが、確かに竜なのだ。その実力は間違うことなく感じ取れる。

 エルミルは水系だから火は使えない。レリーナは使えるが、彼女の魔力レベルではきっと時間がかかる。複数の相手をするならラディより自分の方が適任。

 そういったことを判断しての振り分けだ。

「それに、ラディなら怒りも後押しして火の魔法が強くなるだろうって思ったからな」

「怒り?」

「レリーナが襲われただろ? だから、何すんだって怒るだろうって」

 ジェイの指摘に、ラディは返す言葉に詰まる。実際、頭にきて火の魔法を使っていたから。落ち着いて考えれば、いつもの自分がやるより火の勢いが強かったような。

 まさかジェイにそんなことを見抜かれるとは思わなかった。

「ほら、一つ目巨人にレリーナが捕まりそうになった時も、ラディの力がいつもより増してただろ」

 前のことまで持ち出され、ラディは何も言えない。

「二倍増し、三倍増しに……んー、三倍まではいかないか。でも、いい感じで強い力が出せるしさ」

「あら、あなた達、単に大竜の協力者じゃなく、パートナーだったの?」

「え、ええ……まぁ」

 赤くなりながら、レリーナが頷く。

「なるほど。ジェイの判断は正しかったという訳ね」

「そうだろー」

 エルミルにほめられ、ジェイは嬉しそうに胸を張ったのだった。

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