12話 探索者試験開始
しばらく森の中を歩くと、突然視界が開けた。目の前には大きな口を開けた洞穴が、その手前には柵を配置して出入りを規制している。ここが目的地で間違いないだろう。
「かぁ~、やっと着いたぜ……」
カメリアが、大きく伸びをして身体のコリを解す。俺とアサギも、やっとついた安堵感からホッと息を吐いた。
「さて、目的地には着いたわけだけど……あそこに立ってる人達にこの紙を渡せばいいのか?」
「そうじゃない?兵士には見えないから、多分探索者ギルドの職員だと思うわ」
洞穴の前に配置された大きな扉。その手前に2人の男が立っていた。格好は最低限の装備は付けているけど、多分探索者じゃないだろう。見る限り、素人が危険だから装備を付けているって感じだ。あっちもこちらに気付いたのか、手を振ってくれている。
「……じゃあ、行くか」
「うん」
3人と1匹で、職員の人たちの前まで進む。2人とも男性で、1人は中肉中背。茶色の髪を丁寧にカットした、やや几帳面さを感じさせるお兄さんだ。多分アサギたちよりも年下じゃないか?もう1人は、背も高く肩幅も広い。見るからに冒険者や探索者って感じなんだけど、立ち姿や身体の動かし方が素人に見える。この人も恐らく職員なんだろう。黒髪に厳つい顔つきで、かなりの強面だけど、逆にそれで素人ってのが面白い。この人はアサギたちと同じくらいの年齢かな。
「お前さん達は、探索者試験を受けに来たのか?」
厳つい職員の方が俺達に聞いてくる。こっちの人が上司なのかな?
「はい。これが受験書です」
俺達の情報が書かれた試験の受験書を渡す。それを受け取って、ざっと目を通す。まあ、細かく書かれた者じゃないから一瞥で十分だろう。
「確かに。で、どうする?すぐに潜るか?」
「そうd……」
「い、いくつか質問をしても良いですか?」
俺が了承の旨を伝えようとしたら、アサギに止められた。なんだよ、ここまで来たんだから後は中に入るだけだろ?そう思ってアサギの方を見ると、口に人差し指を当ててウインクされた。なんだ?何か聞きたい事でもあるのか。まあいいや、こういう場面はアサギに任せると決めてある。俺達は、アサギの質問が終わるまで口出ししないで、静かに待とう。
「それは構わないが、試験のヒントになる様な事は答えられないぞ」
「はい、それで構いません。まず、恐らくその穴から中に入るのだと思うのですが、聞いていた話だと外側からロックされて、試験が終わるまでは中から出れないと聞きました。ですが、見るとそう言う仕掛けがあるようには思えません。これは、情報が間違っていたのでしょうか?」
アサギが、余所行きの口調で厳つい男に話しかける。ああ、自分たちが得た情報が正しいのか精査しようとしてるのか。
「その情報は間違っていない。これは、あくまで外から中に入らないようにするための扉だ。君が言っている仕掛けは、穴の中に入ったところにある扉の事だ。我々が、そこまでは同道するが、そこからは君たちだけで進むことになる」
アサギは、自分が手に入れた情報をメモに纏めていたらしい。その情報が合っているかをメモに追記していく。ああやって答え合わせをして、正しい情報だけを残すつもりなのか。
「ありがとうございます。次に、もし我々が棄権を宣言した場合、あなた方はどのようにそれを認識するのですか?」
「ふむ……。今回の受験者は、随分としっかりしているんだな。中には、ここまで辿り着いたことで気を抜いて、我々に確認も取らずに中に入る輩もいる。ついこの前も、君たちみたいに男1、女2の冒険者グループが受験を受けに来たが、こちらが何かを言う前に男が中に入ってしまってな……。これはダメだと思ったものだが、誰よりも早くクリアしてしまった。まったく、あんな出鱈目な男は初めて見た」
それ、多分知り合いです。アサギも平静を装っているけど、汗が顎を流れ落ちる。それにしても、ソウルの奴何も聞かないで中に入ってクリアしたのか。確かに、この人が言うように出鱈目だ。でも、それでこそだな。俺達も、こんなところで躓く訳にはいかなくなったな。
「すまない、君たちには関係ない事だったな。棄権の宣言についてだが、この施設は我々探索者ギルドが管理しているものだ。元々自然にできた洞窟だったのだが、それを試験に使って探索者になるためのハードルを上げたのだ」
「なぜそのような事を?リーザスの町としても、願いの塔に挑戦する者が多い方が利益を見込めると思うのですが」
「試験を設ける前の探索者の死亡率が洒落にならなくてな。ギルドとしても、なりたいと言う者を止める権利が無かった。だから、能力が無いのに一攫千金を狙って願いの塔に入り、そのまま帰ってこない者たちが多かったのだ。それを防ぐために、探索者ギルドは試験制度を導入し、受験資格を最低でも冒険者としてCランク以上としたのだ」
へえ、そんな過去があったのか。確かに今の制度が無ければ、金に困った奴らが無理を承知で願いの塔に挑んで、そのまま死んでいったことを想像するのは簡単だ。って事は……。
「つまり、この施設の中は探索者ギルドが設定した、探索者としての技術が最低限備わっているかを調べるためにある……と?」
「その通りだ。この施設の中に魔物はいない。あるのは、トラップやギミックの数々だ。詳細までは言えないが、それらを超えて戻ってくれば明日からでも願いの塔に入れる程度だと認められる」
それで天然の洞窟を改造して、探索者の実力を一定に保つための罠の数々を設置したって事か。その努力に頭が下がる。探索者ギルドとしても、探索者の能力低下や被害の拡大は見過ごせないんだろうな。そう考えると、この洞穴の中は俺達が想像していたよりも遥かにヤバイんじゃないのか?アサギが再びメモに書きこんでいる。入手した情報と合致してたからか。
「中で棄権と宣言すれば、我々の方に通知が来るようになっている。それを受けたら、中の扉を開錠して即座に救助すると約束しよう。なに、大丈夫だ。中にあるトラップで、致死性のあるものはない」
全然安心できねえ……。アサギを見ると、アサギの表情も変わった。ヤバい場所だと認識したんだろう。特に俺達の中で罠に精通した奴がいない。これは、探索者になるためには、かなりまずい状況なんだろう。
「私の聞きたかったことは以上です。ありがとうございました」
「うむ。それで、どうする?すぐに中に入るか?」
そう言われたアサギはしかし、何も言わずに俺の方を見る。そうね、パーティの決定はリーダーの仕事って言ってたもんな。ギルド職員の方も察したのか、アサギではなく俺の方に視線を向けてきた。
「入ります。俺達は、そのために来たんですから」
「よし、ではすぐに扉を開けよう。おい」
「わかりました」
若い方の職員が、近くに建っている小屋の中に入っていく。あそこが詰め所か。
「あの、怪我をしたときの救護室ってあそこですか?」
「え、ああ……あそこは、俺達職員の詰め所兼救護室だ。中には、ある程度の怪我なら魔法で治せる者も常駐している。こういう言い方はなんだが、どんな怪我を負って戻ってきても、ちゃんと治してやるぞ」
それは、できればお世話になりたくないな。クリアすることも重要だけど、まずは仲間の安全を最優先に探索をしよう。
「お待たせしました。今から施設まで誘導します」
ああ、中まで案内してくれるのは若手の仕事か。まあ、確かにここを預かってるのに、2人ともいなくなる訳にはいかないよな。そして、こういう面倒くさい事は得てして若手の仕事なんだろう。ノリが体育会系だな。俺がやってきた野球も、綺麗な縦社会構造だ。先輩の言う事は絶対、それを破ると3年間が地獄に変わる。
「アサギとカメリアは準備良いか?」
「大丈夫よ」
「アタイも問題ないぜ」
「わんわん!」
ポロンが自分も自分もとアピールしてくる。大丈夫、これからはお前もパーティの一員として、基本的には一緒に行動してもらうつもりだ。そう言う意味を込めて、ポロンの頭を撫でてやる。それに気づいたのか、案外あっさり俺から離れるポロン。こいつも、随分しっかりしてきたな。これは……ハンナちゃんの教育の賜物か?
待たせる訳にも行かないので、俺達は自分の背中の荷物を抱え直して、若手の職員さんの後ろを付いて行く。洞穴の外側にあった扉を開けて、洞穴に向かって歩く一行。そして、洞穴の中に何の躊躇いもなく入っていく職員。ここで仕事をするには、これくらいタフじゃないとダメなんだろうな。
洞穴を入ってすぐ。多分50mも移動していない。そしてそこには、今まで俺が見たどの扉よりも危険なオーラを感じた。
「これは……結構本格的なんだな」
「それはもう。ここで手を抜いても、参加者の為にならないですからね」
誇らしそうに説明する若手社員くん。きっと自分の仕事にプライドを持って取り組んできたんだろうな。
「ここが試験会場への入り口です。みなさん、準備はいいですか?」
「ああ!」
代表して俺が答える。それを聞いて若手社員くんは扉に何かの鍵を差し込んだ。
ガチャ……ギィイィィィ………………
若手社員くんが、静かに扉を押し開く。
「さあどうぞ。皆さんが無事試験をクリアできるように、お祈りしております」
俺達に頭を下げて、若手社員くんは元来た道を戻っていった。今ここに残っているのは、俺達猛炎の拳だけだ。
「覚悟決めて行くか!」
「ええ!」
「おう、任せとけ!」
俺とアサギ、カメリアにポロンを加えた変則パーティでクリアを目指そう。
 




