5話 冒険者ギルドの鬼軍曹
ポロンと思う存分戯れた翌日、俺は冒険者ギルドを訪れていた。今日は仕事を探してではなく、ダッジさんやノルンさんに色々聞いて回ろうと思ってだ。
「さて、2人はどこにいるかな……」
ダッジさんは、いれば訓練場だろう。ノルンさんは受付カウンターかな。見つけ易いのはノルンさんだろうな。そう思ってギルドの中に入ると……おお、ノルンさん大盛況だな。ノルンさんだけじゃない。他の受付嬢の列も、凄い数の人が行列を作っている。
「あれ、朝のラッシュを避けて来たのに、なんでこんなに混んでるんだ?」
ギルドの早朝は、ラッシュ時の東京駅と良い勝負なほど混雑する。これは、朝一でその日の旬な依頼が張り出されるからだ。基本的に依頼は、取ったもん勝ちなので早く行けば、より美味い依頼に在りつける。それを見越して、早朝のギルドは大変混雑する。ランクが高い冒険者やパーティは、指名依頼が入ったりするので、ここの戦いに参加することは少ない。俺も数か月前は、このラッシュの洗礼を毎日のように受けていた。
「とは言え、今日は仕事できた訳じゃないからな……」
ノルンさんの方に目をやる。ひょっとしたら気付いてくれるかと期待したけど、この混雑では俺に気付くことも無く、目の前の書類と悪戦苦闘している。
「仕方ないか。ノルンさんは後にして、ダッジさんの方に行こう」
中は人が歩くスペースも無いくらい混雑しているので、裏から回って訓練場に行こう。一度ギルドを出て、建物沿いに裏に回る。そこは馬車や厩など、冒険者が所持する、もしくはレンタルした足代わりの置き場になっている。中の混雑が嘘のように、そこには誰もいなかった。まあ、ここはいつ来ても人になんて滅多に会わないけど。そこから更に進んで、裏庭を通って訓練場への連絡通路に辿り着く。ここまで来れば、訓練場の喧騒も聞こえてくる。普段なら朝のラッシュが終わった時間帯、こんな時間でも訓練場を使う冒険者は多いみたいだ。
「俺がダッジさんに扱かれてた頃なんて、訓練場を使う冒険者なんて誰もいなかったのにな。今や時間帯を調整しないと、訓練場を使う事も出来ないくらい繁盛してるらしいしな。前にダッジさんが言ってたけど、俺もそれに貢献したって聞いて、ちょっと嬉しかったな」
連絡通路を通って、訓練場に入る。ここは一言で言えば巨大な体育館だ。小学校くらいの校庭を、丸々屋根で覆ったと思ってもらえばいい。まあ、周りへの騒音を考えれば壁や屋根は必須だけど、よくこんなデカい建物作ったな。ギルド、というよりは職人を素直に尊敬するわ。
中に入ると……おお、予想以上に人が多い。100人くらいいるんじゃないか?これだけ大きな建物だから、100人程度じゃ圧迫感を感じないけど、見渡す限りで結構な人が各々練習メニューをこなしている。
「こうやって見てると、俺も身体を動かしたくなるけど、今日は別の用事で来たんだ。まずはダッジさんを探そう」
さて、ダッジさんはどこにいるのか。建物の端の方は、弓の練習や自主トレをする人たちが使っている。内側に入ると、長方形の整地された空間があって、そこの外周を何人もの冒険者がランニングをしている。
「冒険者の基礎は、何よりも体力だからな。俺も、あそこを何百周させられたか……ああ、思い出したくもない」
嫌な事を思い出して、頭を振ってリセットする。そのランニングをしている内側、そこでは各々の武器を一心不乱に素振りする冒険者たちがいる。ここが多いな、半分弱はここに集まっている。残りの半分以上がランニング、弓の練習や自主トレは残りの少数だ。
「お、いたいた。ダッジさんは、素振りを見ているみたいだな」
トラックを走っている冒険者たちの邪魔にならないように、人が途切れたタイミングで内側に入る。
「389……390……391……」
身体中から汗を噴き出して、ロングソードを振る冒険者。すごいな、俺は剣を使わないけど、あれだけピタッと剣先を止められるのは、それなりに技量がいるはずだ。この人は結構上のランクの冒険者かもしれない。
「395……396……おらどうした、バラバラになってきたぞ。もっと腰を入れて振らんか!」
「クッ、397……398…………」
ダッジさんを見つけた。というか、あれだけ鬼軍曹っぷりを発揮していれば嫌でも目立つ。相変わらず、スパルタな教育方法だ。
「399……400…………よし、あと100本!500まで気を緩めずに振れ。ここで手を抜くのは簡単だが、お前たちはそんな事がしたくて、ここにいる訳ではないだろ!手を抜けば、抜いた回数だけ自分に返って来るぞ!肝心な時に、ブレない剣筋で剣を振りたいなら、苦しくてもやりきれ!」
「「「おっす!」」」
意外に根性のある冒険者が多いようで、鬼軍曹も嬉しそうだ。今回のスタンピードで、またここを使う冒険者たちの意識改革が進んだのかもしれない。俺が素振りをしている冒険者たちを眺めていると、ダッジさんが俺に気付いたのか手を振ってきた。俺もそれに応えて、手を振り返す。後は、タイミングが良い時にダッジさんがきてくれるだろう。俺は、それまで見学でもしていよう。
素振りをする冒険者たちは、500本を振り切ったと同時に、その場に崩れ落ちていった。折れずにやり切った冒険者たちに、声には出さないけどお疲れさまと心の中で労う。
「よおホクト、今日はどうした?瓦礫の撤去作業は、もういいのか?」
「昨日でお役御免になりました。今日は、ダッジさんに相談があったんですが……随分盛況ですね」
「まあな。今回のスタンピードは、良くも悪くも冒険者たちの気持ちを入れ替えるのに役立った。ここにいる奴らは、スタンピードの前には練習になんか参加してなかった奴らだ。色々な経験をして、自分で考えた結果ここにいる。そんな奴らだ。見てくれと言われれば、断る理由はないな」
気が緩んだ冒険者に喝を入れたスタンピードか。悪い事ばかりでは無かったことが救いと言えば救いか。
「それで、相談だったか?こいつらの面倒は昼までだから、その後だったらいいぞ」
「なら、それまで隅っこの方で見学してますよ」
「ふむ、それでもいいが…………」
あ、この間は嫌な予感しかしない。何かを言われる前に、その場を逃げ出そうとして……失敗した。
「ちょうどいい。おいお前ら!今から1対1の模擬戦をしてもらう。500本の素振りで疲れ切ったお前らと、ここにいるホクトとの乱取りだ」
「え、ちょっ!」
ダッジさんに抗議しようとしたけど、時既におすし。地面に寝転んでいた冒険者たちが、俺の方を見て噂し始めた。
「今ホクトって言ったか?それって、スタンピードの時にアラクネの希少種を倒した奴の名前だよな?」
「それよりも、ダッジ教官を敵のリザードマンから救い出した奴だろ?」
「俺は、涼風の乙女とも親密な仲だと聞いたぞ。クソッ、あの美女軍団とお近づきになれるなんて羨ましい」
さっきまでヒィヒィ言ってた奴らが、急に姦しくなった。中には違った意味で熱い視線を送ってくる奴もいる。
「お前らは疲れてるが、100人と相手をするホクトも後になればなる程きつくなる。1人では倒せなくても、後に繋がる戦いをすれば、こいつを倒せるかもな」
更にダッジさんが煽る。俺今日は何の準備もしてきてないのに……。
「ギルドに来るのに、私服で来るお前が悪い」
俺の心境を見透かしたのか、ダッジさんが冷めた目で俺を見る。ただし、その目にはキッチリとお前ならやれるだろ?というメッセージが込められていた。参ったな、ダッジさんの弟子を名乗る以上、断れなくなった。
「……わかりました。やりますよ」
「物わかりの良い弟子を持てて、俺は嬉しいぞ」
この鬼軍曹め……。
「よし、1人を残して他の奴は円を描くように座れ。そうだな、とりあえずお前が1人目だ」
不運にも1人目に指名された冒険者は、絶望感漂う表情でその場に残る。残りの冒険者たちは、直径10mくらいの円になるように座る。これが戦闘エリアってことか。軽く準備運動をしつつ、冒険者たちを観察する。疲れて俯いているのもいるけど、だいたいDランク以下の冒険者が集まってるのかな。何人かは、Cランクっぽい人たちも混じってるように思う。あの人たちと戦うまでは、できるだけ体力を温存しよう。
こちらの準備運動が終わったので、対戦相手に近づいていく。ダッジさんの側を通ったときに、小さな声で言われた。
「今の自分の実力がどの程度か、ここで見極めてみろ」
やっぱり俺の為か。俺はダッジさんにも、探索者になる事は前もって伝えてある。その力量が果たしてあるのか。それを見極めろとダッジさんは言いたいのだろう。いいぜ、やってやる。俺だって、今の自分がどれくらいやれるのかは知りたいと思ってたんだ。
「よし、両者前へ。お互いのスタイルで模擬戦をやってもらう。見ての通り、ホクトは拳闘士なので素手で戦うが、それは油断していい理由にはならん。それで気を抜くような奴には、今後教えてやらんから、そのつもりでいろよ」
1人目の冒険者が持つのは、刃渡り80cm程度の木剣だ。普段は、それプラス盾を持ってそうな構え方だけど、持たなくていいのか?
「ここで手にして良いのは武器だけだ。まあ、模擬戦なんだ。軽く考えて戦え」
絶対心にもない事を言っているダッジさん。まあ、いいか。なら始めよう。
「はじめ!」
ダッジさんの掛け声で模擬戦が始まった。さて、どう動いてくるかな?様子を見ようと思ったら、思ったよりも疲れていたのか、動きが隙だらけだ。これって、やっちゃっていいのかな。何となくダッジさんの方を見ると、頷いてくれた。良いらしい、なら遠慮なくやらせてもらおう。
「シッ!」
短く呼気を吐き出して、相手との距離をつめる。目の前の相手は、俺の動きに反応できず、俺を懐を深くまで入れてしまった。その隙を逃さず、相手の顎目掛けて拳を繰り出す。
「それまで!」
拳が顎に当たる直前に、ダッジさんが終了の合図をする。瞬間、ピタッと顎の手前で拳を止める。この手のやり取りは、ダッジさんと散々やってきた。この程度は朝飯前だ。
「勝者、ホクト!」
思った以上に簡単に終わってしまった。今のじゃ、自分の力量がわからん。ダッジさんの方を見ると、苦笑いしていた。ああ、ダッジさん的にも予想以上に簡単に勝ったって事か。
「次はお前だ。負けた者は、後ろの輪の中へ。今出た奴から右回りに順繰り相手をしていくぞ。時間も無いから、俺が負けと言ったらさっさと交代しろ。お前たちがもたつく間に、ホクトは回復していくからな。乱取りで、こいつを疲れさせたかったら休む間もなく戦わせろ」
「……ダッジさん。審判なんだから、目に見える依怙贔屓止めてくださいよ」
「今はこいつらの訓練中だからな。俺は、アドバイスを送っているだけだ」
嘘つけ。まあ、この人に何を言っても仕方ない。体力を温存しつつ、今の自分の実力を見極めよう。
結局、円を1周しても模擬戦は終わらず。3周近く進んだところで模擬戦は終わった。ダッジさんの良い間違いかと思ってたら、本当に100人と戦う羽目になった。とは言え、最後まで立ってられたことで今の自分の実力も何となくわかった有意義な時間を過ごせた。
 




