6話 お年頃なノルンさんと、すでに終わってるダッジさん
「お疲れさん。どうだったよ、人との模擬戦は」
模擬戦の余韻に浸っていると、元凶の張本人が声をかけてきた。いや、愛の鞭なのはわかる。ダッジさんは、無駄な事はしない。これが俺の為になるって思ってるから、実行したんだろう。だけど……。
「そのニヤケ顔止めてください。マジでムカつきますから」
いくら俺のためとはいえ、その顔は無いんじゃないの!?口元に隠しきれない笑いの残滓が見えている。俺への愛の鞭と同時に、自分が楽しむことも忘れてなかったんだな。クソッ、ちょっと感激した俺の気持ちを返せ。
「俺の総評としては、これだけの人数と戦ったわりに最後までスピードが落ちなかったことを評価してやろう。たかだか100人程度でへばってたら、今頃お前を初心者教習に叩き込んでたところだ」
このおっさん、マジで鬼畜だ。まあ、ダッジさんと会話できてるだけでも俺は良い方だろう。酷いのは、その周りにいる模擬戦に付き合わされた冒険者たちだ。結局一人当たり3戦くらいしたからな。最後の方は、俺からしても可哀想って思えるくらいガクガク状態で戦ってた。
「まあ、良い経験だったろ。本気で取り組んでる奴と、今まで遊んでた奴の差を目の当たりにしたんだ。自分たちも、これから本気になればお前くらいにはなれると思ってくれてれば、やった甲斐があるんだがな……」
どうだろう。俺の眼から見ても、何人かはもう来ないんじゃないか?それでも、悔しそうにしてる奴もいるから、そう言う奴らは伸びそうだ。まあ、俺もあんまり偉そうなことは言えないから、抜かれないように頑張ろう。
「そろそろ昼だが、お前飯は?」
「何も考えてないです」
「なら一緒に行くか。飯の後にお前の相談とやらを聞こう」
「うっす」
俺もダッジさんのスパルタと、この前のスタンピードで、この程度動いたくらいじゃ食欲がなくなるなんてことはない。良い運動をした分、普段よりも腹が減ってるくらいだ。
「じゃあ行くか。よし、今日の訓練はここまで。各自、軽く整理運動しておけよ。怠ると……明日酷い目に合うぞ」
手を振りながらダッジさんが言う。この人、こんなんで良く人が付いてくるよな。まあ、弟子の俺が言っても説得力ないか。倒れ伏した冒険者たちは、返事とも呻きともつかない声を出している。まるで這いよるゾンビみたいだ。そんな冒険者たちに合掌しつつ、ダッジさんの後を追う。一旦ギルドの中に入って、ダッジさんが準備してくるのを待つ。
「あれ、ホクトさん」
見れば、ちょうど用事のあったノルンさんが手を振って近づいてくる。
「ノルンさん、もう忙しくないんですか?」
「あら、ひょっとして見てたの?」
「ええ。朝のラッシュが終わった頃を見計らって来たんですけど、凄い人でしたね」
「そうなのよ。スタンピードが終わってから、急に冒険者の人たちに火がついてね。最近は、いつもの時間を過ぎてもギルドに来る人たちが多いわ。スタンピードも悪い事ばかりじゃないのね」
俺と同じような感想を抱きつつ、自分で肩のあたりをトントン叩く。少しおばさん臭い仕草に苦笑しつつ、あの惨状を思い出して同情してしまった。
「今は休憩ですか?」
「ええ、ちょうど午後のラッシュまでに時間ができたからね。お昼ごはんを食べて、午後に備えないと。はぁ、でも1人で食べるのってつまらないのよね。外で買ってきて、休憩室で食べようかしら……」
本当に疲れてるんだな。でもどうしよう……こっちとしては、願ってもないチャンスだ。そもそもノルンさんにも聞きたい事があったし。食事に誘ってみようか。でも……忙しそうだから、誘ったら迷惑かな。
「……あの、ノルンさん」
「ん?なに」
「良かったら、一緒にお昼どうですか?ちょうど、俺も昼飯にしようと思ってたんで……」
「……」
やっぱりダメか?
「良いの?行く行く!」
ノリノリで了承してくれた。良かった、変に気を遣うような事をしなくて。ノルンさんだって、誰かと食べたいって言ってたんだ。間違ってなかったんだろう。
「なら、早く行きましょ。私も、そこまで時間に余裕がある訳じゃないから。さあ、早く!」
「ちょ、ちょっと待って!もう1人いるんで……」
俺がもう1人と言った瞬間、あれだけ笑顔だったノルンさんの表情が、能面みたいに無表情になった。え、なんかまずかったか?
「……もう1人?私以外にも、昼を食べる相手がいるって言うの?」
うわっ、周りの温度が一気に下がった。そうか……ノルンさん、俺と2人だけの昼ごはんだと勘違いしたのか。……勘違いしてくれたのか?
「言葉足らずですいません。実は……」
「待たせたなホクト」
着替え終わったダッジさんが来る。思ったよりも時間がかからなかったけど、今この瞬間なのは間が悪いと言うか……。
「……なんだ、ダッジさんか」
「いきなりなんだ。ひょっとして、ノルンも一緒か?」
「ええ。ちょうど、ダッジさんの他にノルンさんにも聞きたい事があったので」
「あっ……そう。相談があったから、私を食事に誘ったのね」
あれ、ノルンさんのテンションが、どんどん下がっていく。そんなつもりは無かったんだけど、これは何とかフォローしないと。
「た、確かに相談したい事があったんですけど……でも、ノルンさんと一緒に食事がしたかったのも本当ですよ」
「……ホクトさんって、意外とタラシなの?」
なんか、酷い事を言われた。俺は思った事を言っただけで、非は無いと思うんだけど……こういう場合の男の立場って弱いよな。
「あの……ごめんなさい」
特に年上のお姉さんに、冷めた目で見られるのは堪える。これがご褒美、って言う人種もいるんだろうけど、俺は普通に笑ってくれてる方が万倍好きだ。
「まあ、いいや。ほら、さっさと行くぞ。昼休憩は、そこまで時間ないからな」
ひとり我関せずと言ったふうで、ダッジさんがさっさと歩いていく。
「……ダッジさんて、こう言う所で空気が読めないから、あの歳になっても独身なのよ。ホクトさんは、あんな風にならないでね」
「えっ……あ、はい」
颯爽と歩くノルンさんの後ろを、肩身の狭い思いをしつつ追いかける。参ったな、完全に俺の話の持っていき方が悪かった。せっかく楽しい食事にしようと思ってたのに……。
昼飯は、ギルドの近くで定食を出す結構美味しい店で食べた。ボリュームもあって、大変満足だ。ここは冒険者も結構利用するらしく、量が多い事でも人気が高い店だ。若干昼の混雑時を避けれたことで、あっさりと座る事ができた。俺とダッジさんはA定食、シェフのお薦めメニューで日替わりで変わるらしい。今日は、豚肉を使った野菜炒め。皿の上にギャグかってくらい大盛に盛りつけられた料理を見たときは、目が飛び出るくらい驚いた。味付けは、ちょっと濃いめだけど模擬戦で適度に汗をかいていたお蔭で、あっという間に食べきってしまった。
「美味しいですね、ここ」
「そりゃよかった。俺は、ほぼ毎日ここのA定だ。美味いと言ってくれたなら、誘った甲斐があったってもんだな」
「私も、良くここは使います。まあ、ダッジさんの言う通り結構な頻度で会いますけどね」
「お前も、もう少し洒落た店で食べりゃいいのに。こんな場末で、飯食ってたら男が寄り付かないぞ」
「……うるさいですよ。指しますよ、フォークで」
目が座ったノルンさんに対して、セクハラを平気でかますダッジさん。一度ダッジさんの方にフォークを向けたノルンさんだったけど、溜息をひとつついて食事に戻る。ノルンさんはサラダとミルク粥のセット。あれで午後も持つのか心配になる量だ。
「ふふ、大丈夫よ。カウンターに座りっぱなしだと、これくらいでも十分夜までもつわ」
なんか、ノルンさんを見てると昼下がりのOLみたいだ。見たことないから、あくまで俺の想像だけど……。
「さて、飯も食った事だし……ホクトの相談ってのはなんだ?」
「あの……私、まだ食べてるんですけど」
食事中のノルンさんに気を遣う素振りも見せず、ダッジさんが俺の方に向き直る。この人、スタンピードの指揮といいスペックは高いのに……ワザとやってるんじゃないかと思うくらい、女性の扱いが酷い。これは、一生独身かもしれんね……。一度ノルンさんの方を見て、確認を取る。
「あ、今のは冗談よ。私のことは気にしないで、話しを始めちゃって」
ノルンさんがそう言うなら、ダッジさんが先でいいか。ノルンさんが食べ終わったら、Cランク冒険者の事を聞いてみよう。
「わかりました。じゃあダッジさん、相談なんですけど……」
「おう」
「前にも言ったと思うんですが、俺いよいよ探索者になろうと思っています。ただ、今の装備のまま願いの塔に入っても、きっとすぐ死ぬと思うんですよ」
「まあ、そうだろうな……」
俺の装備を思い出しているのか、ダッジさんが考えるそぶりを見せる。
「で、現役時に拳闘士をしていたダッジさんに装備品の事を色々教えてもらいたくって……。ダッジさんが現役だったときの装備を参考にしようと思って……どんなのを装備してました?」
そう言われて黙り込むダッジさん。しばらく目を瞑っていたけど、やがて眼を開けて俺を見る。
「教えても良いが、多分お前の期待には応えられないと思うぞ。そもそも、俺は拳闘士の中でも重量級だったから、速度よりも一撃を重視していたし。そうすると、自ずと装備品も軽装より、頑丈さを重視していた」
「……そうか、拳闘士と言っても色々なスタイルがあるんだ。それじゃ、確かに俺の参考にはならないかも。俺、速度を重視したスタイルだし……」
「まあ、そんな簡単に答えを出すこともない。まずは、お前がどうしようとしているのかを聞かせろ。それに対して、俺が応えられる範囲でアドバイスしてやる」
「あ、ありがとうございます!」
さすが師匠。全くとっかかりが無い、手探り状態よりは全然いい。ダッジさんに相談したのは、とりあえず間違っていなかった。そう考えて、ゴドーの店で進めていた装備品に関して、あれこれ聞いてみることにした。




