30話 リーザスの地下
「これは……」
咽返る様な死臭、テントを開けるまでは気付かなかったけど一体どれくらいの人が死んだんだ。余りの臭いにアサギもカメリアも口と鼻を腕で覆っている。長時間いていい場所じゃないな、いったん外に出よう。
「アサギ、カメリア、外に出よう」
2人が頷いたのを確認して、テントから外に出る。途端に、新鮮な空気が肺を満たす。ああ、空気が美味い。普段気にもしなかったけど、空気って美味いもんなんだな。すぅー、はぁー……よし、落ち着いた。
「2人とも、大丈夫か?」
「鼻が曲がりそうだ。ここには死体が無いはずなのに、鼻の奥にこびりついてるような気がする」
「確かに、ちょっときつかったね」
2人とも臭いに対して嫌悪感は持ってるけど、大量の死体については特に何も思ってないみたいだ。まあ、俺も一瞬驚いたけど吐き気とか嫌悪感ってのは感じなかったな。いつの間にか、人の生き死にが当たり前になってて感覚が麻痺してんのかな。俺、今の状態で地球に帰ってまともな生活送れるのか?
「一瞬しか見てないけど、あそこにあった死体って……冒険者だったよな」
「うん、それと何人かギルドの職員もいたみたい。ギルドの制服を着ている死体があったわ」
となると、この辺にいた冒険者やギルド職員は全滅って事か。……って、え!?それって……。
「まさか、ノルンさんも?」
「……正直解らないわ。あれだけ積み重ねられていたから、制服を着ていたのがノルンだったか、そこまで詳しく見てなかったわ」
そうだよな、俺だって一瞬見ただけでテントから出てきちゃったし。
「それっぽい奴はいなかったけどな。あそこにあったギルド職員の死体は、全部人種のものだった。ノルンは猫人族だろ?見える範囲にはいなかったぞ」
「カメリア、あの一瞬でそこまで見てたの?」
「死体に隠れて、伏兵を配置するって手段を取る奴らもいるんだよ。アタイも前にそれにやられて、酷い目にあった。だから、死体だからって目を逸らすようなことはしない」
すげえな、カメリア。俺も少しは見習わないと。でも、そうか……死体の山に埋もれて俺達を狙ってた奴らがいた可能性もあったのか。これは、次からは匂いだ忌避だなんて言ってられないな。俺も気を引き締めないと。
「それより、ダッジさんはいたか?あのおっさんなら、いればすぐに気付きそうなんだけど……」
「そう言えば、見なかったな」
ここにいたはずのダッジさんはいなかった。と言う事は……。
「あの穴の先…………なのかな、やっぱり」
「でしょうね」
うわぁ、明らかに何かが潜んでそうな穴だったじゃん。
「どうする、ホクトくん。私たちだけで穴に入るか、それとも今の情報を誰かに伝えるか」
普通に考えれば、俺達のようなDランクパーティだけで行動せず、それこそアマンダさん達に報告して指示を仰いだ方が良いだろう。だけど、穴がどこに通じてるかもわからない状態で、報告しに行ってもアマンダさん達だって判断がつかないんじゃないか?
「……中に入ろう。同じ報告をするにしろ、もっと情報がないと判断のしようがないだろう」
「……そうね、そうかもしれない。わかったわ、私はホクトくんに従う」
「元々アタイは、ホクトの言う事以外聞く気はねえけどな」
アサギもカメリアも賛同してくれた。この穴ができて、どれくらい時間が経ったのかは解らないけど、できるだけ早く行動しよう。
「よし、じゃあ入るぞ。ただし、基本的に戦闘はなしだ。内部がどうなっているかを確認して、人を見つける事ができなければ、その時点で引き返す」
「わかったわ」
「おう」
そして、俺達は改めてテントの中に入った。
「これ、穴自体もどれだけ深いか解らないわね。確かにホクトくんの言う通り、あれだけで帰ってたら何も伝える事ができなかったでしょうね」
穴の直径は3m程度、淵から中を覗いているけど暗くて全く見えない。これじゃ、無闇に飛び込む訳にも行かないな。
「我の出番だな」
その声に振り返ると、アサギの足元で仁王立ちしている天狐を見つけた。そうか、こいつなら光源にもなるし、穴の底の安全も確保できるじゃないか。
「そうだな、天狐に下に行ってもらって安全か調べてもらおう」
「大丈夫、天狐」
「任せよ、我のように飛べる者にとって、この程度の穴無いも同じだ」
そう言って、天狐は何の躊躇もなく穴の中に下りて行った。多少不安なところはあるけど、天狐とも結構時間を共にしてきた。あいつの任せろって言葉は信用できる。
「大丈夫かな。もしかして、下で何かに襲われていたり……」
「アサギ落ち着け。心配なのは解るけど、もう少し天狐を信用してやれよ。お前、ちょっと過保護過ぎるんじゃないか?」
俺に言われて、思い当たる節があったのか苦笑して俯いてしまった。
どれくらい時間が経っただろうか。天狐が下に降りてから5分?10分?30分?1時間は超えていないと思うけど、なんせ周りは死体の山。まともな状況判断ができているとは思えないな。3人で穴を警戒していると、穴の下の方から明るい玉?が競り上がってきた。
「あれって、天狐か?」
「天狐!」
アサギが天狐の名前を力強く呼ぶ。それに呼応するかのように、玉が更に明るくなる。穴の上部まで、後少しのところでやっと天狐の姿が浮かび上がってきた。
「行って来たぞ。穴の底は、20メタってところだな。下には横に伸びる通路があった。恐らく、そこを通って魔物が町の中に侵入したのだろう」
「え、嘘でしょ……」
「スタンピード中の魔物が、横穴を掘って外壁をやり過ごしたって言うのか?」
今回のスタンピードは、本当にどうなってるんだ。明らかに魔物の動きが人間臭い。ちょっと、いやかなりの嫌な予感がする。これは、アマンダさんだけじゃない。他の門を守っている冒険者たちにも情報を共有して、どうするか考えないといけないと思う。
「天狐、その横穴ってどっちに向かってた?」
「わからん。なにせ、道の先にはもう1つ町があったのでな」
は?一瞬天狐の言っている意味がわからなかった。道の先に、もう1つ町がある?それって……。
「え、つまり……私たちの足元には、地下に埋まった町があるってこと?」
「そういう事だな。我も自分の目を疑ったが、地下に町のようなものがあるのは間違いない」
マジかよ、アサギの反応を見る限りリーザスの住人も地下に町があるなんて、知らないんじゃないか?いや、それよりも考えないといけない事がある。
「アサギ、町も気になるけど……」
「ええ、どうして魔物たちが地下の町の事を知っていたのか……よね。こんなとき、ダッジさんでもいれば何か教えてもらえたかもしれないけど。とにかく、これは重要な情報だわ」
「じゃあ、下りるのか?」
興味の無さそうな顔のカメリアが聞いてくる。そうだ、ハッキリ言ってかなり面倒なものを見つけてしまった。魔物が地下を通って町の中に侵入した事、その地下にはもう1つ町がある事、なぜ魔物たちが地下の町を知っていたのか。これだけでもかなり重要な情報だ。問題は……。
「これ、誰に伝えればいいんだ?」
「そうよね、やっぱりそこが問題よね」
本来情報を伝えるべき司令部が壊滅している。総司令であるダッジさんも行方がわからない。俺達的にはアマンダさんに伝えればいいんだけど、これを俺達東門を守る冒険者たちだけでどうこうするには手に余る。
「参ったわ、手足よりも先に頭脳を壊されたせいで伝達経路がズタズタ。これじゃ、どこに情報を持っていってもまともに機能しないわ」
だよなぁ。俺もアサギも、この先の面倒を考えて憂鬱になる。一方カメリアは。
「なら、アタイたちだけで下りてみりゃ良いんじゃないか?どうせ、誰に言ったって混乱するなら、アタイたちが見てアマンダたちに伝えれば、少なくともアタイたちが混乱することはないだろ」
こういう判断能力って、たぶん野生の物なんだろうな。頭で今後起こる面倒をあれこれ考えてた俺達よりも、直感で考えるカメリアの答えが一番適しているように思えた。
「でも、良いのかな。誰にも言わずに中に入って……」
「多分1人を伝令に行かせるのが正解だとおもう。けど、残り2人で何かあったときに対処できるのかと言われると……なあ。なら、入っちまおうぜ」
「……はぁ、わかった。このパーティのリーダーはホクトくんだから、ホクトくんの意見に従う。もし後で何か言われたら、全員で謝ればいいわ」
「そうだぜ。文句言ってくる奴がいたら、アタイがぶっ飛ばしてやる」
ああ、パーティメンバーがこの2人で良かった。俺は改めてそう思った。
穴から少し離れたところに杭を打ち込む。その杭に、外れないようにロープを巻き付けて引っ張ってみる。
「よし、これなら大丈夫そうだな。じゃあ、まず俺から下りるな」
ロープをしっかり掴んで、穴の淵に足をかける。そして、ロープを伝ってゆっくり下りていく。それにしても、この穴ってどうやって掘ったんだ?剥き出しの地肌は均一の大きさで綺麗に整えられている。これを本当に魔物が掘ったのか?
「ホクト、そろそろ地面だぞ」
俺に付いて来てくれた天狐が、見えない部分のサポートをしてくれている。全く見えていない今の状況では、何よりも有り難い。そうこうしている間に、足裏に何かが触れた。
「お、ここが地面か。確かに結構深さがあるな」
俺は、ロープを何度か小刻みに操って上に到着したことを伝える。次はカメリアの番だ。さすがに20mもあると下りてきているはずのカメリアが全く見えない。明かりは隣にいる天狐頼りなため、上の方は全くと言って良いほど見えない。これ、もし何かあった時下で受け止められるように準備しておいた方が良いかも。そう思って、ロープのすぐ傍で何が起こっても良いように身構える。
ムニュッ!
「んがっ!?」
「おわっ、何だホクトか。そんな所にいると危ないぞ?」
突然暗闇から、カメリアの足の裏が見えたと思ったら踏みつけられた。一瞬とは言え、カメリアの体重を首の一点で支えたことで、めちゃくちゃ首が痛い。カメリアの奴、最後の数mを飛び降りやがった。
「何かあった時を考えて、サポートに入る気だったんだよ」
気を取り直して、ロープを小刻みに揺らす。それで伝わったのか、ロープが軋んで人為的な揺れに変わった。恐らくアサギがロープを伝って下り始めたんだろう。さっきの失敗を踏まえて、咄嗟にその場を飛び退けることを頭の片隅に覚えておく。
ギシ、ギシ……
ロープの軋みが徐々に近づいてくる。もう少ししたら、落ちても問題ない高さになるからその場をどこう……そう思っていたことろ、見上げる上空に何か白い物が見えた。
「ん?あれって……」
目を凝らしてよく見てみる。しばらく暗闇にいて慣れたのか、徐々に周りが見えるようにはなっていた。そして、俺が見た白い物は……
フニュッ!
「ひぃあっ!?」
「モガッ!」
またもやアサギの体重を、首の一点で支える事になってしまった。まさかカメリアに続いて、アサギまで飛び降りるとは……しかし、今回はカメリアの時と違って、柔らかさがあるため感じる感覚は雲泥の差だ。まさに至上……天国のような柔らかさに包まれた。これは間違いなく、アサギのスカートの中!
「あ、ちょ……ホクトくん!なんてところに頭を突っ込んでるの!!!」
頭の上で暴れるアサギを支えきれず、地面に倒れ込む。良い思いと痛い思い7:3くらいで良い思いが上回っている。うん、得難い経験だった。
「ホ・ク・ト・く・ん?どういうつもりなのかな?今は大事な時、なのにそんなエ、エッチなことをするなんて……」
「い、いや、違う。誤解だアサギ、カメリアにも言ったけど、何か会った時にサポートできるように下で身構えていたんだ。目測を誤って、アサギに嫌な思いをさせたかもしれないけど、行為自体は間違った事をしたとは思ってない。でも、ゴメン。アサギは嫌だったよな」
アサギにもしもの事があったときの為、それは俺の本心だ。だけど、欲に目が眩んだのも事実。ここは、誠心誠意謝ろう。
「……もう、そんな風に言われた怒れないよ。次からは、ちゃんとしてね」
眉根を寄せて、怒ってますって顔でむくれるアサギ。そんな顔で怒られても、全然怖くない。良かった、とりあえずアサギは許してくれたみたいだ。
全員が下りた事で、先に進む準備ができた。さて、この先には何があるのか?
「天狐は俺と一緒に先頭。辺りを照らしてくれ。真ん中はアサギ、後詰にカメリアでいく。みんな、注意して進もう」
全員が頷くのを見て、横穴に足を踏み入れる。ここは、町の人たちも知らないエリア。十分注意して行こう。天狐の灯りを頼りに前に進む。しばらく進んだところで、天狐が声をかけてきた。
「さっきはどうだった?この世の天国を味わえただろう?」
「な、何の話かな……」
こいつ、せっかく収まった話を蒸し返そうとしてるのか。
「我が主が下りてきた瞬間、我の灯りで服の中がハッキリ見えたであろう?感謝するのだぞホクト。我の善意で、あの光景はお前の網膜に焼き付いた。あの時の光景は、偶然の産物などではないぞ?」
「お、お前……仮にもアサギはお前の主だろう。良いのか、その主を辱めるようなことをして」
後ろに聞こえないような、小声で天狐と話す。後ろのアサギは、俺と天狐が近づいていることを不思議がっているけど、これは聞かれてはまずい。
「当然主の事は大事だ。だがなホクト、我はお主の事も気に入っている。あれは、我からのさぷらいずというものだ」
こいつ、ずっと閉じ篭っていた割にコミュニケーション能力が高い。人に取り入るにはどうすれば喜ばれるのかを知っている。
「……2人とも、さっきから何の話をしてるのかな?」
凍えるような声が後ろから聞こえてきた。後ろを振り返りたい、だけどそれはできない。今振り返ったら、世にも恐ろしい表情をしているであろうアサギを見る事になる。折角の天国のような光景を味わったのだ、ここは地獄で上書きする訳には行かない。
「……なんでも、ないよ?」
「だったら、どうしてこっちを見ないの?ホクトくん」
うわぁ……更に温度が下がった。これは、覚悟してアサギの制裁を受けるか。そう思って振り返ろうとしたところで天狐が反応する。
「遊びの時間は終わりだ。その先で広い空間に出るぞ、注意しろ」
真剣な声で注意してくる天狐。助かった、そう思っていつでも戦闘態勢に入れるように気持ちを切り替えて歩みを進める。そんな俺に、天狐は一瞬ウィンクをしてきた。こいつ、今ので俺を助けてくれたのか。この借りはデカそうだな……。
緩やかに右に曲がっていた道を通って、大きく口を開けた空間に出た。そこは、大きなドーム状になっていて……まさにドーム○個分って言葉にふさわしい広さだった。
「そんな……私たちが暮らす町の地下に、こんな大きな町があったなんて」
「地上にある町よりは小さそうだが、これは……驚いたな」
アサギもカメリアも、上手く言葉が出てこないのか呆然と呟いている。俺だってそうだ。そもそも、地球にいた頃にこんな地下にある町なんて世界中のどこにも無かった。まさにファンタジーの世界だ。興奮が抑えられない。
「ホクトくん、あそこ」
アサギが指さす先、そこには天井を突き刺す大きな建物が見えた。
「あれは?」
「……多分、願いの塔だとおもう」
目の前の大きなドーム状の空間、そこを突き刺すように上に向かってそびえ立つ巨大な建造物。アサギは、それが願いの塔だと言う。




