28話 お説教
羊の夢枕亭を出た俺達は、東門に向かう道すがら出会う魔物を片っ端から倒していった。ひとまずハンナちゃんたちの無事は確認できたし、あの様子なら女将さんだけで襲い掛かってくる魔物は何とかしちゃいそうだ。当面の安全は確保された以上、俺達本来の目的である魔物の討伐は率先して行っていく。
「ホクトくん、ここの道は狭いからカメリアじゃ不利よ。あなたが前に出て魔物を抑えて。カメリアは、振り回すんじゃなく突きでホクトくんをフォローして」
アサギからの指示で、カメリアとの位置取りを変更する。裏路地と言えるような狭い道で出会ってしまった魔物たち。ここではカメリアの槍はもちろん、俺が避けるほどの幅も無い。いつものような動きでは、いつか身動きが取れなくなる。となれば……。
「ほっ、はっ、おりゃ!」
目の前のスワンプフロッグの、鞭のような舌攻撃を両拳で払っていく。これはダッジさんに教えてもらったんだけど、拳闘士の標準的な防衛手段のパリングという技術だそうだ。俺は、いつも自分の素早さを活かして避ける事が多いんだけど、いつかそれが使えない局面で有効な手段だと言う事でダッジさんに叩き込まれた。
鞭のようにしなる舌の先端を、右手の甲で上に逸らす。もう1体隣に陣取ったスワンプフロッグからの舌攻撃も、左手の甲で左に逸らす。2本の鞭による波状攻撃を2本の腕だけで弾いていく。こいつら、広い空間だと大したことないけど、ここみたいな狭い空間で出会ってしまうと意外と戦いにくい。
「おら、ホクトにばっか目がいってると、こういう目にあうぜ!」
カメリアが、俺の横から突きを繰り出す。槍はスワンプフロッグの腹に突き刺さり、そいつはそのまま崩れ落ちる。すると、後ろに控えていたもう1体が前に出来る。さっきから、これの繰り返しだ。
「だぁ!こいつら何体いるんだよ!」
「ホクトくん、焦っちゃダメ!終わりは必ず来るから」
アサギに窘められて、若干冷静さを取り戻す。だって、ここに釘づけにされてどれくらい時間が経ったか……このままだと。
「アマンダさん達に怒られる……」
スワンプフロッグが2体同時に来られても、今の俺達だとやられる気がまるでしない。こいつらは、どうでもいい……それよりも、遅れれば遅れるほど俺たちの心証が悪くなりそうな命令無視の説明の方が大事だ。
「ほい、また1体」
「なんか、気楽そうだなカメリア。お前も少しは焦れよ」
「ホクトこそ、なにをそんなに焦ってんだよ。ここで焦ったところで、どうにもならないだろ。ここは戦闘に集中しようぜ」
なんて言っている間も、俺はパリングで前からの攻撃を防ぎ、カメリアは合間を縫ってスワンプフロッグを突き刺していく。ハッキリ言って、作業以外の何物でもない。
「お待たせ、今から大きいの行くから注意して!」
後ろでアサギの魔法の準備ができたみたいだ。
「天狐、この道にいる生物を焼き尽くして!」
「任せろ主!」
天狐が俺の股下を通って、スワンプフロッグたちの前に進み出る。
「おい、なんてところを通ってんだよ」
「良いではないか、多少の遊び心は必要だ。たまには我にも構ってほしくてな」
「時と場所を選べ!」
「よいツッコミだ!」
天狐がそう言うと、俺達の前方に固まっていたスワンプフロッグたちが一斉に炎に包まれる。うわぁ、こいつらが可哀想になってきた。
「ふぅ、最近命令されるだけでコミュニケーションが足りてなかったからな。こういう時くらい我も会話を楽しみたいぞ」
そう言って消える天狐。こいつも偉い精霊のはずなのに、いつの間にか軽い性格になってるよ。アサギの方を見ると、口元をひくつかせて苦笑いしている。
「アサギ……」
「言わないで!……お願いだから、何も言わないで」
「……先急ぐか」
「……うん」
なんか不憫なんで、聞かないで先を急ぐことにした。まあ、急いでいることは確かだし、あんまりアサギを問い詰めても可哀想だ。ここは聞かないであげるのが、大人の対応だろう。
「なあ、あいつ性格変わってねえか?」
「空気読めよ、カメリア!」
その後も何度か魔物たちと遭遇しつつ、俺たちは東門まで戻ってくることができた。
「ホクト!心配したわよ、一体どうしたの」
俺の顔を見るなり、アマンダさんが詰め寄ってくる。ああ、本当に心配させたんだろうな。悪い事をしてしまった。
「すいません、実は……」
俺は北門の惨状、グルドさんたち『竜神の鉾』の無事、そして懇意にしている羊の夢枕亭が襲われたという情報で、助けに向かった事をアマンダさんに話した。最初のうちは機嫌が良かったアマンダさんだったけど、羊の夢枕亭の辺りから空気が変わってきた。
「お叱りは受けます。アマンダさんの命令を無視したのは事実ですし。でも、それを悪いとは思ってません。俺たちにとって町も大事ですが、それ以上にあそこの人たちが大事なんです。あそこの人たちがまた危機に陥ったら、俺はまた同じことをします!」
「……はぁ、あなたって子は」
俺を見るアマンダさんの視線が、どんどん冷たくなってくる。解ってる。自分でも間違った事をしているのは解ってる。だけど、それでも俺は……。
「まあ、いいわ」
「……え、良いんですか?」
「そんな嬉しそうな顔をしないの!あなたがやったことは、確かに命令違反だけど、市民を守ったことも事実。大分私情を挟んではいるけど、ギリギリセーフと解釈できるわ。だけどね……」
そう言って、ズイッと顔を俺に近づけてくるアマンダさん。近い、近いです。普段美人なアマンダさんの顔なのに、眉が吊り上がって般若みたいになって……それが、息が届く距離にあるのはとっても怖い。
「命令違反したことを、胸を張って報告しない!怒る必要が無くても、怒らざる得ないじゃない」
あれ、俺ひょっとして余計な事した?これって、素直に謝ってたら御咎めなしだったパターンじゃないか。
「まあまあ、アマンダ。ホクトさんも反省してるみたいだし、その辺にしておきなさい」
ビオラさんが仲裁に入ってくれる。良かった、そう思ってビオラさんを見ると……あれ、なんか肩が小刻みに震えている。
「ビオラさん?」
「え、ああ。ごめんなさい、なんでも……ぷふっ」
え、噴出した!?なんで?
「ちょっとビオラ、なんで笑うのよ」
「そりゃ、さっきまでホクト~ホクト~って泣きそうな顔して心配してたアマンダが、お姉さんぶってホクトくんに説教してるのが面白かったんじゃない?」
ディーネさんが茶化しながら説明してくれる。なんだ、アマンダさん俺の事を心配してくれてたのか。それを俺は、開き直ったような謝り方をしたから……。
「ちょ、こらディーネ!なんてことを言うのよ!」
「アマンダさん、今回の事はこちらの落ち度ですけど……ホクトくんのお姉ちゃんは、わ・た・しです!あんまり馴れ馴れしくしないでください!」
うわぁ、今度はアサギが妙な事を言い出した。さっきまでの神妙な雰囲気ぶち壊しだよ。
「良かったな、坊主。これだけの綺麗なお姉さんたちから説教されて。その筋では、ご褒美なんだろ?」
「なんだ、ホクトは怒られたかったのか?だったら、アタイがいくらでも怒ってやるぞ」
ミルさんとカメリアが、俺を囲んで変な話をし始めた。なんだ、そのご褒美って。俺にそんな趣味はない。確かに綺麗なお姉さんに『メッ』とか言われたらドキドキしそうだけど……いや、何言ってんだ俺。冷静になれ。
「カオス……」
「もう、みんなったら……。もっと真面目にしてください。ふざけて良い状況じゃないですよ!」
キリュウとアイラさんだけが遠間から何かを言ってたけど、それに返事をする者は誰もいなかった。




