27話 精霊様の思し召し
「あ、あの……みなさん、大丈夫ですか?」
感動の親子の体面に、みんなが温かい気持ちになっていると宿の中からエスカちゃんが出てきた。そういや、この子が宿にいたな。こうして出てきたって事は、無事だったんだな。
「エスカちゃんも無事だったか」
「私は……奥でずっと震えてたから」
そうだ、この子魔物に襲われたのは自分のせいだって思ってたんだ。もしかして、今回の羊の夢枕亭襲撃も自分のせいだって思ってるのか?
「でもよかった、宿のみんなが無事で」
「……ごめんなさい」
「えっ!?」
見ればエスカちゃんが震えながら頭を下げていた。やっぱり、この子は……。
「エスカちゃんのせいじゃないよ」
「でも!」
それ以上を言わせないように、アサギがエスカちゃんを抱きしめた。突然の事に、エスカちゃんも戸惑っているようだ。アサギは、そんなエスカちゃんを気にせず抱きしめる力を強める。
「エスカちゃん、あなたのせいじゃないわ」
「わた、私がここに泊まっていたから……だから、ハンナちゃんも危ない目に」
「違う。あなたのせいなんかじゃない。ここが襲われたのは偶然、私たちはここに来るまでに襲われて酷い目にあっているところを沢山見てきた。だから、あなたが居たことが原因なんかじゃない。何度でも言うわ、羊の夢枕亭が襲われたのはあなたのせいじゃない」
強く抱きしめていた力を緩めて、今度はエスカちゃんの頭を優しくその胸に抱きしめる。そして、エスカちゃんをあやすように背中をゆっくりと撫でていく。普段のアサギからは想像もできないくらい母性に溢れている。
「そうよ、エスカちゃんのせいなんかじゃない。それに、エスカちゃん私を助けてくれたじゃない。慌てて転んだ私の頭に、落ちてきたコップから私を庇ってくれたでしょ?そんな優しいエスカちゃんが、原因なんてあるはずない」
「ハンナちゃん……」
「ったく、それにしても情けない。魔物が襲ってきたときに限って私が留守なんて……こんな不祥事開店してから初めてだよ。この私としたことが……」
そして、そんなお子様たちとは関係ないところでローザさんがやさぐれていた。すでに事切れたカエル面に、何度も何度も蹴りを入れながら……。いや、気持ちは解るけど、せっかくの感動シーンを台無しにしないでいただきたい。あなたの娘の友情シーンですよ?
「……」
「ま、あんまり気にすんなよ。襲われる時は、誰がいようが襲われるさ。そんなときに、アタイたちが居たんだ……ラッキーだったって思えばいいさ」
カメリアさん流石っす。その男前な発言に、痺れる憧れる。すると、そのカメリアの後ろから鷹を肩に乗せたユーリが出てきて、エスカちゃんの前に進む。確か初対面だよな、ユーリの奴何を言うつもりだ?
「あ、あの!こんな事を言っても慰めにならないかもしれないけど、良い事も悪い事も全部精霊様の思し召しだって……僕が生まれた村じゃそうやって教わるんだ。だから、何もかも自分が悪いって考えるのは、止めた方がいいよ。もし、どうしても自分が許せないなら、その悪い事の分も良い事をすればいいんだよ」
おお、ユーリ少年良い事を言う。精霊様の思し召しか、下手な神様が出てくるよりも俺としては納得できるかな。
「……精霊様?」
「うん。僕ね、小さい頃にお父さんとお母さんが死んじゃったんだ」
おいおい少年、突然何を言い出すんだ。ほら見ろ、エスカちゃんもハンナちゃんもキョトンとしてるじゃないか。だけど、そんな俺の思惑なんてお構いなしにユーリの話は続く。
「その日はね、今まで見たことも無いくらいの嵐の日で。視界の悪い中、村に急いでいたお父さんとお母さんの乗った馬車は、村の近くにある崖から落ちたんだ。その日、僕は家族を失った。突然の事で混乱した僕は、訳も解らず走り出して……気付いたら森の中を迷っていたんだ」
随分アグレッシブな現実逃避の仕方だな少年。俺がそんな風に考えていると、脇腹に肘鉄がめり込んだ。見れば、アサギが怖い笑顔で見ている。あれ、なんで考えたことが分かったんだ?
「雨も、風も強くて……もう死んじゃうんだと思った。でも、それも良いかなって……だって、お父さんとお母さんに会えるから。でも、それはできなかった……ううん、できなくなったんだ」
「……どうして?」
「雨宿りしていた木から、鳥の巣が落ちてきたんだ。そして、その中にいたのがウナさ」
自分の肩に止まっているオオタカを優しく撫でるユーリ。ウナもその時の事を覚えているのか、しきりにユーリに身体を擦り付ける。なんか、この1人と1匹の関係っていいよな。
「精霊様は、僕から両親を奪っていったけど、代わりに僕にウナを授けてくれた」
「……あなたは辛くないの?」
「辛くなんて無いよ。ウナもいるし、村のみんなも僕にとっても良くしてくれる。僕は今でも凄く幸せなんだ」
「……そう。あなたは、幸せなのね」
ダメか。エスカちゃんの苦しみは同年代の子たちと触れ合う事で、解消されるんじゃないかと思ってた。だけど、ハンナちゃんやユーリではダメなのか。
「ねえ、エスカちゃん。今のその子の話、とってもいい話だと思わない?」
「えっ?」
ユーリを引き継いだのは、ハンナちゃん。エスカちゃんが宿に泊まるようになって、多少なりとも笑顔を取り戻したMVPだ。彼女なら、エスカちゃんを救えるか?
「確かに、その子のご両親が死んでしまったのは悲しい事。だけど、全部が全部悲しい思い出ってわけじゃないでしょ?だって、今のその子と鷹さんはとっても仲良しに見えるもん」
ハンナちゃんに言われて、エスカちゃんも改めてユーリを見る。ユーリの肩に止まって、さっきからずっと身体をスリスリしているウナ。誰が見たって、この1人と1匹は仲良さそうに見えるだろう。これだけの友人は、作ろうと思ってもなかなか作る事ができない。
「エスカちゃんは、すごく辛い思いをしたのかもしれない。でも、これから先、もっともーっと良い思いができる日がくるよ!それには、そんな風に塞ぎ込んでたら気付けないよ」
エスカちゃんの両手を、挟み込むように握りしめながらハンナちゃんが言う。
「……良い思い、私にもできるのかな」
「できるよ!その子が言ってたでしょ、精霊様の思し召しだって。エスカちゃんが辛い思いをしたんだったら、次は絶対良い思いだって!だったら、今回の事はエスカちゃんとは何にも関係ないよ」
何と言う無茶理論。だけど、ハンナちゃんの言う事は子供らしい素直な感覚だ。悲しい、辛い事があったなら次は楽しい、良い事が起こる番。世の中、それくらいシンプルでいいのかもしれないな。
「エスカちゃん、ハンナちゃんの言う事を信じて、とりあえず今回の事は自分のせいだって思うのは無しにしよう」
「……うん」
俺達大人があれこれ考えるよりも、子供の理屈の方が正しい時がある。今回はハンナちゃんとユーリのファインプレーだな。何にしても、エスカちゃんが前向きに考えてくれるようになったのは喜ばしい。この子にも幸せになってほしい。
「ところでお兄ちゃん」
「ん?」
話しが一段落ついたからか、ハンナちゃんが俺に聞いてくる。
「……その子だれ?」
場面変わって、今俺たちは羊の夢枕亭の食堂にいる。あの後、魔物の死体を端に避けて俺達猛炎の拳と、ハンナちゃん、エスカちゃん、ユーリは落ち着いて話をするため食堂で話そうと言う事になった。ここで、ユーリを改めて紹介する。
「ユーリです。Eランク冒険者で、今回の町防衛戦はホクトさん達と同じグループになりました。ホクトさんには命を助けてもらって、とても感謝しています」
「へぇ、その歳で冒険者なんだ」
ユーリは、若干緊張しながらハンナちゃんたちに自己紹介している。まあ、ハンナちゃんのリアクションは正しい。聞けばユーリは、まだ12歳だって言うじゃないか。若いとは思ってたけど、ハンナちゃんたちとほとんど変わらない。それが冒険者だって言うんだから、ハンナちゃんたちが驚くのも無理はない。
「そんな歳で、冒険者なんてやれるんだ」
不思議そうにエスカちゃんが聞く。確か自己責任だけど10歳から冒険者になれるんだっけ?烈火の牙のアレクなんかも、子供の頃に冒険者になったって言ってたな。
「僕が冒険者をできるのは、パートナーのウナがいてくれるからだよ。僕だけだったら、とても冒険者になろうなんて思わなかった」
ユーリの説明を聞いて、ハンナちゃんもエスカちゃんも納得したのか、しきりにウンウン頷いている。
「……私じゃ、冒険者にはなれないかな?」
「どうだろう……ねえ、ホクトさんどう思いますか?」
え、そこでこっちに振るの?俺達猛炎の拳は、3人の邪魔にならないように別のテーブルに座って食事を取っていた。ローザさんが、ハンナちゃんを救ったお礼に食事をご馳走してくれるらしい。そんなだから、ユーリからの質問は完全他人事で聞いてなかった。
「なれる!うん、きっとなれるよ」
今いち、何を言われたか解らなかったけど、とりあえず肯定しておけばいいだろ。アサギもカメリアも、そんな俺を白けた目で見ている。あれ、俺なんかまずったこと言った?
「そうか、私でも冒険者になれるんだ……」
あ、あれ?エスカちゃん、冒険者になるの?アサギたちからは、アンタのせいだから何とかしなさいって言われている気がする。何かよく解らないけど、とりあえずエスカちゃんが冒険者になるのは反対しろって事か。
「今すぐ決める必要はないよ。これから、やれることはドンドン増えていく。それからでも、遅くないんじゃないかな」
「でも、私冒険者になって魔物と戦いたい」
やっぱり復讐が目的か。エスカちゃんには悪いけど、そう言う動機だと長続きしないんじゃないかな。冒険者なんて、しがらみでにっちもさっちもいかなくなった奴らがなる職業だぞ。
「どっちにしろ、今の騒動が終わるまでは新規冒険者は取らないって、冒険者ギルドの偉い人が言ってたよ。焦っても仕方ない。エスカちゃんは、少しずつ成長してけばいいんじゃないかな?」
あんまり、こういう説得は得意じゃない。語彙力もないし、大したことは言えない。改めてエスカちゃんを見る。その眼差しの奥には、真剣な物が伺える。こりゃ、簡単には折れてくれそうにないか。
「とにかく、今は時間が無い。俺達も、そろそろ戻らないといけないし。今回の騒動が終わったら、相談に乗っても良い。今は、ここで生きる事だけを考えてくれ」
「……わかりました」
一過性の物ならいいんだけど。さて、本当にそろそろアマンダさんの所に戻らないと厳罰処分もあり得るな。
「じゃあ、君たち3人はここで静かにしてるんだ。ユーリ、お前はここで2人を守れ。ポロンと上手く協力して、羊の夢枕亭には指一本触れさせるなよ」
「は、はい!」
なんとか羊の夢枕亭の安全を担保して、俺達は怒られるのを覚悟で東門に戻る事にした。ユーリの事は独断専行だけど、あいつなら何とかしてくれる気がする。さて、嫌なことはとっとと片付けよう。




