24話 やれること、やれないこと
見慣れた町の風景。今俺がいるのは、そんなありふれたはずの景色……のはずなんだけど、そこにそぐわない魔物がいる。
「……魔物」
隣でアサギが険しい表情をしている。そりゃそうだ、こうならないために俺たちは身体を張って遠征までして魔物を倒していたんだ。それが、報われない結果に終わってしまった。
「アサギ、ホクト……どけ。アタイがやる」
そんな中にあって、カメリアはいつもと変わらない。魔物を前に、不敵に笑って朱槍を構える。普段なら、喜ぶなとツッコミたいところだけど今日に限っては、その変わらない姿勢に拍手を送りたい。
「……カメリア、お前あいつがどんな魔物か知ってるのか?」
「ん?知る訳ないだろ。でも、目の前に魔物がいるんだ。知ってる知らないは関係ないな。アタイの槍で突き殺すだけだ」
ほんと、お前男前過ぎるわ。そんなカメリアの姿に、アサギも平静を取り戻したのか苦笑混じりにツッコミを入れる。
「あれは大トカゲ、ここから北西にある沼地に生息する魔物よ。ギルドが定めた討伐ランクはD。ただし、複数体を同時に相手にする場合Cまで上がるわ」
通路の影から現れた大トカゲは、体長1mくらい。尻尾まで含めると2mくらいありそうだ。牙に爪、それに体長と同じくらいある尻尾が攻撃手段だろう。
「見たまんまだな。まあ、アタイのやることは変わんねえ。こいつらを殺して、北門に急ぐことだ!」
「その通りだな!」
いつものフォーメーションのとおり、俺が大トカゲの前に躍り出て牽制する。街中で突然遭遇したら、ビビるどころか声が出るレベルにデカいトカゲだけど、カメリアの発破のお蔭でいつも通りに動くことができる。あいつのあっけらかんとした性格は、こういう時良い方向に導いてくれる。
「来いよ、大トカゲ!」
一歩踏み込んで、顔に向けて蹴りを放つ。大トカゲは、それを横に躱して尻尾を叩きつけてくる。鞭のようにしなる尻尾をステップで躱し、カメリアが攻撃しやすいように側面に回り込む。四つん這いの姿勢は拳の攻撃を当て難い。だから、攻撃方法は基本足技になる。
「おらぁ!」
前脚と後ろ脚の間に爪先を見舞おうとすると、今度は逆方向に飛んで躱す。以外にすばしっこい奴だ。だけど、所詮はトカゲ……そっちに逃げるのは悪手だ。
「はい、いらっしゃい!」
避けた先には、カメリアが陣取っていて朱槍の石突で大トカゲの頭蓋を殴打する。大トカゲは、一瞬ビクンと痙攣した後動かなくなった。
「ホクト、良いところに追い込んでくれた。お蔭で楽に倒せたぜ」
「これくらいの奴なら、何匹いても大丈夫そうだな」
「……ホクトくん、それならアレを見ても大丈夫そうね」
「えっ?」
後ろから、若干引き気味にアサギが指さす。その方向を目で追うと、そこには数十匹の大トカゲの群れがいた。
「……えっ?」
「結構数がいるけど、頑張ってね。できるだけ魔力を温存したいから、私も単体魔法で相手するわ」
両腕の拳を胸元で握り込んで、やる気をアピールするようにフンスと気合を入れるアサギ。いや、お前の広範囲殲滅魔法ってこういう時のためのものだろう。こんなところで遠慮なんかしないで、存分に暴れてくれていいんだぞ?
「多分、こいつらは雑魚よ。この先に、こいつらを使役している魔物がいるはずだわ」
「俺達の目的は、北門の状況を把握してアマンダさん達に情報を持ち帰る事だ。こんなところで時間を喰う訳にはいかない。後の事は考えずに、今は少しでも早く殲滅することを考えよう」
そうアサギに言い残して、群れの中に飛び込んでいく。こんなところで道草を食っている場合じゃない。俺達は、自分たちの力の持てる限りを使って群れの殲滅を開始した。
「はい、これでお終い!」
大トカゲの頭に踵を落として、辺りに視線を向ける。この場で動くトカゲは既にいない。多少時間はかかってしまったけど、街中に入った魔物を見逃すわけにもいかない。これは必要経費として割り切ろう。
「あ、ホクトさん!良かった、追いついた」
そんな俺達に声をかけてきた人物の方を振り返る。そこには、第3グループで共に戦った低ランク冒険者たちの姿があった。肩にオオタカを乗せ、こんなところにいる事が場違いに感じる幼い顔のユーリも中にいる。ひょっとしたら、ユーリが俺を呼んだのか?
「ユーリ!それに、他のみんなも。どうしてここにいるんだ?今が休憩中だったとしても、いきなり戦線から離れるのはまずいだろ」
「大丈夫です。アマンダさんからの指示で、ホクトさん達を追って来ました」
アマンダさんの指示か。確かに町に魔物が入り込んだ時点で、偵察だけして帰る訳にはいかなくなった。下級とは言え、戦力に十分数えられる奴らの力も借りて魔物の殲滅をしていくことにした。
「何にしても助かった。いきなり大トカゲと接敵したんで、事前準備が足りていなかった。悪いんだけど、1人アマンダさんの所に戻ってくれないか?」
「どうするんですか?」
「魔物が既に街中に入ってしまった事を、アマンダさんに直接伝えてほしい」
本当は自分で報告しに行った方が良いんだろうけど、俺は俺で仕事がある。ここは1人を伝令として、アマンダさんへの伝言をお願いしよう。
「分かりました。アマンダさんにはそう伝えます」
「じゃあ、俺が行ってくるよ。他の奴らよりも素早さはあるつもりだ。一刻も早くアマンダさんに情報を伝えたいなら、俺に任せてくれ」
ユーリの後ろから現れた冒険者に頼もう。一度俺たちに黙礼した後、その冒険者は東門へ向かって走り出した。これで全てが上手くいくとは思えないけど、他にも冒険者の融通を利かしてくれるかもしれない。
「よし、俺達は北門へ急ごう」
トカゲたちが来た方向に向かって走り出す。もう、ここまで来たら町人の安全の確保と避難誘導に切り替えた方が良いか?でも、グルドさんがどうなったのかも知っておきたい。
「ここまでの事が起こったら、ちょっとやそっとの被害じゃ済まないよな……」
「……ホクトくん、今は私たちにできる事をしよう」
「そうだな……」
苦い思いを強引に飲み下す。そうだ、今はやれることをやる。北門に向いながら、自分にできる事を考える。
「きゃぁぁぁ!?」
近くから悲鳴が聞こえる。これは、町の人が魔物に襲われている!?
「通りの向う!」
アサギの声に、足が自然にそっちに向く。これが、俺がやりたい事?解らない、だけど今は声のした方に向おう。ひょっとしたら、まだ間に合うかもしれない。
細い道から、大きな道に出る。そして、そこには地獄が広がっていた。
「……なんだよ、これ」
そこには多くの魔物がいて、冒険者たちと戦っていた。すでに事切れている冒険者の姿も見える。だけど、それだけじゃない。明らかに一般人の死体も、そこには見てとれた。
「なんで、一般人がこんなところにいるんだ……」
「ホクトくん!考えるのは後、今はこの惨状を何とかしないと!」
アサギが隣で叫んでいる。だけど、今の俺の頭はそれを受け入れるだけの余裕がなかった。人が死んでいる。それも、戦いとは縁遠い一般の人が……。見れば、小さな子を連れた親子の死体もある。……なぜ、なぜこんなところにいるんだ。一般市民には戒厳令が敷かれていただろう。町の上層部だって、安易な気持ちで出したわけじゃないんだぞ?なぜ、それを守れない……だから、だからこんな事になるんだろうが。
パチンッ!
その時、頬に鈍い痛みを感じた。そっと触れれば、やや熱を持った頬が自分が叩かれたんだと教えてくれる。
「……アサギ?」
「正気に戻った?気持ちは解るけど、今動かないとホクトくんは一生後悔するよ?」
俺は何をしてたんだ。アサギの言う通り、今は起こった事をグチグチ考えるんじゃない。1人でも多くの人を救うために動く時だ。アサギに叩かれて目が覚めた。ここにいる冒険者たちと協力して、一般人を避難させよう。
「ごめんアサギ、俺あまりの事に頭がパニクッてた」
「ホクトくんの故郷では、起こらない事だろうからね。でも、ここでは今までにも幾度となく起こっている事なのよ。厳しいかもしれないけど、私たちは冒険者。一般の人を守りましょう」
「……ああ!」
拳に力が入る。今の俺では、ここにいる魔物全てを倒すことは不可能だ。だったら、今自分にできる事をするしかない。目の前の親子の死体に目を向けつつ、これからやらなければいけない事を1つ1つ思い浮かべていく。
「よし、いいかみんな。俺達猛炎の拳が魔物を引き受ける。君たちは、助けた一般人を誘導して冒険者ギルドへ向かってくれ。そこなら、一般人の避難場所を教えてくれるはずだ。そこまでに避難誘導をしている人を見かけたら、その人の指示に従ってくれ」
「……わかりました」
さて、低ランク冒険者の仕事は決まった。後は、現状の把握とグルドさんの安否だ。俺達が魔物と戦っている間に、集められる情報は集めたい。それには……。
「ユーリ、ひとつ確認したいんだけど」
「なんですか?」
「君は、ウナとどうやってコミュニケーションを取ってるんだ?ウナとの意思疎通は、どの程度できるんだ?」
「僕は、ウナの視界を借りることができます。狩りの時とかは、そうやって獲物を探してました。それに、小さい時から一緒だったからか、ウナが言う事は何となくわかるんです。言葉は話せないので、予想にはなりますけど」
「そうか……」
なら、ちょうどいい。情報を集めるのは、ユーリに頼もう。
「ウナを上空に飛ばして、魔物の被害がどこまで進んでいるのか調べてくれ。それと、北門を守ってたグルドさんと『竜神の鉾』がどうなったのかも知りたい」
「……わかりました。でも、ウナの視線を借りている間は僕も無防備になります。その間の僕の身体を守ってもらえますか?」
そうか、考えてみれば当然だよな。他の生き物に視界を移している訳だから、その間自分の身体を見る事はできない。なら、その間のユーリの事はこちらで守ってやらないといけないな。
「ユーリの身体は、俺達が責任を持って守って見せる。だから、ユーリは心配しないで情報を集めてくれ」
こんなセリフで信用できるか?ユーリとは、つい最近知り合ったばかりだ。ある程度は、俺達に懐いてくれているけど、身体を預けられるかは別問題だ。ここは、断られても仕方ないか……そう考えていた。
「……大丈夫です。僕はホクトさん達を信じます」
何がユーリを突き動かしているんだろう。俺だったら、いきなりそんな事を言われても自分の身体の安全なんて、他人に託したくない。だけど、ユーリはそれをやると言う。なら、俺達はそれに全力で応えよう。
「任せとけ、お前の身体には指一本触れさせない。だから、少しの間で良い。俺の事を信用してくれ」
「さっきも言いました。僕はホクトさん達を信じてます。だから、僕やります」
強い意思を感じる瞳だ。この強く、真っすぐな視線を向けてくる可愛い後輩の願いだ。絶対に叶えてやる。
とりあえず、今できる指示は出した。後は、町に入った魔物たちを駆逐しつつギルドの職員と合流できることを願おう。俺達だけではどうにもならないけど、ダッジさんなら何とかできるかもしれない。
「ここが正念場だ。俺達で、このあたりの魔物を一掃しよう」
俺の掛け声に、アサギとカメリアが静かに頷いた。




