19話 アラクネ(前編)
「しゃ、しゃべった……」
「下等な人間が使う言語程度、ワタクシたちが理解できぬはずがないでしょう」
目の前にいる魔物は、明らかに今まで出会ったどの魔物よりも強力な力を持っている。それに加えて、人間の言語を理解できる知能まで備わってるってどんなチートモンスターなんだよ。
「でも、おかしいだろ。そもそもスタンピードで襲ってくる魔物ってのは、理性を失って攻撃衝動だけに染まってるんじゃなかったのか?例え俺たちの言葉を理解していようが、それを今ここで使えるってのはどういう事だ」
「フフフ、そんな事決まっているでしょう。ワタクシたちは、攻撃衝動に駆られてあなた方の町を襲っているのではないって事よ」
なんだよそれ。今向かってきている魔物は、スタンピードで我を忘れて襲ってきてるんじゃないのか?じゃあ……。
「じゃあ、一体何のために町を襲うんだ?」
「願いの塔」
「「「!?」」」
こいつ、今なんて言った?願いの塔?なんで、なんで魔物が願いの塔の事を知っているんだ。余りの事に、俺以外の冒険者たちも固まってしまった。俺達は最初から勘違いをしていたのか?今回のスタンピードが、実はスタンピードではなく目的を持ってリーザスの町に向かっていたなんて……。
「じゃあ、なんで村や町を襲ったんだ!お前たちの目的が願いの塔なら、最初からリーザスだけをターゲットにすればいいじゃないか!」
「おかしなことを言いますね。ワタクシたちは魔物、人に仇名すモノですよ。人を襲う事に理由なんて必要かしら?」
つまりこいつらは、リーザスの町に来る途中でついでに他の村や町を襲ったって言うのか?そんな、戯れで殺された人たち……それじゃ、あんまりじゃないか。
「さて、ワタクシも暇ではありません。ここを明け渡してもらえませんか?素直に明け渡してくれるのであれば、あなた方は見逃してあげてもいいですよ?」
「「「……」」」
周りの冒険者たちが黙り込む。確かに、目の前のアラクネと戦っても勝てる可能性は高くない。しかも、勝ったところで冒険者にどれだけの被害が出るかもわからない。そんな思惑に捕らわれた冒険者たちは、攻撃する意志を示すことができなくなっていた。ただし、俺は……俺たちはそんな事で止まりはしない。
「ふざけんな!お前が、お前たちがこれまでやってきたことを、俺達が見逃すはずがないだろう!エスカちゃんは、ただ一人生き残って……それでも頑張ってここまで来たんだ。あの子の無念は、俺達が晴らす!」
「良く言ったわホクトくん!私も、あなたを見逃せないわ。あなたがスタンピードではないと言う今回の行動。それについて、詳しく教えてもらいましょう」
「細かいことはどうでも良いんだよ!アタイは、ただ目の前の化け物をぶっ倒す」
「あら、あなたたちはやる気なのね。良いわ、死にたいと言うのであればワタクシが殺してあげます」
そう言うと、アラクネは全ての足を折りたたんで一気に跳躍した。反応できたのは、俺達猛炎の拳だけ。各々槍、杖、そして拳を構えて準備する。しかし、アラクネは後方へジャンプしただけで襲ってはこなかった。
「……どういうつもりだ?」
「自分が気付かぬ間に殺されてしまっては、面白くないでしょう。ちゃんと意識のある状態で、ワタクシが殺してあげます。もっとも、今のですらあなた方以外は反応できなかったようですけどね」
周りを見れば、顔を青ざめる者、震えて立ち尽くす者ばかりだ。今の動きが見えなかったのか。まずいな、今のが見えない冒険者たちをアラクネとの戦闘に参加させて良いものか躊躇する。すると、頭上から声がかかった。
「ホクト!そのアラクネは、お前たちだけで相手をしろ。心配するな、いざとなったら私たち涼風の乙女がアラクネを止めてやる!」
「アマンダさん」
「と言う事は、ここは久しぶりに猛炎の拳だけの討伐戦と言う事になるわね」
アサギが俺の右隣まで来て言う。
「良いじゃないか。どうせ、アタイたち以外は戦力にならないんだ。ここは、アタイたちだけであいつを倒そうぜ」
左隣にカメリアが並ぶ。3人で、あの魔物を倒すのか。Aランクに指定されるモンスター、アラクネ。俺達はどう頑張ってもCランクが良いところのDランクパーティ。ハッキリ言って、最初から勝負にならない。だけど、この2人となら何とかなるんじゃないかって気になってくる。
「よし、あの蜘蛛女をぶっ倒すぞ」
「フフフ、良い顔をしますね。そんな顔をする殿方を、少しずつ弱らせて食べ行くのが何よりも美味なんです。ああ、あなたの味は格別なんでしょうね……」
それだけ整った顔で、ホラーな事を言うなよ。ちょっと玉がヒュッてなったじゃないか。
「この戦いが終わったら、一杯可愛がってやるぜホクト」
「いや、そんなフラグ立てなくていいから」
「例え私が倒れても、ホクトくんは使命を全うしてね」
「いや、だからそんなフラグ立てるなって!しかもなんだよ使命って」
まったく、この2人は……俺の世界の知識を教え過ぎたかもしれない。こんな局面だって言うのに、冗談を言うなんて。ほんと、頼りになる2人だ。
「よし、行くぞ!」
「はい!」
「おう!」
アサギを残して、俺とカメリアがアラクネに駆け出す。アラクネは動かない。こっちの力量を測るつもりか?ならちょうどいい、せっかく油断していてくれるんだ。先制攻撃はもらおう。
「アタイから行くぜ、鬼心尖牙!」
赤銅色に変色した槍の穂先を、蜘蛛の足に叩きつける。
キィイィィン!
金属同士がぶつかり合うような甲高い音を発して、槍が弾かれる。カメリアの鬼心尖牙で斬れないって、どんだけ硬いんだ。
「まだまだぁ!」
元から想定していたのか、カメリアの動きに驚きはない。すかさず突き出した槍を引いて、横薙ぎに斬りつける。俺は、そんなカメリアを横目に隠密を発動してアラクネの裏に回り込む。足が硬いなら柔らかい部分……あの人型の部分を狙うのが良いだろう。
「あら、元気が良いこと。でも、それではワタクシに傷をつける事すらできませんよ。ほら、もっと頑張りなさい」
アラクネは変わらず俺たちを舐めて掛かっている。なら教えてやる、俺達人間が力を合わせる事でどれだけの力を発揮するかを。
カメリアがアラクネの意識を惹き付けてくれているから、こっちは楽に裏に回り込むことができた。さあ、行こうか。足の裏に魔力を流してブーストをかける。普段の何倍もの速度でアラクネに近づき、その背中に見える人型の身体に向けて拳を叩きつける。
「くらえぇ!」
「残念、狙いは良かったのにね」
拳がアラクネの人型に触れる直前、何かに阻まれるように進まなくなった。よく見れば、右腕に白い物が絡みついているのが見える。
「これは……蜘蛛の糸?」
「惜しかったわね、後もう少しでワタクシの身体に触れる事ができたのに。でも残念、その後少しは一生変わることの無い永遠の距離よ」
冷や汗が頬を伝い落ちる。完全に出し抜いたと思っていたのに、アラクネは俺たちのやろうとしていたことを最初から見抜いていたんだ。
「ぐあぁ!」
足を必死に攻撃していたカメリアが、その太い足に吹き飛ばされる。
「そちらの鬼も、もう少し頑張りなさい。それでは、どれだけ攻撃してもワタクシには届かないわ」
アラクネは完全に油断している。まるで子供に稽古をつけているかのように、優しささえ感じさせる柔らかい攻撃。実際、カメリアも吹き飛ばされたとはいえ、そっと押し出したような優しい攻撃だった。
「天狐!」
「任せろ主様!」
炎を纏った狐が、一直線にアラクネに向かって飛ぶ。ラノベとかでも、アラクネが火に弱いのはテンプレだった。こいつだって、身体が蜘蛛で出来てるんだ。火に弱い可能性は十分にある。
「精霊とは珍しい、ですが識者がまだまだ未熟のようですね。せっかくの能力が活かしきれていません」
天狐が何かにぶつかって減速する。それも一瞬の事で、再び炎を纏って飛ぶ。しかしまた減速、更に炎を纏って直進、減速、直進、減速と繰り返す。減速する度に、天狐の纏う炎が小さくなる。そして遂に、天狐の炎が消える。アサギの攻撃は、アラクネに辿り着く事すらできずに鎮火されてしまった。
「そんな……」
「さて、一通り攻撃を許しましたが……この程度とは、いささか興醒めです。先程ワタクシに反応した皆さんですから、期待していたんですが……とても残念です」
カメリアは吹き飛ばされて、地面に転がっている。アサギは天狐の攻撃が全く通じなかったことで、その場で膝をついている。そして俺は……蜘蛛の糸に絡めとられて身動きが取れないでいた。
「まずは、あなたからにしますか」
糸を操られて、アラクネの前に吊り下げられる。目の前には、変わらず絶世の美女姿の人型があった。自分の顔のすぐ目の前、お互い視線を合わせるような位置に身体を固定される。
「他の2人は後で殺しましょう。今は、目の前の殿方をどうするかを考えるだけで……あぁ、身体が疼いてきます」
頬は上気して、瞳も潤んでトロンとしている。ハッキリ言ってエロい!こんな状況じゃ無かったら、童貞の俺には堪えられなかったかもしれない。
「よく見れば、なかなか可愛い顔をしているじゃないですか。あなたの顔は結構好みですよ。はぁ、ますます身体が疼いてしまいます……」
おでこが触れ合う距離まで近づいて来た美女の顔。ただし、身動きが全く取れない状況では恐怖意外に感じる事はできない。
「……お前たちは、誰かに従ってここに来たのか?」
「あら、この期に及んでそんな事を聞くのですか?」
「気になるんだよ」
「面白い人間ですね。あなたの命は、今まさにワタクシの掌の上だと言うのに。まあ、冥土の土産にと言うのであれば、お教えするのも吝かではないですね。なに、そんなに難しい話ではないですよ。あなた方人間にも色々な考えを持つ者がいるように、我々魔物にも他のモノと違う考えを持つモノがいると言うだけの話です」
他と違う考えを持つ魔物……多分、そいつが今回のスタンピード擬きを考えて実行した奴なんだろう。そして、目の前のアラクネはそれに賛同した。願いの塔で、何を願う気なのかは知らないけど、これでこいつが中ボスだってことが確定した。まだ、後に真のボスがいるってことだ。
「参ったな、お前みたいな奴が中ボスなのかよ……」
「……何ですか?その中ボスって」
「こっちの話だ」
「……そうですか。では、そろそろあなたをいただきましょう」
「ホクト!」
「ホクトくん!」
カメリアが、立ち上がってアラクネに向かってくる。アサギが魔力を練って、再度天狐を召喚する。でも、どちらも間に合いそうにない。目の前の美女が舌なめずりをして顔を近づけてくる。こんなシチュエーションじゃ無ければ、何度思っても、そう考えてしまう。アラクネの唇が俺の唇に触れる。最初は啄むような、そんな優しいキス。アラクネの舌が、俺の唇を丁寧になぞる。
「てめえ!ホクトを離しやがれ!」
「ホクトくんから離れなさい!」
カメリアとアサギの絶叫が聞こえる。だけど、俺には俺の唇を蹂躙するアラクネを止める方法が無い。
「んくっ!?」
遂に口内にアラクネの舌が侵入してきた。クチュクチュと、卑猥な音をさせながらアラクネが俺の舌を貪る。悔しい事に、アラクネの舌使いはエロく気持ちいい。ずっと味わっていたいと思えるくらいの快感をキスだけで感じさせるとは、敵ながら侮れない。だけど、そろそろ俺も反撃しよう。
「んくっ……クチュ、レロ……チュ……ングッ!?」
アラクネの顔が、俺から遠ざかる。瞬間……。
バシュ!
「ウガァアァァ!?」
アラクネの顔の右半分が吹き飛んだ。痛みのせいか、俺を拘束していた糸が緩む。普段全く使わないショートソードを腰から抜いて、俺を絡めている糸を斬って地面に着地する。
「ぷはっ、やっと油断してくれたな。ったく、長時間ディープなキスをしやがって……気持ちいいじゃねえか!」
「グアァアァ!お、おのれ……良くもワタクシの美しい顔を!!!」
顔の右半分から煙を出しながら、アラクネが叫ぶ。内部から攻撃したって言うのに、もうある程度回復してしまっている。恐ろしいほどの回復力だ。
「そっちの方が似合ってるぜ。上半身だけ出来過ぎた造形ってのもバランス悪いだろ。今の方が下半身ともバランスが取れててちょうどいいじゃねえか」
「……ホクト」
「ホクトくん……」
カメリアとアサギが一緒になっている場所まで戻る。これで仕切り直しだ。
「心配かけて悪い。でも、ああでもしないと、あいつにダメージ通せる気がしなかったんだよ」
「だからって、魔物とき、き、キス……することないじゃない!キスがしたいなら、お、お姉ちゃんがしてあげるから!」
「あ、アサギ抜け駆けすんなよ!ホクト、アタイもホクトとキスしたい!」
「……2人とも、色ボケは大概にしろ。今は戦闘中だ」
まったく、こいつら戦闘中に何考えてんだよ。ただでさえ強烈に強い相手なんだから、一瞬の気の緩みが命取りになるぞ。
「……ホクトくん、気持ちいいって言った」
「え、いや……それはな……」
「ホクトこそ、戦闘中に色に染まり過ぎだ。一瞬の気の緩みが、命取りになるんだぞ?解ってるのか?」
言われた!?まさか、カメリアに俺が感じてたことを言われた!
「と、とにかく!今は、あの蜘蛛女を倒すことに集中しろ!」
「この戦いが終わったら、キッチリ説明してもらうからね!」
やれやれ、『戦いが終わったら』か……ちゃんと勝つ気ではいるんだな。それが聞けて、ちょっと安心したよ。
「キ、キサマラァァァ!ゆ、許さん!身体の肉片ひとつ残さず、喰らい尽くしてくれるわ!」
まだまだ元気なアラクネ。本気になったアラクネとのバトルは、これからが本番だ。




