18話 絶望が現れた
「……君は、たしかギルドにいた」
「僕はユーリ、この前冒険者になったばかりでEランクです」
目の前でお辞儀をするユーリ少年。ハンナちゃんと同じくらいだろうか?とても冒険者をやっているようには見えない。それよりも……。
「俺を助けてくれたのか?」
「あ、僕じゃないです。あなたを助けたのは……」
そう答えるユーリの肩に、上空から舞い降りた大きな鷹が綺麗に着地する。そう言えば、ギルドで見たときも肩に止まってたな。確かアサギがオオタカって言ってたっけ。
「あなたを助けたのは、この子です。この子はウナ、僕のパートナーです」
「……そうか、ありがとうウナ。それにユーリ少年も」
「いえ、僕は何もしてませんから……」
そう言って俯いてしまうユーリ。頬を赤く染めてモジモジしている……これは、特定のお姉さま方の心臓を鷲掴み間違いなしのショタだ。
「おっと、お礼はまた改めてするよ。とりあえず、今はこの窮地を乗り切ろう」
「……はい!」
ユーリ少年はEランクと言っていた。恐らく戦闘力は肩にいるウナ任せだろう。そうすると、この子がここに留まるのは得作じゃないよな。どうする、後衛に預けるか?
「ホクトくん、その子は中衛に下げて。あなたはそのまま戦闘を継続、できるだけ早く戦線に戻って。今のままじゃ左翼が崩壊しかねないわ!」
アサギからの指示が飛ぶ。見れば、俺が倒れたことで空いた穴をDランク以下の前衛組が押し留めている。今は何とかなってるけど、確かに早く戻った方が良さそうだ。
「よし、ユーリ。お前はあそこまで下がれ。そこからウナと協力して、前衛組を助けてくれ」
「はい!ウナ、がんばろう」
「ピュイィ♪」
素直に言う事を聞くユーリ少年の姿は、こんな戦場にあってホッコリさせてくれる癒し要素だ。何としても無事に門の中に帰さないと。
「さて、状況は大分まずいけど……とにかく、今は1匹でも多く倒す!」
今目の前では、Dランク以下の前衛組が何とか踏ん張ってくれている。見たところ、小さな傷を負っている者はいるけど大怪我や死者は出ていない。俺が崩されて戦闘から離脱して居たら、この場にいる冒険者たちは全滅していたかもしれない。ウナに助けられなかったらと思うとゾッとするな。
「みんなすまない、俺も戦闘に復帰する!」
その掛け声に反応できた者は少なかったけど、確実に雰囲気は変わった。自分の存在が周りを鼓舞する役目を担えると言うのは、思った以上に嬉しいものだ。
「覚悟しろよ、俺はもう一歩も引かねえぞ!」
その後、周りの助けを借りて何とかフォレストウルフとワーウルフを全滅させることができた。こっちは何とかなったけど、右翼が心配だ。どうする、俺が右翼に加勢に入るか?それとも、ここで左翼を抑えるか?
「ホクトくん、あなたの方の前衛組を何人か右翼に回すわ。あなたは他の前衛と一緒に中衛の位置まで下がって待機、そちらからくる魔物を抑えて!」
結論を出すより先に、アサギからの指示が届いた。まったく、不慣れかと思ったら……なんだよ、全然いけんじゃん。これならアサギの指示に委ねるだけで良さそうだ。
「わかった!じゃあ、あなたとあなた。今アサギが言ったように、右翼に加勢に行ってください。それ以外の人たちは、俺とここで待機です」
「わかった、あっちは任せてくれ」
「頼みます」
2人を送り出し、その場でしばしの休憩を取る。他の冒険者たちも思い思いに休憩を取っている。ある者は武器の確認、あるものはポーションを飲んでいる。俺も自分の状態を確認しよう。武器、問題なし。防具、問題なし。体力、問題なし。フィジカル、多少の擦り傷はあるけどポーションを必要とするほどじゃない。オールグリーン、いつでも戦闘を継続できる。
その後、散発的に魔物が襲い掛かってきたけど俺だけで対処できる程度の魔物しか来なかった。そして、そんな戦闘をしばらく続けているとカメリアが戻って来た。
「お疲れホクト、無事か?」
「こっちはな、お前の方は?」
「アタイも問題なしだ。右翼もなんとか踏ん張ったからな、とりあえずは戦闘を続けられそうだ」
そうか、右翼もなんとかなったか。それなら、あと少しの時間は踏ん張れそうだな。その後は、俺達が抜けてアマンダさん達がリフレッシュした状態で入ってくる。
「そう言えば、あいつら戻って来たか?」
「あいつら?誰の事だ」
「ほら、自分勝手にどんどん先に進んでた剣士2人組」
「……ああ!やべ、すっかり忘れてた。そういや、あいつらって戻ってきたのか?」
周りの冒険者たちに確認してみたけど、誰も彼らを見てないらしい。おいおい、大丈夫なのか?一抹の不安を感じながらも、周りと協力して魔物を倒していく。すると……。
「うわぁあぁぁーーー!!?」
「何だ?」
突然の絶叫に、誰かやられたのかと周りを見回す。……良かった、俺達の周りには声の主はいなかった。じゃあ、一体どこから聞こえてきたんだ?
「ホクトくん!その場を他の人に預けて、至急中央に来て!カメリアも一緒にお願い!」
アサギの指示が聞こえた。その声からは、ここしばらくの余裕は見られない。なにかのっぴきならない状況になっているようだ。
「すまん、ここを任せてもいいか?」
「ああ、彼女の指示は的確だ。そんな彼女からの要請だ、行ってやれ」
「ありがとうございます!」
その場を、一番年配の冒険者――カメリアと同じくらい――に任せて、俺とカメリアは中央付近まで移動する。中央で魔物を抑えていたアサギと合流して、事情を確認しようとしたら……。
「みて、あれよ」
アサギが指さす方向を見る。……ん?ありゃなんだ?
「……誰か追われてるのか!?おいおい、なんで1人であんなところに……って、あいつらか」
好き勝手やってた剣士の1人、そいつがこっちに向かって駆けてきている。見れば左腕はだらりと垂れ下がり、すでに本人の意思でも動かせなくなっているようだ。それ以外にも身体中に血痕が見える。果たして、魔物の返り血なのか、それとも本人の血なのか……。
「皆さん、何があるか分かりません。警戒してください。ホクトくんとカメリアは、前衛と合流して警戒して」
「わかった」
前衛組と合流して、警戒態勢のままこっちに走ってくる男を待つ。しばらくして男は俺たちの元に辿り着き、その場に崩れ落ちた。
「おい、大丈夫か!」
「いったい何があったんだ!」
顔見知りなのか、何人かが助け起こし何があったのかを聞こうとしている。
「わ、わからない……なんで、あんなことになったのか……」
「おい、しっかりしろ!トレスはどうした!」
トレス、それは恐らくコイツと一緒だった剣士の事だろう。2人で先に行ったのに、戻ってきたのがこいつ1人って事は……恐らくそういう事なんだろう。
「し、知らねえよ!俺だって、自分の事で精一杯だったんだ。あいつの事なんて、構ってる暇無かったんだよ!」
「……お前は」
てっきり、仲の良い相棒なのかと思ってたけど、結局こいつらはどこまで行っても自分本位なんだな。普段は仲が良いけど、肝心な時に自分のこと以外考えられない。これじゃトレスってやつも浮かばれないな。
「……ホクト」
「どうした?」
隣に立っていたカメリアが、俺の肩を叩いて意識を向けさせる。
「あれ、なんだかわかるか?」
指さす先、目の前の男が逃げてきた先をさしている。そこに何かあるのか?言われるまま、鷹の目を使って見てみる。
「……あ?なんだ、ありゃ」
俺の素っ頓狂な声を聞いて、何人かが視線をこっちに向ける。俺は、そんな事に構ってられないと更に意識を集中する。俺の眼が捉えたモノ、それは……。
「カニ……じゃないな。こんなところにいる訳ない。じゃあ、あれは……蜘蛛なのか?」
まだ遠くて良く見えないけど、左右についている複数の足を動かしながらこっちに近づいてくる。ひょっとして、ここに来て中ボス登場か?
「蜘蛛?大きさや色は?」
「うーん、土煙で良く見えない。とりあえず、そいつは後ろに連れて行って介抱した方がいいだろう。すまないけど、2人で連れて行ってくれないか?」
「……わかった」
ひょっとしたら、今抱えている2人はパーティメンバーなのかもしれない。だけど、さっきから自分の事しか言わない、この目の前の男にどこか複雑そうな表情を向けている。まあ、気持ちは解らんでもない。とは言え、今はそんな事に構っている余裕はない。嫌かもしれないけど、やってもらおう。
再び視線を前に向けて、こっちに向かってくる魔物に注視する。近づくにつれ、徐々に全容が見えてきた。
「……俺の知識があってるか分からないんだけど、あれって、アラクネってやつじゃないか?」
口から出たアラクネって単語に、周りの奴らの表情が変わる。青くなる者、それを通り越して白くなる者、総じてポジティブな印象は受けない。やっぱり、こっちの世界でもアラクネってのは強力な魔物なのか。
「本当にアラクネなのか?」
カメリアだけが、しっかりと俺の眼を見て質問してくる。
「解らない、俺も実物を見たことがある訳じゃないし。だけど、あの蜘蛛の上に人間の身体が付いているように見える魔物が、違うって言うなら……な」
その瞬間、カメリアの表情にもしっかりと恐怖の色が浮かんだ。こいつが、こんな表情をするほどの相手か、アラクネってのは。俺の知っている前の世界の知識だと、巨大な蜘蛛の身体の上に、目を見張る様な美女の上半身が生えた存在。足の攻撃は力強く、その動きは俊敏。どんな地形でもお構いなしに走り回ることができ、当然ながら相手を拘束する糸を吐く。それが、俺の知っているアラクネだ。
カメリアに確認を込めて話してみると、小さく頷いた。
「こっちでもアラクネって魔物はそんな感じだ。更に言うと、Aランクの討伐対象だな」
「え、Aランク?それって、アマンダさん達クラスのパーティで討伐する魔物ってことだよな」
「厳密には倒せるじゃなくて、渡り合える……な。確実に倒したいならSランクを呼ぶレベルって事だ。最低でもAランク無いと、戦いにすらならない」
マジか、そんな奴が1体とは言えこっちに向かってきている。これって、中ボスの前にいきなりラスボスが来たんじゃないか?
「……いや、どっちかと言うと裏ボス的な」
「あ、何の話だ?」
カメリアが訝し気に、こっちの顔を覗いてくる。いかんいかん、余計な事を考えるのは後にしよう。
「アサギ、どうする?」
後ろを振り返って、アサギに指示を仰ぐ。今の司令塔はアサギだ。リーダーとしては、甚だ不本意だけど俺よりもアサギの方が、こういう場合の判断ができる。
「…………」
声をかけられた方も、簡単に答えは出せない。単純な話だと戦うか、逃げるかだけど……俺たちは逃げる事ができない。と言うか、逃げない。なら、戦うしかない訳だけど……。この場合、もう1つ選択肢がある。
「……涼風の乙女なら」
そう、涼風の乙女ならアラクネと渡り合えるのではないか?当然、みんなが考える事はそういう事だ。だけど……。
「ここで涼風の乙女に頼るって事は、彼女らへの負担が大き過ぎないか?」
前に涼風の乙女が場外で戦ってから6時間経過していない。この状況で彼女らに頼ると、今後に差し支える可能性がある。俺はそう考えている。
「でも、俺達じゃ……」
アサギがどういう判断を下すか。アサギを見る。すると、彼女は俺の方を見た。
「……おいおい、その目はなんだよ」
アサギの瞳は、何かを期待するように輝いて見えた。あいつ、俺がアラクネに勝てると思ってるのか?勘弁してくれ、そう思って空を仰ぐ。朝から始まった防衛戦は、昼を過ぎて空がそろそろ茜色になりつつある。恐らく、ここを凌げば俺たちの出番はとりあえず終わるだろう。だけど、Aランクなんてクラスの奴に俺達だけで勝てるのか?
ふと、視線を感じて顔をそっちに向ける。それは外壁の上、俺達を見下ろすような形で誰かが立っていた。
「……あれは、アマンダさん」
状況を確認に来たのか、それとも戦いを見届けに来たのか。アマンダさんが俺の方を見ている。その瞳は、まさにアサギがしていたのと同じように輝いていた。
「……俺の身近のお姉さんたちは、俺に優しくないね」
「何言ってやがる、アタイたちは何時でもホクトを甘やかしてるぞ?」
どの口が、そう思ったけど言わないでおいた。
「う、うわぁあぁぁぁ!?」
悲鳴に振り返る。そこには、何を食ってそこまで大きくなったのか問いただしたいほどの巨大な蜘蛛と、その上に絶世といって差し支えない銀髪の美女がいた。女性の身体は、やっぱり上半身だけで小説やゲームのとおりだ。
「良かった、服は着てた」
「……ホクト、何を心配してたんだ」
「だって、あんな美人が素っ裸で戦ってたら目のやり場に困るだろ」
俺がそう言うと、カメリアやその他の女性陣は呆れ、男たちはウンウンと同意した。これは男にしかわからない矜持だ。
「ごきげんよう、冒険者の皆さん」
そして、その美女の口から聞き慣れた言葉が聞こえてきた。




