10話 元気のないエスカ
涼風の乙女の2人と別れて、俺は独り町の大通りを歩いていた。普段であれば、多くの人で賑わうここも魔物に襲われている今では人通りも少ない。ギルドからの帰りがけに買って帰る串の屋台も、今日は姿が見えなかった。
「やっぱり町の中にも変化はあるか……」
もはや第二の故郷と呼んでも差し支えない、リーザスの町の変わってしまった風景に寂しさを覚える。願いの塔を踏破できれば、俺はこの世界から元の世界に戻る。そこまでの付き合いとは言え、人が生きていくなると思い入れもしがらみもできてくる。
いつもよりも歩きやすい大通りを通って、広場までやってきた。ここも普段は買い物途中の主婦や、それについてきた子供たちの憩いの場として多くの人が集まる場所だ。だけど、今日は人っ子一人いな……いや、1人だけいるな。
「こんにちは、こんなところでどうした?」
「……え、あ、ホクトお兄ちゃん」
広場の噴水に腰かけ、どこを見るでもなく、ただ正面を見つめていた少女に声をかける。見覚えのある、と言ってもほんの少し前に知り合ったばかりだ。
「エスカちゃんは、こんなところで何をしてるんだ?」
俺の方をボーッと見ていた視線が、再び正面に向けられる。どうも及びじゃなかったみたいだな。
「ああ、ゴメンな。イヤなら別にいいんだ……じゃあ、この辺も遅くなると物騒だから気をつけてな」
そう言って宿屋の方に足を向けようとしたら、何かに妨害されて一歩目がでなかった。あれ?と思い、視線を下に向けるとエスカちゃんが俺の服の裾を掴んでいた。
「これは一体……いなくなってほしかったってわけじゃないのか?」
エスカちゃんの方に視線を向けると、少し俯きながら首を縦に振る。どこか普通の子と違う雰囲気を感じる子だったから嫌がられてるのかと思ったけど、それも違うみたいだな。
「……隣座ってもいいかい?」
すると、裾から手を離して頷いてくれた。どう接していいのか分からないけど、とりあえずは傍にいてほしいと解釈して、エスカちゃんの隣に腰を下ろすことにした。改めてエスカちゃんの事を見れば、ハンナちゃんと同じ歳くらいの10歳か?着ている服が大分ボロボロになっているのが今更ながらに目に留まる。前に話してくれた内容から察するに、魔物に村が襲われてから着の身着のままで、ここまで逃げてきたことになる。
「……」
俺が隣に座っても、変わらず視線を前に向けたままの少女。この子の眼には、今のリーザスの町はどう映っているんだろう。
「リーザスが大きくてビックリしたか?」
ただボーッとしてるのも暇なので、エスカちゃんに話しかけてみた。これで無視されたら、この子が満足するまで黙って座ってようと心に誓って。
「……はい、綺麗な町」
良かった、話をする気はあるみたいだ。ただ、その後も何を話すでもなく夕焼けに染まり始めた空と、そこに照らされる城門をただ見ているだけだった。
「あの城壁の向うには、今も魔物がいるんでしょ?」
「そうだね、今も冒険者の人たちが一生懸命戦っているよ。みんなで町を守るためにね」
「……私の村には、冒険者なんていませんでした」
地雷を踏んだ。そう言えばこの子の村は、今回のスタンピードが始まった頃に全滅してたんだった。ああ、もうちょっと気を遣って話せばよかった。
「ふふ、そんな顔しないでください。別に責めてる訳じゃないですし」
「そりゃそうだろうけど、君につらい記憶を思い出させた事が許せないんだよ」
「どうしようもなかったんです。今ここに私が居る事も、1歳の弟が助からなかったのも……誰にもどうしようもなかった」
瞳に暗い色を湛えながら、10歳の女の子が気丈にもそんな事を言う。それが俺にはいたたまれなくて視線を逸らす。俺の17年間の人生経験じゃ、この子にかける言葉を持ち合わせていない。もっと、人生経験が豊富な大人だったら……。
「エスカちゃんは、この後どうするんだ?」
返す言葉が見つからず、俺は別の話題に逃げる事にした。
「この後ですか?……この後宿でご飯だと思います」
「ああ、そういう事じゃなくて。これからの生活の事。リーザスに留まるのか?」
「ああ、そうですね……まだ何も決まってません。私と一緒に馬車に乗っていた人たちも、宛がある人たち以外はどうするか考えるって言ってました」
身の振り方を考えるにも、スタンピードを終わらせてからって事だろう。今の状態でリーザスに留まる選択をしても、肝心のリーザスが無くなる可能性だってあるわけだし。
「そうか、そうだよな」
そしてまた沈黙。ダメだな、俺ではこんなときに何を話せばいいのか解らない。アサギでもいれば別なんだろうけど、今ここにアサギはいない。そうか、こんなところでもこの子は苦労してるんだな。年の近い子供か、アサギのように聞き上手な大人がいれば、そもそも今ここにエスカちゃんはいなかっただろう。
「エスカちゃんはさ、今泊まってる宿で誰かと話をしたりしてるか?」
自然とそんな事をエスカちゃんに聞いていた。
「えっ、……いいえ。今は誰とも。私の我儘で大人を困らせる訳にはいきませんから」
そうだったのか。だから俺相手にも、この子は敬語を使って話しているんだな。腹を割って、同じ目線で話をできる相手がこの子には必要だ。そう思ったら、自然に言葉が口を出ていた。
「もし良かったらさ、俺が使ってる宿屋に来ないか?」
「え?」
「おっかない女将さんがいるんだけどな、その人の娘さんが多分エスカちゃんと同じ歳くらいなんだよ。あの子もいつも大人に囲まれてるから、良かったら話し相手になってあげてくれないか?」
「……私がですか?でも……」
「ああ、もちろん今泊まっている宿へは確認しないとダメだろうけどな。今の宿屋を取ってくれたのは誰だったか覚えてるか?」
「えっと、冒険者の人たちと一緒にいたお姉さんです」
そうすると、冒険者ギルドの職員か?一度ノルンさんに聞いてみるか。俺は座っていた噴水から立ち上がって、エスカちゃんに手を差し出す。
「エスカちゃんが嫌じゃ無かったら、ぜひそうしてくれ。宿には俺の相棒もいるから、きっと気に入ると思うよ」
「相棒って、アサギさんですか?」
「え、ああ。アサギもいるけど、他にも俺の相棒がいるんだ。エスカちゃんも見たら、きっと気に入ると思うよ」
しばらく俺の差し出した手を見ながら考えていたエスカちゃんだったけど、最後にはしっかりと握り返してくれた。
「よし、まずは宿屋を探してくれたお姉さんを探そう」
「はい」
この子には、俺よりも同世代のハンナちゃんやポロンが必要だと思った。そのために、俺が背負う労力なんてたかが知れている。この子の為にも、俺はいつになくやる気になっていた。
「すいません、ノルンさん」
俺とエスカちゃんは今、冒険者ギルドのカウンターに来ていた。俺にとっては、まさにとんぼ返りになってしまったけど。
「あら、ホクトさん。帰ったんじゃないんですか?」
「ちょっと聞きたいことがありまして。実は、この子なんですが……」
そう言ってエスカちゃんの背中をそっと押してやる。ノルンさんを見たエスカちゃんは、少しホッとした顔をしてお辞儀をした。
「あら、あなたは確かエスカちゃん。この子がどうかしたんですか?」
エスカちゃんを見るなり、ノルンさんが笑顔になる。これは、ひょっとして当たりか?
「ひょっとして、エスカちゃんの宿屋を手配したのってノルンさん?」
「え、はい。私が手配しました。あの、何か問題でも?」
宿屋の事を俺が聞いたことで、ノルンさんの表情が心配気に揺れる。俺は、そんなノルンさんを手招きしてエスカちゃんから見えない所に移動した。
「どうしたんですか一体、何か不都合でもありましたか?」
ノルンさんも自分が手配したことに落ち度でもあったのかと気が気ではない様子だ。俺としても、そこを追及する気は無いので早々に誤解を解く。
「いえ、そう言う訳じゃないんです。ただ、あの子広場の噴水前にずっと座ってたんですよ」
「……広場の噴水前ですか?」
要領を得ない内容に、眉を八の字にして困ってしまうノルンさん。頭の上のケモミミがペタンと寝てしまっていた。いつまでも、それを見ていたいけど話を進めよう。
「ちょっと聞いただけなので確証はないんですが、あの子宿での話し相手がいないから外に出てきたんじゃないかって。俺が通りかかって、しばらく話し相手をしてて思ったんですよ」
「……なるほど。あの時は色々な手続きがおしていて、業務的に宿屋を割り振ってしまいましたが……確かに小さな女の子1人では暇を持て余してしまうかもしれませんね。それで、ホクトさんはどうしようと?」
「まだ確認は取ってないですが、羊の夢枕亭に移ってもらうのはどうかと思いまして。あそこなら、ハンナちゃんやポロンがいますし」
俺のアイディアを聞いて、ノルンさんが驚いた顔をした。なんだろう、青天の霹靂?寝耳に水?とにかく全く想定もしていなかったというような表情をしている。
「……確かに、あそこなら話し相手に事欠かないですね。ホクトさんやアサギさんなど顔見知りもいますし……ああ、なんであの時に気付かなかったんだろう」
「色々な仕事がいっぺんに来ればそうなりますよ。で、どうですか?一応彼女の所在を明らかにするために、連絡もせずに移すのはまずいと思って来たんですが」
「はい、問題ありません。私も付き合いますので、今泊まっている宿屋と羊の夢枕亭に行きましょう」
乗り気なノルンさんがグイグイくる。俺としては有難いんだけど、大丈夫なんだろうか?俺の心配そうな表情を見てとったのか、ノルンさんが笑顔を向けてきた。
「大丈夫ですよ。今日の私の仕事は終わりですので、この後はプライベートです。そこで私が何をしようとも、誰にも文句は言わせません」
「いや、そうじゃなくて。プライベートって、ノルンさん休まなくていいんですか?」
「良いんです!それとも、ホクトさんは私と一緒は嫌ですか?」
ぐっ、そんな泣きそうな顔で縋り付いてくるのは反則だ。明らかに演技だと解っているのに、逆らえる気がしない。しかも凶悪な事に、俺の腕にノルンさんの尻尾が優しく絡みついてくる。これに逆らえる男がいたら、絶対ホモか猫アレルギー持ちだ。
「わかった、わかりましたから揶揄うのは止めてください!」
「ふふ、照れたホクトさんも可愛いですね」
どうも俺の周りにいる年上の女性たちは、俺を揶揄って楽しむのが面白いみたいだ。
「じゃあ、着替えてきますので入り口で待っていてください」
「わかりました、エスカちゃんと待ってます」
そう言うや、ノルンさんは奥に消えていった。本当に仕事は終わりだったようで、周りの職員たちと挨拶をしている。さて、俺もエスカちゃんの所に戻るか。
「ホクトお兄ちゃんと、さっきのお姉さんは恋人ですか?」
「えっ!?」
戻るなりエスカちゃんから、とんでもない質問が飛び出した。
「話している雰囲気が、大人な感じでした」
気持ち瞳をキラキラさせながら聞いてくるエスカちゃん。機嫌が良くなったのは良いけど、ほんと女の子は歳に関係なく恋愛話が好きだな。やんわりと否定しつつ、ギルドの外でノルンさんを待つ。エスカちゃんはと言えば、否定されて残念そうな表情をしていたけど、確実にさっきよりも元気そうになったので良しとしよう。
私服に着替えたノルンさんと一緒に、まずはエスカちゃんが泊まっている宿屋へむかう。そして事情を説明して、エスカちゃんの荷物を部屋から運び出す。宿屋の人は渋い顔をしていたけど、ノルンさんが今日の宿泊費をそのまま収めたことで、とりあえずは納得してくれた。
「こちらは問題ありませんでしたね。さて、では羊の夢枕亭に行きましょう」
気持ちさっきよりも足取りを軽くして、ノルンさんが先導する。これは、宿に着くなりアサギたちと酒を飲む気だな。まあ、最近ずっとスタンピードの事で大変だったみたいだし、たまに羽目を外すのもストレス発散になっていいだろう。
スキップしそうなノルンさんに続いて、俺とエスカちゃんも羊の夢枕亭に歩いて行く。ここで、俺はある重大な事を忘れていることに気付いていなかった。羊の夢枕亭が見えてきたとき、入り口の前に仁王立ちする鬼がいた。
「遅い!ハンナがどれだけ心配したと思ってんだ!」
宿に着くなり、俺はその鬼に打ちのめされ、地面に沈んだ。ノルンさんは慣れている分、若干引いている程度で済んでいるけど、初めて見たエスカちゃんは完全にビビっている。
「ぐはっ!ちょ、シャレになってないですローザさん!」
「冗談のつもりは無いよ。うちの娘を泣かせた罰だ、しっかり止めを刺してやる」
「止めさしたら死んじゃうって!」
「あたしは、そう言ってるつもりだけどねぇ……」
うわ、完全にキレてんじゃん。ここまで容赦のないローザさんは初めてかもしれない。本格的に死を覚悟し始めたとき、宿の中から救世主が現れた。
「もうお母さん!それ以上やったら、本当にお兄ちゃんが死んじゃうよ!」
倒れ伏した俺……と言うよりも、その上で踏ん反り返っているローザさんの元にハンナちゃんがやってきた。タイミング的に、まさに天使のような存在だ。
「ちっ、ハンナに感謝するんだね。この子が泣き止んでなかったら、こんなもんじゃ済まなかったよ」
「わ、私泣いてないもん!ほんとだよ、本当に泣いてないからね、お兄ちゃん!」
目元を真っ赤にしながら、一生懸命取り繕おうとするハンナちゃん。帰って早々三途の川を渡りかけたけど、この雰囲気を感じると帰ってきたって気がするな。
「ただいまハンナちゃん、遅くなってごめんね」
「ううん、お兄ちゃんが無事ならいい。でもね、お母さんにも言ってあげて……お母さんもずっと心配してたから」
途中から耳元で小声で話すハンナちゃん。その顔を見れば、今だに目じりに涙が浮かんでいる。それを拭ってやりながら、頭を撫でてやる。そして、俺の真上にいる人に視線を向けて。
「ローザさんもただいま。遅くなってごめんなさい」
「ふ、ふん。誰もお前の事なんて心配してないっての。ほら、入り口にいると邪魔だからとっとと中に入りな」
そう言って、そそくさと宿の中に入っていくローザさん。そのあまりのツンデレっぷりに思わず笑ってしまいそうになる。ああ、やっぱりここは俺の帰ってくる場所だなと、しみじみそう思った。




