9話 現状報告と今後の方針
「失礼、ギルドマスターに御目通り願いたいのですが」
アイラさんは、ギルドに入るなりカウンターに向かって用件を伝えた。突然の事で言われたノルンさんも目を白黒させている。頭の上のネコミミがピコピコ動いているのが可愛い。こんなにきょどってるノルンさんを見るのは初めてかもしれない。
「あ、あの……突然そう言われましても。あなたは確か、涼風の乙女の……」
「はい、アイラです。我々の仲間が第四陣の位置を特定しました。この情報は共有した方がいいと思い、こうしてギルドまで来たのです。急ぎギルドマスターに取り次いでいただけますか?」
ここまで言われて、ノルンさんもことの重要性に気付いたみたいだ。表情を引き締めてアイラさんに対応する。
「わかりました。すぐに取り次ぐので、しばらくお待ちください」
そう言ってノルンさんは、近くにいた職員の人に受付を変わってもらう。一度こちらを見たけど、すぐに奥に消えていった。まあ、俺と涼風の乙女が一緒にいれば聞きたい事も山ほどあるだろうけど、今はそれ以上に重要な事があるもんな。でも、後で色々と聞かれそうだ。覚悟だけはしておこう……。
「これって、すぐに戦闘になるんですかね?」
待ってる間暇だったので、アイラさんと会話をして時間を潰す。
「そうですね、キリュウの話だとリーザスに来るまでにはしばらくかかりそうでしたが」
「うん、ボクが見つけたときはゆっくり歩いてる感じだった。あのペースなら、もうしばらくはかかるんじゃないかな」
「それって、まっすぐにこの町に……」
「あのホクトさん、あまりここで話す内容ではないので後程にしませんか?」
そう言われて、自分たちが今ギルドのカウンター前にいることに今更ながらに気が付いた。そうだよ、せっかくギルマスに直接伝えて判断を仰ごうって言うのに、ここでペラペラ喋って良い内容じゃなかった。
「……すいません。軽率でした」
「いえ、解ってくれればいいのです」
アイラさんってしっかりしてるな。白い神官服に黒髪、キリッとしていて学校にいた風紀委員みたいな印象だ。涼風の乙女はアマンダさんを中心に纏まっているんだろうけど、アイラさんみたいに情報を取りまとめる人材もいるのは、さすがAランクパーティってところか。……うちだとアサギ一択だな。俺もカメリアも、こういう頭を使う仕事には向いていない。
「はぁ、うちにもアサギのサポートしてくれる人材を入れるか……」
「ホクトさんのパーティでは、偵察や情報収集をする人はいないのですか?」
「ええ、なんせついこの間できたパーティなので……。まだまだ人手が足りないんですよ。俺とカメリアは、戦う専門なのでどうしてもアサギ1人に仕事が集中しちゃうんですよね」
せめて情報収集ができる人材がほしい。今回の仕事で、俺が偵察をできるようになったから、その点は改善されるだろうけど。情報も集めて作戦も練ってだと、アサギがパンクしちゃうな。
「ホクトさんなりカメリアさんでフォローしてあげればいいではないですか」
「いやぁ、カメリアも俺も知能一桁なんで……」
「そうですか、おバカ……なんですね」
「えっ、ええまぁ……そこまでハッキリ言われるとは思いませんでしたが」
あれ、アイラさんって意外にキツイ性格してるのか?笑顔でバカって言われたぞ?その横でキリュウが肩をプルプル震わせてる。
「ぷぷ、ボクよりバカな奴初めて見た……」
「アサギさんの苦労が偲ばれます。うちにもおバカ……がいるので、いつもいつも私が尻拭いを……」
何かを思い出しているのか、ダークサイドに落ちかかったアイラさんの笑顔が怖い。そのオーラに当てられたキリュウがビクビク震えて後ずさっている。そうか、アイラさんの苦労の出所はキリュウか。
「お待たせしました、こちらへどうぞ」
ノルンさんがいいタイミングで戻ってきてくれた。俺達を誘導して奥に進んで行く。いつも使っている応接室を通過して、さらに奥に階段があった。この階段は、普段使っているのとは別の場所に繋がっているのか。
階段を使って3階に上がる。そこに扉は1つしか無く、ここがギルドマスターの部屋だとすぐにわかる構造になっている。
「皆さんをお連れいたしました」
ノックの後、ノルンさんが部屋の中へ伝える。
「入れ」
短い返事の後、ノルンさんが扉を押し開けて中に入る。俺達も、それに続いて中に入る。初めて入ったギルマスの部屋は、思いのほか綺麗に片付いていた。前に見たギルマスの印象だと、細かい整頓とかは苦手そうに見えたんだけどな。
「どうした、部屋が綺麗なんで驚いてるのか?」
やべ、顔に出てたか?ギルマスのギースさんが、俺の方を見てニヒルに笑みを浮かべている。窓際に立ってこちらを見ている姿は、どこからどう見ても裏世界の住人にしか見えない。
「今ダッジを呼びに行っている。悪いが全員揃うまでしばらく待っていてくれ」
俺達を連れてきたノルンさんは、お辞儀の後に部屋を出ていく。目の前に向かい合わせのソファと、その奥に執務机って言うのか?普段ギースさんが使っているであろう大きな机があった。どうしたものかとアイラさんに目配せしてみる。
アイラさんは慣れているのか、手前のソファに腰を下ろす。その隣にキリュウが、そしてその隣に俺が座る事になった。どうも、こういう格調高い部屋は苦手だ。1回だけ入った事のある校長室も、こんな感じの部屋で緊張したのを覚えている。
「失礼します」
ノルンさんが再び部屋に入ってきて、俺たちの前に飲み物を置いて行く。部屋の空気に当てられた俺は、ノルンさんに縋るような視線を向ける。それを見たノルンさんが小さく苦笑した後で……。
「大丈夫ですよ」
小さくそう言ってくれたので、ちょっとは気持ちが楽になった。ノルンさんは、そのまま部屋を出ていく。そして訪れる静寂の時間……と思いきや。
「それにしても、珍しい組み合わせだな。俺の方にも報告は上がってきているが、涼風と猛炎は現場でひと悶着あったんじゃないのか?」
ニヤニヤしながらギースさんが切り出す。この人、こんな表情もできるんだな。てっきりムスッとした無表情がデフォルトかと思った。
「はい、現場の指揮官であるダッジさんにはご迷惑を。町に戻ってきてから、こちらのホクトさんがアマンダの見舞いに来てくださいまして。その時に涼風の乙女と猛炎の拳、特にアマンダとホクトさんの和解がなされました」
「ほう。聞いていた話では、随分こっぴどくやられたそうじゃないか。良くそれを手打ちにしたな」
ギースさんがこちらを見ながら言う。ギースさんの口から手打ちって言葉が出てくると、本物みたいで少し怖い。まあ、他意はないだろうから気にしないでおこう。
「話を聞いて納得できましたから。全てを許したわけじゃないですが、アマンダさんのこれからの頑張り次第と言う事にしました」
「へぇ、さすがはダッジが弟子に取るだけの事はあるな」
「そんなに珍しいことですか?」
俺としては、ダッジさんは教え方ひとつとっても教官として最適だと思う。なんせ、戦いとは無縁だった俺を、たった2カ月足らずで魔物と戦えるようにしたのだ。俺からしてみれば、どうして他の冒険者がダッジさんに教えを請わないのかが不思議でならない。
「あいつの教え方は独特だからな。ついて来れる奴が極端に少ないんだ。何人かは生き残ってたみたいだが、結局最後まで残ったのはお前だけだ。俺もその話を聞いた時は、そんな奇特な奴に会ってみたいと思ったものだ」
なんか珍獣扱いされてる気がするぞ。まあ、どんな扱いをされようが俺が魔物と戦えるようになったことは事実なわけだし、あまり気にしないようにしよう。
「それがダッジと同じ拳闘士だっていうんだから、尚更おかしかったさ」
こうやって話している分には、思った以上に気さくな人だなギルマスって。その後も近況や、アマンダさんの怪我の具合なんかを話していたら部屋の扉がノックされた。
「ダッジです」
「おう、入れ」
入ってきたダッジさんは、身だしなみこそ最低限整っているけど、ついさっきまで現場で魔物と戦っていたのが解る位に血の匂いをさせていた。
「すいません、身体を拭いている時間が無かったもので」
「構わんさ、今はそれよりも今後の方針を決める方が大事だ。おら、とっとと座れ」
「失礼します」
ダッジさんは、ギースさんの隣に腰を下ろす。ノルンさんが再び現れて、ダッジさんの前に飲み物を置いて出ていく。これで役者が揃ったわけだ。
「さて、リーザスの命運を賭ける重要な情報とやらを聞かせてもらおうか」
野獣のようなギラついた視線を俺達に向けるギースさん。さて、俺もちゃんと仕事をしよう。
「うぅむ、そんな所にいたのか……」
キリュウの話を聞いて、ダッジさんが真っ先に唸り声を上げた。当初予定していた場所から忽然と消えた第四陣の魔物たち。それが、リーザスの北に現れたと言う事は、俺たちが陣取っていた場所を迂回してリーザスに向かった事になる。スタンピードで暴走している魔物たちが、そんな規則正しい動きをしたことにダッジさん達は驚いていた。
「話に聞いてはいたが、何から何まで今までと違うな。今回のスタンピードは」
「現場で指揮を執っていた感触では、途中までは普段と変わらないスタンピードでした。様子が変わってきたのは……」
「俺達が見つけた第三陣、からですか?」
「そうだ。ホクトやシッカから齎された情報は、今までを知っている人間からしたら眉唾以外の何物でも無かった。だが、それが真実だったのは既に周知の事実だ」
シッカと俺で命懸けで持ち帰った情報だったからこそ、ダッジさん達は信じてくれた。もしあの時、俺たちの言う事を信じてもらえなかったら……ひょっとしたら、全滅まであったかもしれない。
「今回のスタンピードは、どうも人為的な臭いが付き纏うな」
「ですが、一体誰が何のために?」
「それはわからん。本当に裏にいるのが人間かも怪しいがな……」
「とにかく、今の話で猶予が数日あることが分かっただけでも僥倖だ。その間に壁にへばり付いている魔物たちを一掃できれば、まだ何とかなるかもしれん」
ギースさんとダッジさんは、キリュウが話した内容を吟味したうえで到着予定日時を割り出した。それによると、第四陣がリーザスの町に到着するのは3日後と予想された。これは、あくまで進軍速度が変わらなければの話だけど、指針ができたことで動きやすくはなった。
「お前たち涼風の乙女と猛炎の拳は、引き続き療養だ。明日一杯はゆっくりしてろ。明後日からは、しっかり働いてもらうがな」
「良いんですか?町が今も襲われているって言うのに、俺達だけ休んでて」
「休むことも仕事のうちだ。それに、他の町から援軍として来てくれている冒険者にも戦う場を与えないとな。あいつらだって、何もしないで帰る訳にもいかんだろうからな」
「わかりました、アマンダにも伝えておきます」
俺も戻ってアサギたちに伝えないとな。それに、いい加減羊の夢枕亭のみんなにも顔を見せないと……ローザさんに殺されかねない。
「よし!まだ気を抜ける状況じゃないが、懸念していた問題が1つ解決した。引き続きよろしく頼む」
ギースさんのその一言で、その場は解散になった。俺とアイラさん達は、揃ってギルドの玄関を出る。
「では、私たちはこれで。今日は本当にありがとうございました。次に会う時を楽しみにしています」
綺麗なお辞儀で頭を下げるアイラさん。この人の所作は本当に洗練されてて綺麗だな。横でキリュウが片手をあげて挨拶してくる。
「じゃあね」
まったく雰囲気の違う2人、だけど妙に噛み合って見えるのは仲が良いからだろう。俺も、そんな2人にお辞儀をして別れる。さて、明後日まではしっかり羽を休めるとしますか。




