2話 疫病神に好かれた少女
新たにユニークスキルを手に入れていることが判明したリーザスへの道中、その後は何事もなく過ぎ去って本日の移動は終了となった。行きと同じように休憩ができる広場に馬車を止めて、みんなで分担して野営の準備を始める。
「随分と減ったな……」
テントの設営をアレクと一緒にしていると、そんな言葉がアレクから零れた。
「ん?なんのことだ?」
「ああ……いや、行きよりも随分と人が減ったなって思っただけだ」
アレクに言われて周りを見渡してみる。リーザスから発って最初に野営した時は、多くのテントを設営しなきゃならない事に嫌気がさした記憶がある。でも、今はその時の半分も必要としない。改めて、今回の犠牲者の数に胃の辺りが重くなる。
「確かに、こうして目の当たりにすると余計に感じるな……」
「「……」」
突きつけられた現実に2人して黙り込んでしまっていると……。
「あまり引きずらない事だ」
俺たちと一緒になってテントを設営していたカゲツグが会話に参加する。
「……カゲツグは、こういう事に慣れてるのか?」
「まあな、今までにも大型の討伐依頼には何度か参加したことがある。楽なものもあれば、今回以上に酷い時もあった。俺たち冒険者はそれが仕事だからな、あまり引きずっていて良い事は何もない。全てを忘れろとは言わないが、ある程度折り合いをつけないと続かないぞ」
きっと俺たちよりも多くの悲劇をカゲツグは見てきたんだろう。俺やアレクはDランク冒険者、ここまで大型の討伐依頼は初めての事だ。俺にしたってゴブリンの集落を殲滅した、あの討伐が一番大きなものだった。アレクだって同じだろう。
カゲツグは、ソロでCランク冒険者になった男だ。俺たちよりも、何倍も危ない橋を渡って今があるんだろう。
「カゲツグは、そんなときどうしてたんだ?」
「別にどうもしない。また新たな依頼を受けて、それをこなしていくだけだ」
カゲツグは、仕事で気を紛らわすタイプなのかもな。俺も、何か没頭できることを見つけた方が良いかもしれない。アレクを見ると、同じような考えに至ったのか、真面目に何かを考え込んでいるようだった。
「テントはこれでいいだろう。他に手が足りていない所の手伝いをしに行こう」
「そうだな」
それからは、それぞれ別々の場所の手伝いに行って野営の準備を終えた。その日の夕食は、これからの事への不安もあってあまり楽しい雰囲気ではなかった。みんな、黙々と食事を胃の中におさめ、雑談をすることも無くさっさと寝てしまうもの、野営の警護に着く者とバラバラに散っていった。
「静かなもんだな……」
周りはすでに寝静まっていて、俺たち猛炎の拳のメンバー以外には少し離れた場所にいる別のパーティくらいしか起きている者はいない。聞こえてくるのは焚火から爆ぜる薪の音と、たまに聞こえる野生動物の鳴き声くらいだ。
「この辺りには、あまり魔物もいないからね。今だって警戒しているけど、不測の事態に備えているだけで必要かと言われると、そうでもないのよね」
「まあ、寝てる方も誰も起きていなかったら落ち着いて寝る事も出来ねえだろうからな。アタイだって、全員で寝てたら気が張って寝れないかもしれねえな」
「嘘つけ、お前がそんなナイーブなわけないだろ」
「ホクトは、もう少しアタイを女扱いしても良いんじゃないか?」
「ふふふ……」
アサギやカメリアと軽い雑談をしながら時間を潰す。俺たちは既に一度仮眠を取っていて、当直のために今は起きているに過ぎない。だから、実はかなり眠いんだけどこうして2人と他愛ない会話をするのも久しぶりだから、これはこれで良かったと思っている。
「でも、リーザスの町は大丈夫かな?ハンナちゃんやノルンさん、マテラさんやアンナちゃん……みんな無事だといいけど」
「大丈夫よ、私たちでかなりの数の魔物を間引いていたし、リーザスの町には強固な外壁もある。そう簡単に街中にまで魔物に侵入されることは無いわ」
「ただ、気になるのは消えた第四陣だな……」
全容のハッキリしていない第四陣の魔物たち。その数、種類など情報を得るために偵察部隊を先行して送っている。今回俺が偵察部隊に入っていないのは、本職じゃないから。素人に毛が生えた程度の俺よりも、それを専門にしていた冒険者たちだけで事足りると上層部が判断したためだった。まあ、鬼を倒したことも大きいんだろうな……。
「そのためにも、こんなところで数が減るようなヘマをする訳にはいかねえな」
それからもアサギとカメリア相手に他愛もない会話をしていると、近くのテントから物音が聞こえてきた。
「あれ、もう交代の時間か?」
「ううん、交代はまだ先のはずよ」
お互いの顔を見渡して、テントの方へ視線を向ける。そこから出てきたのは、魔物たちから逃げてきた馬車に乗っていた女の子だった。
「……おしっこ」
「……そうか。アサギ、悪いけど付いて行ってくれるか?」
「わかったわ。じゃあ、お姉ちゃんと離れたところまで行こうね」
そう言ってアサギが女の子、エスカちゃんを伴って森の中に入っていく。俺は何とはなしにそれを目で追ってから、隣にいるカメリアに話しかけた。
「あの子、何かあったのかな?」
「こういう時は、あんまり詮索しない方が良いぜ。ああいう表情をしている奴は、大概碌な目にあってない。それを根掘り葉掘り聞くのは、趣味が良いとは言えねえな」
「……それがこの世界のルールなのか?」
「マナーの問題だ。ホクトだって嫌だろ、知らない奴にシッカの話を色々詮索されるのは」
「……ああ、そうか。そうかもな」
「どうせ町までの付き合いだ、ほどほどに付き合っとけばいいんだよ」
そう言って、カメリアは我関せずと焚火に視線を向けた。元々人付き合いが苦手なカメリアにとっての処世術なのかもしれないな。カメリアの言い分も理解できたし、俺もあまり話しかけない方が良いかもしれない。うちには、こういう時に頼りになるアサギがいるから、あいつに全部任せちゃおう。
「ただいま~」
そうこうしていると、アサギとエスカちゃんが森から戻ってきた。エスカちゃんは、相変わらず無表情で何を考えているか分からない。歳は、多分ハンナちゃんと同じくらいだろう。ハンナちゃんを見ているからか、あの年頃の女の子ってもっと色々な物に興味を惹かれるものだと思っていた。やっぱり、カメリアの言う通りエスカちゃんは何か酷い目に合って、ここまで逃げてきたのかもしれない。
俺がそんな事を考えていると、森から戻ってきたエスカちゃんが焚火の近くに座った。その隣にアサギも腰を下ろす。
「あれ、寝なくていいの?」
「……うん、少しこうして居たい」
焚火の炎を見つめるエスカちゃん。その隣に座ったアサギは、こっちを見ながら何か言いたそうにニヤニヤしている。
「……なんだよアサギ。言いたいことがあるなら言えよ」
「別に~……言いたいことがあるのは私じゃないし」
「……なら、誰だっていうんだ」
アサギはそれには答えずに、隣に座るエスカちゃんに視線を向ける。ん?つまり、俺に話があるのはエスカちゃんって事か?
「……何か俺に聞きたいことがあるのか?」
「……」
エスカちゃんは、一度こっちに視線を向けたけど、すぐに元に戻してしまった。何か緊急性のある話でもなさそうだし、俺もそれ以上追及しないことにした。
「ほら、大丈夫だから。ね?」
そんなエスカちゃんにアサギが声をかける。随分仲が良くなったようだ。エスカちゃんもアサギに言われて、改めて俺の方に視線を向けた。
「あ、あの……」
やっとの事で声を絞り出すエスカちゃん。ちょっと緊張しているのか、その声は少し震えていた。別に焦らせる必要もないので、エスカちゃんのテンポに任せて聞く姿勢を作る。
「……とっても強い魔物を倒したって、本当ですか?」
「強い魔物?」
「えっと、ボスの……」
「ああ、鬼の事か。そうだな、ボスかどうかは解らないけど周りよりも強い雰囲気をした魔物は倒したな」
「……その時のお話しを、聞いても良いですか?」
「おはなし?」
「エスカちゃんはね、ホクトくんの活躍した時の話を聞きたいんだって」
アサギがエスカちゃんの言いたかったことをフォローする。隣でエスカちゃんがコクコクと首を上下に振っている。その目は、さっきよりも若干キラキラしている。そうか、この子は鬼を倒した時の話を物語を聞くように楽しみにしてるのか。
「話すのは良いけど、そんなカッコいいもんじゃないぞ?多分エスカちゃんが期待しているような話しとも違うと思うし……それでもいいなら話してあげるけど」
「……うん。実際に戦った人から直接話を聞きたかったの」
「そうか……なら、話してあげるよ。だけど、本当に大したことないからな?それに、俺はそこまで話が上手な方じゃないから、あまり期待するなよ?」
「うん」
「ふふ。ホクトくん、話す前に予防線張り過ぎ。大丈夫だよ、ホクトくんが感じたままをこの子に聞かせてあげればいいから」
そう言うものなのか。まあ、普段冒険者と接点が無いような子供には、俺が話すってだけで十分娯楽になるのかもしれないな。そう思って、俺は幾分か気を楽にしてエスカちゃんに鬼との戦いを話して聞かせた。最初は何をしても歯が立たなかったこと、周りに助けられながら少しずつ鬼を追いつめていった事、そしてギリギリで倒すことができたことなどを、飾ることなく話していった。自分で話してて思ったけど、俺の戦いってあんまり英雄譚っぽくないな。華麗な剣捌きとか、圧倒的な強さとかじゃなくて、倒されても倒されても這い上がる泥臭い戦い方しかできないから仕方ないけど……。
「……すごいね。どうしてお兄ちゃんは、そこまで戦えるの?」
「どうしてって……やれると思ったから?俺1人じゃ到底敵わなくても、周りの人が助けてくれるから俺でも何とかなったんだよ。ぶっちゃけ、戦っている間に何度も死ぬって思ったしな……」
「それでも、最後には勝っちゃったんだ。お兄ちゃんは英雄だね」
「やめろよ、俺はそんな柄じゃないよ。実際ソウルや、他の人たちのサポートが無かったら倒しきる事はできなかった」
今でもそう思う。最終的に倒したのが俺だったってだけで、そこまでのお膳立てをしてくれた人たちがいたから勝てたんだ。鬼との戦いに関しては、みんなの勝利だ。
「……私の近くには、そういう人はいなかった」
また、あの無表情だ。さっきまで俺の話をキラキラした目で聞いていた子と同一人物とは、とても思えない。感情の抜けきった目。あの目は、この世の全てに期待していない……そんな諦めに近い物を感じる。こんな小さな子が、いったいどれだけの事があったらここまでの表情ができるのか。俺には解らない。
「私の村はね、ある日襲って来た沢山の魔物たちに潰されて無くなっちゃった。その後も避難した町が魔物の群れに襲われて、命からがら逃げ延びたと思ったらまた魔物に襲われて……。私がいると、周りがどんどん壊されていくの」
「……エスカちゃんは、魔物が襲ってくるのは自分が居るからだって思ってるのか?」
「……うん。私の家族は、私を守って死んじゃった。私が守らないといけなかった、生まれたばかりの弟は守ることができなかった。こんな役立たずな私なんて、とっとと死んじゃえばよかった」
「それで、何もかも諦めたのか」
「だって……仕方ないよ。私には、何も力が無いんだもん」
10歳くらいの女の子が、ここまで追いつめられるって本当に難易度がベリーハードな世界だな、このオクトワンって世界は。だけど、俺としてはエスカちゃんにモノ申したい気分で一杯だ。
「俺には、エスカちゃんが辛い目に合ったときの気持ちとかは本当の意味で理解する事は出来ないと思う。だけど、何もできなかった俺が、みんなの力を借りてだけど強い魔物を倒すことができたんだ。エスカちゃんだって、きっと何かできるようになるよ」
「……無理だよ。私には……」
「じゃあ、それを俺が証明してやる。だからエスカちゃんも、もう少し頑張ってみようぜ」




