24話 第三陣ボス攻略戦(中編)
「先行くぜ」
そう言って、鬼に向かって駆け出すソウル。あいつは、いつも俺の先を行く。こんな理不尽も、あいつにとっては取るに足らない事なのか。やっぱりお前はヒーローだよソウル…………だけど。
「それでも、お前に置いて行かれるのは我慢できん!」
震える身体に喝を入れる。丹田に力を入れ、鬼に向かって走り出す。
「アサギ、俺とソウルで鬼を抑える!その間に立て直してくれ!」
「ホクトくん!?そんな、2人だけなんて危険だよ!」
アサギには悪いけど、今目の前にいる男は超えなきゃならない存在だ。そいつが立ち向かおうとしてるんだ、俺がそれから逃げる訳にはいかない。それに、アサギなら大丈夫。他の奴らを集めて、キッチリ勝利までの作戦を導き出してくれる。
また一人やられた。無造作に両腕で冒険者の身体を掴んで、思いっきり左右に引き千切る。こいつ、冒険者の千切られた体内から出た血を飲んでやがる。
「シッ!」
ソウルが片手に剣を携え、姿勢を低くして鬼に近づく。ソウルに気付いた鬼が、冒険者の亡骸を放り出して金棒に手をかける。ヤバイ、また岩石弾が来る。
「ソウル、岩石弾が来るぞ!」
「大丈夫!」
地面に叩きつけられる金棒。そこから俺たちに向かって飛び散ってくる岩石の銃弾。だけど、ソウルは速度を落とすことなく避けていく。あいつ、本当に器用だな。おっと、俺もソウルにばかり気を取られるわけにはいかない。集音のスキルを発動して岩石弾に飛び込んで行く。これだけ無数の岩石弾が飛び散っていると、鷹の眼や集中よりも集音の方が相性が良い。どれだけ岩石弾同士が重なろうとも、音が立体的なビジョンとなって俺に情報を届けてくれる。
「くぅ、分かってても避けるのがキツイ……」
それでも最小限の動きで岩石弾を躱していく。そして、岩石弾の流星群を抜けた先は鬼の目と鼻の先。先に岩石弾の流星群を抜けていたソウルが、早速鬼に斬りつけていた。
「ほう、ワシとやり合える人間がおったか!良いだろう、どれだけ耐えられるか相手をしてやる」
ソウルの頭上から金棒を振り下りす。ソウルは、それをステップで避ける、避ける、避ける。あいつの戦闘をじっくり見るのは久しぶりだ。以前よりもキレがある動作は、流れるように鬼の攻撃を避けていく。鬼の意識がソウルに行ったことを確認した俺は、隠密を発動して鬼の後ろに回り込む。
「へっ、図体だけデカくて大したことないな。鬼、お前のその身体は見掛け倒しだな!」
「良い気になるなよ人間風情が!」
鬼の攻撃は凄まじい。あの重そうな金棒をいとも軽々と振り回す。それに左手、金棒を掻い潜って斬りつけようとしているソウルに、巨大な岩石と見まごうばかりの拳を打ち込んでくる。でもソウルはソウルで、それを悉く躱す。金棒を横に薙ぎ払った鬼の身体が僅かにブレる。だけど、ソウルには僅かな時間で十分だ。
「今度はこっちの番だな、行くぜ!」
ドッペルゲンガーを生み出して、3体同時に攻撃を始める。しかしさすが鬼、2体のドッペルゲンガーを払い除ける。残りは本体になったソウルだったけど、そこは既にソウルの間合い。人型の弱点、脛に斬りつけた。
キィィーン!
「ぐっ、堅ってえ!どんな肌してやがんだ……」
ソウルの斬りつけた刃は、しかし鬼の身体を斬る事はできなかった。硬質な物を斬りつけたかのような音がしただけで、鬼の身体には傷ひとつない。
「ったく、呆れるほど堅いなお前。だけど……」
「何だと言うのだ?」
「こういう意味だよ!」
隠密を解除して、背後から渾身の右ストレートを叩き込む。そして最早十八番といっても良い浸透を発動。
「どんなに硬くても俺には関係ない!内側からズタボロにしてやる」
鬼の身体に触れた瞬間、ソウル同様に硬質な音を響かせる。そこから浸透を発動しようとして、発動できなかった。
「ウソだろ、魔力すら通らないのかよ!?」
浸透の効きが弱い魔物とは多く戦った。だけど、全く発動しない相手とは初めて戦った。中まで魔力を送り込めないなんて……なんて出鱈目な身体してんだ。
「伏兵か、悪くない攻撃方法だが……俺の身体をそこら辺の奴らと一緒にするな。この身体にダメージを与えられるものなぞ、そう簡単にはおらんわ!」
「その言葉、今日からは言えないようにしてやる!」
一撃では足りないと言うなら、何発でも打ち込んでやる。1つでも入れば、一気に俺たちが有利になる。脹脛、背中、脇腹、果ては尻まで、攻撃を叩き込んだけど効果がなかった。ほんと、あいつの身体どうってんだよ。
「らぁ!」
ソウルはめげずに鬼に向かって斬りつける。しかし、どんなに斬りつけてもダメージを与える事ができなかった。俺も負けじと殴りつけるけど、その全てを外皮で防がれてしまう。
「人間にしてはよくやる。だが、それも所詮ここまでだ!ウゴォオォォー!!!」
開いた左拳を地面に叩きつけ、岩石弾を生み出す。
「お前の方こそ、馬鹿の一つ覚えみたいに!もうその程度じゃ、俺もホクトも当たらねえんだよ!」
果敢にツッコんで行くソウル。だけど、俺はそれに待ったをかける。なぜ、あいつは左拳で地面を叩いたのか?今までは金棒の方で叩いていたのに。
「ソウル、今回のは違う!なんかヤバイ」
「大丈夫だって!俺とホクトなら……」
「ウヌォガァァ!」
そして、俺は見てしまった。今までの倍はあるんじゃないかと言う、鬼の右腕を。
「岩石流星弾雨!」
飛び散る岩石目掛けて、鬼の金棒が振るわれる。それは、今まで円形に拡散するだけだった岩石の破片に新たな力を加える。避けられると思っていた岩石が、金棒に殴られることで予想していなかった軌道に変化した。
「ソウル!」
すでに走り出していたソウルは、その弾丸をもろに浴びてしまう。
「がぁ!」
地面で何度かバウンドして、ソウルが俺の側で止まる。すぐに近寄って、状態を確認するが酷い状態だ。至近距離で受けた岩石が、いくつも身体に突き刺さっている。そして、綺麗な金色の髪をしていたソウルの頭部は自身の血で赤く染まっていく。
「おいソウル!大丈夫か、おい!」
頭へのダメージがあるから、あまり揺らすことができない。俺は声の限りに叫んで、意識の確認をする。
「……うくっ……うるせえ、だい……じょうぶだ……」
決して大丈夫とは言えない状態だけど、とりあえず意識があることでホッとした。だけど、これで鬼の相手は俺1人になってしまった。
「ふん、意外としぶといな。ワシの岩石流星弾雨を、あれだけ至近距離で受けながら生きているとは……。だが悲しいな、お前たちは所詮貧弱な人種なんだよ」
「……お前から見たら、確かに俺たちはちっぽけかもしれない。お前のように鋼の肉体がある訳じゃない、腕力だって圧倒的にお前の方が上だ。だけど……」
それで終わってしまったら、俺たちはここまでこれなかった。今まで戦った魔物だって、人間からすればどれも桁外れの能力を持っていた。それを俺たちは倒してきたんだ。独りじゃ無理でも……。
「天狐!」
「任せよ、主様!」
鬼の背後から、巨大な火の玉が押し寄せる。俺には見えていたけど、鬼は背後のアサギに気付いていなかったようだ。アサギだけじゃない、残った魔法使いたちが各々攻撃魔法を繰り出している。
「ぬがぁ!」
放たれた魔法は、その広い背中に次々着弾していく。魔法だけじゃない、弓矢を持つ物は弓を番え、槍を持つ物は突き出し、まさに全員での攻撃を敢行する。俺だって負けていられない。
「俺たち人間は、群れないと魔物にも勝てない。だけど、チームワークで勝てない相手にも勝つ!それが、人間の戦い方だ!」
鬼の懐に飛び込んで、ひたすらに攻撃を加える。攻撃の全てに浸透を纏い、ダメでも止められても諦めずに続ける。呼吸を止め、行きが続く限り打ち続ける。
「おらぁあぁぁ!!!」
右左、右左、もっと早くもっと強く……一発でダメなら、同じ場所を何度も何度も。さすがに息が切れて来て、殴る事を止める。効果があったかと、視線を向けると……。
「はぁ、弱いの。貴様は多少やるようだが、それでもワシに傷をつける事はできんようだな」
「……ば、化け物が」
まるで効果無し。未だに打ち続けている魔法にも興味は無いとばかりに耳クソの掃除まで始めた。
「フッ、どいつもこいつも、うるさい奴らだ。効いてないのが分からんのか!」
後ろに振り返り、金棒を掬い上げるように振るう。抉られた地面が、礫と成って後衛の冒険者たちを襲う。そこにはアサギも含まれている。
「アサギィ!」
たった一撃、それだけで魔法を撃つ物が居なくなった。残りの前衛も中衛も動けない。動けば次は自分の番だと本能的に悟ってしまった。
「群れないと勝てない……違うな、群れても勝てないが正解だ。満足したか?ならば……死ぬがいい!」
ゆっくりと右腕を振りかぶる。もはや打つ手なし、俺もここで死ぬのか。シッカの仇も、他のみんなの仇も取れてない。そんなの……。
「我慢できるか!!!俺が、絶対にお前を殺してやる!」
ただ黙ってやられるのは嫌だ。俺はしゃがみこんでいた姿勢から、魔力を足の裏に流して加速する。せめて一撃、あいつを驚かせる一撃を打ち込みたい。死ぬのなんかまっぴら御免だけど、何もしないで死ぬよりも、せめて一撃入れたい。
「向かってくるとはいい度胸だ。せめて一思いに殺してやる」
「ぬかせぇー!」
加速状態から跳躍のスキルでジャンプ、狙いは眼球。人だろうと魔物だろうと、脳がある場所は弱点に違いない。そして、肌が鋼のように硬いなら肌じゃない場所を狙う。眼球から直接脳へダメージを通してやる。
「はぁ!」
バチン!
後少しで届くと言う所で、身体に強い衝撃を受けて吹き飛ばされた。地面をゴリゴリと削って、元の場所まで戻ってやっと止まった。見れば鬼が左手を振っている。叩かれたのか、まるで纏わりつく虫を払うかのように……。
「残念だったな、狙いは良かったが……お前の速さじゃ届かねえよ」
軌道を変えてのフェイント攻撃のつもりだったのに、相手にはフェイントにすらなっていなかった。
「いい加減飽きてきたな。この後も俺には仕事がある。そろそろ、お前との遊びも終わりにしよう」
もう身体に力が入らない。出せる力は全て出し切った。それでも届かなかった……俺にはもう。
「じゃあな!」
右腕1本で振り下ろされる金棒。あれが当たれば、間違いなく死ぬだろう。
「……ちくしょう、何も成さずに死にたくねえ!!!」
ゴイィィン!!!
「な!?」
「え?」
俺のすぐ横の地面に金棒が突き刺さっている。鬼が目測を誤ったのか?視線を上に向けると、俺と鬼の間に立つ人影が見えた。逆光で良く見えないけど、あれは……間違いない。
「待たせたな、ホクト」
「……ダッジさん」
あと2話で終わると書いておきながら、まさかの前中後編。
強敵を作ろうとしたら、思った以上に文字数を使ってしまいました。




