25話 第三陣ボス攻略戦(後編)
「よく踏ん張ったな、さすがオレの弟子だ」
「……はは、遅いっすよ。今まで何してたんですか!」
さっきまで、あれほど絶望していたのにダッジさんがいるってだけで、妙な安心感が生まれた。
「悪かったな、他の所も大量のユニークが襲って来たんで今まで時間がかかっちまった。だが、それも乗り切った。後は、目の前の化け物を倒せばオレたちの勝ちだ」
聞けば、他のところも右翼と同じようにユニークの群れに襲い掛かられていたらしい。本当なら、一番被害のひどい右翼に増援を送りたかったらしいけど、それもできずに時間がかかってしまった。更に見たことも無い巨大なオーガが現れたことで、時間も無いと悟って無理してここまで押してきたとダッジさんは言っていた。
「それにしても、よく粘ったなホクト。お前が崩れていたら、オレたちも間に合わなかっただろう。ソウルやアサギも負傷したようだが、大丈夫だ。今、回復魔法使いに治療させている。しばらくすれば、戦線に復帰できるだろう」
ほんと、この人は最高の師匠だ。周りからの信頼も篤い。今ここにダッジさんがいるだけで、何とかなるんじゃないかと思えてくる。
「貴様がワシの金棒を弾き飛ばしたのか?そこの小僧もそうだが、随分と気合の入った覇気を飛ばしてくるじゃねえか。つまらないと思っていた仕事も、ちょっとは楽しくなりそうだ」
「弟子を随分と可愛がってくれたようじゃないか。お礼も兼ねて丁重に相手をしてやる」
静かに闘気を纏うダッジさん。対して鬼の方は、今まで以上に楽しそうに笑っている。俺とソウル、2人がかりでもあんな表情を見せなかったのに……。
「ここまであいつを圧し留めたホクトにご褒美だ。今から、オレが本当の拳闘士の戦い方を見せてやる。練習じゃできない、手加減抜きの本気だ」
ダッジさんも楽しそうに笑う。でも、拳闘士の本気……俺との訓練じゃ出してなかったのか。あれで本気じゃないとすると、本当の拳闘士ってのはどれくらい凄いのか気になる。俺も一緒に戦いたいけど、ここはダッジさんの戦いを見て拳闘士の本質を学ばせてもらおう。
「いいのか?ワシは別に2人同時でも構わんぞ?」
「心配無用だ。俺1人でお前を十分に楽しませてやるよ」
空気が張り詰めた。いよいよ、ダッジさんの本気を見れるんだ。固唾を飲んでいると、おもむろにダッジさんが鬼に向かって歩き出した。それは、まるで街の中を散歩しているかのような、そんな普段と変わらない歩行。一瞬虚を突かれた鬼も反応が遅れる。
「まずはオレからの贈り物だ。しっかりと受け取れ」
懐に入ると、最小の動作から鬼の腹にパンチを一発。でも、それじゃダメだダッジさん。その程度の攻撃じゃ……。
パシン!
「ヌガァ!?」
そう思っていたら、鬼が仰け反った。なんだ今のは?軽く打っただけに見えたけど、ダメージはしっかり入っているみたいだ。
「そんな……俺が打った時は、魔力すらも通さなかったのに」
「ホクトはまだ、浸透を使えるようになったに過ぎん。ここから研鑽を重ね、本当の浸透を打てるようになるまで、ひたすら練習あるのみだ。今のお前の浸透は初歩の初歩、本当の浸透はこんな鬼程度に阻まれるような小技じゃない」
「ウヌォォ!随分と悠長に喋っているな、小さき人間よ。まさか、あれで終わったんなんて思ってないだろうな?」
「当然だ、あの程度で終わってもらっちゃホクトに見せたい物を見せる暇がない。だから、オーガよ。簡単に倒れてくれるなよ?」
縦横無尽に振り回される金棒を、余裕をもって躱していくダッジさん。無理な態勢では決してない、次を見据えた避ける技術は、俺に見せるためにやっているように感じる。あの鬼相手に、ここまで余裕のある戦いができるなんて……。
「はぁ!」
右から左へ、金棒を横に振る。それをダッジさんは避けもせず、身体で受け止めに行った。
「ダッジさん!?」
「フン!」
左側面で金棒を受け止めると、巨大な金棒は何かに弾かれたかのように打ちあがった。
「な、なんだ!?まさか、ワシが力で押されたのか!?」
そしてダッジさんは、がら空きになった右脇腹目掛けてフックを放つ。これも最初同様、とても力が入っているようには見えないほど軽い一撃だ。だけど見えた、あれは俺なんかと比べ物にならない魔力の制御と威力を持った一撃だ。
「ウグゥ……小癪なマネを」
「覚えておけホクト、本当の浸透はこの程度の守りなど無いにも等しい。お前はこれから、今の浸透をこのレベルまで引き上げる事を考えろ。それが、俺から拳闘士を教わるお前の課題だ」
「お、おす」
「さて、拳闘士の事が多少は解ってきたか?まだまだ見せてやりたいところだが、今回はここまでだ。町の事も心配だ、ここからは冒険者全員で迎え撃つぞ」
「アタイに任せな!」
その声に、咄嗟に振り返る。そこには、朱槍を掲げたカメリアが仁王立ちしていた。その隣には、多少服が汚れているけど怪我をしたところも無事治療されたアサギが立っていた。
「ホクトくん、お待たせ。心配させちゃってごめんね。でも、もう大丈夫。私たちも全力で行くわ!」
「よし、お前ら!遊びは終わりだ、存分に力を見せてみろ!」
「「「おおぉぉぉーー!!!」」」
どこにいたのかと、言いたくなるくらいの冒険者たちが鬼に群がっていく。魔法部隊は、補助に徹するようで俺にも補助魔法がかけられていく。あの岩石弾が怖いけど、今の彼らを抑えるのは、目の前の鬼でも厳しそうに思える。
「はぁ、おらぁ、どうだ!」
朱槍を自由自在に動かして、鬼に攻撃を加えていくカメリア。鬼対鬼の攻防戦が始まった。力は鬼に軍配があるけど、テクニックはカメリアの方が上みたいだ。
「さてホクト、さっきので何かつかめたか?」
「どうだろう、このまま戦闘に参加すれば何か解るかもしれない」
「そうか、ならしっかりと揉まれて来い!」
「はい!」
しばらく休んでいたことで、随分と体力も回復した。特に大きな怪我もなく、今すぐにでも戦闘に参加できそうだ。足に魔力を流して、一気に加速する。他の冒険者の対応に追われていた鬼は、簡単に俺を懐深くに入れてしまった。
「第二ラウンドだ、最後まで付き合ってもらうぞ」
「上等だ、小童が。ワシが直々に引導を渡してくれる!」
鬼の正面に陣取って、ひたすら攻撃を繰り返す。今とさっきでは状況が違う。俺はダッジさんに見せてもらった、拳闘士の到達点を思い出して鬼を殴っていく。
キィイィィーン!
まだ練りが甘いのか、肌に阻まれて思うようにダメージを稼げていない。この戦闘中に、何としてでも身に着けてやる。
「ホクト少し休め!その間はアタイがこいつを何とかする」
カメリアが俺に変わって鬼の正面を受け持つ。その間に上がった息を整える。そして改めてカメリアと戦う鬼を観察する。やっぱり尋常じゃない防御力のせいで、カメリアもダメージを与える事ができていない。自分の両手に視線を落として、魔力を練り上げる。ダッジさんの戦いを見る前と今では、明らかに魔力の練り込みが上手く行っている。俺は勘違いしていた、浸透を打てたことでそこが終着点だと勝手に思い込んでいたんだ。それがダッジさんの戦う姿を見て、魔力の制御次第でまだまだ浸透の威力を上げる事ができる事を知った。
「俺はまだ強くなれる。浸透は、そんな簡単に極められる技じゃなかったんだ。今よりも先に進むためには、ここで無理してでも身体に覚え込まさないと」
死線をカメリアと鬼の方に向けると、カメリアが大分押されていた。呼吸が落ち着いたことで、ずいぶん楽になった。さて、もう1回行くか。
「カメリア交代だ!」
「悪い、後は頼んだ」
後ろに下がるカメリアに被せるように前へ出る。そして、そのまま鬼と殴り合う。
「ほう、まだ向かってくるか。何度でもかかって来るがいい、その度にワシが捻り潰してくれる!」
そして再び始まる鬼との戦い。相も変わらず鬼へのダメージは皆無だったけど、魔力の練りは少しずつ向上していっている。より早く、より丁寧に。身体の中を無駄なくスムーズに魔力を循環させ、それを両拳へと集めていく。
「ヌゥン!」
金棒の突きを半身になって躱す。そして引かれる動作に合わせて前へ。鬼の懐まで踏み込んで、渾身の右ストレートを放つ。
「おらぁ!」
「小癪な!」
鬼の左拳と俺の右拳がぶつかり合う。力は鬼の方が強いのに、打ち負けなかった。こっちの拳の威力も殺されたけど、初めて鬼の攻撃を相殺できた。
「ヌゥ!?まさか、ワシと打ち合うとは……だが、まぐれは二度と起こらんぞ!」
「何度でもやってやる!」
そして始まる、鬼と俺の乱打戦。俺は両拳で、鬼は金棒と左拳でただひたすらに打ち合う。その全てが相殺され、弾かれる。いつしか鬼に対して攻撃を行っているのは俺だけになった。殴る、殴る、殴る。そして、少しずつ前へ出る。
「フン、ハッ、フン、ハッ!」
「ヌゥ……なんだ、貴様は何者だ小童!このワシとここまで打ち合い、しかも疲れて弱まるどころか威力が徐々に上がっていく。こんな、バカな事があってたまるか……」
もう何も考えない。ただ、前へ。いかに魔力を循環させるか。そして、それをいかに拳へ伝えるか。それだけを考えて拳を振るっていた。気が付けば、俺は鬼の最も懐深い所まで歩を進めて来ていた。
「まだだ、まだ足りない……」
「こんなバカな事が……あり得ん。あり得んぞ!」
鬼が金棒を振り上げる。今までと違って大振りだ。それを視界に入れた俺は、身体を流れる魔力を右拳に集める。
「ウゴォアァァ!」
振り下ろされる金棒に、右の拳を叩きつける。
「はあぁぁぁ!」
ゴイィィン!
「なっ!?」
鬼の金棒は、その中ほどから真っ二つに折れた。初めて鬼に打ち勝ったんだ。
「よくやった、ホクト!」
そのとき、俺のすぐ傍を風が駆け抜ける。見れば、ソウルが今まさに鬼に斬り込むところだった。
「さっきの借りを返しに来たぜ!利子もしっかり受け取れ!」
ソウル渾身の袈裟斬り。今までと違うのは、ソウルの握るその剣がうっすらと光り輝いているところだ。
「グアァ!」
斬れこそしなかったけど、確かにダメージが通った。これを好機と見た周りの冒険者たちが一斉に鬼に攻撃を放った。
「ウグゥゥガァアァァ!!!」
「はぁぁ!鬼心尖牙!!!」
鬼が怯んだタイミングで、カメリアが一気に勝負を決めに行く。突進からの鬼心尖牙に、鬼は対処できない。
キィィーン!
「ウガァアァァ!」
「どうだ!」
カメリアの朱槍が、見事に鬼の角をへし折った。ここに来て、目に見えたダメージに冒険者たちの士気も上がる。
「ようホクト」
「ソウル、お前大丈夫なのか?」
「ああ、もうピンピンしてるぜ。それでな、提案があるんだけど……」
「なんだよ改まって……」
今のコイツの顔は見たことがある。これは、何かイタズラを思いついた時の顔だ。何か作戦があるなら、乗ってみるのも手だな。
「で、何するんだよ」
「話が早くて嬉しいぜ。実は……」
鬼を目の前にしての密談。え、マジでそんな事できんの!?やっぱりソウルって男は、俺よりもいつも先を言ってるな。
「言っておくがな、いつもなら成功する気もしないから使わないだけだぜ。ただ、今日はお前に負けたくないと思ったからな。俺も負けっぱなしは性に合わないし。ここは、意地でも成功させてみせる!」
鬼の方を見ると、明らかに動きが悪くなってきている。それに、あれだけあった余裕が感じられない。今も大振りの攻撃を繰り出してカメリアに隙を突かれて反撃されている。あいつは、決して倒せない化け物じゃない。俺と、ソウルならやれる気がする。
「よし、やるぜ!」
「おう、後の事は任せろ!」
ソウルが走り出したのに合わせて、俺も走り出す。これはタイミングが勝負の作戦だ。ソウルが失敗したら、俺もデカい隙をあいつの前に晒すことになる。だけど、それだけの価値がある作戦だ。
「うおぉぉぉ!行くぜ、ドッペルゲンガー!」
ソウルがドッペルゲンガーを生み出す。ドッペルゲンガーは、ソウルの前に出て先導していく。それぞれの距離はほぼないに等しい。そして、ソウルはここから大技を使う気だ。
「喰らえ、雷神閃!」
1体目のドッペルゲンガーが、雷を纏って鬼に突っ込んでいく。雷を纏った事で、速度が飛躍的に上がって鬼が反応するよりも早く、その剣先は鬼の胸を貫いた。貫くと同時に1体目は消滅する。
「まだまだ!」
そして、すぐに2体目のドッペルゲンガーが、1体目が穿った後に寸分違わず剣先を突きいれる。そして、1体目に続いて2体目も消えていく。たった一撃を入れただけで、ドッペルゲンガーの維持が難しくなるなんて、一撃にどれだけの力を注いでいるのか……。
「そして、これで最後だ!」
ソウル自らが最後に突っ込んでいく。そして2体が開けた穴に、剣先を突きいれる。3体が刹那の時間に、同じ場所に同じ威力で攻撃を浴びせる。それが、ホクトが現在できる最大の攻撃、雷神閃。聞いた時は、本当にできるのか疑問だったけど、ソウルは見事やり遂げた。そして……。
「お膳立てはしてやったぜ!美味しいところは譲ってやるよ。だから、しっかり決めて来いホクト!」
「おおぉあぁぁぁーーー!!!」
「まだだ、まだ負けはせぬ!ワシは、こんなところで負ける訳には行かんのだ!」
鬼も往生際が悪い。ソウルにあれだけのダメージを受けていながら、まだ俺に向かって攻撃を仕掛けようとしている。だけど、俺もこのチャンスを逃す訳には行かないんだよ。
「ブースト!」
一気に加速、更に2回目のブースト、3回目のブーストをかける。以前は身体中の組織がバラバラになりそうだったけど、今は後の事は気にしない。とにかくソウルが開けた、あの穴目掛けて最大の攻撃を叩き込む事だけを考えろ。
「これで、終わりだ!」
人の限界を超えた加速に、鬼も対処が間に合わない。俺はソウルが開けた穴に右腕を突きこみ、そのまま鬼の心臓を鷲掴みにする。
「ウゴォアァ!?ま、まさか……このワシが負けるとは……」
「俺の、俺たちの勝ちだ!」
心臓に向かって浸透を叩き込む。外皮がどれだけ硬かろうが、心臓に直接攻撃をすればいかにこいつが頑丈だろうが関係ない。浸透を放つと同時に、心臓を握りつぶす。
「ギィヤァアァァァ!!!」
こうして、長かった第三陣との攻防は俺たちの勝利で幕を閉じた。
「やったな、ホクト!」
「お前のお蔭だ、ソウル!」
俺とソウルは、嬉しさを噛みしめるようにハイタッチを交わす。
「……ところで、その右腕大丈夫なのか?」
「え?」
ソウルに言われて右腕を見てみると、銀の籠手が紅色に明滅している。
「な、なんだこりゃ!?」
そして、右手の甲には俺にとっては見慣れた『剛』という漢字が一文字浮かび上がっていた。
長くなりましたが、次回で6章もエピローグとなります。
引き続きよろしくお願いします。




