22話 魔物の切り札(後編)
俺は独り魔物を迂回しながら、対象の近くまで移動している。シッカがいないことで、まともに偵察ができるのが俺だけだったから。怪我の功名というか、大怪我を負った偵察のときにスキル『隠密』が取れていたので、それを駆使して魔物に見つからないように移動している。この隠密と言うスキルだけど、今の俺だとシッカほどに魔物に近づくことができない。やっぱりスキルレベルが足りないのか、一度魔物にバレて戦闘になってしまった。たまたま単独で行動していた魔物だったから、それ以外の魔物が寄ってくることは無かったけど、あの時は焦った。
「そろそろ、対象がいる付近だな」
大きく迂回したことで、結構時間がかかってしまった。今もアサギたちはユニークと戦闘を続けている。俺1人別行動で、戦闘をしない事に心苦しさを感じるけど、これはこれで大事な仕事と割り切ってしっかり情報を持ち帰ろう。
「さて、いるかな?」
近くの岩陰に隠れて、対象を探す。他にもユニークが何体か見えるけど、距離があるからこっちに気付かれることは無いだろう。あとは、対象を目視できれば任務完了なんだけど……。
「ん?あれか?」
手前に2体、真ん中に1体、奥に2体の魔物が見える。真ん中の魔物が恐らく対象の魔物だろう。身体中に呪符を貼り付けて、ゆっくりと移動している。ここからじゃ良く見えないな……。そう考えて、近づこうとしてある閃きがあった。
「そうか、鷹の目って本来こういう時の為のスキルだよな」
最近は集音に頼っていたから、鷹の目と集中は戦闘中しか使ってなかった。改めてスキルを発動して、対象の方を見る。
「ああ、これで呪符までハッキリ見えるな。さて、人間なのか……魔物なのか」
まず手足、色は青に近い肌色。これだけで人間の可能性がグッと下がった。次に胴体、これは呪符のせいで良く見えないな。服は着ているようで、人間と言えなくもない。腰回りに武器を携帯している。
「あれは……ダガーか?2つ携帯しているな……いや、待てよ?」
そのとき、ふっと最悪のシナリオが頭を過った。
「いや、まさか……いくら何でも、偶然だって。……たまたま、ダガーが2つで同じってだけで、そんなはずは……」
偶然の一致、たまたま、いくら自分に言い聞かせても胸の奥底から湧き上がる不安を拭えない。ダガー二刀流、その使い手に俺はまだ会っていない。彼女を見つけるのも、ここまできた理由の一つだ。
「そ、そうだ……顔。顔を見れば良いじゃないか」
震える喉、乾く唇。一度唾を飲み込んで、視線を顔へ向ける。
「……あ、ああ。なんで……」
鷹の目を使った視界良好な俺の眼が捉えたのは、今まで探して見つからなかったシッカの変わり果てた姿だった。
「ソウルくん、そのまま押し切って!援護するよ」
炎を孕んだ熱風が、2体の魔物に襲い掛かる。天狐の精霊魔法。致命傷まではいかないまでも、十分な威力を発揮して魔物をその場に縫い付ける。
「任せとけアサギさん!おら、行くぜ!」
すかさずソウルが斬り込む。2体の魔物に対して、ドッペルゲンガーを使って同時に攻撃を加える。天狐の炎に押されて身動きが取れなくなった魔物は、ソウルの良い的に成り下がった。
「これでしばらくは時間が稼げるね。皆さん、ご苦労様です」
多くの冒険者を指揮する姿も、結構様になってきたアサギ。そんなアサギを見ながら、俺は偵察から帰ってきた。
「あ、ホクトくん!何か情報は……って、どうしたの!?」
アサギの大声に、他の冒険者たちも俺を見つけて集まってくる。そんな状態にもかかわらず、俺の足取りは重い。これから、みんなに持ち帰った情報を伝えないと……。
「おいホクト、大丈夫か?」
ソウルが近づいてきて、肩を貸してくれる。
「どうした、偵察中に怪我でもしたのか?」
「……」
「おいホクト!」
「待って、ソウルくん。ホクトくん、こっちへ」
肩を貸してくれていたソウルから離れ、俺はアサギに近づいて行く。あと数歩と言うところで、アサギが俺に飛びついて来た。
「あ、アサギ?」
「いいの……今はこのままで」
アサギに抱きすくめられたまま、俺はしばらくアサギの柔らかさに身を任せた。どれくらい時間が経っただろう、気分も随分落ち着いて来た。
「ごめんアサギ、もう大丈夫だ」
そう言うと、アサギが身体を離す。それでも心配なのか、俺と顔を近づけたままで会話をする。
「本当に大丈夫?まだ顔色が悪いよ」
「正直大丈夫じゃないんだけど、そうも言ってられない。俺が見てきたものをみんなに伝えるよ」
「……そう。わかった、ホクトくんが何を見てきたのか教えて」
周りにいる冒険者たちも、聞き逃すまいと俺の方に集中する。俺は一度深呼吸をしてから切り出した。
「対象を目視で確認できた。対象は人間、あそこで人間爆弾にされているのは……シッカだ」
「「「!?」」」
「……え、シッカって……ホクトくんと一緒に偵察に行ってた?」
「そうだ。肌の色は変わってたけど、顔は間違いなくシッカだった」
辺りを静寂が包む。シッカを知っている者、知らない者いるだろうけど相手が人間だと分かった以上、大を取るか小を取るかのジレンマが発生する。俺たちの残り体力も多くない、ここで大多数を占めるのはシッカを殺す事だろう。それだけで、脅威はなくなる。だけど……。
「そのシッカと言うのは分からないが、その人間を殺せば脅威は無くなるんだな?」
やっぱりそうなるよな。俺は、その発言をした冒険者の顔を見た。焦りや不安の色はない。あるのは、助かると言う希望のある表情。シッカさえ殺せば助かる。こいつは、小を殺すことで大を生かそうとする方の人間だ。
「……そうね。彼女を殺せれば、まだ何とかなるかもしれない」
「なら、早く殺しちまおう。俺たちだって、そんなに余裕があるわけじゃ……」
そう言った男の首筋に、いつの間に近づいたのかソウルが斬りつけようとしていた。
「!!」
「ソウルくん、ダメ!」
アサギが咄嗟に止めたことで、ソウルの動きも止まる。首筋に剣を当てられるまで気付けなかった男は、かきたくもない汗をかいて固まる。
「お、おい……これは、どういうことだ?俺は、間違った事はいって……」
「黙れ」
ソウルは殺気を撒き散らしながら、それでも瀬戸際で止まっている。ソウルにも分かっているんだ、今の状況では男の言っていることが正しいって。頭では解っている……だけど、心がそれを拒絶する。
「いったいどうしたって言うんだ?さっきは、お前たちだって賛成していただろう?」
「黙れって言っている」
「ソウルくん、止めなさい!今は仲間割れをしているときじゃないのよ?」
「……解ってる!だけど……だけど、アサギさん」
「あなたの気持ちは解る。だけど、彼の言っていることも間違っていない。それはソウルくんにも理解できてるんでしょ?だからお願い、その剣を下ろして」
ゆっくりあやす様に、ソウルの剣の柄を握り込んだ拳の上に自分の手を重ねる。そして、ゆっくりと下にさげていく。
「……」
「ありがとう」
「俺には、そいつが何にキレてんのか分からない。だから、解るように説明してくれ」
「そうね。あなたは彼女を知らないようだし説明します。他にも彼の行動が理解できないって人は、一緒に聞いて」
そう言ってアサギはシッカの事を話しだした。偵察が得意な事、チーム『洞窟の住人』のリーダーであること、他のメンバーは既に死亡していること、そして……俺と一緒に今回の群れが異常だという情報を持って帰ってきたこと。それを聞いた他の冒険者たちは黙り込む。元々シッカを知っていた者、今初めてシッカを知った者ともに色々思う事があるんだろう。
「……そうか、それは知らなかったとはいえ無礼なことを言った。許してほしい」
そう言ってソウルに頭を下げる。ソウルの方も、それで手打ちにしたのか明後日の方を向いてしまった。
「その上で、お願いしたい。彼女を殺させてくれ」
「!?」
「今の話で、彼女が今回の作戦で重要な功績を上げたことは解った。だけど、それでも俺たち全員と命の比較はできない」
「お前は!」
またもソウルが斬りつけそうになる。
「俺はまだ死にたくないんだ!!!」
その心の叫びに、ソウルの手が止まる。この人は、恥を忍んで本音をぶつけてきた。多分、他の冒険者たちも気持ちは同じだろう。
『死にたくない』
ソウルだって解ってる。それはアサギも、そして俺も……。それでも、口に出すことができなかった言葉。それを、この人は口にしてくれた。
「後で幾らでもぶん殴ってもらっていい。だけど、今回だけは彼女を殺させてくれ。俺は、死にたくないんだ……」
「……」
ソウルもアサギさんも何も言わない。2人も解ってるんだ、もう解決策がそれしかない事を……。だから、俺は……。
「俺がやる。俺が、シッカを殺す」
「ホクトくん……」
「お前にできんのか?一緒に死線を潜り抜けた仲間だろ?お前にできんのかよ、ホクト!」
「やる!他の誰にもやらせない、シッカは……俺が殺します!」
周りの冒険者たちに宣言する。俺がシッカを殺す。知らない奴になんかやらせない、俺が……俺だから、シッカも許してくれると思う。偽善かもしれないけど、それが一番納得してくれるんじゃないかと思った。
ソウルが、アサギが、他の冒険者たちが持ち場についた。今回の作戦は、周りにいるユニーク達の相手はソウルたちがやる。俺は、ただまっすぐにシッカの元まで言って、シッカを殺す事。そのために、どうすればいいのかはアサギから聞いた。
「本に書いてあったのは、首を斬り飛ばす事。それ以外だと、傷を負った事が術者に伝わって即発動なんてことになる可能性もあるって。だから、一撃のもとに命を絶ちなさい」
一撃で命を絶つ。悩んだり、考えたりするのは今だけにする。飛び出したら、やり直しは効かない。俺が失敗したらアサギやソウル、他の冒険者たちまで危険に晒すことになる。……いや、ハッキリ言おう。俺は他の奴らなんてどうでもいい。アサギとソウルが危険に晒される事、それが我慢できない。シッカよりもアサギとソウルを取る。それが、俺のエゴだ。
「ホクトくん、準備はいい?」
「……ああ」
「わかった。……皆さん、露払いをお願いします!」
「「「おお!!!」」」
ユニークに向かっていく冒険者たち。俺たちが動き出したことで、魔物たちの動きも活発になってきた。そして、シッカも動き始める。
「目標が動いた!ホクトくん!」
魔力を練って足裏へ流す。今回の作戦、相手術者に気付かれた段階で即発動の可能性がある。だから、俺は認識外の速度で突っ込み、一撃のもとにシッカの首を落とさないといけない。普段のブーストじゃ足りない。自分の限界を超えないと、認識外の速度なんて出せない。
「……スゥ~、……ハァ~」
深呼吸する。認識外の速度を出すアイディアはある。ただ、怖かったんで一度も試したことが無い。こんなところで博打を打つくらいだったら、根性入れてやっておけばよかった。
目測で、およそ30m。俺たち全員を巻き込むには、残り10mまで近づく必要があるらしい。この辺りは、右翼で目撃した冒険者たちの情報をもとにアサギが割り出した。それよりも手前で発動したら、みんな死ぬ。だけど、俺はアサギを信じる。
残り20m、勝負は一瞬で決まる。行くぞ!
「ブースト!」
カタパルトからの射出で一気に加速する。ここまでは今まで通り、ここから更に
「ブースト!」
加速中に左足で地面を踏みしめ、そこで魔力を解放。二段階目のカタパルト射出で、更に加速する。左足から、骨の折れる音がした。だけど、まだ足りない。もう1回……。
「ブースト!!!」
人間の限界を超えた加速。右足からも骨の折れる音が聞こえた。それだけじゃない、加速のGによって、身体中の筋繊維がブチブチと断裂していく。視界も狭まる、こんな視界じゃ肝心のシッカに狙いが付けられない。だから……
「集音!」
目を閉じた。見えないものに頼るのは危険だ。なら、最初から視界なんかいらない。俺には、シッカと一緒に死線を潜ったときに手に入れた集音がある。俺は、このスキルを信じる。
1秒にも満たない刹那の時間、俺の耳に確かに聞こえた。
「スゥ~、ハァ~」
シッカの呼吸音。シッカは生きている。魔物に操られて、体内に危険な魔法を埋め込まれてもシッカは生きていた。助けられる方法があるかもしれない。……だけどゴメン、今の俺たちには、その手法は見つけられなかった。恨んでくれていい、俺はシッカを殺したことを一生後悔しながら生きていく。
「うおぉおぉぉーーー!!!」
ザシュッ!
確かに何かを断ち切った手応え。俺は止まる事もできずに地面を転がる。転がりながら、身体のあちこちを地面に打ち付けながら、何とか止まる。ゆっくり目を開けて、後ろを振り返る。
ブシュゥ!
首から上を失い、その断面から噴水のように血を吐き出す人間の死体。変色して、元が人間だとは疑わしいその身体は、ユラユラと左右に揺れて地面に崩れ落ちた。
「……やったか?」
禁呪は……発動しない。ゆっくりと立ち上が……れない、そうだ両足とも骨折してたんだ。上半身で這いずりながらシッカの死体に近づく。首がどこに行ったのかは分からない、見える範囲には無いみたいだ。2本の腕だけで這いながら、何とかシッカの死体まで来ることができた。
「……ゴメンな、俺に……俺たちにもっと力があれば助けられたかもしれないのに……ほんと、ゴメンな」
悔しさから涙が出る。俺はなんて弱いんだろう。異世界転生のチートがあれば、シッカを助ける事もできたかもしれない。ここまでに、もっと努力して強くなっていれば、他に選択肢もあったかもしれない。
でも、そんなものはない。
今できる中でやるしかない。その結果がシッカの死だ。俺は、これからも助けられない命に後悔していくんだろう。どんなに努力しても、足りないって事はある。だから、俺は……。
「うぁあぁぁぁーーー!!!」
全てを吐き出すように泣いた。
元々シッカはモブとして死ぬ前提で作ったキャラでした。
まさか、ここまで主人公と接点ができるとは思ってませんでした。
せめて最期の花道は用意しようと、このような形になりました。
柿崎にならなくてよかった
今章は随分長くなってしまいました。
あと2話くらいで終わる予定です。
もうしばらくお付き合いください。




