21話 魔物の切り札(前編)
「ぐあぁ!」
目の前で冒険者の1人が、猿のような大型の魔物に殴り飛ばされて地を転がった。2人で相手にしていたようだけど、連携に失敗したようだ。
「大丈夫か!」
転がった男を助け起こし、腰ひもに結わえていた革袋からポーションを取り出す。今回遠征用にと多めに買い込んできたけど、あんまり自分に使うことは無かった。冒険者御用達のポーションだけど、思ったよりも即効性がない。だから、使う時は戦闘が終わったときなんだけど、今回のスタンピードで大怪我を負ったのは白いワーウルフと戦った時と、偵察で大怪我を負った時だけだ。偵察の時は、戦闘後に自分で動くことができないくらいの重傷だったからシッカに飲ませてもらった。だから、使ったのは白いワーウルフとの戦闘後に1本だけ。俺の革袋の中には、まだまだポーションが残っていた。
「ぐぅ、助かる。もう自前のポーションは使い切っちまった……」
そう言う男の口元にポーションの飲み口を宛がい、ゆっくりと飲ませる。その間、猿の魔物は残った1人が何とか抑えてくれていた。
「あの魔物は強いのか?」
「え、ああ……。ありゃバグベアだ。……だが、あんな大きいバグベアは見たことがねえ。恐らくユニークになって巨大化したんだろうが、動きが俊敏な上、一撃でも当たると俺みたいにボロボロになっちまう。今はあいつが抑えてくれているが、ハッキリ言ってジリ貧だ」
「わかった。俺も助太刀する」
「そいつは有難いが、お前の方は良いのか?見たところ仲間もいないみたいだが……」
「ああ。今回の戦闘では、俺は最初からソロだ。すでに1体倒しているから、次はこいつを一緒に倒そうぜ」
「お、おお……」
改めて猿の魔物、バグベアを見る。体長は2mから3m、白い剛毛に覆われた巨大なゴリラって感じか。その体躯を見ればわかるけど、力はとんでもないな。今戦っている冒険者も盾は持っているけど、一度も使っていない。それもそうだろう、あんな攻撃盾で受けたら一緒に吹っ飛んでいきそうだ。
「よし、あんたはもう少しここで休んでいてくれ。動けるようになったら、攻撃に参加してくれればいいから」
そう言ってバグベアの方に駆け出す。
「お、おい!」
「助太刀する!アンタは攻撃に専念してくれ。コイツの注意は、俺が引きつける」
未だ一人で戦っていた冒険者に指示を出して、戦闘に割り込む。
「グガァ!?」
俺の乱入に驚いたのは、バグベアも同じだった。新たな敵が近づいてきたことで、こっちに攻撃対象が移ったようだ。
「気を付けろ!見た目以上に速いぞ!」
「わかった!」
正面に回り込まないように、それでいて完全に視界から出ないように気をつけながらバグベアの攻撃を避けていく。
「グアァアァ!!!」
攻撃が当たらない事に苛立ったのか、バグベアの攻撃が大振りになっていく。それを余裕をもって避けつつ、拳に魔力を練っていく。ひと際大きく振りかぶった右拳の攻撃を予想して左にステップする。そのまま懐に潜り込もうとして……。
「バカッ!それは罠だ!!!」
「えっ?」
バグベアの方を見ると、未だ右拳を振り上げたままだった。その時のバグベアの表情は、なんとも人を小バカにしたようなイヤらしい笑い方だった。
「げっ、フェイント!?」
どうする?重心が左に寄っている今じゃ、更に左へのステップはできない。かと言って右へのステップはタイミングが遅れて間に合わないだろう。前方か、後方か、留まるか……。だけど俺には第4の選択肢がある。それは……。
「上だ!」
跳躍スキルを使って、バグベアの脇の下を通って裏に抜ける。その直後、俺のいた場所から硬い物を叩きつけるような轟音が響き渡った。
「グァ?……ガ、ガアァァァーーー!!!」
てっきり拳に潰されたと思っていた俺の姿がない事に、苛立ったような咆哮を上げて周りを見るバグベア。
「あっぶねえ……力任せかと思ったら、以外に頭脳戦も得意なのかよ」
「大丈夫か!あいつは、狡賢くて人を罠に嵌めて殺すんだよ。ただの力自慢じゃねえんだ!」
「わ、分かった!もう大丈夫だ、俺が注意を惹き付けるから、その間に足を削ってくれ!」
「本当に任せて大丈夫なのか?道連れは御免だぞ!」
「ここは信じてくれ!さっきも1体のユニークを倒してきたんだ、俺を信じて突っ込んでくれ!」
ここまで行っても冒険者は覚悟を決められないようだ。それも仕方ないか、俺は無名のDランク冒険者。いくらユニークを倒したと言っても、信じてもらえないだろう。かと言って信頼を得られるほどの時間はかけられない。あの人が動かないんじゃ、自分1人でやるしかないな……。
覚悟を決めて足元に魔力を流す。長期戦は不利だ、一気に勝負をかける。
「行くぞ、エテ公!」
低い姿勢のままバグベアに突っ込む。俺に気付いたバグベアは、今度は大振りを止めて両拳を地面につける。そのまま俺の方に突進してきた。
「くそっ、本当に厄介な奴だな!」
咄嗟に足で地面を踏みしめ、上空へと跳躍する。突進をギリギリで回避して着地と言うタイミングで、バグベアが振り返りざまに俺に向かって飛びかかってきた。
「お前、そんな攻撃もできるのかよ!?」
空中にいる俺は身を固めてガードするしかない。俺よりも上から、叩きこむような右拳が俺に迫る。ダメージを覚悟した時……。
「ウォータージャベリン!」
空中のバグベアの顔面に、水の槍が当たった。
「グオォォ!?」
態勢を整えて地面に着地。バグベアの方を見ると、態勢を整える暇もなく頭から地面に突っ込む。
ズシンッ!
助かった。だけど、いったい何が……。
「ホクトくん、今のうちに止めを!」
離れた場所で戦況を見ていたアサギ。って事は、さっきの魔法はアサギが撃ったのか。あの状況下で、俺の不利を見てとったアサギがバグベアに向かって魔法を発動してくれたんだ。よく見ると、アサギは他の戦闘にも注意を払っていて、危ないと思うと躊躇することなく魔法を撃ちこんでいるみたいだ。そうか、これがあいつの戦い方か。何にしても……。
「わかった!」
未だ動かないバグベア。気を失っている?しかし、狡賢いコイツの事だ。気を失ったふりして、無防備に近づいたらズドンって事もあり得る。注意しつつ近づいて行くと……。
「グオォォォ!」
「やっぱりかよ!」
状態を起こして左腕で振り払う。予想していた俺は、その攻撃を掻い潜って無防備になった脇腹に、ブーストで一気に近づいて魔力を纏った左拳を叩きつける。
「おらぁ!」
ズドンッ!
ブーストからの浸透は、今の俺に出来る最大の攻撃だ。肉の中にめり込む確かな感触のあと、魔力を解放する。
「今だ!バグベアに止めを!」
遠巻きにバグベアを見ていた2人の冒険者に声を張り上げる。その声に弾かれたように各々武器を携えて、バグベアに斬りかかる。
「うおぉぉ!」
「おりゃぁぁ!」
浸透によって体内の魔力を狂わされ、身体を思うように動かせないバグベア。もはや立ち上がることもできない魔物に、2人の冒険者が容赦なく斬りつける。
「ふぅ、これでこっちは大丈夫そうだな……」
身体中を斬りつけられ、失血による衰弱も併せて小刻みに痙攣するバグベア。ここでの戦闘はこれで終わりだ。さて、次は……と考えていると。
「ホクトくん、そこが終わったらあっちをお願い!」
アサギからの声を聞いて、言われた方を見ると……。他にも状況が不利な戦闘をしている冒険者たちがいる。つまり、アサギは俺にそいつらを助けて回れって言いたい訳か。
「分かった!できる限りやってみるから、指示をくれ!」
「うん!」
独りで戦っていると思っていたけど、アサギはちゃんと見てくれてたんだ。それが嬉しくて、身体に元気が戻る。まだまだユニークは一杯いる。そいつらを根絶やしにするため、俺はもうひと頑張りすることにした。
「浸透!」
魔力を纏った右拳が、馬の魔物の鼻面にめり込む。
「ヒヒィィーーーン!!!」
横倒しに、その巨体を地面に投げうつ。馬と言ったけど、全く別の生き物のように巨大なその体躯。ばんえい競馬なんて可愛い物、こいつは○王くらいにデカいかもしれない。実物は当然存在しないので、あくまで俺の想像内の話だけど。闇を思わせる漆黒の黒毛、身体中に浮かび上がる血管の太さ。どれをとっても並みの馬を凌駕している。
「大分減ってきたか?」
「……そうだな。手の空いている冒険者もでてきたみたいだ。俺たち、何とか生き残れるかもな!」
ああ、ここでそのセリフは死亡フラグになりかねない。気を引き締めるために注意しようとすると……。
「気を緩めないで!魔物たちの動きがおかしいわ!」
アサギの切羽詰まった声を聞いて、そっちを見る。すると、最初にいた上半身を布に覆われた人型の魔物が、上半身を露わにして両腕を上空に掲げていた。何かの儀式か?と思わせる佇まい、そして隠れていた上半身に貼られた無数の呪符のようなもの。あれは一体なんだ?
「……なんて酷いことを」
「アサギはアレがわかるのか?」
顔を真っ青にして震えるアサギ。あのアサギがそこまで恐れるようなものなんだろうか。
「あれは、禁呪。生物の体内に、ありったけの魔法を詰め込んで封印した存在よ。それを施した術師が自由に、どこでも発動させることができるの」
「……人間爆弾」
頬を冷や汗が伝い落ちる。俺だけじゃない、周りの冒険者たちも一様に血の気が引いていた。
「それって、どれくらいの威力なんだ?」
「それは、封印されている魔法によるとしか。ただ、戦闘開始後の右翼の崩壊……あれは、これが原因だと思うわ」
右翼を壊滅させた原因不明の攻撃。それが、この人間爆弾ってことか?それじゃあ、その威力って言うのも……。
「……おいおい、冗談じゃねえぞ!?俺は、その魔法が発動するところを見てたが、あんなのがまた起こったら、この辺り一面焼け野原になるぞ!」
1人が騒ぎ出したら、伝染するように恐怖が蔓延していく。無理だ、逃げようといった感情にみんなが支配されていく。
そんな冒険者たちから離れて、俺はアサギの元へ行く。アサギなら、何か解決策を知っているかもしれない。
「なあ、アサギ。あれって……人間だと思うか?」
「……分からない。私も古い文献で読んだことがあるだけだから。だけど、あの身体中に貼られた呪符。それに上半身を覆っていた布、これは文献に書いてあった禁呪と全く同じなの。そこに書いてあったのは、生物を使用するとしか書かれて無かったから……」
生物なら、何でもいいのか。だとしたら、魔物でも手に入る生物ってのは2つだな。即ち……。
「人か、魔物か」
「うん、多分そのどっちか……。見た限りは人間に見えるね」
まだこちらとは距離がある。多くのユニークに囲まれたときに居たのに、ここまで姿を隠していたのは何か理由があるのか?
「何で、すぐに襲ってこないんだ?」
「多分だけど、周りにユニークがいるから。今は勝敗が拮抗しているから使わないんだと思う。使っちゃうと、人も魔物もお構いなしだから」
ああ、最後の切り札って事か。まさか、魔物に神風特攻をされるとは思ってもみなかった。
「どうすれば止められる?」
「……発動前に禁呪を施された生物の命を奪えば。だけど……」
「なんだ、そんな方法で良いなら今からあいつを殺そうぜ」
話しを聞いていた冒険者が言って来た。確かに、それができるなら遠距離からの魔法で殺してしまうのが一番確実だろう。その一人の人間かも知れないものと、残りの冒険者たちの命。何よりも、ここには死んでほしくないアサギやソウルもいる。命の重さを感じなくはないけど、俺は聖人君子じゃない。自分のできる事にも限りがある。
「やろう。あれがいつ発動するかに怯えていては、この先まともに戦えない」
冒険者を代表して、ひとりの男が言う。確か、Bランク冒険者だったと思う。
「……」
「アサギ?」
「私も、それが確実だと思う。だけど、本当にいいのかな?この辺りにいる人間って、私たちと一緒に戦った冒険者しかいないのよ?」
アサギの一言に、その場の全員が固まる。そうか、この辺りはすでに避難も済んでいて人間なんてどこにもいない。唯一冒険者たちだけが、ここで戦っている人間になる。
「た、確かに……我々と共に戦った仲間かも知れない。だが、事ここに至っては仕方がないのではないか?俺たちだって心苦しいが、他の全員の命と比べられる訳もない」
本当にそうだろうか?正直、あれが自分の知り合いだったら他の冒険者なんかどうでもいいから助けたくなる。少なくとも俺はそう思う。その知り合いの命と、共に戦った名前も知らない冒険者たち……ここにいる人たちで、それに正しい答えを出せる人がどれくらいいるんだろう?




