20話 生き残るために
目を疑いたくなるような光景。ある者は身体中から棘を生やした四足歩行の狼、ある者はブヨブヨの醜い体躯を波打たせる緑の肌をした人型、またある者は上半身を布でがんじがらめに縛られた女性のようなシルエットをした人型。視界に映る全てが異形で、その全てがユニークモンスター。元の種族が分からない魔物までいる。
「おいおい、マジかよ。これ全部ユニークか?」
この光景を見たソウルは、怯むどころか目を輝かせている。こいつ、本当に戦闘狂だな。俺なんて、目の前の光景が夢であってほしいってのに……。
「どうするの?正直、この数のユニークは手に負えないわよ」
「今ここにいる全員でかかっても、勝てそうにないよな……」
ソウルと違って、まともな神経を持つ俺とアサギは、どうやってこの危機を乗り越えるかを一生懸命考えていた。そもそも、これだけの数のユニークがどうして一緒に行動しているのかという疑問が湧いてくる。
「なあ、普通ユニークって1つの群れに1体だよな。なんで、こいつら一緒にいるんだ?」
「それは私も思ってたわ。本来であれば、強い個体に弱い個体が追従するから群れになるのよ。その原則に照らし合わせると……」
「……嘘だろ」
アサギの言いたい事に思い至った。仮にそれが本当だとしたら、信じたくない真実だな。
「なんだよ、ホクトもアサギさんも。さっきから何を話してんだよ。俺にも解るように教えてくれよ」
今にも飛び出しそうだったソウルが、俺とアサギの会話を聞きつけて戦いたい衝動が鎮火されたようだ。それに合わせて、周りで戦っていた冒険者たちも、俺たちの元に集まりつつある。まあ、これだけの数のユニークを前にソロで戦いを挑むようなバカはここにはいない。
「あくまで可能性の話なんだけど、ここにいるユニーク達が群れを率いる強者ではなく、率いられるべき弱者だとしたら?」
「「!?」」
「これだけのユニークが1つの場所に集まるなんて、私には他の理由が思い浮かばなかったの。誰か他の理由を提示してくれるなら、喜んでそれにのるわ」
アサギの言葉に、しかし反論する者は誰もいなかった。みんな心の奥底で理解してしまったのだ。アサギが言っていることが正しいと。
「って事は、この向うにこいつらよりも凶悪な何かがいるって事か……」
そう言ったソウルが、その身を震わせた。あれは恐怖からくる震えじゃないな、むしろ武者震いの類だろ。あいつは本当に戦う事が好きなんだな。例え、自分が死ぬ可能性があるとわかっても、その衝動を抑えられないんだ。
「それで、どうしたらいい?あのユニークもそうだが、あの巨大な生物。カメか?あれだって、いつまでも大人しくしているとは思えんぞ」
「あれに関しては、ダッジさん達が合流してくるまではどうしようもないわね。今の私たちにできるのは、自分の身を守りつつ1体でも多くのユニークを倒す事。正直、このユニークを率いている魔物が出てきても、今の私たちには倒すことは難しいと思うの。だから、生き残ることを最優先にして救援が来るのを待ちましょう」
アサギが意見を出して、周りを仕切りだす。こいつは普段から俺たちの司令塔をしているから、こういう状況で周りを巻き込んで動かすことが得意だ。
「その為には、1体で多くのユニークを倒さねえとな」
待ての効果が切れてきた犬みたいに、ソウルがウズウズしてる。ああ、そろそろ我慢の限界かも知れない。
「落ち着いてソウルくん。今きみ1人で突出したら、他の冒険者たちの身がもたなくなるよ。ここは1回落ち着いて作戦を練ろう……ね?」
「お、おう……」
見事にソウルが鎮火した。これでしばらくは大丈夫だろう。
「それで作戦って程でもないんだけど、二人一組で1体の魔物を相手にしましょう。慣れている人たちは、慣れている人同士で組んで。それ以外は今隣同士になっている人と。ここでお互いの自己紹介をしている暇はないわ。一刻も早くペアを決めて、1体でも多くのユニークを倒しましょう」
アサギの言葉で、各々隣の冒険者を見やる。なんか、体育の時間のペア決めみたいだな。あれって、いつも同じ奴があぶれるんだよな。さて、俺はどうしようか。最低でもアサギと組めばいいから、ここは様子見であぶれた奴と組むか。
「ホクトくんと、ソウルくんはソロで頑張ってね」
そんな俺の考えをぶち壊すアサギの一言。おいおい、俺に1人でユニークとやれって言うのかよ。
「さすがアサギさん、俺の事をよく分かってる!」
「おいアサギ、いいのか?俺とソウルがソロで」
「大丈夫でしょ?2人とも誰かと組ませるよりも一人の方が動きやすそうだし。ソウルくんとホクトくんの強さは知ってるからね。そこに人員を割くよりも1人で戦ってくれた方が、今回は助かるかな」
「お前はどうすんだ?」
「私は……しばらく指揮に専念する。今必要なのは、個の能力よりも群れとしての能力が必要な場面だから」
アサギが言うなら任せよう。
「それじゃあ始めようか!」
「皆さん、今必要なのは生き残る事です。自己犠牲は周りの迷惑になるので、簡単に死んだりしないでください!」
アサギの有り難いお言葉で、戦いの火ぶたは切って落とされた。
「うおぉぉー!」
渾身の右拳は空を切った。
「ちぃ、なんて速さだよ」
今俺の目の前にいるのは、身体中から棘を生やした狼擬き。見るからに素早そうなやつだったけど、ここまでとは……。
「まったく、レッド・コメット先生も真っ青の速さだな」
正直、自分の素早さに慢心していた部分があったのは認める。ここ最近で、俺よりも速かった奴はいなかった。だから今回も大丈夫だろうと……。でも、向かって来た狼擬きは俺を翻弄するかのように速かった。しかもただ速いだけじゃない、動物的などこか野生を感じさせる予測不可能な動きをする。
「いい加減、当たれよ!」
足の裏に魔力を流してブースト加速を使う。それでも、紙一重で自分の攻撃を避けられる。そして、避けた傍から直角にこちらに向かって体当たりをしてくる狼擬き。
「ちょ、その動きは反則だろ!?」
咄嗟に左足を後ろに下げ、半身になって躱す。身体のすぐ傍を通り過ぎたとき、鎧と棘がこすり合って嫌な音をさせた。
ギリギリ……
「危ねえ……ほんと、この鎧に変えててよかった」
すれ違ったあと、身体を反転させて狼擬きを追う。すると、着地と同時にまた直角に曲がって軌道を読ませない。さっきから、この繰り返しだ。このまま長期戦になるのはまずい、俺たちは1体でも多くのユニークを倒すことを望まれてソロで戦っているんだ。
チラッと横を見ると、ソウルも肥満のトロール?を相手に苦戦してるようだ。どうも剣の類の刃物系の武器が効かないみたいだ。
「ったくお前と言い、とんがった仕様の魔物が多過ぎだろ。ユニークってのは、みんなそんなおかしな奴らなのか?」
改めて狼擬きを観察する。身体中から棘を生やした異形の魔物。本来の噛みつきや、爪での引っ掻き攻撃を使ってこない。さっきから棘を活かした突進系の攻撃ばかりだ。それも、直線的に来るのではなくジグザグに動いて、まさに変幻自在の軌道で突っ込んでくる。
「他の狼系の魔物と同じ対処をしていても意味ないな。あの動きは、目で追ってても捉えきれる自信が無い。ここは、自分のスキルを信じよう……」
偵察のときに死ぬ目に合ってまで覚えたスキル『集音』。目じゃなく、耳で動きを察知して戦わないと一生相手に攻撃を与える事ができなそうだ。
覚悟を決めて、目を閉じてスキルを発動する。俺のその行動に驚いたのか、一瞬狼擬きの心音が跳ねたのが聞こえた。
「へっ、魔物でも驚くんだな……」
覚え始めたばかりのスキル、どこかで役に立つか分からないけど、今はこのスキルを信じて戦おう。
両腕に魔力を纏う。完全にカウンター狙いの態勢。腰を落として、足の裏で地面を踏みしめる。半身になって右腕を少し引く。意識を耳に集中して……同時に心音が穏やかな物になっていく。極力自分から出る音を減らして、相手の奏でる音を聞き取る。
どれくらい時間が経ったか、狼擬きがしびれを切らして行動に出た。一歩、二歩と俺を中心として円を描くように移動を開始した。まるで、俺が本当に目を閉じているのかを確認するように。更に一歩進む、今は自分を中心として9時の方向。まだ動く……そうして7時の方向まで進んだとき、狼擬きの足の筋肉が収縮する音が聞こえた。まるで引き絞った弓のように……。
次の瞬間、風を纏いながら突進してきた。
「ビンゴ!」
右足を軸に時計回りに身体を反転させる。狼擬きは、俺の背中を舐めるように突き進む。身体の捻りも加えた、左拳が狼擬きの柔らかい腹に突き刺さる。
「ギャイィン!」
外装としての役目を持った棘だけど、腹回りには生えていない。だけど、普通であれば四足で地面を歩く獣の腹回りは簡単には露出しない。ユニークとして進化した身体のはずが、そんな動物本来の動きから外れた突進を行う事で、弱点を剥き出しにしたまま突っ込んでくると言った愚を犯した。
「浸透!」
魔力もしっかり乗せた左拳を振りぬく。浸透も叩き込んだ。だけど、さすがユニーク。一発入っただけじゃ、簡単には倒れてくれない。
足から地面に着地して、衝撃を逃がす。
「ガッ、ゴフッ……」
血の塊を吐き出す。体内へのダメージは間違いなくあった。実際四足で立ってはいるけど、後ろ脚は震えていて、辛うじて支えるのが精一杯といった感じだ。これなら、さっきみたいな速度では動き回ることができないだろう。
「やっと最大の武器を潰せたな。甚振る趣味は無いんだ、とっとと終わらせてやる」
足の裏に魔力を流してブーストを発動する。視界が狭まる中、俺の耳は聞き慣れない音を拾う。それは、目の前で動けなくなっている狼擬きの体内から聞こえてきた。
「!?」
咄嗟に感じた悪寒に、足への魔力の供給を止め左足で思いっきり地面を踏みしめブレーキにする。その瞬間、狼擬きの身体中に生えた棘が一気に俺に向かって射出された。
シュバババ!
「ヤバイ!」
踏み込んだ左足を軸に、一気に上空に跳躍する。咄嗟にブレーキをかけていなかったら、今頃串刺しになっていた。ほぼ垂直に飛び上がった身体は、頂点を超えて徐々に落下していく。狼擬きは、最後の攻撃を避けられたことで自分の行く末が見えたのか、その場から動くこともしないで俺の事を見ている。
「はあぁぁぁーーー!!!」
右腕を引いて、落下の速度と合わせて狼擬きに叩きつける。
「グギャイィン!」
銀の籠手が狼擬きの身体を押し潰して地面をたたく。狼擬きは、身体中から骨の折れる音を鳴らして動かなくなる。
「ふぅ、イタチの最後っ屁とは敵ながら恐れ入ったな。しかも、これでまだ1体目だし」
1体倒すのに時間をかけ過ぎた。焦る気持ちを抑えて、他の冒険者たちが戦っている場所へ向かった。




