10話 第一陣との攻防
「前衛組は押し出せ!」
アマンダさんの号令と共に、俺を含む前衛組は魔物に向かって駆け出す。俺の側にはカメリア、そしてターツさん。カメリアの方は心配いらないけど、ターツさんとは初めて組む。彼がどんな戦いを見せてくれるのか、今から楽しみだ。
「うおおぉぉぉ!」
獣のように咆哮して、ターツさんがフォレストウルフに切り込む。身の丈もある巨大な剣を横に薙ぎ払うだけで、2,3匹のフォレストウルフが切り刻まれる。
「ははっ、あいつの戦い方はすげえな!アタイも負けてられねえ!」
すぐ横を走っていたカメリアは加速すると、一気に魔物の群れに飛び込んで行った。
「鬼心尖牙!」
赤銅色に加熱された朱槍を縦横に振るい、周りの魔物を蹴散らしていくカメリア。これならアイツも問題ないだろう。
「じゃあ、俺もお仕事を始めますか!」
向かってくるフォレストウルフに殴りかかる。1匹に時間をかけていると数に押されてジリ貧になる。ここは手あたり次第に目に入る物を殴りつける。
「おらぁ!」
3匹に同時に襲い掛かられても焦りはない。左のやつの鼻面を右の拳で思いっきり殴りつける。倒したか確認する間もなく右にいる奴のボディに拳をめり込ませる。これで2匹、最後の1匹の爪が襲い掛かってくるのを冷静に見極め、側面に移動する。フォレストウルフの血走った目には感情が一切浮かんでいない。その表情を見ながら空中にいるそいつを、思いっきり蹴り上げる。
「浸透!」
魔力を送り込んで、後ろに引く。ここはカメリアとターツさんと足並みをそろえる場面だ。俺1人が前に出過ぎても面で抑える事ができなくなる。
そうそう……言い忘れてたけど、遂に両足でも浸透を打つことができるようになった。ダッジさんに教わってから半年弱、やっと両手両足で浸透を打つことができるようになった。これで俺の手数は倍になったって訳だ。
「よし、前衛が上手く抑え込んでいる。この隙に弓士と魔法使いは後ろから来る魔物を狙って攻撃を開始。圧力を抑えて、できるだけ前衛組が長く戦えるように気を配りなさい!」
アマンダさんが次々に中衛と後衛に指示を出していく。さすが、Aランクパーティを率いるだけの事はある。俺たちは目の前の魔物に集中できるし、後ろのやつらも魔物から襲われる心配がない。今のところ、彼女の采配は上手く行っている。
「準備できました。いつでも行けます!」
周りの魔物を駆逐しつつ、少しずつ魔物たちを押し込んでいると聞き覚えのある声が聞こえた。これは……。
「カメリア、ターツさん!アサギの広範囲殲滅魔法が来ます。注意してください」
カメリアは俺の声だけで理解していた。恐らくカメリアにもアサギの声が聞こえたのだろう。ターツさんは、そのまま前進しようとしていたので、次に起こることを伝えて踏み止まらせた。
「確かお前のパーティの魔法使いだったな。そんなに凄いのか?」
「一度見たら忘れられなくなるくらいには」
ニヤッと笑ってターツさんに答える。それを聞いたターツさんは、より獰猛な笑みを浮かべた。
「それは……楽しみだ!」
剣の一振りで周りの魔物を一掃する。相変わらず台風みたいな人だ。俺も結構倒しているけど、ターツさんの周りはまさに死屍累々だ。カメリアもがんばっているけど、そんな彼女よりもターツさんの倒した魔物の方が多い。これがCランク冒険者の実力か。
「天狐、お願い!」
魔力を糧に天狐を召喚するアサギさん。呼び出された天狐は、俺たちの頭上を越えて一番魔物たちが固まっている場所まで飛んで言って、一気に力を解放した。
瞬間周りが赤熱の光に包まれた。
「うぉ!?」
その熱量にターツさんが剣を前に出して熱波から身を守る。俺やカメリアも顔を覆って、できるだけ地肌が熱に当たらないように注意する。
それにしても、最近のアサギの魔法は尋常じゃない。これで前よりも魔力消費量が減っているって言うんだから、天狐がどれだけ桁外れかがわかる。最初に使った時よりも威力があることから、天狐との連携も威力を上げる一因になっているんだろう。
「相変わらずアサギの炎は派手だな!」
カメリアも腕で顔を守った状態で、視線を爆心地に向ける。俺も未だに光が溢れている方へ視線を向ける。燃え盛る炎は意思でもあるかのように、周りにいる魔物に向かって進む。そして、一度でも火に巻かれると例外なく炭化するまで火が消えない。これが天狐の炎の怖いところだ。ナパームのように、一度でも纏わりつかれると粘性のある炎は消えないのだ。
「これが……Cランク冒険者の魔法なのか?」
余りの威力にアマンダさんも呆然としている。それは俺とカメリア以外の冒険者たちも同様で、みんながアサギの魔法に度肝を抜かれている。
「そろそろ光が収まってきたな。行くぜ2人とも!」
ターツさんが真っ先に戦闘を再開させる。俺も負けじとターツさんに食らいついていく。ターツさんほどではないけど、ここで有用だとアピールできれば次につながる。
「おら、どんどんかかって来いよ!」
周りの魔物のヘイトを稼ぐ。アサギの魔法に動きを止めていた魔物たちも、俺の声で我に返ったようで、再び侵攻を開始した。
フォレストウルフは1匹1匹は大した魔物じゃないけど、統率の取れた動きで俺たち人間を翻弄する。今回は、さらにワーウルフが中心となって行動しているため、より知恵を感じる攻撃を仕掛けてくる。
つまり、何が言いたいかというと……。
「ワーウルフを仕留めちまえば、周りのフォレストウルフはただの雑魚に成り下がる!」
自慢の素早さでフォレストウルフを翻弄して、隙のできたワーウルフに拳を叩き込んで行く。今の俺の一撃でもワーウルフは倒せる程度の強さだから、ほぼ無傷で周りの魔物を倒していく。しばらく前線で踏ん張っていると、だんだん周りの魔物の数が減ってきた。
余裕ができてきたこともあって、少し周りに視線を向けてみる。ターツさんは相変わらずの威力で魔物を蹴散らしている。魔物たちは、ターツさんに近づくこともできずに死んでいく。
「俺も早くあれくらい戦えるようになりたい……」
ついつい本音が出た。でも、そう思えるくらいターツさんの戦い方は惚れ惚れするような熱さがある。視線を別の方、カメリアに移す。カメリアも順当に周りの魔物を倒していっている。
「おら、次だ次!さっさとかかってこいよ!」
すでにテンションはMAXだ。お前、これから次々魔物が襲ってくるって忘れてないか?今のペース配分で、本当に最後まで保つのか?
それ以外の場所にも視線を向ける。俺たち3人は問題ないけど、他のグループの前衛が崩れていたら大変だ。お互いがフォローしながら前へ進まないと、あっという間に囲まれて殺されてしまいそうだ。
でも実際は、さっきのアサギの広範囲殲滅魔法が相手に当たった段階で、俺たちに襲い掛かってくる魔物の数が一気に減った。そして、そんな状態を指をくわえてみているようなダッジさんじゃない。
「今だ、両翼は魔物を押し潰せ!」
うおぉぉぉおぉぉぉーーー!!!
左右から鬨の声が聞こえる。作戦は第二段階に入ったのだろう。これで俺たち前衛も、どんどん前に進むことができる。
「前衛はそのまま現状を維持、魔法使いはその場で待機。無駄弾を打たないように!弓士は状況に合わせて各自の判断に任せる」
ここまでは順調だ。魔法使いを早々に戦線から離脱させられるのは大きい。実際、ここからは両翼と協力して掃討作戦になるんだろう。
「前衛は、私に続きなさい!」
さっきまで魔法を撃っていたアマンダさんが、ここぞとばかりに前衛の戦闘に参加する。しかし魔法と剣を両立させるなんて、アマンダさんはやっぱり優秀みたいだ。
俺だって負けてられねえ!
「はっ!おりゃ!」
足元の魔物の死体に注意しながら前へ進む。両翼が動いたことで、俺たちにかかっていた圧力が随分と減った。魔物と魔物の間隔が開いたことで、余裕をもって魔物と戦えるようになった。
「全体!少しずつ前へ前進。1匹たりとも逃がすなよ!」
ダッジさんが前線を押し上げる。
「おらおら、死にたくなかったら俺の前に現れるな!」
ソウルが次々と魔物を倒していく。その横ではサラとエリスがソウルを支える。さすがソウルだ、ターツさん以上に早い殲滅力で屍の山を築く。
他の場所を見ても、苦戦しているところはない。俺も足を止めることなく敵を殴り殺していく。すると、自分たちの進行方向に他のワーウルフとは違う色のワーウルフを見つけた。通常のワーウルフは灰色の毛並みを持つけど、俺が見つけた奴は白に近い。目の錯覚、誤差かとも思ったけど、あいつが一番強そうだ。
「ターツさん、カメリア。しばらくここを任せてもいいか?」
「何か見つけたのか?」
「はい、ちょっと気になるので……」
「俺はいいぞ。カメリアは?」
「アタイも構わない。ホクト、頑張って来いよ!」
ターツさんとカメリアに見送られ、俺は足の裏に魔力を流す。タラタラ近づいても、いい的になる。ここは無理してでも、さっさとあいつに近づこう。
「ワオォォーーン!」
相手のワーウルフもオレに気付いたのか、俺に向かって駆け出してくる。今までのワーウルフよりも圧倒的に速い。
「素早さ対決か?俺と当たったことを覚悟しろよ?」
魔力を解放してカタパルトのように射出された。あっという間に、その白いワーウルフの側へ。
「これでも喰らえ!」
加速したエネルギーを使って、一気に勝負を決めに行く。ワーウルフの直前に足を地に着け、その衝撃を全体重にかけて拳を打ち込む。白いワーウルフも負けじと応戦。リーチを活かした抜き手の攻撃を頬の皮一枚で躱す。俺の放った拳は、脇腹に突き刺さる……手前で白いワーウルフに避けられた。
「クソッ、俺より速いのか!?」
お互いに足を使って、常に動いた状態で殴り合う。俺も白いワーウルフも、何度も攻撃を受けるけど、まだまだ元気だ。今よりも速く動かないと、擂り潰される。
気付いたら、周りに魔物の姿は無くなっていた。それでも、俺と白いワーウルフの戦いは終わらない。裏に周り込もうとしていた俺の頬に強烈な一撃が当たる。
「うぐぅ……」
痛ってえ……死角に入ろうとしていたところに、白いワーウルフの肘が入った。でも、ここまではいい勝負ができている。俺は負けじと手数で勝負する。一撃で倒せなくても、何度も何度も同じ場所に攻撃を加える。俺の攻撃は、全て浸透だ。なのに白いワーウルフは倒れない。口の端から赤い泡を零しながら、それでも俺への攻撃を止めない。
「いい加減しつこい!」
白いワーウルフの爪を掻い潜って相手の側面へ。ボディに強烈な一撃。そして、そのまま足の揃った右足に蹴りを放つ。
「おらっ!」
バチィン!
右足にローキックを決めて、少し距離を取る。正直、ここまで無呼吸に近い状態で攻撃を続けた結果、俺の息は絶え絶えになってしまっていた。
「はぁ……はぁ…………」
「グルルゥゥ……」
そろそろ決めないと、次の群れが来た時に疲れて動けないなんて事になりかねない。俺は気合を入れて、銀の籠手に魔力を注ぐ。これでさっきよりは威力が上がるだろう。
「はぁ……来いよ」
赤く染まった銀の籠手をやや引いて構える。それを見て覚悟を決めたのか、白いワーウルフも腰を落として構える。恐らく、これが最後の攻撃になるだろう。
「「……」」
息を整え、その瞬間を待つ。…………白いワーウルフが地を蹴った。俺も負けじと正面から受けて飛び出す。お互いの間合いが3mを切ったところでブースト発動。
俺の頭上を白いワーウルフの攻撃が通り過ぎる。危なかった、ブーストのかかった身体は、そのまま懐深くまで潜り込んで、赤く染まった右腕を下から突き上げる。
「ガウゥア!?」
右の拳は狙い違わず白いワーウルフの顎を捉えた。
「浸透!」
内部で暴れる魔力にズタズタにされ、身体中から血を噴き出す白いワーウルフ。それでも止まらず、俺の首筋に噛み付いて来た。どんだけタフなんだ……。
「もう1発だ、これで……死ね!」
半歩引いて噛み付き攻撃をやり過ごす。そのまま自分の腹くらいの高さにある白いワーウルフの脳天に、左の肘を振り下ろした。
「浸透!」
白いワーウルフは、その後重力に逆らえず地面に倒れ伏した。時折痙攣でピクピクしているけど、もう二度と起き上がってこないだろう――と言うか、そうなってくれ――
「……勝てた」
どっと疲労が襲い掛かってくる。だけど、俺はワーウルフのユニークを倒した。その結果、巨大な群れを形成していたスタンピード第一陣は、散り散りに霧散した。




