ちゃぷたーよん 『あの時、君が頷いたから』
「……またかよ」
飯を盆に乗せて部屋に行けば、目当ての人物は、またも姿をくらませていた。
「まったく……やっぱり、駄目なんかね」
ため息を吐きながら眼鏡を押さえる。この部屋には、本当は一人の少女が居る筈だった。
家族、兄弟、家。全てを無くした少女と出会い、ちょっとしたいざこざの末、なし崩し的に受け持ってしまった保護者って役割。
あれから十日経った今でも、俺はそれに四苦八苦していた。
基本的に人間嫌いでガキ嫌いな俺だ。人付き合いもまともしちゃいない世捨て人の俺が親代わりなんて、冗談にも程がある。
そもそも俺は、未だそんな歳でもない。これでも二十代前半だ。
「……現実逃避も大概にするか。探しに行かないとな」
俺は盆を屋内の机に置くと、とりあえず目ぼしい所へと踵を向けた。
「……多分あそこに居るんだろうなあ」
部屋を出て、廊下を暫く歩く。この家の突き当たり、片隅に存在する倉庫の中を覗くと、少女は何かから隠れるように、荷物の隅に蹲っていた。
「……はあ」
思った以上に少女の傷は深い。……そして、思った以上に、俺の傷も深いのか。上手く行かない苛立ちを押さえつけるように、眼鏡を押さえながら、俺は倉庫へと足を踏み入れる
「おい、ガキ」
ビクリと体を震わせる少女。
「……別に何処に居ても良いけどさ、ここ、夜中には真っ暗になるぞ?」
「…………」
一応、返事を待ってはみるが、少女は沈黙したままで、俺から隠れるように抱えた膝の間に顔を沈めた。
……やっぱり駄目。か。
「……日が暮れるまでには戻れよ。飯は部屋に置いてあるから」
「…………」
ほんの少しだけ頷いたのを確認してから、俺は踵を返した。
「……はぁ」
丘の上に立つ。山から見下ろす景色は壮大で、大きくて、こんなに悩みさえ解決できない自分が、どうしようもなく小さな人間に思えた。
「……くそ」
苛立ちを抑えるように、ポケットから煙草を出すと、それを咥えて火を点けた。
白く濁った煙を吸うと、苛立ちが収まり始める。……少女が来てから、明らかに消費量が増えているのは、良い傾向とはとてもじゃないが思えない。
「…………」
何気なしに、ライターを見つめる。
『煙草は、子供の身体に悪いんだから』
そういや、このライターをくれた奴が、そんなことを言っていた。
「……なら、何でライターなんかプレゼントすんだよ」
本当に、アイツの思考は俺の予想の斜め上を行っていて。
俺はそれが楽しくて、何時からかアイツを好きになっていた。
「……未練がまし」
苦々しい思い出に蓋を。煙草の火を足で摺り消し、踵を返す。
「あのガキ、ちゃんと食ったろうな……?」
いい加減寒くなってきた丘を降りながら、蓋をしきれなかった思い出の一端が、小さな疑問となって脳裏を過ぎる。
……そういや、あの言葉に、俺はなんて答えたっけ……?
♪
それ以来……というかまぁ、何にも進展してはいなかったが、俺達の関係は変わらず。
少女が隠れて、俺が探しだし、かといって何かをするでもない……奇妙な距離感を持った同居生活は、しばらく続いた。
……別に嫌いとか、そういった感情だったわけじゃない。
ただ、お互いに相手をどう受け入れれば良いかわからなかっただけだ。
少女は……多分未だ半信半疑だから。……俺がもうちょい心を開けば、もしかしたらもっと簡単に打ち解けたかもしれない。
……でも、俺はどうしようもなくヘタレで。
なまじ記憶力が良い分。いつまでも未練とトラウマを忘れられず。
あれから更に1週間立っても変わらないで、いつからか少女を見もせずに、苛立ちで煙草を吹かした。
……ライターには思い出がありすぎて。
忘れる為に、少女と新たな生活を始めたのに、それが俺を追い詰めて、結局こいつに戻ってくる。
紅葉も終わりに近い。
寒くなりだした冬の山で、俺は煙草を吹かしていた。
――そして。
♪
「……いい加減慣れてきたな」
いつもどおり、無人の部屋の机の上に食事を置いて、俺は踵を返す。もう、少女が部屋に居ないことに慣れてしまった。
故人が居ないことには慣れないのに、今いる少女が居ないことに慣れるなんて……。
「人間失格だな」
頭に浮かんだ冗談は、口にしてみるとあまり笑えなかった。
「……あれ、居ないでやんの」
少女が何時も隠れている倉庫を探すが、どうしてか今日は、少女の姿が見当たらない。
「……っかしいな」
心の中に若干の不安が残る。
……しかし、俺は頭を掻くと、大丈夫かという楽観的な結論にたどり着いた。
結界の外に出たのだとしたら、俺にも把握できる。
結界から出た様子が無いのだから、あいつはこの家の中にいるわけで。だったら、未だ大丈夫だろう。
「……よし」
俺は煙草を吹かしにバルコニーに上がった。
「……ぬぁ」
バルコニーで白い煙を吹かしながら、不意に視線を下げれば、見えないと思った少女が、こちらを背に崖の前に立っていた。
「…………」
何となく声もかけれず、上から少女を見下ろす。
表情は見えない。
小さな双肩は震えている。
「……俺は、何で」
……何で、あのガキを助けたのか、未だに自分でもわからない。
……ただ、その境遇が、理不尽なものに虐げられる様子が、あいつを思い出させて。
その理不尽を、どうしても、見過ごせなかった……。
「……家族に何て、なれるわけないよなぁ…」
肩を落とす。要するに代わりだ。
あいつを亡くした代わり。
でも少女は当たり前だけどあいつで無くて、そんな俺に、少女が甘えられる訳は無くて。
「……バカか、俺は」
今更気付くにも、程がある事実だった。
現実から逃げているヘタレ野郎。
二年たっても忘れられない、どうしようもないバカ野郎。
「……何やってんだか」
そうやって、助けたふりをして、結局お互いに傷付け合っていただけじゃないか。
……それでも、今からでも間に合うなら、少女に何かをしてやるべきだ。
「……だな」
視線を下げる。俺は少女に声を掛けようとして。
「……あ」
煙草が口から落ちる。少女がゆっくりと、身体を前へと、崖へと倒し、バルコニーから見下ろすだけの俺の手では、その身体は――。
「――――」
思考している暇は無い。魔力による肉体強化。両手足の筋組織と神経伝達速度を速攻で強化して、俺は崖に向けて飛び降りた。
「……っ!!」
……文字通り、間一髪。
伸ばした手が掴んだ、小さな少女の右腕に、俺は胸を撫で下ろした。
「……放して」
「バカ言うな……」
久しぶりに聞いた気のする少女の声に、心が痛んだ。
こんな子供を、ここまで追い詰めてまで……俺は何をしてたのやら。
「よっと……」
崖の上に少女を引っ張り上げて立たせる。
「……う」
しかし、腰の抜けた少女は、俺に持たれかかってくる。
「……つぁっ」
俺は、小さく呻いて少女と一緒に丘の上に身体を倒した。
……俺まで腰が抜けたわけじゃない。単に、無理やりな魔術強化で筋肉が悲鳴を上げているだけだ。
「…………は」
……そうは言っても、少女を抱える手は、震えている。
……全く。
何やってんだか……。
「おい」
胸の中にいる少女に声をかけると、怯えたように身体を震わせる。
「……ったく。死にそうな事させやがって」
俺は少女の頭を持つと、無理矢理胸に引き寄せた。
「……はぁ、心臓がばっくばくだ。聴こえるか?」
「…………」
声は、一言もかえってこない。それでも俺は先を続けた。
「……お前はどうだよ。胸に手当てて聴いてみろ」
少女の腕をつかんで、その胸に当てさせる。
「生きたいって……言ってないか?」
「…………」
俯く少女。……分かるさ。別に死にたかったわけじゃない。
ただ、これから生きる自信が無かっただけだ。
ひとりで生きる、自信が無かっただけだ。
「……決めた、お前俺の弟子になれ?」
「……ぇ?」
不思議そうに顔を上げる少女。それに、俺は言葉を続ける。
「これから俺はお前に魔術を教えてやる。お前が世界で生きるには否応なしに必要な力だ。でもな、本当に俺が教えるのは生きる術だ。ひとりで生きられないなら、ひとりで生きる術を教えてやる。生きていく自信が無いなら、その自信を叩き込んでやる」
家族ごっこは、俺達には無理だった。
なら、俺はあくまでも他人としてこいつに接しよう。ただの魔術の師として、この少女を、守って行こう。
俺は決意を持って、少女の碧眼と赤眼を見つめる。
「これから、お前がいっぱしの魔術師になるまで。俺がお前に色んな事を叩き込んでやる。魔術も生きる術も悲しいことも楽しいこともだ。俺が全部教えてやる。拒否権は無しだ。お前は俺の弟子なんだからな」
本日付けで弟子になった少女に、俺は言ったのだ。『これからよろしく』と。
少女は、どうしたら良いのか分からないように顔を伏せて。
「……ぁ」
初めて少女が、口を開こうとしたのを……。
ぐぅう……。
「…………」
「…………」
……俺の腹の虫が、邪魔をした。
つくづく決まらない自分に、苦笑すら零せない。
「っと……飯でも食うか」
微妙な気まずさから、俺は顔を逸らして立ち上がる。
「ああ、そうだ……一緒に食うか?」
「…………」
少女に手を貸して立ち上がらせながら聞くと、少女の顔が驚きに変わる。
「いや……お前が弟子になるにあたって、教えなきゃいけないことが沢山あるからな。それを教えてやろうってだけだ。……別に飯の後でも良いが」
「食べる……! 食べ……ますっ。一緒……に……!」
辿々しい少女の言葉と、その力強い頷きに、微笑ましさと気恥ずかしさを感じながら、俺は家を指差した。
「じゃあ、先に行っとけ。取り敢えずお前の部屋だ。明日からは、ちゃんとリビングで食べて貰う。……師匠命令だからな」
「……はいっ」
頷いて、駆け出す少女。
それを見守った後、俺は溜め息と共に、ポケットから煙草とライターを取り出した。
『煙草は、子供の身体に悪いんだから』
「……だったなぁ」
脳裏に浮かんだ古い記憶に苦笑して、煙草とライターを握り締める。
思い出した。
あの時の俺の返答。
『……善処する』
「止めろよヘタレ」
ったく。
若かったんだ。ライターも貰ったし。
というか、何故ライターなのか、未だに分からない。
だから俺は、あいつのそんなところが大好きだった。
「……でも、今大切なのは、違うよなぁ」
ライターを強く握り締め、崖の方を見て、大きく振り被る。
……未だ間に合う。
何も、思い出の品を捨てることはないだろう。
今すぐにこの手を下ろせば、明日からも俺の手にはこいつが握られている……なんて、バカな未練が頭をよぎり。
「……悪いな。俺は堪え性がないんだ」
その全部を立ちきって、思いっきりぶん投げた。
ライターと煙草は綺麗な放物線と描くと、遥か下へと落ちていき、遂には見えなくなった。
「あーあ……やっちまった」
今後悔してる自分を嫌悪。眼鏡を押さえながら、俺は頭を振る。
「しっかりしろ……俺は、師匠になるんだぞ」
気持ちを切り替え、態度はあくまで悠然と。俺は、コテージへと歩を進める。
……これからの、新たな生活へと。
……にしても。俺の思い出の、あのライター。
「……普通に街中で売ってるじゃん。しかも安い……」
思い出は、心の中で十分ってか……?
『あの時、君が頷いたから』
おわり。
次回更新は9月15日、20時予定。




