ちゃぷたーさん 『言葉の影響力』
「……何やってんのお前」
庭でガリガリと、木製の杖を使って落書き中の弟子に、ため息混じりで声を掛ける。
「うぅ……」
……落書き、もとい、魔方陣の練習。
俺はテラスに腰掛けて、弟子の描いた魔方陣を観察した。
「そこ、形崩れてる」
「え……」
弟子は慌てて、俺が指差した所を修正しだす。
「……ってこら、ちゃんと魔道書を見ながら書け。適当に書くな」
「あう……」
「そうそう。あ、ちゃんと線は繋げろ。矛盾があると事象は発現しない」
「え、えぇ……?」
……まて、こんなことで狼狽えるな。
「あ、おい足っ! 踏み消してるっつうのっ!!」
「え……?」
土に描いた魔方陣の上で散々狼狽えた結果、魔方陣はヨレヨレで消えかけの状態になっていた。
これはもう、最初から書き直すしかない。
「…………」
なんというか……。
「……どんくさい奴だな、お前」
「酷いっ……!?」
ショックを受けてるが、事実だから仕方ない。
俺の弟子は不器用です。
「……つうかさ」
それって結構、致命的じゃね……?
「ばーか」
「…………」
「うすのろ」
「…………」
「猫舌」
「……最後の関係無いじゃないですか」
「じゃあ飲め。俺が直々に淹れた紅茶を味わえ」
「…………」
リビングで向かい合いながら紅茶を啜る俺達……もとい俺。
「冷めると不味くなるだろうが。の、め」
「い、や、で、すっ」
むぅ……強情な奴め。
師の淹れた紅茶なんだから歓喜して口内火傷なんて気にしないでがぶ飲めコラ。
「…………」
……や、駄目だな。実際にそんなことされたら手当てとか色々大変だし。治療魔術は……出来なくは無いが、専門外だ。
「難儀な奴…この紅茶の味が分からんとは」
「分からなくて良いですよー」
ベッと舌を出してくる弟子。……一瞬、その舌に紅茶ぶっかけてやろうかと思ったが、んなことしたら身体中火傷するなと思いとどまる。
仕方なく、自分だけカップに口を付けながら、俺は話を戻した。
「その本の魔方陣、初歩中の初歩だぞ」
コツコツと机を指で叩きながら、弟子の手元に置いてある本に目を向ける。
「そんなに難しい形状でも無いだろ、オイ」
「……難しいです」
書くのに数分も掛からないような魔方陣だというのに、弟子は眉を顰めながら拗ねるように俯く。
……あぁ、何て言うか。
センスが無いのね、この娘。
そういや、前描いてた絵も酷かったしね。
「でもそれじゃ困るんだよ。少なくともその本の陣は全部覚えて貰わないとな」
「覚えて…って、これ全部ですかっ!?」
弟子が顔を上げて、手元の本を指差した。
魔方陣読本初歩。ハードカバー400ページ。重さは人が殺れる程度。
「俺は全部覚えたぞ。お前の歳には」
「……むぅう」
分厚い本を前に唸りを上げるマイ弟子。でも実際にそれ、基礎中の基礎だし。形状も簡潔だし。
もっと複雑でスッゴい面倒くさい、書くのに数時間掛かるようなのも、俺は覚えている。
「……まぁとにかくだ、それ覚えろ。課題な。大体陣ってのは、描けりゃ口頭魔術よりも安定してて楽だから、お前には丁度良いのっ」
「むむむ……」
いつまでも唸り続ける弟子。
……まぁ、それはともかくとしてだ。
「……そろそろ、冷めてんじゃないの」
紅茶。湯気立ってないけど。
「そういえば師匠」
すっかり冷めた紅茶に口を付ける弟子が、未だ熱い二杯目の紅茶を飲む俺に目を向ける。
「あん?」
「何で魔方陣は普通の魔術より安定するんですか?」
「……おぉ」
珍しく弟子らしい質問が来たことに、ちょっと感動する。まったく、そういった質問を何時もしてくれれば、俺ももう少し師匠然と出来るってもんだ。
俺は一度咳払いをすると、指を立てる。
「文字は残るだろ」
「…………」
「…………」
…………沈黙。
「……それだけ、ですか?」
「それだけですかって……あのなぁ、結構重要だぞこれは。魔術ってのは常識の治外、法則の外を繰るもんだ。法則外に至るには、法則を司る世界を騙さなきゃいけない」
法則ってのは世界が作るルールだ。魔術師ってのは魔力っていう、その法則を作る物質を使って無理やりルールをねじ曲げるもの。要するに……。
「騙せるだけのブツが、文字なら現実世界に確定してるだろ。口約束より、偽装でも証明書がある方がこちらに有利なのさ」
近頃じゃ廃れているが、ルーンなんて文字もあるくらいだ。その威力は証明済だろう。
「ま、瞬間的な威力なら口頭の魔術の方が上だけどな」
紅茶を啜りながら呟くと、弟子は首を傾げた。
「……? 何でですか?」
「声は世界を直接振動させるし、普通に声の方が威力高いだろ。『好きです』って直で伝えられるのと、手紙で渡されるのと、その瞬間のショックはどっちが大きいか、考えてみな」
「ははあ……」
ということで、説明終了。顎に手をやって物思いにふける弟子を見ながら、久々に師匠らしい姿を見せれたと、俺は満足感と共に紅茶を啜る。
……と、しばらく考え込んでいた弟子が、不意に顔を上げた。
「ししょう……」
「あん?」
なんだよ。
紅茶を啜りながら顔を上げると、弟子は普段以上にはにかみ、頬を朱に染めながら、可愛い笑顔で。
「大好き」
……バキンッ。
……………………。
「……カップ、噛み砕いちまった」
「はいっ!?」
カップを置いて、口から白い陶器の欠片を吐き出す。ふおぉ……! 口の中が紅茶と鉄のフローラルな香り……っ!
「し、師匠っ大丈夫ですか……!」
弟子が涙目で俺を心配してくる。
「だ、大丈夫だ。大丈夫だから向こう行ってろ……」
とりあえず今近づくな頼むから。
くそ…今の無邪気な微笑みは完全に不意討ちだ……。口に裂傷を負いながらも、俺はとりあえず洗面所へ向かい……。
「……バカか俺はあぁぁっ!!」
とりあえず、壁に頭を打ち付けまくった……。
『言葉の影響力』
おわり。
次回更新は9月14日、20時予定。




