ちゃぷたーに 『天体観測は晴れた日に』
「……ぬぁっ?」
一瞬、どういう状況か分からなかった。
「……どこだよ、ここ」
どうやら眠っていたらしい。身体を起すが、何も見えない暗闇が視界を覆う。
「Gesichtskreis Starkung」
視界強化の魔術を施して、辺りを見渡すと、どうやらで書斎で眠っていたようだ。この部屋を使う奴は俺しか居ない為、照明などありはしない。
「……さっぶ。居すぎたか」
自分の居場所が分かった途端、状況に身体が慣れてきたのか、冬の寒さが身体に染みる。
……最悪だ。いつから寝始め、今何時かは知らないが、確実に深夜を回ってます。
今日は夕飯を食べて直ぐに書斎に籠ったので、これはつまり弟子の夜の修行をすっぽかしちまっ
っつうことで……。
「あんにゃろ……起こしに来るとかしないか。まったく弟子がいの……」
愚痴を足らしながら身体を起こせば、掛けた覚えの無い毛布がハラリと、俺の背から落ちた。
「……弟子がいが、ありすぎるんだ……バカ」
……にやけてなんかいませんよー。
「……ったく、わざわざ自分の毛布を持ってきやがって…」
毛布を持って、暗い廊下を歩く。時刻は午前二時を過ぎていた。あいつは今頃夢うつつだろう。こんな夜中まで起きていられるほど、あいつは大人じゃないのです。
「……ただまぁ、一応、ほら。な」
いくら余計なお世話だとはいえ、いくら弟子とはいえ、借りたもんはきっちり返すのが俺。
この隙に毛布を返して、明日は確か俺が食事当番だったはずなので、こっそりとあいつの好物でも作ってやれば、この義理は返せる筈だ。うん。
……決して面と向かって礼を言うのが恥ずかしいわけではないぞ?
てか、そもそもアレだ、礼とかじゃなくて義理と人情と言うか……。借りたから返すってだけのことなんだよ。うん。
誰にでもなく、心の中で言い訳をかましながら、廊下の角を曲がる。その突き当たりが弟子の部屋なのだが……あれ?
「扉空いてるし…照明付いてないし……」
俺と違って暗がりを怖がる性質のあいつは、絶対にベッド上部の魔術灯を、点けたままで寝る。
それもついてない上に、扉が少し空いてるとかあり得ない。あいつ、ガキだからこういう隙間をむちゃくちゃ怖がるのだ。
「トイレ……? いや、さっき通ったけど気配無かったしな……」
……やべぇ、何だか不安になってきた。
「……というか、少し空いてるって何だよ。出て行ったのか? それとも……」
……誰か、このコテージに入ったとか?
「……まさか」
こう見えても、この家には幾多の結界が施してある。伊達に世捨てな魔術師ではないぞ俺は。自分の身、果ては弟子の身も護れずして何が魔術師か。
「……でも、実際あいつ居ないし……あぁもうっ!」
どうしようもない不安に駆られ、俺は踵を返した。防寒具を着るでもなく、着の身着のままで外に飛び出す。
結界に綻びはない。俺の結界は家だけでなく周囲の森も囲んで居るので、外から賊が入ったってんなら、必ず何処かに結界の綻びがある筈なのだ。
「くそ、あいつどこ行ったんだよ……っ!」
待て、一度冷静になれ。俺が取り乱したら何にもならないだろ。
……とりあえずそうだ、拐われたと決め付けるな。
「ふぅ……」
息を吐き出して、俺は丘を見上げる。コテージの一方の先には、ちょっとした高台があり、そこから森や山を見渡せるのだ。
暗闇とは言え、魔術の力を使えばやろうと思えば熱源を追うくらいの事は出来る。とりあえずそこから探してみようと視界を向けて……。
「……って、おい」
即効で、脱力した。
「何やってんだあいつ……」
果たして、弟子はそこにいた。丘の先に座り込み、ぼんやりと空を見上げていたのだ。
「…………」
俺は頬を掻きながら少女へと足を向ける。
霜が降りたのか、凍った草を踏み分けながら直ぐ後ろまで歩み寄るが、相変わらず弟子は空を見上げたまま。……こいつ、俺が近づいても気付いちゃいないのですが。
何か悪戯してやろうかとか思ったが、それ以上に、今こいつが無事で居たことに安心感を覚えている俺が居るので、残念だがパスしてやろう。
まぁビックリはさせてやろうと思いながら、俺は結局、手に持ちっぱなしだった毛布を乱暴に弟子に被せる。
「ししょう?」
毛布を頭に被りながら、キョトンとした顔で俺を見上げる弟子。
「……天体観測も良いがな。今日は冷え込んでるんだから、防寒ぐらいはちゃんとしとけ」
ただでさえ、今日は晴天で気温が下がりまくってるんだから。言いながら、俺もその隣に腰を下ろした。
「ま、気持ちは分かるけどな」
弟子から顔を逸らして、俺も上を見上げた。満点の星空と、空に開いた穴のような月が、遮るものも無く輝いている。
「…………」
「…………」
二人で、空を見上げる。
星空は遠い。
そしてそれと同じくらい、この場所は人の街から離れている。
「……寂しくないか」
「……え?」
「いや……」
ふと漏れた戯言を、何でもないと首を振る。
……こいつが、こんな夜中まで起きていた理由が分かる。
本当に、今日は雲一つ無い晴天で。
見上げていると、ついついセンチメンタルな気分になったりするんだ。
「……えいっ」
唐突に。可愛い掛け声と共に、俺の背中に毛布が掛かった。
「……何やってる」
「防寒しろって言ったの師匠じゃないですか」
同じ毛布に包まるようにして、小さくはにかみながらこちらに寄ってくる弟子。
俺は、その額に……。
「ちょわっ」
「いたぁっ!?」
デコピンを一発。
「な、何でですかぁ…っ」
泣きべそかきながら今の俺の行動に抗議する弟子に、俺は若干笑いを堪えながら言った。
「弟子が師匠の気遣いなど十年早いわっ。俺はそんな甘い師匠じゃありません」
俺は暖房の魔術を自分にかけると、弟子の身体をやや強引に引き寄せた。
「――えへへ」
「……ふん」
俺に体重を預けてくる弟子。
……甘くはないです。激甘です。
♪
……どれだけ、そうして夜空を見上げていただろう。
「おい、弟子よ」
「はい?」
二人で毛布に包まりながら、俺は月を指差した。
「月が回る理由、答えろ」
それは、ただの思い付き。
夜に出来なかった修行を、この星空の下で行うのも、悪くないと思っただけだ。
「えっと…狼が追うから…」
「狼の名前は?」
「えと……ハティ」
「正解だ」
くしゃりと、乱暴に頭を撫でると、弟子ははにかみながら、俺の肩に頭を預けた。
「……ハティ=フローズヴィドニル。月を追い回す狼。同じように、スコールという名の狼が太陽を追いかける」
吐く息は白く視界を染める。それよりも白く光る月は、俺達を照らしながらも回り続ける。
「ハティが月を追い始めた理由は何なのか。スコールが太陽を追い始めた理由は何なのか。それは俺達の治外ではあるが…それを求めるのが魔術師だ。誰も知り得ない世界の元。この世界が生まれた理由を求めて、俺達は過去を遡る。事象から理由を、さらにその理由へと後ろへ後ろへ下がっていく」
何とも遠い話である。
要するに、魔術師って輩は皆ネガティブなのだ。後ろばかり見ている。過去ばかり追って、その先を見ていない。何時までも、何処まで行っても、後ろ向きなんだ。
……俺も含め。
「……でもな、俺はお前にそうなって欲しいって言ってるんじゃないぞ。お前は前を向いてろ。過去を知り、終わるのでなく、過去を糧に今を生きろ。それが出来る奴なんだからお前は――」
視線を下ろすと、俺の肩に頭を預けた弟子は、間抜けに少し口を開けて、あどけない寝顔を見せ付けていた。
「……俺の話、つまらなかったか?」
……いや、そうではなく、単純に限界だったのだこいつは。……そりゃあ、夜中の三時は回っているだろうし。
「……ったくまぁ、良く寝おって。」
俺なんかの肩で、安心したんだろうか。ちっこい弟子は毛布の下で、俺に身体を預けながら、そりゃもうすやすや寝ています。
……あ、よだれ。
「ったく」
俺は頭を掻くと、防寒魔術の掛かった毛布で弟子をくるんで、それを抱き抱えた。
「…………」
抱えた身体は軽い。冬の風に当たったせいか、頬を少し朱に染めながら、弟子はすやすやと眠っている。
「…………ありがとう」
起きてても聞こえないくらいボソリと、師匠想いの弟子に礼を言うと、俺は家へと踵を返した。
「……っくしゅっ!」
やべ、寒い。
「……風邪引く前に家に帰ろう」
……心無し、頬も熱いし。
「……どういたしまして」
『天体観測は晴れた日に』
おわり。
次回更新は9月8日、20時予定




