ちゃぷたーいち 『なんでもない日常風景』
この世界には、『ヒト』と呼ばれる人種が二種類いる。
前者は、普通の『人間』。この世界を主として住み、分類的には動物とされる、いわゆる俺達みたいな存在だ。
動物のように強い力を持つわけでも、魔物のように強力な魔力を持つわけでもない。単独では殆ど無力な俺達人間は、自然と集まり、国と呼ばれる集合体を作った。そしてその中で、貴族、騎士、魔術師や平民と、自分勝手に枠や法律を作り、その中で暮らして来たわけだ。
だがしかし、そんな俺達とは異なる人種が、この世には存在する。
それが、『巨人』。大陸を分断する、巨大な山脈を越えた先に住まう、魔物に分類される人種。世間的には『魔物』という呼び方の方が一般的だ。巨人なんて呼び方は、魔術師かぶれしか使用しない学名だったりする。
俺達を超える強大な魔力を持ち、度々此方の世界に攻めてくる彼らと俺達人間の間には、度重なる争いの歴史があるわけで。今はそれでも休戦状態だったりするが、それでも国境付近での小競り合いは続いているとか、いないとか。
……しかしまあ、そんな大層な歴史の軋轢も、とっくに隠居している俺にとっては他人事で。
俺としては、ほら。今日の夕食の献立の方が、よっぽど重要だったりする。
♪
「……あれ」
そんなこんなで、日も暮れて夕飯時。料理をしようと台所に立った弟子が、不思議そうに首を傾げた。
「師匠、塩がありませんけど」
「塩?」
はて。そういえばもう無かったっけか。
「買ってきて」
「いやです」
即答かよ……。いや、冗談だけどさ。
大体、今から街まで降りたって夕飯に間に合うわけが無い。……つうかこんな真っ暗闇の中で山道を歩かせるような真似、流石にさせないっつうの。
「絶対にいやですからっ!」
「二度言わなくてもわかっとるわっ」
俺ってそんなに信用無いの?
「……待ってろ、確か倉庫に残ってた筈だから、取ってきてやる」
「はい。助かります」
肩を落として、俺は部屋を出て倉庫へと向かった。
倉庫に残っていた塩を袋に詰めて、再びキッチンへと戻る。「あったぞ」
「ありがとうございます。持ってきてください」
振り向きもせずに言う弟子。……むぅ。料理中だから仕方が無いとは言え、弟子に命令されるのは、何となく癪に障る。
「……ふっ」
何故か、とっても馬鹿げた悪戯が脳裏をよぎる。いや、やっぱりほら、師匠を敬わない弟子には、仕置きが必要だよね?
「Veranderung」
コンマ二秒の即断即決で、俺は魔術を使い、袋の中身を変化させた。
「ほいよ」
「ありがとうございます」
目もくれないで塩を大さじで掬いだす弟子。その後ろで、俺はほくそえむ。
ふふ……お前は知ることになろう、魔術というものの恐ろしさを……!
自爆する気もしなくはないが、既に賽は投げられたのだ……!
……自爆しました。
「あっま……」
その日の夕食は、とにかく甘かった。メインディッシュもサラダもスープも、まるで砂糖をどっさり入れた様に甘かった。
いや、様にというより……。
「ししょぉ……お塩持ってきてくれって、私言ったのに……」
涙目でスープを啜る弟子に、俺は俺で甘ったるい肉に顔を顰めながら口を開く。
「いや、俺は塩を持ってきましたよ。うん」
そう、持ってきたのは塩だ。確かに塩だ。ただ、それが途中で砂糖に変化したのだ。……うん、何故か。
「何故かって……師匠のせいじゃないですかっ」
「おいおい、決め付けはいけないぞ弟子。おまえも魔力という理の元を繰る魔術師なら、事象の理由はしっかりと論理だてて説明しないとな」
「塩が自然に砂糖になるなんて99.9%ありえませんっ。どこかで外部からの魔術的要因が働いてます。そして出来るのは師匠だけですっ!」
「…………」
大正解。あまりにも完璧な名推理に、もう言い訳もできません。
「……オッケー。合格。素晴らしいぜ。特に確率を0.1%残した辺り。そうそう。魔術は学問なんだから、あらゆる状況を想定しなければ―」
「もうなんでもいいですよぅ……わたっ……わたしのご飯……返してください……っ!」
泣き出す弟子。……さすがに悪戯が過ぎたらしい。
……食事って、大切なんだなあ。
「Wiederherstellung」
俺は料理に手を掲げると、魔術を綴って各料理の糖分のみを、塩分へと還元していった。面倒な作業なのだが、自業自得だから何も言えない。
……あと、流石に俺も、この料理は食べられないし。
そんなこんなで、完全に料理を変化し終え、俺と弟子は食事を再開した。
必要以上に塩分に変化させたせいか、若干微妙な味わいに変化していたが、まあ食べれなくは無い。
そして、俺は……。
「師匠……」
「……いや、ほんと、ごめんなさい」
弟子に怒られました……。
『なんでもない日常風景』
おわり。
次回更新は9月7日21:00予定




