ちゃぷたーご 『意地っ張り』
「……寒い」
ヤバイくらいに寒い。
……いや、部屋が寒いとかそういったレベルで無く、ベッドに入って布団にくるまっているのに、寒気が身体の中から止まらない。
「ししょお……大丈夫ですか…?」
ノックをして、部屋に入ってくる弟子。
「師匠、やっぱり医者に行きましょうよ」
「うる……さい……」
息も切れ切れにどうにかそれだけ口に出す。反論したくても、声を出すのも億劫だ。
「医者は……嫌い…だ……」
「そんなこと言ってる場合じゃないじゃないですか……」
溜め息を吐いて、弟子は俺の額に手を当てた。小さな、ひんやりとした感覚が少しだけ俺を落ち着ける。
「うわ……凄く熱いですよ師匠。また上がってますよ」
「んなこたない……」
……だって、これだけ寒いんだし。
「だから風邪なんですよ……。意地張らないで下さい」
「意地なんて張ってねぇよー……。あと、用もないのに入ってくんなマジで。早く出てけ」
「……むぅ。師匠のバカ。心配してるんですよぅ…」
「されてたまっかバーカ。良いから出てけ。そして医者にはいかんっ」
「…………」
弟子は、一瞬むっとした表情をすると、直ぐに顔を伏せた。
……やべ。流石に口が悪くなりすぎた。
「……わかりました」
顔を伏せたまま、弟子は顔を曇らせ、踵を返す。
「あー……あの、な……ちょっと?」
俺の制止も聞かず、弟子はずかずかと廊下に向かうと、最後に、一度振り返り、
「……ししょうのばかぁっ」
大きな音を立てて、乱暴に閉められる扉。
……泣きおった。
というか泣かせちまった……。
「う……この聖人君子足る俺をもってこの毒舌とは、風邪恐るべし……」
……ダメだ。脳が熱に侵されてる。
「ゴホッ……ゴホォッ」
ため息を吐こうとしたら、代わりに咳が出た。
「……さて、どうしよう」
拗ねると結構引っ張るからなアイツ……。
……心無し、熱が上がった気がする。
♪
状況は悪い。
色々と悪い。
まず俺の状態だが。熱が明らかに上がり、頭は痛い、咳は出る、身体ダルイ、寒気が止まらない。
……悪化してるよこれ。
「うあぁ……ごほっごほっ」
おまけに変な声が出る……。ちくしょう、治療魔術を使用出来ない自分が恨めしい……。
魔術的な観念から言えば、気をしっかり持てば病になんて侵されるわけないんだが……。
「……じゃあ、俺がひくの当たり前か……」
何しろ、ヘタレだからな、俺……。
「…………」
……風邪引くとネガティブになるなぁ。
まあ自分のことはとりあえず置いといて、それ以上に厄介なのが、難しい年頃のマイ弟子の扱いだった。
「……一時間置きに来ていたのにな」
数時間前から開かれなくなった扉に目を向ける。
ヘタに入り浸られるよりはましだが……。それが、俺の意図を理解してか、はたまた意地を張っているかと言えば……。
「言い過ぎたか……」
あいつ、結構すぐに拗ねるもんなぁ……。
「うぅ……仕方ねえよなぁ」
身体を無理やり起こす。それだけで熱が上がる気がするが、今はそんなこと気にしている場合ではない。
俺の身体何かより、あいつの事が重要である。……いや、師匠としてな?
「……だっる」
汗でベタつく服を不快に思いながらも、俺は部屋を出た。
「やっぱりここに居たか……」
無駄に積まれた木箱の向かいに、小さな頭が見える。やっぱり弟子は、倉庫に閉じ籠っていた。
いやなことがあるとここに来るのだこいつは。
自慢じゃないが、俺だけが知っているこいつの癖である。
「おぉい……聞こえてるだろ」
掠れた声で、どうにか声を掛けてみる。
「…………」
無視。
「おぅい……」
「…………」
……俄然無視。これは長期戦になりそうな予感。
ははっ、燃えてきたぜ。
……熱で、頭が。
「……っこいしょっと」
木箱の壁を挟んで、背中合わせに座る。
……ここ、寒いな。
長期戦は止めておこう。
あいつに体調崩されるのは、本当に嫌だし。
ついでに俺の身体も……うん?
違う。俺の身体が大切で、あいつは、まぁ、ついでなんだって。うん。
……ダメだ。頭が。
これは早いとこ終わらせないと……何か口走りそうでまずい。
「あー……弟子さんよ。聞いてる?」
「…………」
背後から返事はない。……まぁ、聞こえては居るだろう。俺は気にせずに話を続ける。
「なぁ、そんなに拗ねるなよ……」
「…………」
「何も俺だって、お前が嫌で突き放してるわけじゃないんだぜ?」
「…………」
「…………」
「…………」
断固無視。……面倒くさい。とか言ったら怒られるよな。
つうか寒いんだよ、ここ。
「なぁ、良いからでて来ないかー。いい加減腹減ったろー。よし、今日は久々に俺がメシ作ってやる」
「………っ!」
ガツンッという頭をぶつける音。
……怒らせた?
あぁ、難しい年頃だなもう……。何に怒ってんのか分かんないんだよマジで……。
……寒。
「弟子よー……」
「…………」
「おーい……」
「…………」
「さ、寒いんだけど……」
「………………」
「てめぇ、ちゃん付けで呼ぶぞコラ」
「……………………」
……ダメだ、俺のわけの分からない逆ギレにも完全無視。ここまでシカトされると怒るどころか逆に悲しくなってくる。
別に怒ってないけど。ただ、心配なだけで。
「あー……」
……いや、怒ってるよ。怒ってますよ、うん。
いかん……理性っていうか仮面みたいなものが進行形で剥がれ落ちてる。そんな素直に言える人間じゃないだろ俺ー。
「……というか」
これは別に本心なんかじゃなくて、ただ単に心の内がポロポロと出ているだけだ。
……それ本心じゃね? とかの反論は無視。
「なぁ、いい加減出てこいよ……寒いだろ。嫌だろ?」
「……だったら、師匠はさっさと戻れば良いじゃないですか」
……お、久々に口を開いた。
それは良いことなのだが、俺の、そろそろオーバーヒート気味の脳は、その台詞に対して反射的に、
「バカか、俺が嫌なのはお前が寒そうだって事だよ」
「……師匠、風邪悪化してません?」
弟子にまでこんなことを言われる始末。多分なと投げやりに答えながら、もう俺はやりを投げっぱなしにすることを決めた。
「あんまり心配をかけさせないでくれ……本当に心配するからさ。おろおろすんだよ俺は。お前が怒ると俺は困るし、お前が泣くと俺も悲しくなるんだよ。大切だからな。ほんっとうに大切に想ってるからな。お前のこと」
「…………」
後ろから、息を飲む声が聞こえる。さすが、素面じゃ言えない恥ずかしい本音を暴露しただけはある。恐るべし、風邪。
「……そんなの」
「……ん?」
「そんなの、私だって一緒ですよ……」
か細い声に、俺は振り向く。相変わらず見えるのは、小さな頭が少しだけ。
「私だって、師匠のこと心配してるんですよ……。私が心配しちゃいけないんですかぁ……っ。何で……私がいちゃいけないんですかぁ…」
「…………」
泣いているらしい弟子の背後で、俺は小さく肩を落とした。……あぁ、何て言うか。
「……ばか。それでお前に移ったりしたら、本末転倒だろ」
……幸せだな、俺。
「……それだけですか?」
嗚咽を含んだ声で、問い返してくる弟子に、俺は苦笑する。
「あったりまえだ。今度は俺が看病する羽目になる。そうでなけりゃ、危なっかしくて目を離せられない」
「――看病してくれるんですか?」
「……何だよ、しちゃ悪いかよ」
そりゃお前、看病くらいしますとも。……しかしそれを聞いた弟子は、唐突に泣き止むと、立ち上がって俺の前までやってきた。
「師匠っ!こんな所に居たら風邪が悪化しますよっ。早く戻りましょう」
「お、おう……?」
笑顔の弟子に、手を引っ張られて立ち上がる。
と、唐突に何……? 少し怖いんだけど……!?
♪
――で、
「はい、師匠ご飯ですよっ」
「……お前、俺の話聞いてたか?」
俺の言葉にキョトンと、首を傾げる弟子。
「何でですか?」
「だから……」
どうしてお前は、ずっと俺の部屋に居るんだよ……。
「はい、師匠あーん」
「やめて……マジで…」
笑顔でスプーンを差し出してくる弟子に、俺は肩を落とした。
……何なんだよ本当に。
……で、三日後。
「……お前さ」
弟子の手厚すぎる看病によってどうにか復活した俺とは対照的に、今度はこいつがベッドに横たわることになってしまった。
「だからうつるって言ったろうが……」
「こほ……えへへ」
肩を落とす俺に対して、こいつは熱で顔を赤らめながらも妙に笑顔である。いや、なんでそんなに嬉しそうなのさ……。
「ししょう……」
「……何だよ」
「ちゃんと……看病してくれるんですよね?」
潤んだ瞳で聞いてくる、弟子。
「……当たり前だろ。弟子の体調管理も師匠の役目ですよっ」
半ばやけくそ気味に答えながら、飯を机に置いた。弟子は、机の上の飯と、俺の顔を交互に見てから、掛け布団に半分顔を隠して言う。
「ししょう……身体がダルいです」
「…………」
……何だよ、その顔は。甘えんなとも言えないだろうが。
「分かったよ……」
眼鏡を押さえながらため息。俺は椅子に腰掛けて、スプーンで粥を掬うと、一応息で冷ます。
んで、気だるげに上半身を起こした弟子に、
「ほら、あーん」
『意地っ張り』
おわり。
次回更新は9月16日、20時予定。




