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花の回廊、美しきエリュシオン。

 スコーピオが眩い光と共に強烈な魔圧を漂わせながら、顕現の暗円から姿をのそりと現した。


 いつ見ても、凄まじい強者の雰囲気。


 十メートル程の筋骨隆々の肉体で、どしりと二足歩行で立つ鰐型の魔人。


 自販機すら易々握りつぶすであろう四つの巨腕と、多数からなる蝙蝠の翼膜みたいな羽、いにしえを思わせる図形が黒曜石みたいな色をしている全身に刻み込まれていて、明らかに禁忌なレベルの存在。体の周囲から流れる古代民謡のようなメロディが尚更スコーピオの深淵さを醸し出している。


 だが、そんな圧倒的な存在で、いつもは余裕のあるスコーピオが、猛獣のように四つん這いに構えて、地を巨腕で握りしめ、尻尾を高く立たせて、大口を開けて壮絶な威嚇ポーズをとっている。


 その覇気には、私の仲間達も少し引き気味になる程だった。


 対する、突如現れた放射型の金属でできた顔を持つ十五メートル級の人型の何か、細長い六本腕の手には、白金に光る神々しい鉾のような武器をだらんと持ち、ただ突っ立て動かない。


 人っぽくありながらも、塔を思わせるその存在は武器を持つ以外の五本の長い腕を私におもむろに伸ばした。


 おかしい……


「レシレシ!!!」


 ケバルライが電光石火の如く地を蹴り私の前に来て、魔術でホログラムみたいな一枚の紙を目前に出現させた。


 おどろおどろしい字と薄気味悪いピエロのようなイラストが添えられた、ふざけた契約書らしいそれに、ケバルライは噛んだ親指の血で拇印を押そうとしている。


 他の面々も山がざわつく程の魔圧を発し、地面がグラグラと唸りだした。


「待って!!!!!」


 私は、スコーピオとケバルライにストップと手を向ける。


 どちらも、尋常じゃない般若みたいな形相をしている。


「なんで???こいつやばいよ???」


 ケバルライが言う。


 確かにやばい、でもそれは強さの話。


 塔の異形は、何一つ私達の動作を気にする素振りは見せず、私の目の前で五つの拳を優しく握った。


「わかってる、でも待って……」


 強力過ぎる魔圧で分かりづらいが敵意が感じられないのだ。


 唐突に火蘭君が冷静な声を出す。


「レシカ、たぶん君の考えで合ってるよ」


 火蘭君は真剣な顔で私に頷いた後、ゆっくりと塔の異形へと近寄った。


「火蘭君!!!」


 フレアが泣きそうな声で叫ぶ。


 みんなはどうすればいいのかと、冷や汗を掻く様な顔している。


「大丈夫」


 火蘭君は静かに呟き、塔の異形の腕の一本を優しく撫でる。


「君、冷たいな」


 そんな火蘭君に塔の異形は、他の一本の腕を持っていき、その大きな指で肩に触れた。


「肩揉みってレベルじゃねーぞ……」


 錬徒が信じられないぐらい馬鹿みたいな発言をする。


「静かに」


 私は今にも爆発しそうなこの場の緊張感を薙ぎ払うように言い放った。誰一人も動かないでと。


「ふんふん……」


 火蘭君は少し笑う。


 そして――


「レシカ、この存在は君に見せたいモノがあるんだって」


 火蘭君の表情はとても柔らかい。


「見せたいモノ???」


 私は塔の異形を見上げる。


 放射状の金属で出来たような顔がこちらにぐっと近寄る。


 そして、五本の長い腕の先端にある拳をゆっくり広げた。


 ……


 花束――


 びっくりだわ。


 こんな素敵な花束、見るの初めて……


「これは……」


 ケバルライが塔の異形にまだ警戒感の視線を滲ませながら言った。


「凄く綺麗だわ……」


 青花は見惚れたように言う。


「お嬢様に花をプレゼントしたいって事なのかしら?」


 テリオルが不思議そうに言う。


「そうっぽいな……」


 災人が言った。


「レシカ、触れて見なよ。こんな機会なかなかないと思うよ?」


 火蘭君はさぁと私にジェスチャーをとる。


「なんか……プロポーズを承諾したみたいになっちゃはないかしら?」


 ……


「それは、困りますわ……」


 幽美ちゃんが、一歩前に出た。


「でも、ちょっとだけロマンチックかも……」


 プリオルが乙女っぽい声色を響かす。


「まぁいいわ……」


 私は何気なく、その花束に手を伸ばし、スッと触れた。




 その時――


 これは何?


 まるで空から落ちているような感覚。


 だけれど、私は数えきれない花に囲まれてる。


 循環して循環して私を包み込む。


 とんでもなくいい香りで、穢れを洗い落としてくれているみたい。


 急に視界が開けた。


 私は気づけば、大理石のようなツルツル冷たい台座に仰向けになっていた。


 澄み渡る青空、懐かしい様な安心感が湧いてくる風の匂い。


 私はその台座から周囲を見渡す。


 そこは、果てなく広がる彩り鮮やかな花畑だった。


 揺れる揺れる、穏やかに全てが揺れる。


 香る香る、心の奥まで届いてくる。


 この景色、火蘭君の声を聞いたり触れたりするとたまにみえる景色に似ているわ。


 ちょっと和風な感じもするけど。


 先生、そういう世界の事なんて言ってたっけ……?


 ……


 そう、エリュシオン。


 あぁ、それにしても、こういう幸せの感覚もあるのね。


 どれにも、似つかないけど、とても安心するし満たされている。


 みんなにも、この感覚教えてあげたいわ……




「……シカ……シカ……レシカ……レシカ!!!」


 ケバルライの声がする。


 ふと、景色が現実に戻った。


 あれ?夢だったのかしら。


「ええ、どしたの?ごめんなさい、ぼーっとしてたわ」


「びっくりしたわ、十秒ぐらい固まったまま動かないんだもん」


 たったの十秒?もっと長くいた気がするわ。


「ごめんごめん、大丈夫だから。ちょっと不思議な事が起きたの」


「不思議な事ってなんだよ」


 来螺が腕組みして言った。


 私は塔の異形を見上げる。


「ありがとね……素晴らしかったわ」


 塔の異形は私の言葉を聞いた後、無言で数秒私を見つめた。


 その後、無防備に私達一同に背を向け、のしりのしりと山の方へ消えていった……


 私はみんなを見回す。みんなは私を覗き込むようにして何が起きたのか聞きたそうにしている。いつの間にかスコーピオの顕現も解けていたみたいだ。


「レシカ、何が視えたの?」


 火蘭君は、私が無意識に掴んでいた一凛の大きな花を指差す。


「んー……天国???」


 首を傾げる私。


 みんなはそれを聞いて、え?と前のめりになった。

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