十字架姿のまま、背で雲を貫き急速に落下する私。
奴の巨大な腕がおもちゃみたいに吹っ飛び、川面に落ちて激しく水しぶきをあげた。
「ドギャアアアアオオオォォォッッッ!!!」
普通に人生を送っていたら聞く事のないであろう、衝撃的な鳴き声が鼓膜に響く。
それに反応したかのように、キャンサーがヒュインヒュインと音を鳴らした。
私は装甲で強化された金属の足で、ガシャリと地面を踏み次に備える。
災人のカスタムは追撃をかけるように、さらに激しく猛攻を繰り出す。体中の節々が鋭い棘のように伸び、格段にスピードも上がった。
来螺は先程の超速攻撃を止め、奴の真正面で静止して体を閉じ目を瞑っている
「決める気ね……」
私はキャンサーに反重力モードと心で思念する。
私の体は宙にふわりと浮きだした。
空間を蹴り上げ、どんどん上空に昇って行く。
こんな時にあれだけれど、スカートの中が見えない仕様になっているのがありがたい。もし、これが丸見え仕様で今回の戦いを野次馬に撮影でもされたら、女の子として気持ちが終わっていたから。
上空で静止し、ジェット翼を軽く使い、急速発進と急旋回の感覚を思い出す準備運動。
そして、サジタリアスに精神を集中する……
刀身がビュインッと長くなり、煌々と輝きだした。
「おっけぃ、来螺いつでも来なさい」
私は澄み渡る青空に浮かび、一人で呟く。
程なくして、来螺が空手のような構えをした。吸血王がカンフーをするみたいな雰囲気で何処か違和感があるが、未知な強さの雰囲気があるとも言える。
来螺はめんどくさがりのサボり魔だが、体術の授業だけはいつも真面目に出席する事を考えると、ああいうのが、結構気に入っているのかもしれない。
来螺の禍々しい右腕に血色の稲妻が渦を巻き、周囲の空気がそこを中心とするように収縮しては循環している。
カスタムが何かを察したように、災人の対岸の河川敷へと移動した。
奴はブチ切れたように咆哮し、来螺を憤怒の表情で睨みつける。全身に血管が浮かび上がり、私が吹き飛ばした腕が急速に再生しだす。
……
侍の居合みたく一騎打ちな光景。
この近辺の野鳥達が避難するように一斉に飛び立ちだした。
次の瞬間――
来螺の背後の空間から奴の巨腕が現れ、U字型の手が大蛇のようにバクっと来螺を容赦なく掴む。
「来螺!!!」
私は叫んだ、災人も同じく集中状態を解き、叫んでいる。
奴はとっくに腕が再生していて、転移魔術で隠していたのだ。わざわざ、治癒中のような光景のダミーを見せていたとは、鳴き声に反して知能がかなり高いわね。
奴は来螺を掴んだ掌を静かに開く。
だが、何もない。
そして、不穏な表情をして、自分の腹部辺りを見下げた。
……
ドオオオオオォォォォォーーーンッッッ!!!!!
河川敷に生えている全ての木が揺れる程の強烈な破裂音。
奴の体が上空に浮き上がった。
来螺がアッパーカットを繰り出したまま、何倍も小さい質量の腕で奴を宙に殴り持ち上げる。
奴の下半身がとうとう露わになった。腕に似たU字型の巨足が七、八本生えている。
「あ、ダミーじゃ無くて足だったのね……先入観はダメね」
「って、そんな事言ってる場合じゃないか、行かなきゃ……」
私は煌々と光るサジタリアスをランスのように両手で持ち、奴に一直線になるように照準を合わせて突き立てて構える。
「キャンサー!!!アクベンス・エンドモード!!!」
簡単に言うと、ジェット翼のリミット解除ドライブモードで、流星のような移動が可能になる。しかし、エネルギーの都合上、何度もは使えない。
ジェット翼からキラキラ光るプリズムの魔圧が一斉に放出される。
私は息を止めた。
「エンドバースト……」
……
……
……
あまりにの速度に意識がついてこない。
大気を貫く反動も、奴を貫いた瞬間も、既には過去の事。
今感じるのは、目の前に広がる景色の美しさだけ。
綺麗だわ……
雲。
白く輝く雲の塊を見下ろしている。それ以外は全て青。
空や宇宙を考えると、あまりの広さに怖くなる時があるけれど、実際にこの場所に来てみると、煩わしい事はどうでもよくなり、人間には全く別種の自由な幸せがあると感じられる。
私は体を十字に開く。
そして、思念する。
反重力モード解除。
十字架姿のまま、背で雲を貫き急速に落下する私。
体を捻じり、まだ宙にいる奴に照準を合わす。
「エンドバーストリターン……」
まるで、本当に隕石になってしまったような感覚。
私は純粋なエネルギーの塊。
反転重力を解除したジェット翼のリミット解除モードは摩擦の無い純粋なエネルギーの乗算だから。
……
……
……
意識が追い付いた時には、地上で横たわる私。
セーフティモードは常時あるので、地上に激突する事は無く、丁度一メートル程の高さでふわりと落ちる仕様となっている。
ただ、エネルギーを使い過ぎたので、キャンサーとサジタリアスは元の世界へ帰ってしまった。
「レシカ姉、無事か!!?」
災人が私に駆け寄りながら言った。
「ええ……」
寝そべりながら手を振る。私は奴の方を見た。
ほぼ消失しているわね、手以外は……
しかし、今にも消えそうなその手の先から、何かが発動した。
上空の来螺がこっちへ急いで向かってる。
「災人逃げなさい!!!!!!!」
「えっ……」
そりゃ、怨むよね。
私は私と災人の頭上に出来た、禁術のような魔法陣を見上げた。
災人がこの状況を理解して、私を背負って逃げるのはもう間に合わない。来螺がこっちへ来て二人を担いで逃げるのももう間に合わない。
私が他の召喚を顕現するのも無理だ。
私がエンドか。
つい最近もこんな事、あったよね。
……フフッ……私って戦うの下手じゃん。
ド下手。
それに……
自業自得なのかもね。
……
皮肉にも、魔法陣からは大量の燃焼する隕石が打ち放たれた。
私は目を閉じる。
もう、閉じるしかないのだ。
そして、思う。
最後の言葉……
ではない。
頼んだよ。
ケバルライ。
と。
……
……
……
痛くない。十秒は経った。
私はそっと瞳を開く。
頭上に、酷く賑やかな空間が出現している。
黄金で出来た観覧車、装飾された様々な色の電球を輝かせて回っている。
その空間に、隕石が全て吸い込まれていく。
フフッ。これだけなら、あの子の能力も可愛いんだけれど。
何処からともなく、執事姿の女の子が歩いて来る。
そして、寝転ぶ私を覗き込み言った。
「ねぇ、レシレシ。ちょっと無茶し過ぎじゃない?今、絶対私の事あてにしてたでしょ?」
緊張感の無い声。でも、誰よりも頼りになる声。
「バレた?」
私はクスクス笑い。ケバルライが伸ばす手を掴んで起き上がる。
同時に、遙上空に観覧車の空間が出現し、その中から様々な色の風船がフワフワと湧き出てきた。
「なんだあれ……」
災人が唖然とする。
「綺麗だわ……」
私はケバルライの手をまだ離さずギュっと握った。
「私の事かにゃ?」
ケバルライは無邪気な笑顔でウインクしながら言った。
強く強く、異常なまでの愛を私の腕に絡みつかせながら……




