ナイトメアオーケストラ。
「あぁ……マジで美味かった……ラーメンってあんなに美味いんもんだったのかよ……?常識が変わっちまったぜ!」
災人が満足そうな顔でお腹をさすりながら言う。
阪急宝塚駅や先程の橋から、そう遠くない場所にラーメン屋はあった。
そのラーメンはドロドロとした濃いスープで肉の旨味がとても凝縮されているのに何処かフレッシュで芳醇な味わいも持ち合わせていた、恐らくは柑橘系の果物だろう。太いチャーシューはとてもジューシーで、麺はスープによく絡むコシのある細麺だった。お酢をかけると全体にグッと深みと鋭さが増して引き締まる。
幼少期から三ツ星レストランを渡り歩いてきた私からしても、非常に美味なラーメンと言えるだろう。
「ニンニクマシマシじゃなかったけど、結構美味かったな」
来螺は店員さんに、ニンニクマシマシでと勇気を出して言ったのだが、「ウチはそういうお店じゃないよ?」と言われてたのが、私はちょっとツボった。
「そうね、たまにはラーメンもいいわね。私、お酢入れるの凄く好きみたい」
私達は、満腹なお腹を落ち着かせる散歩がてらに先程の橋の下に流れる巨大な川の河川敷を歩いていた。
大きな川がリズムよく流れる爽快な音。雲一つない青空。一面緑が蔓延るマイナスイオン的な地面、涼しく吹き抜ける風。
休日は大勢の人がここに集まるんだろうなと、幸せそうな光景がありありと目に浮かんでくる。私達はぼーっと座ったり、小石を川に投げたりと、気持ち穏やかな時間を過ごしていた。
「大分、満足したよ。帰りはさ、さっき通った、『花のみち』って所もう一回通って、駅の百貨店でみんなのお土産でも買って帰ろうよ?」
災人が、うっしと立ち上がり言った。
「そうね、あっ、近くにおっきな家電屋あるの電車から見えたけど、災人、あんたゲーム機買いたかったんじゃないの?」
私のクラスメイトは結構ゲーム好きが多い、アニメとかも好きで先生が自由時間にプロジェクターで流してくれたりもしてたぐらい。でも、先生の趣味が濃くて、マイナーな深夜アニメが多かったけれど。
「えっ!まじっ!?行きたい!!……でも、あれだ……今日は、せっかくこんな綺麗な街来たんだし、二人にも悪いからいいよ。家電屋ならタワマンの近くのあのデパートにもあったしな」
こういう事言える様になったんだ……最近は素行不良も大分減ったし、どんどん成長してるね災人。
……
願わくば、体内に宿された得体の知れない異形が、もう二度とこの子を惑わす事がない事を祈るわ……
「そっかそっか」
私が優しく微笑むと、災人は恥ずかしそうに笑った。
「俺も欲しいゲームあんだ、帰ったらデパート行くか……」
来螺は太陽の陽射しが眩しそうに額に手をかざす。そこから見える瞳は弟を気遣うような目だった。
「うん。行こう!!!今日の夜はゲームパーティーだな!!!」
年相応の満面の笑みを浮かべる災人。
その時だった……
ドボンッッッ!!!!!!
ブクブクブクブク……
川の中央付近が爆発したように大きく水しぶきをあげ、その後、かなり広範囲に激しく泡立ち出した。
「なんだあれ……」
災人の目つきが険しくなり、川を凝視する。
「レシカ、気をつけろ。ヤバい匂いがするぞ……」
来螺の体には赤い電気のようなエネルギーがバチバチッっと音を鳴らし流れている。
来螺の本能的嗅覚はかなり鋭く、そこから察するに上級デーモンに匹敵する何かの可能性がある。
「ええ……二人共お願いが二つあるわ、必ず守って。一つ、周りの人は決して巻き込んじゃダメ。もう一つ、決して死なない事……よ」
私は左眼の眼帯を外す。二人は無言で頷いた。
ぬぷっ…………
それは唐突に水面から現れた。
酷く巨大な頭部、上半分。
一般人なら身の毛もよだちそうな見た目。腐敗しているような感じで、何か分からないが六つ黒い丸が顔にあり、中央にやけに人間的な目が二つ、それがこちらをじーっと見ている。また、エラの様な器官が頭にぐるりと幾つもあって、水をシューシュー噴き上げている。
推定される全身の大きさが川に入る訳が無いから、恐らくは転移魔術。つまりは禁術の使い手。
「ぶっ飛んだ見た目だわね……」
私は何を顕現するか考えながら言った。
次の瞬間――
私達から少し離れた前後の位置に、腐敗した巨大な手が現れ、八本ある指でL字のような形を作った。
それが見えた瞬間にはもう、私達は異様な空間に覆われていた……
「ちっ……」
来螺が舌打ちする。
真四角な鉄の籠のような空間、宇宙船内部にある檻と言われれば納得出来ない事もない。まるで生け捕りにでもしようとされているみたいだ。
「なんだよ……これ」
災人が愕然と言う。
ドッシュッッッ!!!!!ガンッッッ!!!ガンガンガンッッッ!!!
来螺が魔術で壁際に血の沼を出現させ、酷く鋭い爪を持つ三つ指の悪魔のような巨腕を顕現し、壁を何度も思いっきり殴りつけている。
来螺の体中には血色の電光が走り、両腕も鮮血色に染まり禍々しいデーモンの腕みたく変形している。
来螺は体が魔に染まる程に強くなる特徴がある。その体が全て染まりきったのを未だかつて一度も見た事はないけれど……
「だめだ、物理は効かねえぞこれ。特殊な捕縛魔術かなんかだ」
来螺は静かな怒りのトーンで私達に言った。
「条件系か……ちょっと厄介ね」
強力な相手になる程、戦闘に厄介なルールの魔術を絡めてくる奴が多い。
「カスタム!!!!!」
災人が大声を上げ、召喚の名を口にした。
災人の体中からサジタリアスの原初の炎に近い色の魔圧が身体からシューっと音を出して燃焼する。そして、目の前に一体の存在が現れた。
「ブゴォ……キュルルル……ブゴォ……」
それは、口がスクリューのように回転している長細い四つ腕を持つ機械獣。機動力がとても高そうで、背骨、尻尾、四肢が柔軟で非常に鋭利。
災人の能力は絶大な身体能力と、一度自分が倒した相手を模倣し、その一部を融合させ、モンスターを作り上げて強化する事。その存在の名をカスタムと呼んでいる。
これは災人のみの能力であり、へバンが加われば、さらに超越的な身体能力と念動、先見、魔を束ねる王クラスのカスタムしたモンスター数体の顕現や、それ以下の軍勢の同時顕現も可能になる。ただし、災人による制御は不可能になり未知災の暴走が巻き起こる。
災人のモンスターが口のスクリューを激しく回転させ、そのまま壁に猛突進した。
「ギュイイイギュルルルルッッッジジジジジィッッッ!!!!!!」
激しい火花が散り、壁面の一部が抉れて少し回転したが、すぐに何事も無かったかのように修正された。
「ダメだ……」
災人は冷や汗を搔きながら言った。
やっぱ、あいつ呼ぶしかないか……私は一体のゾディアックサインを思い浮かべた。
そして、頭を抱える……
「とりあえず……二人共耳塞いで」
私は耳を塞ぎながら言った。
「は?」
二人は声を揃えて私に返す。
「いいから、そのままだと酷い悪夢を見る事になるわよ?」
私は真剣な声で言う。
二人は訝し気ながらも耳を塞ぐ。
じゃあ、いきますか。今日はあいつがマトモでありますように。
「アリエス……出てきてお願い。あなたの甘美な音色をここに響き渡らせて……深く深く深く……底すらも叫んじゃう程のがいいわ……」
私が詩のような呪文のような言葉を放った瞬間、鉄の檻の空間は至極不穏な異界の音色で滲み出した。




