諸君!ワンダフォーだよっ!っちゅ!
全く、いきなりのお出迎えね。
私は阪急西宮北口駅の巨大な構内の中、キャリーケースをコロコロと引いて迷いながらも脱出し、両親が用意してくれたタワーマンションへ向かっていた所だった。
しかし、その間の十分もかからない距離で禍々しい異形が私の前に突如飛来してきた。
スマートシティのような整備された歩道、周りを見渡せば、富裕層が住むような綺麗なマンションばかり。
そんな場所に、ラプトルという恐竜にカマキリのシルエットを混ぜたような、全身が刃物みたいに鋭利であり、さらには肉体が深紅という程に真っ赤で見るからに獰猛そうな異形が、猛烈な違和感としてそこに存在している。翼膜だけがやけに芸術的な雰囲気だ。
私は落ち着いた表情で日傘をたたみ、キャリーケースに立てかけた。そして、奴と面と向かう。
「お出迎えご苦労様」
涼しい風が私の雪白の肌を撫でる。
「クルルルルル……」
奴は、巨大な口をゆっくり開け、乱雑に生えた鋭い牙から、スライムみたいな唾液をドクドクドロドロと大量に流している。
周りの人は、関わりたくないと大人も男も全員逃げ出し、誰かが通報したのかサイレンが鳴りだした。きっとデーモン級と判断したのだろう。厳密にはこいつはデーモンの類ではないのだろうけど。
弱くはないだろうしその判断は間違いでは無い。世間一般的な見方での話だけれど。
私は前髪を整え、フランス製のクラシカルな古代紫のワンピースを風にたなびかせた。
こんな状況でもレトロな映画のヒロインみたく、可憐で気高く佇む私。
「ねぇ、見逃してくんないかしら?きっと戦うと、ばっちぃくなると思うの。あなたもばっちぃの嫌でしょ?」
宝石みたいな薄水色の右眼をきゅるるんと上目遣いでパチパチさせ、両手を顎に添える。
きっと異形ですらイチコロ。
「グルルルル……」
奴は、何かが気に障ったのか、少し前に、にじり出てきた。
はぁ……
目がハートになって、ひっくり返ってくれたら可愛かったのに。
で、お腹撫でてあげて、万事解決。みたいな……
でも、人生とは中々思い通りいかないものよね、面倒臭いけどやりますか。
私は息を大きく吸ってから、大声で叫んだ。
「魑魅魍魎退散!!!」
と、同時に奴の鋭利な巨腕が私の体を真っ二つにせんと繰り出される。
ひらりとバク宙し、鮮やかにかわす私。
陰陽師の真似をしてみたらビックリして逃げるかと思ったのに。っちぇ。
口を尖がらせ、ぶりっ子悪態。
奴は何故かわされたか不思議だというような顔をしている。
当たり前だよ、私の施設の子達なら今のなんてなんなく全員かわせるし、なんなら、君、既にもう負けてるよ。悲惨なくらいにね。
奴が呆気にとられてる隙に、私は白く細い指でそっと左眼の黒い眼帯を外した。
奴の目が私の宇宙みたいな黒い左眼を一瞬で凝視し、尚且つ数メートル後方へ急いで飛びのいた。
左眼の暗闇の内に宿る光が点滅しだし、地が揺れ、空気は震え、街灯はパンッと音を立てて弾けた。
ちょっと意気込み過ぎて力が溢れすぎてるみたい。
奴は体を低くし、大口を開けて威嚇している。
「君、何と戦いたい?」
私はピッと人指し指を奴に差して、飄々と言う。
奴は一瞬、体をビクリと震わせた。
私の左眼は、黄道十二宮を利用した召喚能力。
地球を中心に広がる星空を十二の領域に分けたものがゾディアックで、それらの各領域にある星々に住まう何処かの何かの存在を顕現する事が出来る。
それらは固定召喚で、私の能力値や感情の起伏で極稀に能力は変わる。進化という方が正しいか……?
その十二の召喚が一体そのエリアでどんな存在なのかは私にも分からない。
私は天にある星々に思いを馳せながら考える。
この相手なら、スコーピオかな?
私がそう心で思念すると、私の左眼が投影されたような暗い円形の映像が目の前に現れて、スコーピオの領域の星々が映しだされた。
それは、画像マップみたくどんどん拡大され、一つの星を映し出す。
その頃には眩い光と共に、一体の存在が強烈な魔圧と共にのそりと、その円から体を顕現しだした。
大きい存在程、出現に時間がかかる。急かす事もまぁできるけれど。
「逃げるなら今しかないわよ?スコーピオは洒落になんないからね。冗談抜きで」
私は奴に一応忠告してあげた。
なのに奴は、まだ自分が上かのように威嚇してきている。
円からは、奴が小さく見える程の怪物が、既にほぼ全身を出現させている。
二足歩行の鰐のような魔人。
自販機すら易々握りつぶすであろう四つの巨腕と、多数からなる蝙蝠みたいな翼膜、いにしえを思わせる図形が黒曜石みたいな真っ黒な身体に刻み込まれていて、まぁ、どうみても禁忌な存在。
「スコーピオほどほどにね、あたしこのあたりに住むんだから」
この石畳みたいな綺麗な歩道、気に入ったんだもん。壊しちゃだーめ。
スコーピオは聞いたか、聞いてないかよく分からない感じで、何処かの古い部族の民謡のような音を体の周囲に鳴らし、奴にゴーストみたく薄気味悪く近付いていく。
奴も明らかに恐れながらも、スコーピオに近寄りだした。
そんな、勇気いらないのに。
その時だった―
「サジタリアス!!!」
私が叫ぶと、瞬時に手元に黒い円が現れ、瞬く間に近未来的な大型光線銃がそこから顕現された。私はそれを両手で持ちながら高く跳躍し宙を舞う。
舞いながら、四方八方を完全に捉え、急激に感じた不穏な気配に意識を向ける。
あいつか……
十メートル程の仮面の異形だ。悪夢の遊園地みたいな世界があるなら、そんな場所の存在みたい。楽しさ優位の存在。楽しさの為なら手段を選ばなそうな下劣な感じがする。
その存在は、なんの生き物か全く不明であり、とても奇妙な顔をしていて、あははははっと不敵な笑みを浮かべ回転しながら魔術を唱えている。
大規模な魔術ね。
その攻撃がこの周囲にどのような影響をもたらすかを微塵も考えていないんだね。
あっちは任せていいかな?
私はスコーピオの方に意識を向ける。
地面の方からは、スコーピオとラプトルの異形が激しく争う音がしている。
このリズムは……スコーピオ、遊んでるわね。
私は宙で体を制御し、仮面の異形にサジタリアスの照準を合わせながら、躊躇無く引き金を引いた。
仮面の異形に向かって一直線に原初の炎を凝縮した強烈な閃光のビームが放たれる。
仮面の異形は攻撃魔術を即座に解除し、バリアに魔のエネルギー配分を徹底的に切り替えた様だ、それもそのはず、薄紫色のバリアにサジタリアスの光線が容赦無く突き刺さり、今にも打ち破ろりそうだからだ。
「無理、無理、これ原初の炎だし」
バリアを圧倒するように、貫こうと轟音を立てるサジタリアス。
私はサジタリアスの反動で地面に足をのめり込ませながらも、大きく一歩一歩、宙にいる仮面の異形に接近する。
今の人類の文明よりもっと太古の炎、まだ様々な色をしていて、純粋な魔のエネルギーの塊だった炎、それを凝縮して高出力に放つ装置がサジタリアス。
怪物ではないが、それに匹敵する秘武器。
「アーーーグエルベーーーダーーーデーーー」
仮面の異形は憤怒した感じで周囲の建物を揺らす程にそう叫んだ。
意味は分かんないって。
「不意打ちしようとしたあなたが悪いのよ!怖いなら逃げればいいじゃないの!」
大声出すのしんどい。
仮面の異形は、バリアを万華鏡のようにギラギラと変化させて展開し、本気を出している。逃げる気は無く、隙あらば私を倒そうとする魔圧が駄々洩れだ。
ちなみに、スコーピオの方はラプトルの異形の尻尾を掴んで引きずりながら宙を自由に飛び、余裕な感じでこっちを見ている。ジュラ紀かと錯覚する鳴き声が辺り一面に響いている。
「余裕あるならヘルプミー!!!」
私は巨大な光線銃を構えながら、女の子っぽくスコーピオに叫んだ。
ご主人様が苦労してんのに、あんな楽しそうに……当てつけかしら?
スコーピオは無表情で私を見ている。
「スコーピオは紳士さが足りないのよね、やんなっちゃうわ!もぅ!」
いい加減、サジタリアスを打つのも疲れてきた。というか、あの仮面の異形の怨讐みたいな魔圧が癇に障る。忌まわしい欲望がどうも受け付けられず吐き気がする。
もう、決めよっか。
「いいのーーー!?君、絶対負けるよーーー!?」
最後通告。
「シマーゾ!!!……ラングラングアデューラ!!!」
仮面の異形は、限界を超えたような様相で、バリアと同時に、先程の超巨大な魔法陣を空に出現させ激しい詠唱をしだした。
はい、一線超えました。
「サジタリアス。……フルバースト」
私が冷淡にそう唱えた瞬間、サジタリアスの光線は鮮やかな数々の原色を煌煌と輝かせた大きな光の柱となり、仮面の異形を一瞬で貫いた。
まさに、裁きの光。
仮面の異形はホログラムみたいにあっさりと宙にほどけていく。その顔には不敵な笑みは無く、悲しみの表情があった。
「言ったじゃん、逃げなって……」
小さな声で呟く私。
そして、スコーピオの方に目を向ける。
スコーピオは虚空で深く暗い翼膜をバタバタと羽ばたかせ、腕組みしてこっちを見ている。
ラプトルの異形の姿はもうそこにはない……
……
……
切り替えよ。
こんな暗い私、可愛く無いわ。
戦っても、みんなを照らすような美しさになんかなれないから、ここに来たのに。
なんでなのかしら……
切り替えましょ。
私は、スコーピオに向かって大きく手を振った。
そして二体の左眼の召喚に向かって言う。
「諸君!ワンダフォーだよっ!っちゅ!」
私はスコーピオとサジタリアスに投げキッスし、ウインクした。




