花畑に佇むは、赫の魔人。
わたしは祈るの。
あらゆるゾディアックの召喚が超越的なエネルギーによる救済を私にもたらす時、その黄道十二宮の領域にある銀河の星々達に。
その一領域さえも無限に広いのだけれど、今この瞬間、私と縁が繋がる奇跡を偶然だとは到底思えないから……
未完成の巨獣はサジタリウスの必殺的攻撃によって、燦燦と輝く光の渦に飲み込まれた。
激しく眩い光景をタワマン最高層よりもっと高い位置の上空から見下ろしながら、ふと、我に帰る。
このまま落ちたら死ぬわね……
「パイシーズ!!!」
私は、オーバーヒートし元の世界に帰ったサジタリアスから解放された手で、空に手を伸ばし、双魚のゾディアックサインの名前を唱えた。
スルスルと地上に墜落し、私の髪やおめかししたお洋服が猛烈な風圧にバタバタと靡く。
私は無抵抗に十字の格好で天を見上げる。
澄み渡る空に、バグのように現れた巨大な黒円。
そこから、一体の竜が飛び出した。
ジャラジャラと特徴的な音を放ち、想像を絶するスピードで私の落下速度を追い越し、下に位置する。
私は一瞬のすれ違うタイミングを見計らって、その竜の骨ばった背中の棘を最大限の握力を使って掴み、宙でぶら下がる。
「はぁー……助かったわー……」
そのまま、パイシーズのゴツゴツした銀白の体に、よっこらしょとよじ登る。
「ありがとね、パイシーズ。マジピンチって感じだったわ。そういえば、結構久しぶりだわね、元気だったかしら?」
私は滑らかな背中を撫でながら言う。
パイシーズ。
銀白の骨ばった体の巨竜。体長は二十メートル程あり、顔や尻尾というのは無く、鎖みたいな形状の変わった生き物。しかし、先端に大きな口だけはあって、イルカみたいなちょんちょんとした可愛い歯が生えている。
「カルルルルルルルル」
パイシーズは体を虚空で轟かせ、リズミカルな鳴き声を上げた。
「そう、最高じゃない」
意味は分かって無いけれど、「凄く楽しい事があったよ」と言っている気がした。
私は何の変哲も無い近代の市街地の上空を巨竜に乗って浮遊する。
地上の元四角形だった奴は、ほぼ壊滅状態にはなったが、小さな球体の筋肉組織みたいな形だけはとどめて、ふわりと浮いている。
私はパイシーズの背中をトントンと叩き、即座に地上に向かった。
「レシカちょっと離れてて!」
火蘭君が叫んで言う。
「オッケィ」
火蘭君は花畑の北側先端付近の地面に刺さるツタが絡んだ巨人聖剣を念動で引き抜いた。なんとなくあの剣を見ると、世界樹というスケールのイメージが頭に浮かぶ。
その刃先は氷みたく透き通ったクリスタル色で、荒々しく削って作られた様な原始的な剣。
火蘭君は手を握って腕を引き寄せたり、開いて突き伸ばしたりとジェスチャーして、その巨人剣を操作する。
赤い球体となった奴は、巨人聖剣をヒュッヒュと素早くかわして宙を踊っている。
「火蘭君、ホントに大丈夫!?」
手こずってるわね。パイシーズのブレスでさっと決めたいかも。
「大丈夫だってっ」
少し頑固な所がある火蘭君。
しかし、赤い球体はみるみる人型を形成していき、鮮血色の赫の魔人のような姿に変化していく。
恐らく、内部のドス黒いクリオネみたいなのを倒さないと、何度も再生する不死身タイプね……
火蘭君以外の四人も、今にでも自分がケリをつけようと前のめりだ。
その時――
赫の魔人は、軽やかにかわした巨人聖剣の柄をおもむろに両手で掴み、制御しようとし出した。
巨人剣に筋肉組織が絡みつき、どんどん様相を変える。
「レシレシ!!!私、やっていいか!!?」
ケバルライが叫んだ。
ヨゼも魔術で翼膜を生やし、ねっとりと漆黒が纏わりつくブレードを居合のように構えている。
「火蘭君!!一旦みんなに……」
私が声を上げると……
「待って!!!動かないで!!」
火蘭君は花畑、東の先端にパッと目を向けて手首を翻した。
濃い紫の長剣が一直線に奴に飛んで行く。
しかし、巨人聖剣に気を囚われていた奴も寸出でかわし、ほんの少し刃先がかすった程でやり過ごした。
赫の魔人がいよいよ、火蘭君の巨人聖剣をのっとり、花畑がやけ似合う赫の歴戦兵と化し、地上のみんなに一歩ずつ静かに近寄っていく。
女の子達と私が異常な危険性を感知し、一斉に飛び出そうとすると――
「動かないで!!!」
火蘭君は怒ったように大声を出しながら、片手を上げた。
みんなは正気なの?と火蘭君を見る。
赫の歴戦兵はそれでも平然と歩く。
火蘭君は何故か、奴に向かって少しも警戒を見せずに歩きだした。
やがて、二つの存在は握手出来るような位置でお互いをじっと見合う。
「カルルルル……」
パイシーズは奴の危険性を感じてか低く唸った。口からは銀のブレスが煙突の煙のようにじわっと漏れている。
赫の歴戦兵は巨人剣を手慣れたように振り上げる。
……
「火蘭君!!!」
私は即座にパイシーズの背中を叩く。
奴に向かって無表情で手をかざす火蘭君。
沈黙が流れた。
私は超特急でその場に向かっている。
が、何故か奴は腕を上げたまま動かない。
私はパイシーズの上で間近にその光景を息を止めて見ている。ジャラジャラと言う音だけが、花畑の上に響いた。
火蘭君が一言。
「君の再生能力は凄いけど、ヒュドラの毒には敵わなかったみたいだね……」
赫の歴戦兵は石像のように固まったまま動かない、それどころか、いつの間にか全身が禍々しい紫色一色になっている。
「どゆこと?」
私は火蘭君に尋ねる。
「あぁ、神話級の毒だね。あの剣、ヒュドラの牙で出来てるらしいんだ。勿論本物のヒュドラが吐く毒には足元にも及ばないだろうけど。それでも威力は……文句無しかな。先生には使うなって言われてるんだけど」
「……そんなデンジャラスな能力もってたんだ……じゃあ、もうこの敵は……」
「うん……内部の奴も含めてね」
私は火蘭君にもこういう側面があるのだと知って、少し変な気分になった。
「ヒュドラの牙なんて……あなた何者ですの?」
テリオルが極度の不安にも似た表情で聞く。プリオルは反対にほわーっと勇者様でも見ているみたいだ。その時、ケバルライは選別するような冷酷な目をしていた。
「別に普通だよ。……普通の人間さ」
その言い方には、なにか悲しみのような感情が混じっている気がした……




