あなたが素敵でなければキスなんて絶対に一度もしてないわ。
「レシカ……正直、君が羨ましいよ……」
火蘭君は、バレエ教室みたいに広々としたフローリングが輝く私の部屋でちょこんと座り、ちょっと引き気味にゴージャスな部屋の内部を見渡している。
「同意するわ、火蘭。悔しいけど、この眺め、うっとりしちゃうものね」
ヨゼは巨大なガラス窓に映る、西宮を一望する夜景を眺めながら見惚れるように言った。くたびれたような浮世離れした眼つきがとても色っぽい。
「そんなにかしら?」
私はソファー前のテーブルの上に、二人に入れた飲み物を置きながら言う。
一見、自然なもてなしムードを醸し出しているけれど、この時点で私の頭の中は卑猥な妄想で溢れかえっていた。
二時間程前の極度な精神的負荷の反動と、それから見事に救ってくれた、この美しき二人の事がどうしても欲しくて堪らない。「三人でお風呂に入らない?」と言う、異常な発言をいつ言おうかずっと迷っているくらいだ。
無理でも、最悪ちゅっちゅは譲れないわ。
この二人はもう絶対に逃がさないんだから。
あれ?私、人としてヤバくない?
「ところであんた、なんで脱走なんかしたのよ?」
ヨゼがソファーに深く腰をかけ、飲み物を手に取り「ありがと」と軽く言いながら問いかけてきた。
え?
「ヨゼが言うセリフじゃ無いんじゃないかな?」
火蘭君は苦笑いでそう言って、ヨゼとは間隔をあけてソファーに座った。
細く白い足を上品に揃えている。
「まさにそうよ!私は……ちょっと色々思う事あっただけなの」
私は二人の間に強引に座る。火蘭君は恥ずかしそうに私から遠ざかった。
背中を掴んで引き寄せる私。
「思う所ねぇ……私の真似だったり?」
正直、ちょっと感化されたけど、真似って言われると意思が無いみたいでムカつくわ。
「違うわ。私の方が先よ!」
支離滅裂な言い訳が口から出た。
「それは無理あるよレシカ」
火蘭君は、キュルキュルなお目目を髪の間から覗かせ、まぁまぁと私をなだめる。
すると、ヨゼがクスっと笑った。
「なんだってーぇ???」
私は火蘭君の肩に強引に手を回し、顔をグッと近づけて、大きく目を見開く。
「イタッ!離せレシカ!馬鹿馬鹿馬鹿!」
顔を紅潮させながら、ポカスカと私を軽く叩いて反抗してくる。
少女みたいな声の癖に、無理矢理に男らしい言葉吐こうとしてるのがいつ見ても滑稽だわ。
「あっバカとかいうんだ?レシカちゃん幻滅かもーーー」
私がそう言うと、火蘭君は急激に青ざめてしゅんとした。
「ご……ごめん……レシカ。全然……馬鹿じゃない……」
それでいいんだよ、私の事好きな癖に。
「調教されてるわね、火蘭」
ヨゼがじっとりした目で火蘭君を見て言った。いくらヨゼでも、このエンジェルショタボーイは渡さないんだからね!
「そんなんじゃないよ……」
火蘭君、「そんなんじゃないよ、好きなだけです」でしょ?
まだまだね。
あ、そう言えば、ヨゼいつの間にか翼消えてるじゃないの。
「ヨゼ?そういえば、あの時の羽なんだったの?あんな技持ってたっけ?」
私は火蘭君の耳をねじねじしながら言う。
「あぁ、あれね。翼のデーモンを倒して得た能力よ。そう、それよ。それに関して物凄く大事な事があって、私はあの場にいたってのもあるのよ……」
わざとらしく、思い出した風にヨゼは言った。
そっか、ヨゼはデーモン種を倒してその能力の一部を獲得できるんだったんだわね。って事は、逃走の際、引きずって連れ去ったデーモンは倒したって事ね……
よく考えれば、デーモンって特殊よね。明らかに敵意あるやつ多くて、異形とはまた違う存在って感じだし。しいて言えば、闇の存在って感じ。
「へぇー便利になって良かったわね。で、物凄く大事な事って?」
私はなんとなく聞いてみた。
「ボクも空飛んでみたいなー」
火蘭君が偶にみせる普通の男の子みたいな瞬間、萌えるわ。
私は火蘭君の耳をねじねじしていた指先の場所をチェンジして、うなじあたりを撫でてみた。もはやセクハラで訴えられるかもしれないわ。言い訳でも考えとくかしら。
「ふぃっ!こしょばいよぉ……」
火蘭君は紫の髪をブンブン振りながら瞳を潤ませて、もじもじの嵐。
そんないつもの茶番をしてる間に、ヨゼはソファーから立ち、いきなり衝撃的な行動をとった。
唐突に完璧な土下座。
私の足元で、これが謝罪の頂点という程に、ちんまりと収まって座り、頭を地べたにくっつけている。
「ちょっと!!!ヨゼ!!!」
「えっ!?どしたの?」
私と火蘭君は大慌てで、ヨゼを立たせようとする。しかしヨゼはビクともせず、そのまま冷静な声で語り出した。
「お願いします。古王レシカちゃん。どうか私を助けて下さい……」
えーーー……なに……なんでちゃんづけ?
こんなヨゼ見た事無い……
「え???ホントどしたの???ギャグかなんかかしら???」
「いいえ、私は大真面目よ。私は……途轍もない大失敗をしてしまったの……」
ヨゼは程よく肉感のある滑らかな白い肌の躯体を小さく折りたたんで無念のような声をひねりだした。土下座なのに大胆なプロポーションだわ。ショートパンツって罪ね。
「大失敗?」
火蘭君は無意識にヨゼの肩に手を添えてあげている。
「ええ。私はデーモンと言う存在や自分の能力について、昔からずっと色々と考えていたの。何故あれらが、あそこまで他の異形とは異なっているのか、何故、そのデーモンに特化した能力を私は持つのかを……」
「うん……」
確かにそれはわかる。でも、人の思考の及ばぬ話のような気もするわ。
「それで私はある日ふと思ったの。下級や中級のデーモンで知性の優れた奴を捕まえて吐かせれば、何か凄い秘密が分かるんじゃないか?って……もしかしたら、ほぼ出くわす事の無い、魔を束ねる王にだって辿り着けるかもしれない。そうなれば、きっと想像も出来ない真実を知ることが出来るだろうし。もっと上手くいけば、その魔を束ねる王を私が倒して別次元の能力を手にする事で、デーモンに関する人類の常識をひっくり返せるかもって……」
安易だわ。あなた以上の人間がいるのに、それをやってないのはきっと意味があるからだろうに……
「大胆な発想だね……」
火蘭君の表情はとても神妙に変わっていた。
「その考えは分かるし、私も似たような事は考えるけれど、相当危険な話よね……」
私はヨゼの意思は否定しなかった。だけれど、手を出してはいけないラインを超えていると、馬鹿な私ですら分かる。
「ええ、私は自分を過信していたわ。何かあってもどうにかできると。その過信の気持ちのまま、私は施設から討伐依頼を受けたデーモンを連れ去って、軽く拷問したり罵しったりして、親玉の居場所を吐かせようとしたの」
先生曰く、組織的なデーモンもいるって授業で言ってたものね。
にしても、とても嫌な予感がするわ。やっている事は異形と人間の間にある無関心という重要なルールを明確に無視しているもの。
今日の私の件の場合、そのルールを無視したあのUFOが結局裁かれる運命になったし。
「えぇ……それで……どうなったのかしら?」
私は恐る恐る聞いてみた。
「作戦は成功したわ。デーモンは暗い倉庫の中で転移魔術を展開したの」
「転移魔術……禁術だね」
火蘭君の顔がより険しくなる。
「ええ。私も驚いて転移魔術を解除する為に奴を急いで討伐しようとしたわ。でも遅かった……」
ヨゼの呼吸が荒くなっている。
「遅かった?」
私は聞き返した。
「私はその空間から異世界をみたの。地球に似てるけど、かなり荒んだ砂ばかりの星だったわ。陽射しも赤みがかっていて、きっと過酷な世界だろうと簡単に想像がついた……」
「繋がっちゃいけない世界……」
火蘭君は授業で習った言葉を呟きながら、ヨゼの頭を撫でだした。既にヨゼは涙を瞳に溜めている……
「それで……何かいたのかしら?」
私はきっとそうなんだろうと思いながらも確認するように聞いた。
「えぇ。最初はいなかったんだけれど、酷く淀んだ雲の間から降りて来たわ……」
「なにが……?」
火蘭君は即座に聞き返す。
「物凄く大きかったわ。高層ビルみたいにね。羽があって、それを広げると空が覆われてた……全身が鮮やかな血色で、今思えばあの世界の陽射しの色と言うより、あいつの色だったのかもしれないわ……」
「得体が知れないわね……」
単純に考えて、怪獣サイズのデーモンがいたら、それは理外の強さだろう。
この星の規格では測れないレベルかもしれない……
「ヨゼ……それで、その転移魔術はどうなったの?」
火蘭君はヨゼの顔を覗き込んで、冷や汗を垂らしながら問いかけた。
「……」
ヨゼは無言で固まる。濃い青色の瞳には恐怖の色が揺れていた。
そっか。
そう言う事ね。
「開いたままって事ね」
ヨゼはほろりと涙を流しながらコクリと頷いた。
きっと、さっきまではこの秘密を抱えて胸が張り裂けそうだったのね……
「ごめんなさい……わたし……逃げっちゃった……」
……
「ヨゼ……」
火蘭君は私の顔を見た。
「一つ聞いていい?」
私はヨゼに問いかけた。
「ええ……」
「あなたは、自分の目的の末に何を達成しようとしたかったの?分かりやすく言って頂戴」
ヨゼは俯きながら必死に考えた後、ゆっくり口を動かしだした。
「わたしは……ただ……一番になって……みんなに褒められたり好かれたかっただけ……かも……しれない……ホントにホントにごめんなさい」
私達と言うより、神に懺悔しているようだった。
「そんな事しなくてもヨゼは凄いってみんな思ってるよ……?」
火蘭君がそう言うと、ヨゼはしくしくと泣き出した。
「火蘭君の言う通りよ。あなたが素敵でなければキスなんて絶対に一度もしてないわ、私」
ヨゼは嗚咽を漏らす。そして、私は続ける。
「それで、あなたは私にどうして欲しいのかしら?」
肝心な所だわ。言いようによっては断る、私の手に負えない話だもの。
ヨゼはギュっと目を瞑り意を決したように言い出した。
「お願いします……この星を救って下さい。古王レシカちゃん……」
うん。下手に出る時、ちゃん付けする癖があるわね。萌えるわ。
この星を救ってかぁ……
いつかは、銀河を照らすんだから、まずは小さな一歩から頑張るって考えもありかもね。
「リターンは?」
私がそう言うと、火蘭君が「えっ!信じらんない!仲間の頼み事なのに!」って顔をした。
「私の全てをあなたにあげます」
ヨゼは躊躇無く言う。
「足りないわ」
……
「ちょっとレシカ!みんなで協力して助けてあげようよ??」
火蘭君が少し私を責めた。
「協力してあげるんだーやっさしぃ……だってヨゼ。おまけもつけれるんじゃない?」
ヨゼは懇願する顔で火蘭君を見る。
「え……」
火蘭君は戸惑いの色を目に宿す。
「火蘭……」
ヨゼの青い瞳が火蘭君を捉える。
「そ……そんなぁー」
「あれ、体裁の良い事言ったけど、やっぱ上辺だけ発言だったのかしら?」
「違うよ、ボクはホントに……」
「火蘭……頼む。あんたの言う事もなんでも聞くから……」
ヨゼは火蘭君にひっついて、耳元付近で熱のこもった声を出す。心なしか胸もくっつけている。
「火蘭君、ヨゼみたいな弩級の可愛い女の子がなんでもいう事聞いてくれるなんて、
そうそうある事じゃないわよ?色々想像してごらん」
THE悪魔のささやき。
火蘭君は透き通る優しい瞳で、一瞬、ヨゼの唇と胸を見た。意外とえっちぃんだよなこの子。
「……じゃあ、ボクもちょっとは……捧げ……るよ……仲間だからね……あ、でもホントにちょっとだけだよ?」
よしよしよし、UFOキャッチャーでダブルゲット出来そうな気分だわ。
「ちょっとぉ???」
私は火蘭君に詰め寄る。
「火蘭、一生のお願いだ。私、実はお前の事結構タイプだったんだ。だから……ホントに……ホントに尽くせるよ?」
ヨゼ……あなた意外と面白い子だったのね。
火蘭君は興奮して少しおかしくなり、指を折り曲げて何やら数字を計算し出した。
そして――
「レシカ……ボクも全てを捧げるよ……」
ふふふふふふふふ。
「はい!決まりね!」
私が口角をにぃーっと上げると、火蘭君は一瞬で顔面蒼白になった。
「待って待って待って待って待って!!!!!」
「待ちませーん!!!あーーーはっはっは!!!」
魔王?
上等じゃないの。
私の愛しい人達がいるこの世界になんて、指一本触れさせやしないわよ。




