5-76『終幕』
神とそう自称した男の声は竜巻の上から聞こえてきた。
それは徐々に徐々に消えて行き、声の主がまがまがしい輝きを放ちながらゆっくりとゆっくりと降りてくる。
神というにはあまりにも人間らしい、そう言わざるを得なかった。大きなコートを羽織ってフードをかぶっている。
だが、そのフードから見える目は随分と凶悪だと感じた。吊り目の中に見える瞳はこちらを刺すよう。
その眼光に見つめられるだけで全身がすくみ上る。
全身が、目の前に存在するソレにおびえている。上位存在であるということを感覚的に認めてしまっている。
「――――」
声が出てこない。
どんな障害があらわれようとも絶対にマナを助けるって決めたはずなのに、体が動かない。恐怖、それしか考えられなくなっている。
「まぁよい。魔王を封印してくれたうぬらの功績に免じ、特別に名乗ってやろう」
静かにそう言った神は一泊置いて名乗った。
「俺はデザトール。大昔のニンゲンらには邪神と呼ばれていたかな」
「じゃ、しん?」
恐らくその名を知らないものはこの世界に存在しないだろう。
もう何千年もその姿を見たと言う人は現れていないが、伝承としてずっとずっと語り継がれている。絵本にもなっていて、邪神の脅威を幼少の頃から伝え聞かされることが多い。
六大邪神、その一柱、【邪竜】デザトール。
風を操り、ありとあらゆる物を無に帰す暴力的な邪神だ。それに遭遇してしまった人は決して生きて帰ることは出来ないとされている。
それがまさか、今俺たちの眼の前に立っているとでも言うのか?
だが、この圧倒的な力は邪神だと言われると納得できるところがある。
これは人間が敵うような相手じゃない。下手に動けば――死ぬ。
「なぜ、今出てきた。お主ら邪神は何千年も姿を表さなかったはずだ」
「魔王と勇者」
「む?」
「魔王と勇者の二人ならば俺たちに通用してもおかしくない力を持っていた。勇者の持つ神剣『リリウム』、そして魔王の持つ魔剣『ノヴァ』。この二振りは元々、俺たちの事をよく思っていない神どもが作りし与えた下界には過ぎた力なのだ。思わなかったか? この二つの武器だけ特殊であると」
魔剣……もしかしてさっきマナが手に握っていたあの剣の事か?
あれはマナの消滅とともに消滅してしまった。
魔剣『ノヴァ』の性能がどれほどのものなのかは知らないが、確かに神剣『リリウム』に関しては魂を斬ることが出来ると言うとんでも性能をしている。
そんな性能を誇る武器は後にも先にもあれだけだと確信出来る。
そういう事か、いま出てきた理由、それは恐らくマナが居なくなったからだ。
マナが居なくなり、魔剣『ノヴァ』を扱える人が居なくなったからこそ出てきたということか? だが、それでも解せない。
まだ勇者がこの世界に残っているだろう。
「うぬの考えは概ねあたっている。俺は今、魔王の消失を感じ取ったからこそ出てきたに過ぎない」
――心が読まれた!?
「うぬはどうして勇者が残っているのに出てきたのか、だったな。うぬ、その考えは本気なのか?」
「――っ!」
「本気で、うぬは、あの勇者が俺に勝てると、そう思っているのか。以前の勇者ならばいざ知らず、うぬは本気でそう思っているのか?」
圧が凄い。
グイッと俺に顔を近づけ、瞬きを一切すること無く鋭い眼光を突きつけながら言ってきた。
普通の精神力だったらこれで失神してしまっていてもおかしくない。俺の考えがどうやらデザトールの地雷に触れてしまったらしい。
確かに、今のユイを見ていても、この圧倒的な存在感の前には成すすべはないだろうとは思ってしまうが、ユイの成長速度を見ていると、ここから成長したらもしかするとと思ってしまう。
「――で、その邪神さんがなぜ今現れたんだゼぇ。ここに来たということは、なにかやることがあるのだろウぅ」
「そうだな、俺のやること。いや、俺たちのやることと言ったほうが良いか……ふん、俺は気に食わないのだ。うぬらが生きている、そのことがどうしても許しがたいのだ。あの忌々しい神共が作り出し、寵愛を向けているうぬらが生きていることがどうしても耐え難いのだ。面白くない、実に面白くない。だから、俺たちはうぬら下界の者を――ミナゴロシにすることにした」
「――なっ!?」
「そして、この世界に俺らが作り出した新たなる生命を繁栄させる。争いと殺しの世界を作り上げる。今の世界は実に平和過ぎる。もっと争いあったほうが面白いと、そうは思わないか? だから俺は一度この世界をリセットして作り直すことに決めたのだ」
デザトールの口角が僅かに上る。
その瞬間、俺たちは明らかな敵意を感じ取り、全員臨戦態勢に入る。今の俺たち全員が共闘したところで勝てないかもしれない。だけど、それが抵抗しない理由にはならない。
こいつの思想はヤバすぎる。一度この世界をリセットするだって? 全ての生物を死滅させるだって?
そんなこと許してたまるか。俺の大切な人たちも、この王国に住まう全ての人々も等しく殺されてしまうというのは絶対に耐えられない。
ここまで頑張って人類が作り上げてきた文明を全て破壊するというのは決して許してはいけない。
邪神? そんな事は知らない。
俺たちは俺たちの世界を守らなければ行けないんだ――
「ほう、やるというのか、この俺とやり合うというのか。意外と骨がある者たちがこの場には揃っているらしい。この俺の力に当てられ、まだ立ち上がる気力があるとは――」
「当たり前だゼぇ。魔王様が愛したこの世界を破壊させるわけにはいかないゼぇ」
「うむ、魔族とは初めて意見が合致したような気がするが、この世界は、人類はお主らの享楽の為に存在しているわけではない。お主にはお引き取りいただこう」
「あぁ、俺は守りたい人がたっくさんいるんだ。ここから無事に帰って、『ただいま』と言わなければいけない人たちが居るんだ。帰ってもらうぞ、邪神っ!」
「威勢だけは良いようだ。特にそこのうぬ、怯えているな?」
見透かされている。
今、俺が虚勢だけで立っているということがバレている。だけど、ここで俺が逃げてしまったらどうなる? あとはこの世界が滅ぼされるのを待つだけだ。
そんな未来は絶対に許さない。
「では、そんなうぬらにはとっておきの死を与えてやろう。この俺に立ち向かったうぬらへの最大限の敬意と捉えてもらって構わない。冥土の土産にでもするが善い」
デザトールは左手を上空へと翳す。
その手からは膨大な魔力が溢れており、強烈な瘴気の暴風によって俺たちは吹き飛ばされそうになって全然近づくことが出来ない。
これは、さっきの竜巻とは比べ物にならない。笑い話にもならない。
冗談じゃ、ないっ!
「その目に焼き付けるが善い。これが邪神の魔法――『神風』」
上空に出現する積乱雲。その大きさはもしかするとこの魔王領全体を覆い隠している程なのかもしれない。
程なくして上空より凄まじい風圧のハリケーンが降りてきて翳しているデザトールの左手を飲み込んだ。
動けない。気を抜いたら押しつぶされそうだ。
「あ、ぐ、ぐぅっ」
動け、動け俺。動かないと死ぬぞぉっ!
「さらばだ勇気ある者たちよ」
左手が振るわれた瞬間、俺たちに向けてハリケーンが解き放たれた。上空より降りてきたハリケーンはデザトールの腕を基準に直角に曲がり、俺たちを押しつぶし、全てを破壊し尽くさんとばかりに迫ってくる。
察した。これはもうダメだ。
全てが終わりだ。これにはどう足掻いても勝つことは出来ない。どう足掻いても逃げることは出来ない。
――あ、死んだ。
「『空間大震』」
ハリケーンが直撃する寸前、空気が強烈に振動したのを感じ取った。
その威力にはとてもじゃないが逆らえない。俺たちの身体は振動によって浮き上がった。浮き上がらされた。
たった一人の人物――エルダック・ヴォラキュリアを除いて。
「エル爺っ!」
ただ一人、地面に大槌を叩きつけ、満足げな表情でそこに立つエル爺。
俺たちの肉体は宙を舞った事によって直撃を避ける事ができたが、全てを破壊し尽くさんとする爆風によって俺たちの身体は更に吹き飛ばされてしまった。
俺はいったいどこまで吹き飛ばされるのだろうか――
エル爺は助けてくれたのだ。俺たちが逃げることが出来るように。あの場ではどうしようもないと判断して――
「エル爺ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
俺は叫んだ。
きっとあの威力にはどう頑張っても耐えきることなんて出来ない。
それはエル爺にも分かっていたはずだ。だけど、それでも俺たちを逃がすためにあの場にただ一人残った。
エル爺は託してくれたんだ。きっと俺たちが将来、邪神を倒すことが出来ると信じて。
「わかった、エル爺。俺が、俺たちが必ず邪神を倒してみせるからぁぁぁぁぁぁっ!」
俺は吹き飛んだ。
どこへ飛んでいっているのか全くわからないが、とにかく吹き飛んだ。
それはそれは遥か遠くの地へ飛ばされることだろう。だが、絶対に俺は仲間を集結させて、邪神を全員撃破する。
――だが、今は限界だ。
ネムナとの戦いで力を使いすぎてしまったし、何度も何度も『破壊の一撃』を使用した俺の拳はボロボロだ。
意識が薄れていく。もう抗えない。
絶対に、おれは、あきらめ――
そこで俺の意識は深い闇の底へ落ちた。
☆☆☆☆☆
「たった一人残ったか。天晴だ。うぬのその心意気、気に入った」
エルダック以外の全員がどこかへ吹き飛んだ後、デザトールは眼の前で息絶えているエルダック・ヴォラキュリアを見下ろしながらそういった。
最後、ほんの少しだけ魔力をひねり出して皆を逃がしたは良いが、この一撃から自分の身を守れるほどの魔力は残されていなかったのだ。
だが、意外と綺麗な遺体となっていた。
もう目を開くことはない、もう動くことはない。ただただ、そこに大槌を杖代わりにし、たったまま力尽きていた。
「デザトールさん、どうするんすか? 気に入ったって、この人、もう死んでますよ?」
「うぬならどうとでも出来るだろう。うぬの眷属にでもし、有効活用すればよい」
「ま、そういうと思いましたけど」
突然デザトールの真横から出現した女性。露出度が異常に高く、一見すると痴女だと思ってしまうことだろう。
デザトールの発言に軽くため息をついた彼女はツインテールの桃色の髪の毛を書き上げると、ゆっくりエルダックへ近づいていき、そして――
リリウムについての話が出てきて、以前のメルバードとの話で食い違いが生まれていますが、メルバードが言っていたのは所詮は伝承ですからね。
デザトールが概ね正しいです。
そして、これにて第五章終了です!
いやぁ、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。次は六章というわけなんですが、次回一つだけ5-EXを投稿します。
それで本当に五章完結です。
やっと賢者のカルマの本筋に触れることが出来ました。
そうです、賢者のカルマというのは邪神を討伐するための話なのです。
今までのは全部序章だったというわけですね。まぁ、色々と関わってきては居るのですが、そこら辺の話は追々。
で、次回が終わったらまた暫く休載します。
六章プロットの詰めと、公募用原稿の執筆、それからハーメルンに投稿している東方妖滅録の溜め書きもしますので、お時間ください!
一年まではおまたせしないようにします。半年以内に投稿できればな〜と考えていますので、どうぞお付き合いください!




