5-75『邪道』
「お主を人類の敵と見做し、世界から排除する。『マナ・デストラーラ』」
エル爺のその言葉が紡がれた直後、マナの姿が消滅した。粒子状に分解され、その粒子がエル爺の手に持っている魔道具へ吸い込まれたように見えた。
俺は、間に合わなかった。
マナを助ける。そう意気込んでここに来たが、結局俺はまた救うことが出来なかったのだ。
「あ、ああ、あああ」
頭が真っ白になってしまった。
目の前に手を伸ばすが、その手は何もつかめない。もうすべてが手遅れだった。
何も救えない。何も助けられない。
どうしていつも俺はこうなのだろう。助けたいと思っている相手を助けることが出来ない。
俺のこの手はいつも取りこぼしてしまう。
俺はその場に崩れ落ちてしまった。
「俺の、せいだ」
そう、俺のせいだ。
俺がもうちょっとうまくやれていたら、俺がもうちょっと強ければ、もしかするとマナを助けることが出来たのかもしれない。
でも、それはもう後の祭り。過ぎ去ってしまった時間はもう戻ってこない。マナが消滅した、それが全ての答えだ。
エイフィルの時だって俺は危うくユイたちを喪ってしまう所だったし、オルターンでだって……。
俺はいつも自分一人では何も守れていない。何も助け出すことが出来ない。
俺は……俺は……俺は……弱いっ。
オルターンでのマナを思い出す。
あの時のマナは人間に対して随分と好意的に見えた。そして、街を観光するマナのその姿は本当に年頃の少女のように見えたんだ。
純粋に今を楽しんでいた。人類に仇為す存在には全く見えなかった。
どうして、どうしてマナが殺されなければいけないんだ。
……いや、すべては俺が悪いのかもしれない。
俺が余計なことをしたのだ。
下手に魔王と勇者の仲を取り持とうとして勇者パーティーと魔王軍、その両方に入ってしまったからすべての歯車が狂ってしまったのかもしれない。
そうだ、俺が全部悪い。もし俺が余計なことをしなければもっと別の結果になっていたのかもしれない。
俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が、俺が――
「あ、がぁっ」
打ちひしがれているところに強烈な衝撃が走り、俺の肉体は宙へ投げ出され、地面に叩きつけられる。
痛い。
ちょうど構えていなかったせいというのもあるが、魔力が上手く制御できないせいで、防御力もくそもない。
「なん、だよ、これ」
俺は肩を抱きしめる。
にじり寄ってくる少女、俺を今風でぶっ飛ばしてくれた少女にかまうことはせず、ただただその場で身を小さくし、肩を抱きしめる。
魔力の制御ができない。
魔力とは精神力だ。メンタルが崩れてしまえば魔力の制御は困難になってしまう。
魔素に魔力回路が破壊される理由も実はこのメンタルが関係している。魔素に当てられると体調を崩し、そしてだんだんと恐慌状態に陥りやすくなる。
今の俺はマナを目の前で喪ったショックにより、メンタルが崩壊している状態だ。このままだと暴走する。
抑えろ、落ち着け、どうにか、どうにか抑えるんだ。
だが、そう念じてもそう簡単に抑えられるものではなくて――
あ、ヤバイ。これは、だ、め――
「エシュドぉッ! まだ戦いは終わッてないゼぇッ! 今、魔王様ッはあの魔道具の中に吸収されたッように見えたんだゼぇッ! きッと俺は封印の魔道具ダぁッ! どうやって解除するのかは皆目ッ見当もつかねぇが、とにかく魔王様は生きているはずなんだゼぇッ!」
魔王様が、生きてる?
「全力であの魔道具を奪い取るんだゼぇッ!」
ガイアの必死の声。
声色から分かる。ガイアも今自分で言ったことに確信は持てていないのだろう。
おそらくこれはガイア自身の願望でもあるに違いない。マナに生きていてくれと、願っている。ただそれだけの状態。
本当にあれを奪い取ればマナを復活させられるのか、そんなことは誰にもわからないし、それが無駄になるかもわからない。
だけど、現状、それに縋るしかないわけだ。そして、それは俺も同じだ。
あれを奪えばいつか、マナを復活させられる。そう信じて、俺は戦うしかない。
縋る。誰かがこの考えを保証してくれるわけじゃないが、都合のいい考えに縋る。
そうだ、まだマナを助けることが出来る。まだすべてが手遅れになったわけじゃない。マナをまだ、救えるんだ。
取りこぼしたわけじゃない。救い出す途中なだけだ。
「……分かった、ガイア。俺、やるよ」
縋り先が見つかった。
とりあえずその未来に向けて進むことが出来る。それだけでちょっと心の余裕というものが出てきた。
完全に手遅れになったわけじゃないって。まだマナを助けられるんだって。
魔力操作が安定してきた。動ける。まだ、俺は戦える。
まだ俺の身体は倒れちゃいない。まだ俺の身体は限界じゃない。
「賢者カルマ・エルドライトの底力、なめんじゃねぇぞ! 俺は、まだ、立てるぞ、ゴルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
俺はもう、何も喪いたくない。
立つ、立って叫ぶ、吠える、絶叫する。
弱い犬ほど良く吠えるとは言うが、それは俺の事だ。俺は弱いが、強く見せるために、まだ希望を失っていないと主張するために喉が裂けるまで叫ぶ。
ガイアがケルドを蹴り飛ばし、エル爺へ駆け出す。それを見て俺もエル爺へ駆け出そうとするが、その前にネムナが立ちはだかった。
その手には風の玉が形成されており、俺の行く手を阻む気満々と言ったご様子。
「かっくん、今は私と戦ってるんだから、他によそ見をするのは許さないよ」
「違う! 俺にはお前と戦っている時間なんて無いんだ」
「そう……じゃあ、ちゃんと教育してあげるね」
ここまでネムナは聞き分けなく、俺の言葉を聞かない少女だっただろうか。
むしろ内向的で、自分の意見は表に出さず、常に他の人の意見に譲っているようなイメージのある物静かな少女だった。
だが、今はどうだろうか。自分の意見を押し通し、俺を好きだという割には俺の話を聞こうとしていない。
そもそも、彼女の行動がここまで活発的というのもおかしい。彼女の身に何があったのかはわからないが、俺の身勝手な行動が彼女をここまで変えてしまったのだろうかと考えると非常に心苦しい。
俺の知識では彼女はこんなところに来るような性格じゃなかったはずだ。もしもここにゼルドガルが居るならば、一緒に来るかもしれないが、ゼルドガルが居ないのに一人単独でこんなところに来ているというのもおかしい。
もしかすると今、彼女は俺への怒りに飲まれて正気じゃないのかもしれない。
だとしたら、もし彼女を正気に戻すことが出来ればネムナに話を聞いてもらうことが出来るようになるかもしれない。
だが、どうやって? どうやって彼女の怒りを鎮める? いや、そんなこと無理だろう。
どんな声をかけても彼女は全然俺の言葉を聞いてくれなかった。だが、彼女を突破するのがこの状況での必要条件。
そのためならなんだってやってやる。誰が俺のことをクズだと罵ろうとも、俺は俺の目的を達成する――
「さぁ、さっさと私のものになって――」
「悪い、ネム」
ネムナは手にある風の玉を俺に叩きつけてきた。だが、俺はそれをあえて回避することなく、魔力で防御をし、受けた。
衝撃が腹を貫く。思わず膝をつきそうになってしまうが、俺はそれをすんでのところで堪え、更にネムナに肉薄した。
ネムナは目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。
今から俺の特大の攻撃、主にパンチが飛んでくるのではないかと身構えたようで、魔力の流れを読むに、防御の体制に入ったようだ。
悪い、今から俺がしようとしているのは、そんな防御すらも貫く俺渾身の一撃だ。
俺が好きだという感情が、正気じゃないことによるものなのか、はたまた本心なのかはわからないが、俺にはこれしかネムナを正気に戻す方法が見つからなかった。
瘴気に戻ってくれればネムナは基本俺の話を聞いてくれるはずだから――
だから、ごめん。
「――――えっ」
直後、ネムナは呆けたような表情を浮かべた。
おそらく何をされたのか理解できなかったのだろう。だが、すぐに状況を理解し、ネムナはその日に焼かれていないであろう真っ白な肌を赤く染めていく。
俺は――ネムナの頬に口づけをした。
怒りがトリガーで正気を失っているのだとしたら、別の大きな感情で上書きをしてしまえばいい。そう考えたのだ。
俺の考え通り、ネムナの表情はだんだんと羞恥に染まっていき、目をぐるぐると回し始める。
「ネムナ、ごめん。俺が悪かった。何の相談もせず、勝手に居なくなってっ!」
「え、は? え――きゃうっ」
「きゃう?」
「……きゅうううううううううううううううううう」
「ネムナ? ネムナっ!」
どうやらネムナのキャパシティーを超えてしまったらしい。
目を回してそのままネムナは倒れてしまった。慌てて受け止めたが、ネムナは反応を示さない。
この分なら当分は目を覚まさなさそうだ。
俺の考えていた結果通りとはいかなかったが、ネムナが気絶してくれたならありがたい。
色々と俺の行動はダメだったと思うが、今俺はこの道しか思いつかなかった。だから、改めてネムナに謝罪を口にし、ゆっくりと地面へ卸してエル爺へと向き直った。
見てみれば、ガイアがエル爺に『土塊豪拳』を打ち込み、受け止められているところだった。
そこにケルドが迫ってくる。
そうだ、ネムナが居なくなってもエル爺から魔道具を奪うにはケルドという障害も存在する。
覚悟はもう決まっている。
全てを敵に回してでもマナを救い出して見せるから――
「『嵐脚』」
「ちょっ、僕はあんたの相手はしたくないんすけど!?」
俺が足を振るうとケルドは慌てて『土壁』を発動するが、その程度の壁で俺の蹴りを止めることは出来ない。
俺の蹴りは『土壁』を破壊する。と、同時に俺は更に踏み込み、拳に全ての力を集約し、それをケルドに奮った。
――『破壊の一撃』
「ちょ、それを止める術は僕には持ち合わせてないんすけど!?」
ここからケルドが防御する術など存在しない。
俺の拳は見事ケルドの顔面に直撃し、そのまま殴り飛ばしてやった。ケルドの肉体はまるでボールの様に簡単にぶっ飛び、勢いのあまり、周囲を囲っている壁を突き破って飛んで行った。
「はぁ……はぁ……」
拳が痛い。激痛が走る。
ここに来てから何度『破壊の一撃』を使っただろうか。拳から血が流れだす。多分骨にひびが入ってきている。
あと何発打てるだろうか。俺の拳はあとどれくらい耐えられるだろうか。
耐えられなくてもやるしかない。エル爺を倒すにはそれくらいの覚悟は決めなければいけない。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああ」
咆哮。
叫び声をあげて気合を入れる。
そこでガイアが弾き飛ばされて俺の横にまで飛んできて着地した。エル爺の化け物加減を改めて思い知る。
だけど、世間的には俺の方が化け物ということになっているらしい。正直、エル爺、俺、ネムナに関してはそこまで大きな力の差はないだろうとは思うが。
「カルマ……残念だ」
「えぇ、俺も残念ですよ。こんな形でエル爺と再開することになるなんて」
もし再開するとしてももっと別の状況だったら話は変わっていたかもしれない。
エル爺は威圧的で、規則には厳しいが、基本的には人にやさしい性格をしているし、もしかしたら俺の事も寛大に迎え入れてくれたのかもしれない。
――ま、今となってはもうわからない話だが。
「――でも、エル爺、忘れてないですよね」
「うむ、お主の事を忘れたことなど、一瞬たりともないわ」
「じゃあ、エル爺が一度も俺に勝てたことが無いというのも、忘れてないですよねっ!」
全力の身体強化を発動する。
そうだ、今の俺の全力だったら絶対にエル爺に勝てる。絶対に、勝って見せる。
勝って、魔道具を奪って、ユイたちのところに帰って、魔道具の解除方法を調べるんだ。
「エル爺いいいいいいいいいい!!」
「カルマああああああああああ!!」
俺とエル爺は同時に駆け出した。
そして俺の拳とエル爺の大槌がぶつかり合う――ことはなかった。丁度俺とエル爺の中心点に突如発生した巨大竜巻によって俺もエル爺も弾き飛ばされ、地面を転がってしまう。
とんでもない威力だった。一瞬とも抗うことは出来なかった。
「はぁ……はぁ……なにが、起こって」
この抗えないと思う圧倒的な攻撃、まさかと思ってしまう。
ゼルドガルを彷彿とした。あの絶対的な脅威、逃げるしか道はないと確信してしまう。
もしこの場にゼルドガルが来たのだとしたら俺に勝ち目は絶対にない。確実だ。確信を持てる。
だが、ゼルドガルもネムナと同じでこんなところには来ないどころか、他の賢者とは鶴間無い性格だったはずだが――
「よくやった、褒めて遣わそう、ニンゲン」
「お主はいったい?」
「うむ、ニンゲンは俺のことを知らぬと申すか……神である俺に対し、随分なことだ」
ついにここまできたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
やっと最重要登場人物が出てきました。人物? かは分からないですけど、こいつはこの物語における最重要キャラですよ。




