5-74『マナ/オーバーロード』
「魔王様、魔王領に冒険者一名、侵入。滞在を続け、周辺の魔物が多く狩られている様子です」
部下の魔族から知らせが入った。
この時の私はAランクとかそこら辺の冒険者でも来たのかと思っていた。冒険者が魔王領に入り込んでしまうことはよくあることだし、それによって魔族たちに殺される、というのもよくある話だったりする。
「わかった、私が行くよ。これ以上、魔物たちを殺されるわけにはいかないからね」
「よろしいのですか?」
「うん、大丈夫。丁度暇してたところだしね~」
私に話が来たときは私が出向いて極力追い返すようにしている。あまりにも好戦的だったら撃退もやむなしと言った感じだけど、強い力を見せれば大抵の冒険者は逃げていくから。
私と違って人間には命は一つしかない。一度死んだら復活することなんてできなくて、ただ深淵に消えるのみ。
だから、人間は死を恐れる。殺しを恐れる。そのようにできている。
死を感じれば人間は誰だって恐れ、逃げるだろう。私の認識はそんなところだった。
私の脳裏には前世で出会った勇者■■■・■■■が常に存在しており、ゆえに人を殺すというのはあまり気が進まない。
我ながら甘いと思うけど、こればかりはどうしようもない。
誰に甘いと言われようとも私が魔族の長なのだ。誰かに何かを言われる筋合いはない。私の行動は私が全て決めるのだから――
私は甘く見ていたらしい。
どうせ今回もいつもと同じだと。だから私はその冒険者の姿が見えた瞬間、力を示すために『バルマ』を発動させて牽制した。
「――え?」
気が付いた時には私は洲巻にされていた。
何が起こったのか正直分からなかった。油断していたというのもあるだろうけど、それ以前に私はその冒険者の動きに反応することが出来なかったのだ。
その冒険者は私を洲巻にした後、呑気にドラゴンモドキを焼いて食おうとしている。普通、魔物なんて食べたら魔素に侵されて人間は狂ってしまうはずなのに、その男は適切な処理をし、平然と食していた。
すぐにこの男が普通じゃないということは理解した。
理解するのが遅すぎたのだ。
この男は元賢者カルマ・エルドライト。死んだと思われていた賢者の一人だった。
私は相手が賢者であるということをすぐに気が付くことは出来なかった。もし、この場に居た賢者がこの男じゃなかったら、私は間違いなくこの瞬間に殺されていたことだろう。
復活できるとはいえ、何千年もこの世から去るというのは悲しいものだ。ありとあらゆるものが変わり果ててしまうのだから。
カルマは良く想像する賢者とは全然違うように思えた。
私をすぐに殺そうとはしなかったし、やろうと思えば逃げる私を追いかけて殺すということも出来たはず。
だというのに、彼は私の事を見逃し、あまつさえ、魔族である私たちのことを一度助けてくれた。
――いや、今思えば一度どころの話じゃないかもしれない。
今さっき知ったことだけど、エシュドはカルマが変装していた姿だった。
つまり、私はずっとエシュドとしてカルマと接していたということになる。
私はカルマには一度助けられたことだし、感謝はしていた。だけど、間近で感じた賢者としての圧、そして圧倒的な力に当てられ、恐怖を覚えている。
正直、カルマという名前が耳に聞こえて来ただけでも鳥肌が立つほどに。
でも、カルマは私が知らず知らずのうちに助けてくれていた。
そして、今も……。
私を賢者から守ろうと必死に戦ってくれていた。
どうして――? そんな疑問を抱いてしまうが、きっとこれを聞く機会なんて私には訪れないのだろう。
カルマはあのネムナという少女にかかりっきり、ガイアはあの土属性を操る優男と戦っている。
残るはあの大槌をぶら下げた巨漢。
戦う……戦うさ。
でも、正直、勝てる気はしなかった。
私の手には今も魔剣『ノヴァ』が握られている。これを持っている限り、私の魔力は何倍にも膨れ上がる。そして、『幽閉愚絶門』も発動している。でも、これだけしても届く気がしない。
これが、賢者……カルマ以外の本当の賢者。
「それでも、最後まで足掻いて見せるよ」
ガイアが、エシュドが頑張ってくれてるんだから、私一人だけこんなところで弱音を吐いてる場合じゃないから。
どれだけ遠い相手だとしても、それは諦める理由にはならないから。
「腹が、決まったようだな。しかし、理解に苦しむ。これ以上抵抗しない方が、楽なのではないか?」
「はは、部下がこれだけ頑張ってくれてるのに、私一人だけ早々に諦めるわけにはいかないでしょ」
「そうか、その心意気は買うとしよう。だが、わしは賢者として、決して手を抜くなどと言うことはしない。それだけは忘れぬようにな」
「えぇ、あなたにそれは期待していないから」
正直、立っているだけでも限界。これは私の意地だ。意地だけで私は今、ここに立っている。
「すぅぅぅぅぅぅぅ……セットリミット5」
背後にある門の奥からもう一本の亡者の手が出現し、合計五本となった。
四本じゃ絶対に勝ち目がない。だから、今の私の限界を超える。四本でダメだったら五本で。
正直、扱いきれるかはわからないけど、今、やらなければこっちがやられるから。
そして、この亡者の手の力を全てこの手に握る魔剣『ノヴァ』に吸収させる。
『魔王豪拳』の魔剣バージョンだ。
「それがお主の答え、というわけか」
魔剣『ノヴァ』はまがまがしい輝きを放つ。
そう、これが私の導き出した答え。今の私が出せる最大の力。
魔剣『ノヴァ・MODEファントム』
「『絶界』」
世界を断つ斬撃。
私の斬撃は魔力の防御とかも全て関係なく軌道上にある物は全て斬り裂いてしまう。
特に、今の賢者の状態だったら魔力は使えないし、防御する手段は残されていない。当然、この一撃は回避する他ない。
「そこぉっ!」
賢者が横へ回避したところに、私は『バルマ』を放つ。
どんなに醜くても足掻いて足掻いて足掻き続ける。ユイたちのように。
「むんっ!」
私の『バルマ』は簡単に大槌で弾き飛ばされてしまった。だけど、そんなことは想定済み。
結局は魔剣で斬らなければあの大男にはまともなダメージは与えられないのだろうから。
こういう時、私の力が全て戻っていないというのが非常にもどかしい。全ての力を取り戻していたらもっとほかにもやりようはあった。
でも、あれは今の状態では使えない。使ったらその瞬間、私は魔力が枯渇して絶対に動けなくなるだろうから。
だから駆ける。
「はぁっ、やぁっ! たぁっ!」
肉薄し、魔剣で連撃を放つ。
だが、それらすべて、大槌に阻まれて賢者の肉体を斬るには至らない。だけど、止まらない。
諦めない、諦めない。絶対に諦めない。
「む、撃つたびにどんどん鋭くなっていっている!?」
必死だった。自分でも気が付かなかった。
だんだんと私の一撃を受け止める賢者の手が追い付かなくなってきていることに。
私の諦めない心に魔剣『ノヴァ』が応えてくれているんだと感じた。
今この瞬間にも私は成長している。全盛期に近づいていっている。
きっと、ずっと格上の相手と戦っているから、私の生存本能が隠れた力を呼び覚まそうとしているのだろう。
もしかしたら、もしかするかもしれない。
負けない、負けたくない。私はまだ、今世でやりたいこと、やり残したことがいっぱいあるんだ!
「はぁっ!」
「ぐふぅっ」
ついに私の剣が賢者の肉体に突き刺ささった。
もっと、もっと攻撃を――
「あ、がっ」
気が付いた時には私の肉体は弾き飛ばされていた。
『ノヴァ』は賢者の腹部に突き刺さったまま飛ばされてしまったため、武器を手放してしまった。
そこで理解できた。賢者はわざと私の攻撃を受けたのだ。魔剣の攻撃なんて受けたらどんな後遺症が残るかわからないというのに肉を斬らせた。
そして、殴り飛ばした。
先が見えてなかった。
頭が回ってなかった。私はただ、攻撃することしか考えれてなかった。
――失敗、した。
倒れる私にゆっくりと近づいてくる賢者。その手に持っている石からはほんのり魔力を感じる。おそらくあれは魔道具……いや、古代魔道具の類だろうか。
動かなければ、そう理解しているのに、体は動いてくれない。
どうやらアドレナリンが切れてしまったらしい。体が限界を迎え、ピクリとも動いてくれない。
「マナ!!!!」
カルマの声が聞こえてくる。
その声が聞こえた瞬間、縋るようにして思わず声を出してしまった。
「えしゅ、ど」
「お主を人類の敵と見做し、世界から排除する。『マナ・デストラーラ』」
賢者の口から私の名前が告げられた。
瞬間、私の意識はだんだんと薄れていく。なにか、深い闇に飲み込まれるように。けれど苦しくない。さっきまで感じていた痛みもだんだんと感じなくなっていく。
なんだか心地がいい。
だめ、だ。抗えない。
もう抵抗する力も、気力もなくなってしまった私になすすべなどなかった。
そのままだんだんと意識が闇に沈んでいき、やがて――意識が――
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この日、この瞬間を以て、魔王マナ・デストラーラは世界から姿を消した。
はい、カルマの健闘虚しく、マナは封印されてしまいました。
最後の最後まで戦ったマナでしたが、もう限界だったようですね。
ただ、魔王が居なくなったことで、ユイたちの目的も、そしてカルマの目的も何もかもが無くなってしまいました。
果たしてこれからどうなるのか?
あと数話で五章終了です。
一応全十章で考えているので、ようやく半分ですね。




