5-73『戦う理由』
――用事が終わったら絶対にボクたちの所に来てくださいね。一緒に食事をしましょう。
――絶対に私たちのところへ帰ってきなさい。あなたは私たちの仲間なんだから。
――ハルト君、絶対に待ってますからね。
ごめん、みんな。ごめん。
鋭い風の斬撃が襲い来る。
それを俺は少しの動作で回避、直後地面を蹴り割る勢いでネムナに接近し、強化した拳を叩きつけた。
それはネムナに直撃することはなかった。
ネムナの周囲には風の膜が纏われている。その風の圧力で、ほとんどの技は軌道を逸らされてしまう。まさかこのパンチまでも逸らされるとは思っていなかったけどな。
「楽しい、楽しいねかっくん!」
掌底を放ってくるネムナ。それを脊髄反射で回避すると、その掌底からは風の砲弾のようなものが射出され、壁に激突すると、大きな風穴を開けてしまった。
今の一撃、魔法防御力が低い人だったら絶対に消し炭になっていることだろう。ネムナの奴、本当に俺を殺しに来ているらしい。
俺を殺してずっと側に置きたいんじゃなかったのかよ。俺を消し炭にしたら一緒に居られないぞ。
「『暴風蹴り』」
回避したそのままの流れでネムナを蹴り飛ばす。風を纏った足でネムナの風の膜を相殺した。
ネムナは風の膜を纏っているが、これを破るのはそんなに難しいことではない。ちょっと力を込めたり、ちょっと逆風をぶつけてやれば簡単に蹴っ飛ばせる。
「――はぁ?」
直後、俺の肉体はぶっ飛ばされていた。
見てみると、ネムナの奴が、俺に手のひらを向けてきていた。あの一瞬でネムナはカウンターで俺に風の玉をぶつけてきたということか。
でも、咄嗟の一撃だったからさっきの空気砲程の威力はなかったみたいだ。
直ぐに体勢を立て直して『ファイアボール』を放つ。俺の魔力効率の悪い過剰威力の火球だ。
「それ、相変わらずなんだね。そういうところが可愛いんだけどさ♡」
ネムナが飛ばされながらもその場で回転し、足を勢いよく振り下ろした。その動きに連動するようにして強風が上から火球に叩きつけられ、そのまま地面に叩き落とされてしまった。
その場で大爆発を引き起こし、ネムナと俺の間には巨大な炎の壁が形成された。
だが、一瞬たりとも油断はしない。だって、ネムナにとってはこの程度の壁、障害物にもなりはしないから――
「愛してるよ、かっくん♡」
「炎の中に迷わず突っ込んでいくゲキヤバ女はお断りだ」
炎の壁の中から飛び出してくるネムナ。全身に風の膜を纏っていることから炎の影響を全く受けない。彼女は火事場に着の身着のまま突っ込んでいっても恐らく傷一つ無く帰ってくることだろう。
これもゼルドガルの教育の賜物か。
ただ、天才的なネムナでもゼルドガルを完璧にトレースするということは出来なかったはずだ。ゼルドガルが色々と規格外すぎる。
ゼルドガルのマネをしているとしても、相手はゼルドガルじゃない。勝機はある。
「おい、今がどういう状況なのか、お前って本当に理解してるのか?」
「私とかっくんの愛のひと時です」
「ダメだこいつ。脳みそがやられてやがる……」
なにも知らずにこんな場所に来るはずがないのだが、どうやらその目的すらも忘れて俺との戦いに夢中になっているらしい。
まぁ、こんな化け物はマナたちに相手させるわけには行かないから都合がいいのだが、でも代わりにエル爺とケルドの二人をマナとガイアに任せっきりにしてしまっている。
早く片付けて二人の加勢に行きたいところなんだが、ネムナ相手にそれは厳しいかっ!?
風を纏った拳の乱打。ネムナ自身の拳は触れても居ないのに強烈な衝撃を生み出すことが出来るネムナの得意技だ。
俺はなんとか回避していくが、その度に周囲の地形や壁がボコボコになっていく。
「――『嵐脚』」
ならばと、ネムナを見習って風を纏わせた足を思いっきり振り上げた。
瞬間、正面に暴風が吹き荒れ、ネムナの少女のような軽い肉体は簡単に吹き飛ばされる。そのネムナに追いすがるようにして駆け出し、ネムナが吹き飛ばされるよりも速く駆け抜ける。
ネムナは友人だ。だから、正直、ここまで本気で戦うというのは心苦しいが、俺にもやらなければいけないことがあるんだ。
幸いにも俺がハルト・カインズであるということはゼルドガルとハクちゃん以外にはバレていない。
今ここで俺が勝利して、逃げ出し、誰にも見られていないところでハルトに変装したらまだ勇者パーティーに戻れるかもしれない。
だから、ここはなんとしてでも勝たなければならない。
「ネムナ! 今はお前に遊んでやってる時間は無いんだ! 『紅蓮豪拳』!!!!」
燃え盛る拳をネムナの脳天に叩き込む。
ネムナの身体が地面に叩きつけられ、その場に巨大なクレーターが出来上がったが、まだ油断はしない。
このくらいでやられるのであればネムナは賢者などやっていないだろう。
恐らくネムナは地面に触れていない。風の防御膜が地面に叩きつけられるというのをギリギリで阻止していることだろう。
「なっ」
瞬間、足元を掬われた。
まるでそれは鞭だった。風の鞭のようなもので足を掬われ、その場に尻餅をついてしまう。
「ふぅん、そういう事を言っちゃうんだ。だったら、無理矢理にでも遊んでもらおっかな」
ネムナが手を振り上げるだけでありとあらゆる物を絶つことが出来る風の斬撃が放たれる。
回避が間に合わなかった俺は全力で肉体を魔力で防御し、固めたのだが、その威力は相当なもので、弾き飛ばされた挙句に腕の皮を切られてしまい、ダラダラと腕から出血する。
隙が見当たらない。俺が切り札を使う隙を作らせないようにしている。
ネムナも分かっているのだ。俺に切り札を使わせたら自分の防御力を超えた一撃が飛んでくるって。
俺と戦う時のネムナの定石だ。最後に戦った時もネムナに切り札を封じられ、そのまま敗北してしまった記憶がある。
本当に、記憶力が良いのは厄介なことだ。
切り札による効果で火力を上乗せしなければさすがにネムナほどの実力者相手だと火力が不足しがちだ。
ネムナに本気で勝つことを考えるのであれば、どこかのタイミングで切り札を発動させなければ……。
「なーにぼーっとしてるの?」
「っ!? いや、なに。ちょっと考え事をしていただけだ」
「ふーん、それって、私の事なのか、なっ!」
いつの間にか目の前にまで迫ってきていたネムナは蹴りを放ってきた。
大丈夫、反応できてる。回避することが出来た。
ちゃんと集中すればネムナの攻撃は見えているんだから。後は隙を見つけるだけ――いや、それが一番難しいんだったな。
それが簡単にできているのなら俺はこんなにも何度もネムナに敗北していない。
ネムナの攻撃は以前戦った時よりも断然鋭くなっている。それこそ、ちゃんと命の危険さえも覚えてしまうほどだ。
いや、今回に関してはちゃんと殺し合いをしているからというのもあるかもしれないが、あらためて思い知る。
ネムナは敵に回したくなかった。
「へぇ、答えないっていうことは私以外のことを考えてたんだ」
「そんなことねぇよ。戦っている最中にお前以外のことを考えている余裕はねぇよ」
「嘘ばっかり。ほんとかっくんっていつも嘘ばっかりだよね。甘味を苦手にしている私にだまして不意打ちで甘味を食べさせたり、楽しいところに行くと言って私をダンジョン探索に連れ出したり、本当に嘘ばっかりだった」
「いや、でも、それは――」
「私のため……だとしたら、なんで居なくなったの?」
「そ、れは」
「私たちはずっと友達。居なくならないって約束したのに」
そうだ、俺とゼルドガル、ネムナの三人は昔よく遊んでいた。
ネムナが甘味好きになったのも俺とゼルドガルが不意打ちで甘味を食べさせたら意外と気に入ったという経緯からだったりする。
ネムナはダンジョン探索の経験があまりないと言っていたから、ゼルドガルと共謀してネムナを巻き込んでダンジョン探索をしに行った時もあった。
ネムナが寂しそうな顔をしていたから。つまんなさそうな顔をしていたから。
ゼルドガルもそれは気にしていたし、俺も気になっていたから、少しでも楽しい思いをしてほしいと思ってからの行動だった。
だが、急にいなくなったのは俺の自分勝手だ。刺激が足りない賢者という仕事に飽き飽きして刺激を求めて外の世界に飛び出してしまった。
「ごめん」
「謝るなら、最初から居なくならないでよ馬鹿」
「ごめん」
「だ~か~ら~……でも、もういいんだよ。かっくんは一生私の傍に置くって決めたから」
自業自得というやつだが、どうやらもうネムナは手遅れらしい。
やっぱり言葉で解決というのは到底かなわないらしい。
「この1000戦目は私が勝たせてもらうよ!」
「俺はこの戦いに人生賭けてんだわ! 絶対に負けねぇ!」
俺とネムナの拳がぶつかり合い、衝撃波が放たれる。
大気が揺れ、地面が割れる。まるで世界が悲鳴を上げているかのようだった。
昔ですら俺とネムナが勝負するときは人払いをしなければいけなかったというのに、あの頃よりも成長した今は更にぶつかり合いの激しさが増している。
「ネムナ、確かにお前の風属性は練度が上がっているけどさぁ、力比べで俺に勝てると思うのか?」
俺は更に力を込める。
ネムナは少女だ。その足りない力を風のバネの力で補強しているだけに過ぎない。俺以外相手だったらこれで弾き飛ばせたかもしれないが、俺のパワーの前にそんな小細工は通用しない。
俺は賢者最強の身体強化魔法の使い手だからな。
「――」
俺はネムナの拳を弾く。そしてそのまま二発目をネムナに――
「『風刃』」
「ご、がぁ」
ハメられた。その事に気が付くのに俺は遅れてしまった。
そりゃそうだ。力比べで俺にネムナが勝てないことなんてネムナが分からないはずがない。ネムナはそれも織り込み済みで俺に勝負を仕掛けに来ているはずだから。
だからこれは全てネムナの計算通りだったということだ。
俺が至近距離まで近づいたところでネムナは腕を振り上げる。
瞬間、俺に鋭い風の刃が襲い、胸を斬り裂かれてしまった。ギリギリ致命傷まで届かなかったが、ちょってでも身体強化が弱かったら俺は間違いなく一刀両断されていたことだろう。
「ほんと、かっくんって単純だよね。だから勝てる相手にも勝てない時があるんだよ」
「ぐっ」
痛いところを突いてくる。
実際、この性格が原因で勇者パーティーに入ってからも何度も苦戦を強いられた場面がある。
ネムナはそう言った俺の性格を全て理解している。
全ての俺知識を利用し、ネムナは俺を負かそうとして来ている。
「でも、だからといって負けるわけにはいかな――」
瞬間、見てしまった。
マナがエル爺に殴り飛ばされ、倒れ込む姿。そして、エル爺がマナに怪しげな機械を向けているその姿――
「ま――」
「私との戦争中に他の女の子に目移りするなんて、悪い人だね」
「あがっ」
意識をマナの方に取られていると突如腹部に走る衝撃。
ネムナに突進され、俺はその場に倒れ込んでしまった。そしてそんな俺の上に馬乗りになるネムナ。
「う、ぐっ」
動け動け動け。
こんなネムナの拘束なんて弾き飛ばしてマナを助けに行くんだ。俺が今やるべきことはネムナを倒すことじゃない。
マナを助けることなんだ。
ここに来た理由はマナを助けるためなんだ!
「どけぇっ!!」
「おっと」
起き上がりざまに拳を放つとバックステップで回避されてしまった。だが、そこに追い打ちをかけるようにして『撃雷』で殴り飛ばし、ほんの少しでもいいからネムナに隙を作り出す。
俺がマナの救援に行くことが出来るように。
マナを助けることが出来るように――
「マナ!!!!」
「えしゅ、ど」
「お主を人類の敵と見做し、世界から排除する。『マナ・デストラーラ』」
マナの名前がエル爺の口から紡ぎ出された。




