5-72『化けの皮』
ネムナ・スーザンと言う少女は天才である。
料理洗濯・そして魔法、何をやらせたとしても何でも卒無くこなすことが出来る完璧少女。
一度その目で見ただけで何でも覚えてしまう。何でも出来てしまう。
故に、色々と達観しているところがあった。魔法が出来るため、冒険者学園への入学を勧められたが、入試でのレベルの低さに絶望し、入学を辞退した。
彼女に勉強というものは必要無かった。ただ、一度その目で見ればいいだけ。
完全記憶能力――それに近いものだったのだろう。
身体の動き、魔力の流れ、それら全てを一瞬で見極め、完璧にトレースすることが出来る。
色々と持ちすぎている少女だった。
小さな体躯だが、体格の違いをも感じさせない、彼女の完璧な技術によってその差を埋める。冒険者学園にも通わず、ただの独学で俺が学園を卒業したくらいの年齢で彼女はSランクにまで到達してしまっていた。
やっていた冒険者というのも彼女に取ってはただの暇つぶしだったのだろう。その暇つぶしにもなっていたかは謎だが……。
☆☆☆☆☆
「はわ、はわわわわわ」
マナが顔を真っ赤にして声にならない声を漏らしている。
絶対にあれ勘違いされてるな。ただ、ここで反応してしまっては負けだと俺の心の声が叫んでいるため、否定することも出来ない苦しみ。
「え、エシュドに人間の彼女……もしかして、エシュドが人間の街に観光してたのって彼女に合うため? あ、あわわわわわ。エシュドって結構プレイボーイだったんだぁ」
目をぐるぐると回し、うわ言のようにつぶやくマナだが、ちょっと待て! なんか俺がプレイボーイということにされそうになってるんだけど!?
無いから、絶対にないから! 女子との関わりなんてそんなにある方じゃないから!
むしろ、勇者パーティーに入ってから女子との関わりが増えたと言うだけで、全然関わりとか無かったんだけど!?
「彼女の私から逃げるなんて、悪い人だよね。この足が悪いのかな? かな? もしかして、この足が悪いのかなぁ? だとしたらさ、そんな悪い足は――イラナイヨネ」
ネムナが手を振り下ろすのが見えたその瞬間、俺は咄嗟に真横にすっ飛び、その場から退避した。
直後、俺が元々倒れていた場所には強烈な斬撃の跡が出来上がっており、今の一撃は俺の足を本気で切り落とすために放たれたものだと理解でき、ゾッとする。
ゼルドガルの言っていたとおりだ。ネムナはヤバくなっている。
昔はこんなんじゃなくて、普通に仲の良い女の子って感じだったのに、どうしてこんな怖いオーラを放っているんですか!?
というよりも、なんで俺がカルマだってことがバレてんだよ!
「私がかっくんのことを見間違えるわけ無いでしょ」
なんで心の声が聞こえてるんですかねぇ。
「ふふ、愛の力……なんてね、ふふふふふふふふふ」
可愛い。可愛い笑い方だ。口を手で抑えて慎ましやかに笑っている。
でも怖い。なぜならその目が一切笑っていないから! 常に殺気を放っているから!
「お、おい、ネムナ! 落ち着け、どうしたんだ!?」
「おじいちゃんは黙ってて!」
「む、むぅ……」
エル爺、もうちょっと頑張ってくれ。
いや、それはそれでどうなのかとは思うが。ネムナが俺を殺そうとしているのならば、賢者の二人にとっては好都合だろうし。
「なんか予感がしたんだよね。ここに来ればかっくんに会えるって。寂しかったんだよ、苦しかったんだよ。死んだっていう噂を聞いて、毎晩枕を涙で濡らしたよ。でも、生きてた。それが本当に嬉しくて……憎らしいんだよね。生きていたのは嬉しいんだけど、私にそんな悲しい思いをさせたあなたが本当に憎らしい。かっくんかっくんかっくんかっくんかっくん」
止めてくれ、本当に怖いから俺の名前を壊れたロボットのように連呼するのは止めてくれ。
ゼルドガルの奴、もっと詳しく状況を教えてくれよ。こんなにやべぇ状態なんだとしたら俺はもうちょっと気をつけたよ? いや、気をつけようもなかったかもしれないけどさぁっ!?
ゆらりゆらりと近づいてくるネムナ。
ネムナが使っている魔法は風属性だ。ゼルドガル直伝の自由形。
手を動かすだけで風を操ることが出来るという、世界でゼルドガルとネムナの二人しか出来ない芸当だ。
しかし、本当にマズイ。
今の魔力を制限している状態では間違いなく俺はネムナに勝てない。幸いなのはネムナが俺にしか興味を示していないという点だ。
ガイアやマナは完全に蚊帳の外である。
だが、喜んでいられないというのもまた事実だ。俺がまともに動けないということは、俺が駆けつけていなかった時の状態に逆戻りしてしまったということにもなる。
おまけに眼の前にはネムナ。流石に俺を殺した後はマナを殺しに行くはずだ。そうなるともう最悪。
バッドエンドだ。
「ねぇ、なんでそんな格好してるの? なんで何も話してくれないの? やっと、再会できたんだよ? 感動の再会だよ? ……かっくんは私に会うのは嫌だった?」
ネムナに会うのは嫌ではなかったが、この場面で出会うのは嫌だったね。
ったく、俺にあんな忠告するくらいなら、ちょっと位、ゼルドガルも俺がネムナと出会わないように協力してくれたって良いじゃないか。
ゼルドガルの奴は物わかりが良かったが、ネムナはその段階を優に超えている。
見ろ、あの深海のように深く深く暗みを帯びた蒼眼を。あんなの話し合いでどうにか出来るわけ無いじゃん。
本気を出せばワンチャン……だが、こんなところで本気を出すわけには――
「でも、もう良いんだ」
「は?」
「良いんだよ、もう」
どういうことだ? 良いって何が――
「私、気づいちゃったんだ。かっくんは私に初めて出来たお友だちの一人だから……もうあなたがどっかに行くっていうのは考えたくないから。もう、眼のつく所に置いておけば良いんじゃないかって。そうすればかっくんはもうどこにも行かないんじゃないかって」
なんか雲行きが怪しくなってきたな。
いや、最初から良かったときなんて一秒も無かったんだけどさぁ。
そこで徐にネムナはその場に立ち止まり、デコピンを構えると、そのまま指を弾いた。
それは鋭い風の弾丸に変化し俺に迫ってきた。
回避動作を取ったが、一瞬反応に遅れてしまったことによってそれは俺の頬を掠め取り、俺の頬からは血液が流れ始めた。
「ずっと一緒にいて貰う方法……思いついたんだよ! ………………かっくん、死んで?」
瞬きの間だった。
ネムナは一瞬にしてまるで瞬間移動をしたかのような速さで俺に迫り、その拳を奮ってきた。
一瞬で判断し、背後に飛んだことによって回避は出来たものの、拳が振るわれた後の衝撃波が襲ってきて、俺の肉体は結局弾き飛ばされてしまう。
ネムナの攻撃はまだ終わらない。
「『風爆』」
何も無い空中をワシっと掴み取ると、ネムナはその手にギュッと力を込め、その何かを圧縮し、投げ飛ばしてきた。
よく見てみると、その何かがある場所だけ空間が歪んでいるように見えるため、そこに魔法があるのだと分かるが、それはほぼ不可視だ。
そして速い。
チュドォォォォォン
回避することが出来なかった。その一撃に俺は直撃してしまい、爆発に巻き込まれてしまう。
「あが、ぐぅ……」
地面を転がり、嗚咽を漏らす。
間違いなくネムナは前回戦ったときよりもずっと強くなっている。あそこから成長の余地ってあったのかよ。この天才め……ゼル、お前の弟子は立派に育っているようで良かったよ! クソがっ!
余計に勝てないじゃねぇか。
「あなたを殺して〜♪ 腐敗しやすい臓器は全て取り除いて〜♪ 空いた場所に綿を詰め込んで〜♪ あなたをお人形さんにして一緒に暮らすの!♪」
「お前はサイコパスか!?」
「サイコーだなんて……もう、かっくんったら〜♡」
「言ってねぇよ! お前、脳が腐ってんなら、耳も腐ってんじゃねぇのか!?」
色々と終わっているらしい。
いや、その終わらせた一端には俺の存在があるらしいから俺がとやかく言う権利というのは持ち合わせていないのかもしれないけどさぁ、流石に怖いよ。
なにこのサイコ少女。僕、こんな怖い人知らない。こわい。
一応、この人、俺の友達らしいんすわ。何年もこんな爆弾を抱えさせて、ゼルドガルには本当に悪いことをしたな。
今度、飯でも奢るとするか。
「安心して? ちゃんと大切にしてあ♡げ♡る♡」
ちゅっと投げキッスを飛ばしてくるネムナ。
その仕草が不覚にも可愛いと思ってしまったのは内緒だ。今のネムナにそんな事を告げたらどうなるか分かったものじゃないからな。
強制的に両思い判定されるかもしれない……。
「ぐああああああああああああああああああああ」
「へ? うおっ!?」
「助かったゼぇ……」
そこで横からガイアがすっ飛んできた。
なんとか直前で気づけてガイアをキャッチできた。どうやら今の今までケルドと力比べをしていたが、ついに負けてぶっ飛ばされたらしい。
状況はあんまり芳しくはないが、これで一旦俺とネムナの会話が途切れたことにちょっと安心してしまう自分がいる。
「そうだ、かっくん、勝負しようよ。私が勝ったらかっくんは私のモノ。かっくんが勝ったらぁ……私がかっくんのものになってあげるよ」
「おい、おま、そんなこと言っている場合じゃ――」
「良いよね。決着をつけようよ。475勝475敗49分け。丁度1000試合目だよ」
「勝手に決めるな」
俺とネムナの実力というのは拮抗している。だが、その結果は俺も本気を出しての結果だ。
本気を出せない今の状況ではどう頑張っても勝てるわけがない。ネムナと戦うわけには行かないんだ。
「ま、かっくんがなんと言おうとも殺るんだけどね。でも、その前に――」
「っ!」
「私とかっくんの間に割り込むのは例え誰であろうとユルサナイ」
俺は咄嗟にガイアを突き飛ばす。
一瞬だが、ネムナの殺気は俺とは別の方へと向いた。そう、ガイアだ。
今間違いなく、ガイアを殺そうとしていた。そしてその勘は正しかったようで、ガイアの元々居た場所に鋭い斬撃が放たれた。
「ぐぅっ」
ガイアは免れた。だが、代わりに俺がその斬撃を受けてしまったため、吹き飛ばされる。
なんとか腕で防御した。だが、それでも今の魔力では防御力が足りていなかったようで、魔力で腕をコーティングしていたというのに、かなり深く腕を切られてしまっている。もうすこしで神経を断ち切られていたところだ。
とりあえず応急処置だ。『治癒』を使用して軽く治しておく。俺の練度は高くないからそこまで一気に回復はできないが、戦うことは出来るレベルでは回復してくれるだろう。
「――は?」
俺は思わずそんな声を漏らしてしまっていた。
ちょっと『治癒』をかけるだけのつもりだった。だがしかし、魔力が暴走する。多めの魔力を使い、俺の傷が一瞬にして治癒してしまった。
何が起こったのか一瞬、理解できなかった。
魔法というものは込められた魔力が多ければ多いほど効力を発揮する。そして練度が高ければ高いほど、少ない魔力でも大きな効力を発揮することが出来るという利点がある。
この後の戦いのことも考えて魔力を制限して『治癒』を使うのであれば、ここまで回復するはずがなかった。
魔力が暴走した。制御できなかった。
最近は制限した魔力で慣れてきていたから、魔法の出力を間違えるということも減っていたというのに。
「まさかっ!」
慌てて腕に付けた吸魔のブレスレットを確認してみる。
そしてそれに手を触れたその瞬間だった。それは真っ二つに割れてしまった。
――は? それがそれを確認して一番最初に思い浮かんだ言葉だった。
崩れ落ちた。真っ二つに割れ、崩れ落ちたブレスレットが今、俺の手のひらの中にある。
確かにこれは道具だ。道具故に、劣化し、壊れてしまうこともあるだろう。特に俺なんかはこれを常に付けた状態で戦っていたのだ。ダメージも計り知れない。
だが、これに関しては自動修復機能が備わっているため、滅多に壊れることは有りえない。
ぶ、ブレスレットが、ブレスレットが、割れっ。
ブレスレットが割れてっ!
ぶれ、ブレスレットが――
ネムナの攻撃に耐えられなかった。
「あ、あぁぁぁぁ、あぁぁぁぁぁぁ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
マズイマズイマズイ。
俺はこれがあることによって魔力を制限し、制御しやすくしていた。だからこそ、魔法も無駄な魔力を使わなくて済んでいたし、髪も銀にならずに済んでいた。
だが、これが壊れてしまった今、俺の魔力を縛る物は何一つ無くなってしまっていた。
俺を縛り付けていた枷が断たれ、今、俺の魔力が世界に解き放たれる――
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
もう抑えることは出来ない。
必死に抑え込もうとしても、溢れ出してくる。俺の真の力が溢れ出してくる。
もうダメだ。全部おしまいだ。
「――えっ」
最初にそう声を漏らしたのはマナだった。
次にケルド。「マジィ?」と気だるそうな声でつぶやく。
今、俺の魔力は別の魔道具によって魔族のような質に変換されている。故に、魔力だけでは賢者カルマ・エルドライトと結びつけることはできないだろう。
だが、容姿が、その公式を肯定してしまう。
角やマントといった魔族らしい格好こそしているものの、その髪が銀に染まってしまえば、それは誰からどう見ようが、賢者カルマ・エルドライトでしか無い。
「やっとその姿になってくれた……その銀髪、かっこいいよ、かっくん」
「やって、くれたな……ネムぅ……」
ついに髪色が完全に銀に染まってしまった――もう隠し通すことは不可能だ。
状況が理解できていないガイアは別として、もうこの場に居る全員が俺の正体に気がついていることだろう。
エル爺が目を閉じ、何も言わないというのが正直怖いところであるが、もう隠し通せないのならば、こんな格好をしていても意味がない。
角を取り、マントを外し、俺はついにその正体をこの場の全員に明かした。
「か、カルマ・エルドライトぉぉぉぉぉっ!?」
マナの恐怖に染まったような声が響き渡る。
そうだ――今、この瞬間に魔王軍暗部、エシュドは死んだんだ。
「後悔、するんじゃねぇぞ」
「あはぁっ♡ やっとかっくん私と遊んでくれる気になったの?」
「ちげーよ。これは戦争だ」
もう俺はユイたちとの約束も果たせないかもしれない。
だから、今この一瞬を、後悔しないために全力で戦い抜こうと思う。




