5-71『青の狂気』
「ふぅぅ、助かッたゼぇ。どこの魔族ッかは知らねぇが、サンキューだゼぇッ! 俺ッ様はガイア、魔王軍幹部なんだゼぇ。あんたハぁ?」
「俺はエシュドだ。魔王様を助けに馳せ参じた」
「そうかエシュドぉッ! 助太刀感謝するゼぇ。共に賢者をぶッ飛ばそうゼぇッ!」
ガイアと言う魔族はなかなか気がいいやつなのかもしれない。
ちょっと魔族のイメージとは違う奴だが、気が強すぎて連携を取れない奴じゃなさそうで安心した。
これはイケる、イケるぞ。
エル爺は魔法が使えない状態。対してガイアは幹部で、俺は力を抑えているとはいえ、元賢者だ。
条件は五分。しかし、俺はエル爺のこともケルドのことも知っているのに対し、向こうは俺に気がついていない。ここから俺の事を探らなければいけないと言う状態だ。
速攻を決めればイケる。
空中で体勢を立て直したケルドは慌ててバク宙で俺たちから距離を取り、エル爺に並んで立つ。
エル爺はいつの間にか普通に立ち、俺たちの事を鋭い眼光で見つめてきていた。
「すいません。ガイアッ君を解放してしまいました」
「問題ない。それよりも厄介なのはあのエシュドとか言う魔族だ。あの馬鹿力、無性に苛つく」
「あー、それは僕も思ってました。絶対にぶちのめしてやりたいっていう気持ちがぐんぐん湧いてくるっすねぇ」
やべぇ。
カルマの技と同じ技を使ったせいでカルマ・エルドライトを想起させてしまったらしい。
俺も俺でゼルドガルの事は言えないくらいには賢者時代に好き勝手やってたせいで賢者の皆さんからはかなりヘイトを買っているんだよなぁ。
そのせいであの二人のさらなる力を引き出したとかなると洒落にならねぇ。
「エシュド、俺が場を乱すんだゼぇ。だからあんたは正ッ面から殴り込むんだゼぇッ」
「了解」
キラリと歯を輝かせ、親指を立てながらゆっくりと地面の中に沈んでいくガイア。
ガイアの居るであろう場所はまるで本物の水のように揺らいでいる。だが、試しにその場所を俺が踏んでみても、俺がこの中に潜り込めるというわけじゃない。
というか、水面みたいにうねっている感触が足裏に伝わってきて、結構気持ち悪い。変な感覚だ。
「おイぃ!」
「え?」
「俺の技が珍しいのは分かるが、足を乗ッけないでほしいゼぇ。足蹴されている感覚で気分が良くないんだゼぇ」
「あ、あぁ、悪い」
慌てて足をどけると、その揺らぎはエル爺たちの方へと猛スピードで向かっていった。
土に潜っているというよりかは土の中を泳いでいるという感覚に近いかもしれない。ガイアは土を水に見立てて泳ぐことが出来るんだ。
俺もあとに続くようにして駆け出す。
現状、あの二人のどっちの方を警戒しなければいけないのかと言うと、それは恐らくケルドの方だろう。
ケルドは予備動作なしに魔法を使ってくる動きが読めないやつだ。エル爺の方はもう暫く魔法が使えないことだろう。
だからまずはケルドを倒す!
「ちょっと、僕よりもエル爺の方が強いと思うんだけど?」
普通ならそうだが、今回に限ってはお前のほうが厄介だ。
瞬間、地面が揺れた。
さっきまで静かに揺れているだけだった地面の水面が大きな波を形成し、まるで地面の津波の様に高く波が上がってケルドとエル爺を飲み込もうとする。
流石にあれでは俺は近づくことが出来ない。そう判断して、ちょっと波とは距離を取る。
「それ、さっきも見たけど出鱈目だねぇ」
「下がってろ」
「はいよっ」
気だるそうにケルドが下がると、エル爺が前に躍り出る。
何をする気なのか――そう思って観察していると、徐に大槌を振りかぶり、そのまま勢いをつけて土の波に向けてフルスイングした。
これまた目を疑うような光景だった。エル爺は魔力が使えないため、魔力は一切籠もっていない一撃。だと言うのに、その一撃は衝撃波を発し、二人を襲おうとしていた大波は一瞬にして消し飛ばされてしまった。
今までにも何度かあんな光景を見たことがあるけど、改めて思う。賢者って人間を辞めた化け物たちの集まりなんだなと。
まぁ、俺もその化け物の一角なのだが。
「賢者ならそうしてくると思ッていたゼぇッ!」
気がつけばガイアはケルドの背後に回り込んでいた。
あの大波が目眩ましとなり、ガイアの姿を包み隠したのだ。
直ぐに背後の気配に気がついたケルドは振り向きざまに拳を振るうが、それに合わせてガイアも拳を叩き込んだため、二人の拳がぶつかり合う。
ここまで圧が伝わってくるほどだ。
ガイアが頑張っているのだから、俺も頑張らないといけないだろう。
「悪いんだけど、お引き取り願う」
「それは出来ぬ相談だ。わしらは魔王を討伐するためにやってきたのだからな」
両手に『豪拳』を構え、走る。
今ここでエル爺をケルドの手助けに行かせるわけにはいかない。
エル爺が魔法を使えない状態なら、俺の方が早い。俺から逃げることは決して出来ない。
エル爺が大槌を構えた。
すると、その大槌は増殖した。
ズダダダダダダダダという地響きのような音が周囲に鳴り響き、連続の槌撃が俺に襲いかかる。
そうだ、俺はあまりにも速すぎて大量に大槌が存在しているように見えているんだ。あの重たそうな大槌をこんなに軽々と振り回せるなんてあの筋肉どうなっているんだろうか。
大量に見える大槌を俺も連続の『豪拳』で対向する。
魔力は大幅に消費してしまうが、魔力量の多さには定評がある俺ならばこれくらいは問題ない。
砂埃が舞い上がる。
俺に当たらず地面を叩いた大槌はその場の土・砂を舞い上げ、周囲を包み込む。
――やられた。そう判断する前に連撃が一瞬止み、その代わり砂埃の向こうから凄まじい速度でエル爺がすっ飛んできた。
その筋肉の塊である拳が俺の腹に叩きつけられ、思わず嗚咽をこぼしてしまった。
俺に攻撃するのが目的ではなかった。
最初から目眩ましをするというのが目的だったらしい。だが、向こうから近づいてきてくれたなら好都合だ。
「効くかぁぁぁぁぁっ!」
腹に突き刺さった豪腕をしっかり掴むと、俺は反対の手で拳を構え、逃げられないエル爺の顔面にこの拳を叩き込む。
「『破壊の一撃』――ぐっ!」
「がっ」
エル爺に避けるすべなど無かった。
俺の拳はエル爺の顔面に炸裂し、エル爺が一瞬白目をむいたのが見えた。だが、直ぐにエル爺は意識を取り戻し、もう一発俺の腹に拳を――アッパーを叩き込んできた。
宙を舞う。全く身動きが取れない感覚。
今の一撃はみぞおちに入ったのだろう。息が苦しい。
だが、なんとか息を取り込め。じゃないと死ぬ。息をしないと死ぬ。
大丈夫。まだ俺は死んでいない。生きている。意識がある。ハイドの攻撃から比べたら今のエル爺の攻撃なんか屁でもない。
「――だぁっ!」
「ぐぅっ、お主、まだ」
俺のかかと落としが炸裂した。
エル爺の脳天に叩き落とされ、エル爺はよろめき、数歩後ずさりをする。
あのままだったら間違いなく空中であの大槌を叩きつけられて致命傷を受けていた。
エル爺の得意はあの大槌での攻撃だ。あんな攻撃を受けてしまったら一溜まりもないことだろう。絶対にそれだけは回避しなければならない。
「あ、ぐぅ」
着地した俺も俺でよろめいてしまう。
俺も今のやり取りで少なくないダメージを受けてしまったのだ。だが、まだ戦える。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ」
気合を入れ、再びエル爺との距離を詰める。
「老いぼれをナメるな! 『ロールハンマー』」
「老いぼれは家で大人しくしていてもらおうか! 『破壊の一撃』」
魔力の使わない一撃。エル爺が単純にハンマーを回転させ、相手に突き攻撃をすると言う技のため、魔力は一切使っていない。
確かにこの一撃は強い。なぜだか槍以上の破壊力を持っている。
だが、それでも俺の技の方が上だ。絶対に、勝つんだ!
「『幽豪拳』」
突如、俺の真横を真っ白な生気の宿っていない腕が通っていき、そしてその拳がエル爺の顔面に叩きつけられた。
エル爺を吹っ飛ばせるほどの威力はなかったらしい。だが、一瞬だけどエル爺の力が弱まった。
間違いない、この一撃は亡者の手だ。いつの間に切り札を使えるようになったのかはよくわからないけど、とにかくマナが俺の手助けをしてくれたらしい。
なら、このチャンスを無駄にするわけにはいかない。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
イケる、イケる、イケる、イケる、イケる。
押す、押す、押す、押す、押す!
「ぬぅあっ!?」
俺の拳はエル爺のハンマーを弾き飛ばし、無防備な胴を目が捉える。
もうエル爺の体力も限界に近いだろう。だから、この一撃で絶対に終わらせて見せる。もう一度この拳が壊れたとしても構わない。
賢者全員を撃破して追い返すんだ。マナを守るんだ!
――
――――
――――――
「……ミツケタ」
瞬間、全身の毛という毛が逆立った。
鳥肌が立つ。そして今までで一番の危険信号が全身を駆け巡った。
――あ、これダメなやつだと直ぐに認識した。このままだと俺は確実に死ぬ、それを察した俺は慌ててエル爺への追撃を断念し、その場から飛び退いた。
斬撃が飛んだ。
風の斬撃が周囲を取り囲む土壁も何もかもを貫通し、鋭く進行方向にあるものすべてを削り取っていく。
俺とエル爺の間に大きな斬撃の跡が出来上がり、心臓が跳ね上がった。今の一撃が直撃していたら俺はどうなっていたのだろうかと。
どうやら俺が一番恐れていた事態が起こってしまったらしい。
城入口から凄まじい圧と殺気を感じる。
その圧はまるで暴風のように俺に襲いかかり、危うく飛ばされそうになってしまう。目眩がしてきた。急に帰りたくなってきた。
もう遅い。マナを連れて逃げようにも絶対に逃げられないことが確定した。
「な、んでここに……」
そんな言葉が口を衝いて出るほどに俺は平静ではなかった。
城に入ってきた一人の少女。青髪ツーサイドアップ、蒼眼、フリフリのドレスを身にまとったの幼さが残る少女。
その瞳には光が宿っておらず、目を見開いた状態でぼーっと俺を見つめてくる。
俺は思わず後退ってしまった。
「やっと、見つけた……」
静かにそう呟く少女。噛みしめるようにしてゆっくりゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「見つけた見つけた見つけた見つけた見つけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタ……やっと、ミツケタよ。かっくん」
狂ったように呟いた直後、その少女は他には全く興味がないとでも言いたげに一目散に俺へと突撃してくる。
その手には風が纏われている。
俺はこの少女のことをよく知っている。どういう少女なのかということもよく知っている。
この少女は俺と違って身体強化魔法は苦手中の苦手だ。一切使うことは考えない。
その代わり、風を手にまとって足りない火力を補う。
慌てて俺は両腕を強化し、少女の拳を受け止めたが、その凄まじい威力に耐えきれず、そのまま殴り飛ばされてしまった。
「あがぁっ!」
背を壁に強打する。
あの風がバネのような役割を果たしている。殴った相手をあの風で弾き飛ばしているのだ。
「はぁ……はぁ……」
壁に寄り掛かる俺にゆっくりゆっくりと近づいてくる少女。
これは、マズイな。マズイっていう言葉では収まらないくらいにマズイ。
「久しぶり、かっくん。ねぇ、私のこと覚えてるかな? 覚えててくれてると嬉しいな。もう、生きているんだったら私にはちゃんと言ってよ。私、かっくんが仕事から逃げたいって言うならお手伝いするよ? なんで私にも言ってくれなかったの? ねぇ、ねぇ、ねぇ、そんなに私のことが信じられない? そんなに私のことが嫌いなのかな?」
信じられないとか、嫌いとか、そんなのあるわけがない。
ただ、わざわざ夜逃げすることをこいつに知らせるまでもないと思っただけで。
「なんで返事してくれないの? なんで私の言葉を無視するの? 悲しくなっちゃうよ。私、こんなにかっくんのことを心配してたのに。酷いなぁ。ゼルくんだってそう。ゼルくんからかっくんの臭いがしたからさ、問いただしたのに全然話してくれない。ほんと困ったお師匠様だよ。だからとりあえず困らしておいた」
多分、ゼルドガルの管轄地域内で問題行動をして仕事を増やさせたんだろうな。ゼルドガル、可哀そうに。
って、そんな場合じゃないんだよ。こいつがここに居るのが問題なんだ。
いつもだったらこいつはこんな所に出向かずに管轄地域内でスイーツ店巡りをしてるか、寝てるかのどちらかだろう。
なんで起きてるんだよ、なんでそんなに目が座ってるんだよ!
前はそんなんじゃなかっただろうが!
まぁ、そんなこと今言ってても仕方がないが。
「え、エシュド、その子知り合い?」
「……知らない」
「酷いなぁ。私のこと忘れちゃったの? もしかして記憶喪失にでもなっちゃった? 確かにね、冒険者って危険な仕事だし、何があってもおかしくないもんね。なら、今かっくんが私に恐怖しているのも、私の問いに答えないのにも辻褄が合うよ、ね」
「ひっ」
少女が手を振り上げたその瞬間、俺の真横の壁が鋭くえぐられる。
「じゃあ、私の事を教えてあげるから、今度はちゃんと忘れないでね? 私はネムナ・スーザン。あなたの彼女です♪」
これだけは言っておこう。
断じて、ネムナが彼女であるという事実はありません。
はい、今回はちょっと長くなってしまったんですが、ついに賢者最後の一人であるネムナ・スーザンが登場しました。
プロット段階ではネムナって大人しく、ただただいきなり消えたことに対する怒りをぶつけて戦いになるだけだったのですが、いつの間にかこんなヤンデレっ娘に!?
かっくんとはもちろんカルマのことで、ゼルくんとはもちろんゼルドガルのことです。
三人揃って賢者三狂刃と言われていたそうな。
それももう何年も前の話ですけどね。




