5-EX『欲しけりゃ強引に』
賢者カルマ・エルドライトの失踪。それは世界的な大ニュースとなった。
三日三晩、新聞の記事の一面を占領し、カルマ・エルドライトという存在に守られていた人々たちは不安に駆られていた。
賢者一人欠ける、それはそれは大事件だった。
賢者というのは最強の象徴である。故に、王国を守る最後の砦と言われていたりする。賢者が居なくなる、それは有りえてはいけない事象であった。
カルマは気軽に考えていた。自分が居なくなることでどうなるのかということも考えず、ただただ自分の気の赴くままに姿を消した。
だが、他の人がそれを知る由はない。故に、カルマ・エルドライトは死んだと巷で噂され始めた。
もちろん、カルマの事をよく知っている人たちはカルマの実力をよく知っているため、天地がひっくり返っても魔物や魔族にカルマが殺されることなどありえないと考えるが、人々はそんな考えを持つ人ばかりじゃない。
カルマ程の人物が殺されてしまうほどの魔物がこの世界に存在しているのだと、噂された。
大打撃だった。
エルダックの心労は増える。サックドはカルマの抜けた席の穴埋めをしようと躍起になり、ピリピリとする。逆にフーズはこんな状況ではおっとりとして冷静なため、サックドとの間に亀裂が走る。
恐らくケルドに関しては心底どうでもいいと考えていただろう。
だが、一番のダメージは賢者の中でもトップ2とされているゼルドガル・バッドレイとネムナ・スーザンの制御が出来なくなった点だろう。
カルマを含めたこの三人はカルマが賢者になるよりも前から仲が良く、二人共、カルマの指示ならば素直に聞くと言う習性があった。
故に、今の賢者ではこの二人を制御することは出来ない。
ゼルドガルはまだ良い。ゼルドガルに関しては何も言わずとも適当に歩き回り、事件を見つけたら勝手に解決する。
彼にはそのくらいの行動力はあるし、実力も備わっていた。
だが、ネムナは違った。
ネムナはただ一人、自宅に引きこもってしまったのだ。カルマが死んだとの噂を耳にした翌日から、ネムナはただ一人死んだような目をして虚ろな表情でベッドの上に座り込むのみ。
近所に住んでいる人々ももうかれこれ一週間はネムナが外に出てきたところを見ていないと言う。
水は辛うじて飲んでいた。食料も備蓄してあった保存食をちびちびと食べ、生きながらえていた。だが、この状態は果たして生きていると言えるのだろうか――
ネムナにとって数少ない友人を亡くした。そのショックは計り知れない。
「かっくん……」
ネムナは後悔する。
もっと一緒に居れば。もっと一緒に遊んでいれば、もっと力を貸していればと。
もしかするとかっくんは死ななかったのではないかと。だが、そのどれもがネムナにはハードルが高すぎた。
元来、人とのコミュニケーション能力に難があるネムナが積極的になるというのは無理な話だった。その本質に関してはどれだけ努力をしようとも変えることは出来ない。
だが、たとえネムナが積極的になったとしても、互いに賢者で担当区域が違う以上はそこまで長い時間を共に過ごすことなど出来なかっただろう。
「アイス……」
ふと冷凍庫に入れたままにしていたアイスを思い出した。
しかし、その単語は直ぐに頭から消え去った。大好きなアイス。大好きな甘味。かっくんとの思い出。アイスを見る度にカルマとの思い出を想起し、辛くなるため、見ることも出来なくなっていた。
このまま死ねばカルマと同じ所に行けるのだろうか、そう考えたが、ネムナにそんな勇気は持ち合わせていなかった。
ここまで生きる屍になったとしても、死ぬと言う行為を実際に行動に移せない時点で、やはり行動力が欠如しているなと、ネムナは自分のことを嘲笑した。
だからこそネムナはカルマを助けることが出来なかったのだ。
「そうだん、してほしかったなぁ」
そんなに危険な相手と戦うというのなら、言ってくれればいつでも駆けつけたのに。もし生きていて、賢者というものから逃げたくなったというのなら、一緒に逃げてあげたのに。
そう考えるも後の祭りというやつだ。
天を仰ぐ。自分はなんて情けないのだろうかと、なんて心が弱いのだろうかと――
「いぃ顔だぁ。とてもとてもとても、僕好みの顔をしているぅ」
「――っ」
自分の顔を覗き込んできている存在が視界に入ってきた。
咄嗟に飛び退いたネムナは戦闘態勢に入る。
どこから入ってきた、どうやって現れた? ネムナは全く気が付かなかった。ネムナはゼルドガルから色々教わっており、周囲の風を読み取ることによって相手の気配を感じ取ることが出来るのだが、ネムナは気がつくことが出来なかった。
それは少年のような見た目だった。10かそこらの年齢だろう。
髪はボサボサで、全く手入れがされていない。まるで浮浪者の様にボロボロの雑巾の様な布を身体に巻き、辛うじて素肌を隠している。
不気味、ネムナが一番最初に感じ取ったのはそれだった。
彼は浮いていた。いや、浮いていたと言う表現は適切ではないだろう。
彼の足下にはキラリと光る、まるでピアノ線の様な一本の糸が張られていた。
「あなたは、だれっ」
「そんなそんなそんな、状態で凄まれても全然怖くは無いんですねぇ。安心してよ、僕は君の味方だ」
「誰が、そんな事を――」
腕を振り上げて少年を斬る――そのビジョンを思い浮かべたものの、身体はその行動が出来なかった。
腕が動かなかった。
見れば、少年の足元にある線と同じ物がいつの間にか腕にぐるぐる巻きにされ、壁に貼り付けられていた。
「やぁ、ご苦労だよぉ。ラン」
「ん」
(もう一人!?)
いつの間に部屋に入ってきたのだろうか。
その少女は入口から堂々と入ってきたようで、ドアを開け放ったままネムナの真横に静かに立っていた。
これまたネムナはこの少女の気配にも気づけなかったのである。
「何者っ!?」
「何者か、かぁ……それよりも今は君のことだぁ。僕は今、君の望みは全て分かっているつもりだ。うんうん、すごく伝わってくるよぉ。そうそう、良いねぇ。良い感情だ。ゾクゾクしてくる。負の感情、それも他者への失望の感情、絶望の感情は他に代えがたい馳走になる。あぁ、もっとだ、もっと感情を爆発させるんだぁ」
ねっとりとした少年の言葉。
彼はネムナの味方だと口にしているが、間違いなくこのまま放置していて良い結果になるということはありえないだろう。
ネムナはちょっとだけ動く指を動かし、自分の腕に巻かれている糸を切り裂き、拳に風を纏わせて少年に突撃していく。
「うわわっ、ちょっと待ってよ。僕はただ、君の望みを叶えてあげたかっただけなのに。でも、仕方ないか。ランっ」
「――がはっ」
気がついたときにはランと呼ばれた少女の膝蹴りがネムナの腹部に突き刺さっていた。
ネムナは身体の周りに風をまとっているため、ちょっとやそこらの実力者じゃダメージを与えることすら出来ない。
だが、ネムナはたったこの一撃のみで激痛によって床に倒れ込んでしまったのだ。
呼吸が苦しくなる。息が難しく、浅い呼吸を何度も何度も繰り返す。
「さて、ようやく話が出来るかな?」
「なに、を」
「君の悩みを解決する魔法の言葉を教えてあげるよ――欲しけりゃ強引にぃっ!! そうさ、そうなのさ、そうそうそう、そうっ! 欲しけりゃ強引に奪い取ればいいのサ! 他者に迷惑がかかる? 自分が受け入れられるか分からない? そんなのは関係ないね。欲しいものは全て奪い取る。どんな手を使ってでもね。たとえ、相手を殺したとしても」
怪しげに口角が上がる少年。
いつの間にかネムナはその少年の言葉を遮ることは出来なくなっていた。その少年の言葉はネムナの耳に、脳にすぅぅぅっと、深く深く刻まれてゆく。
まるでそれが元から自分の本質であったかのように。自分の本質が塗り替えられていくように――
「さぁ、君は、どうしたい? ネムナ・スーザン」
「私は……」
――かっくんが欲しい。どんな手を使ってでも、もう絶対に手放したくない。絶対に見つけて、永遠に私の側に置きたい。生死は問わない。
ネムナには謎の自信があった。カルマがたとえ物言わぬ人形になったとしても自分はソレを愛することが出来ると。
「それでいい。もっと良くなったじゃないかぁ。あ、僕の事を知りたいんだったね。じゃあじゃあじゃあ、教えてあげるよ……僕らは邪神、僕はコン、こっちは妹のランっていうんだ。僕らは君がその欲望を発散させる姿を、見物させてもらうよ」
「うん、絶対にかっくんは私のものにする」
思い立ったが吉日、ネムナは一週間ぶりに外へ勢いよく飛び出していった。
目的はもちろん、カルマを探すために――
ネムナが居なくなった後、取り残された邪神――コンは妹へ目を向け、怪しく囁いた。
「よくやったぞ、僕の可愛い妹。でも、君はきっと明日には今日の出来事を忘れているんだろうね。ま、せいぜい僕の駒として頑張って働いてくれればそれでいいよ」
はい、これで完全に五章は終了です。
ネムナの秘密と新たな邪神の存在いかがだったでしょうか?
この二人がメインストーリーに登場する話も今後でてきますのでお楽しみに。




