5-69『間一髪』
――マズイマズイマズイ。
「そんじゃ、ここで解散っていうことでいいか?」
俺は全速力で王都にまでかっ飛ばし、王都に到着した直後、客車に乗っている三人に向けて声をかけた。
焦っていて割りと乱暴に走らせたせいだろう。客車は暴れに暴れ、シェイクされていたせいで、三人は見るからにグロッキー状態。
流石にやりすぎたと少し反省だ。
「は、ハルト君……このあと、ギルドにダンジョンクリアの報告をしに行く予定なのですが」
「あー……適当に三人で報告してくれ」
今はとりあえず一刻を争う。
ギルドに報告なんて悠長なことをしている暇はない。今は一分一秒でも早くマナの所に駆けつけたい。
マナの居場所がバレているんだ。賢者の奴らは必ずそんなに時間がかからない内にマナの元へたどり着くことだろう。
エル爺、サック、フーズの三人はほぼ確実に一緒に居ると見て良い。この三人では一介の魔族では足止めにもならないだろう。
さらに最悪なのはここにケルドが加わった場合だ。
あいつは罠攻略のエキスパート。魔王城の周りには結界が張られているが、そんなのは一瞬で突破されてしまうに違いない。さらにあいつは探し物を一瞬で見つけられる。もし、アバウトな位置しか賢者たちに伝わっていなかったとしてもケルドが居ることで一瞬で正確な位置を割り出されてしまうことだろう。
ネムナとゼルドガルは……ま、居ないだろう。あの二人が他の賢者と行動しているところを俺は見たことがない。
早く、早く行かないと。早く。
「ハルト、本当に大丈夫? 顔色悪いわよ。それに、さっきから様子も変だし。いつものハルトらしくない」
「いや、本当に大丈夫。大丈夫だから心配しなくてオーケー」
「ハルト、気分が悪い時は美味しいものを食べるべきですよ。今晩、一緒に食事しませんか? 王都で四人揃って食事する機会も滅多にありませんし」
「あ、メルちゃん良いアイデアですね! どうでしょうか。もしなにか悩みごとがあるなら、私たちに相談してくださいね?」
「あぁ、ありがとう……でも、本当に大丈夫なんだ。大丈夫だから……」
俺の様子に困ったように顔を見合わせる三人。
多分三人には俺に何かがあったということは見抜かれてしまっていることだろう。だけど、こればっかりは三人を関わらせるわけにはいかない。
三人を危険に晒してしまうというのと、俺が思うように動けなくなってしまう。それに、これは俺のわがままだから。
「……分かりました! じゃあ、用事が終わったら絶対にボクたちの所に来てくださいね。一緒に食事をしましょう」
「……あぁ、わかった。絶対に行く」
「本当に、それで良いんでしょうか」
「はぁ……ユイ、無駄よ。ハルトが今まで一度だって私たちに弱みを見せたことはあったかしら? これ以上何を言ったって、私たちを頼ってくれはしないんだから」
「ルリハちゃん、そんな言い方……」
少々棘のある台詞を口にしたルリハに対し、ユイが咎める。
だが、ルリハの言っていることは何も間違っていないため、俺は申し訳なさを抱えながらルリハの言葉を聞くしか無い。
「でも、私たちを頼らずに一人で解決するって決めたんなら、必ず失敗するんじゃないわよ。絶対に成功させて、絶対に私たちのところへ帰ってきなさい。あなたは私たちの仲間なんだから」
「……あぁ、必ず」
「ハルト君、絶対に待ってますからね」
ルリハの力強い鼓舞の言葉は胸に響いた。
本当に優しい人たちだ。――だけど今は、その優しさが辛かった。
自己都合によって勝手に行動しようとしているという後ろめたさから優しい声をかけ、鼓舞してくれているメルバード、ルリハの二人の目を見ることは出来ず、俺は三人に別れを告げ、一人、人目につかない場所から全力ダッシュをして魔王城へと向かった。
☆☆☆☆☆
走ると直ぐに魔王領が見えてくる。段々と空気に交じる魔素が濃くなっていき、むせ返りそうになるが、気力で走り抜ける。
だが、今の俺の格好はハルトのものだ。このまま突っ込んでいっても魔族たちと敵対することになってしまうし、人間が魔族を庇うというよくわからないシチュエーションとなってしまうことだろう。
だから俺は走りつつ、着替えることにした。
黒いタキシードにマント、角のカチューシャを頭に付け、魔道具で魔力の質を魔族に限りなく寄せる。そして、賢者との戦いになるであろうということで、俺の髪色が変わらないくらいにブレスレットのダイヤルを緩めておく。
これが俺、エシュドとしてのギリギリの全力状態。
カルマ・エルドライトであるということは絶対にバレてはいけない。
バレてしまったらその瞬間に俺は人類と敵対することになり、ユイたちの元へは帰れなくなってしまう。約束を果たすことができなくなってしまう。
あれほど鼓舞されたのだから失敗は許されない。
今まで色々なことがあったけど、今回の件は今までのピンチを数段飛び越えかねない程の窮地だ。
賢者たちはそれほどに強いのだ。今のマナでは絶対に勝つことは出来ないと断言できる。
――魔王城が見えた。
俺は更なる焦りを覚える。
魔王城は本来、結界に守られているため、外からじゃ視認することは不可能なはずなのだが、まだ魔王城の近くに来ていないというのに魔王城がここから見えてしまっている。
つまり、賢者たちが結界を破壊したということに他ならない。
出来れば賢者たちが魔王城に辿り着く前に足止めをしたいところだったんだが、一足遅かったらしい。
――マズイマズイマズイ。
魔王城内から巨大な魔力のぶつかり合いを感じる。
片方の魔力は恐らくエル爺だ。ここからでも見えるほどに稲妻のほとばしりが周囲を照らしている。
だが、もう片方の魔力は知らないな。もしかして、マナを守っている魔族が他にも居るのか?
分からない……何にもわからない。
思えば俺は魔王軍のことを全然知らない。
全然知らないが、あの魔力はエル爺に匹敵すると言ってもいい。俺がたどり着くまで持ちこたえてもらうことが出来れば――
「あっ」
魔力の本流が途絶えた。
一瞬、大気を揺らすような魔力の本流がぶつかりあったと思った次の瞬間には儚い花の様に片方の魔力が消え去った。
残っているのはエル爺の魔力のみ。だが、その次の瞬間にはエル爺の魔力も消失した。
あれはきっと『霹靂神』を使ったんだ。ならば、まだ勝ち目はある。
弱体化したエル爺なら、俺のこの状態でもなんとか――
全力で走り抜け、周囲の魔族たちが変な目で俺のことを見てきているが完全に無視。一目散に魔王城へと駆け抜けた。
そしてそしてそして
「っ、あそこか!」
魔王城にたどり着いた。
入ると、そこには巨大な土の壁。ケルドが作り出したのかと一瞬思ったが、きっとこれはケルドの仕業じゃない。
こんな円形に囲ってフィールドを制限するというのはケルドの戦い方じゃない。
まだマナを守ろうとしてくれている人が居るということだ。だが、マナの魔力反応が小さくなっている。非情にマズイ自体だ。
「マナを殺させてたまるかぁぁぁぁっ! 『豪拳』」
全力で壁に叩きつけた俺の『豪拳』はいとも容易く壁をぶち破り、人一人通れる大きさの穴が形成された。
そしてそのまま突っ走り、周囲を一瞥して一瞬で状況を把握する。
魔族が一人、ケルドに打ち上げられている。ケルドが相手なのだとしたら、あの魔族はすぐすぐ殺されるということはないだろうから、一旦放置だ。
それよりもまず優先すべきなのは――
「『豪拳』っ!」
マナにとどめを刺そうとしているエル爺だ。
さっき『霹靂神』を使っていたエル爺はもう暫く魔法を使えないはずだ。なら、この一撃は止められない!
エル爺は俺の拳をハンマーで殴り飛ばそうとしていたが、そんなんで止められるほど俺の拳は軽くない。
エル爺は確かに純粋なパワーだと賢者の中で一番だと思う。
だが、俺の『身体強化』の練度は賢者の中で一番だ。俺のパワーに魔法も使わずに勝てるわけがないだろう!
「か、はっ」
俺は『豪拳』を一発ハンマーに叩き込んで受け止めると、無防備になったその腹にもう一発の『豪拳』がクリーンヒット。そのまま殴り飛ばし、壁に叩きつけた。
「エシュド」
「……魔王様、遅れてしまい、申し訳ございません。エシュド、現着致しました」
昔、仲間を魔人から守れなかった俺だけど、今度こそは守り抜いて見せる。




