5-68『まだ終わらない』
――なんだなんだ、何が起こった。
ケルドは目の前で起こった事象を信じ切ることが出来ずに居た。自分の目を疑わずにはいられなかった。
なにせ、これを肯定してしまったら、ケルドには打つ手が無いから――
ケルドは一瞬たりとも目を逸らしはしなかった。エルダックが必ずマナを撃破すると信じているからこそ、エルダックのことを一瞬たりとも疑うことはせず、ガイアに集中していた。
ケルドは用心深い男である。
ゆえに、串刺しにして、暫定的にコアを破壊できているだろうと思っていても、決して油断することはない。決して目を逸らす男ではない。
だからこそ、今自分の目の前で起こった出来事を信じられないでいた。
――消えた。
ガイアはケルドが見ているその目の前でその姿を消失させたのだ。そのため、ガイアはケルドが消失するその瞬間を目視していた。
ガイアの肉体は針に串刺しにされている状態で見る見るうちに縮小していき、まるで針に飲み込まれるようにしてその場から姿を消したのだ。
ケルドも何が起こっているのか理解できず、その場に立つガイアを見つめて立ち尽くす。
ガイアにはケルドの攻撃が通用していない。その事がはっきりとわかった瞬間だった。
(だが、ぶん殴った時はちゃんと気絶していた。つまりは、俺の土属性魔法が通用していないと見るべきか。物理ならあるいは――いや、全ての可能性を考えろ。答えを焦るな。全ての可能性を考えてこの場における最善の策を考えろ)
ケルドが一番最初に考えるのはやはりエルダックを地面から掘り起こすことだ。
さすがに魔法が通用しないガイアとマナの相手を一人でするのはケルドとしても御免だ。となれば、エルダックを掘り起こしたいところなのだが――
(ま、そう簡単には出させてくれないわな)
ガイアの魔法出力がどれほどのものなのかはわからないが、ケルドが地面を操作してエルダックを打ち出そうとしても同じく土属性適正のあるガイアがそれを邪魔することだろう。
その隙にマナに攻撃されでもしたら目も当てられない。
――あれ、これって一転して大ピンチって奴じゃない?
つい先ほどまで賢者チームが優勢だった。だというのに、ガイアが復活した途端にピンチに早変わり。
さっきガイアが気絶した時にとどめを刺しておけばよかった――そう思ったとしても最早後の祭りだ。今更それを後悔したところで仕方あるまい。
それよりも、今のことを考えることに脳を使った方が余程有意義だ。
(とりあえず、まずはエル爺に復活してもらわなければ話にならない)
賢者の中で一番実力に自信が無い男だ。決して驕ることはなく、他者を頼るということにためらいが全くない。
自分一人でガイアとマナの二人を相手にするということは最初から諦め、エルダックを救い出すことに全力を注ぐ。
「ガイアくん、だっけ? 君、確かに切り札の素質あるよ。完全に僕らは意表を突かれたからね」
「ちッちッち、これくらいで意表を突かれたなんて言ってもらっちゃ困るんだゼぇ。俺のショーはまだまだこんなもんじゃねぇんだゼぇ!」
「あぁ、そうだと思ったよ」
ガイアの姿が消失した。
というよりも、地面に吸い込まれたようにガイアは見えた。だが、ガイアはその事象がさも当然の様に思考し、地面を靴裏で叩く。
――針の中に潜れるなら、それが出来るのは自然の事だよね。
「悪いんだけど、そこは海水浴場じゃないからさ、出てってくれないかなぁっ! 『重力波』」
足裏から地面に衝撃波が伝わる。
本来であればこんなこと何の意味もない。地面に衝撃波を伝えたところで相手にダメージを与えられるわけじゃないのだ。
だが、今回ばかりは違う。本来はやらない使い方だが、ケルドには冒険者として、魔法使用者としての凝り固まった認識というものが存在しないのだ。
だから――
「どうわっ!?」
「そこだね」
地面からガイアが跳ね上げられた。
ガイアが出てきた地面はまるで水面の様に揺れており、目がおかしくなったのかと一瞬疑いそうになるのだが、ここからガイアが出てきたということは間違いなくこれがガイアの切り札の効果、ということなのだろう。
「なるほど、地面を水の様に自在に泳ぐことが出来る力か。そりゃ僕でも魔力を感じれないし、針で串刺しにしようが生きていられるわけだ」
どれほど土属性魔法で生き埋めにしようと、叩き潰そうと、奴は周囲を水に見立てて自由に泳げるのだ。しかも、先ほどの針に潜っていったのを見るに、その土の量に関しては関係が無いのだろう。
ほんの少しでもあれば、アレは地面に潜ることが出来る。
「私の事も忘れないでよね!」
そこでマナが魔剣を構え、ケルドに急接近。
ケルドとしてはこのままガイアに畳みかけ、ガイアを何とかしたいところだったが、そんな悠長なことをしている間にマナが攻撃をしてくるだろう。
さっきのはエルダックだからこそ攻撃を受け切れたが、ケルドとしてはあの一撃を受けることは御免被る。
「『土流怪宴』」
地面を強く靴裏で叩くと、ケルドの足下から土の触手が出現し、マナに襲い掛かる。
「今の私には『ノヴァ』がある! 『絶界』」
「本当に厄介な剣だよね」
しかし、ケルドの攻撃は全てこの一撃に切り伏せられ、無に帰した。
今のマナにはいかなる魔法も通用しない。マナの『ノヴァ』の前にはほとんどの魔法が無意味になる。
マナの進行は止めることが出来ない。
(最初から考えれば分かることだった。別に、僕が止める必要もない。そもそも焦る必要もない。僕はなにを考えていたんだろうな。あの人は僕が心配するような器じゃない。僕がこうしてちょっと地面を操作して緩くしてあげるだけで問題なかったんだ)
マナとケルドの距離はあとほんの少し。ほんの少しマナが前に出ればケルドに剣が命中する距離にまで近づける。
ケルドはその場から動こうとしない。マナの方を一切向こうとはしない。ただただ、宙を舞うガイアのその姿を目で追っている。
「っ、これで――」
それはまるで爆発のようだった。
地面が一気に破砕し、強烈な衝撃波が二人を襲う。そう、ケルドが最初から心配する必要なんてどこにも無かったのだ。
この程度でくたばるのならば、彼は今、賢者をやっているわけがないだろう。
「がっ」
いつの間にか目の前にまで迫ってきていた大槌がマナの無防備な胴に叩き込まれ、そのまま殴り飛ばされた。
その勢いを殺しきることは出来ず、壁に激突し、その場に落下。ぐったりと前のめりになって倒れ込んでしまった。
完全に油断していた。
マナを殴りつけた人物、それは正しくエルダック・ヴォラキュリア。先ほどガイアによって生き埋めにされたと思われていたその人物がなぜか自力脱出をし、そこに立っていた。
そして――
「もう地面には潜らせないよ」
落下する前にガイアの落下予測地点にまで走り込み、そして落下と同時に『身体強化』を使用して蹴り上げ、再び上空へと打ち上げて見せた。
「ま、魔王様ぁぁぁぁぁぁっ!」
今のこの状況ではガイアにはマナを助けに行く手段は残されていない。
土属性魔法主体で戦うのだから、その肉体が地面に触れていないと力を発揮できない。そんなこと、同じく土属性魔法主体で戦っているケルドが一番よくわかっている。
このままガイアを地面には触れさせずに倒すつもりだ。そして、マナは今のダメージで動けなくなっている。
ケルドからエルダックに『封魔石』が投げ渡された。
正真正銘、大ピンチというものだ。
「はぁ、はぁ……う、ぐっ」
マナは充分弱っている。『封魔石』の発動条件は整っていると言っていい。
「お主の率いる魔王軍、なかなかなものだったぞ。人間だったならばお主らのような戦力は冒険者として重宝されていたであろうな」
「それは、どうもっ」
「だが、わしらは相容れぬ存在。これも運命というものだ」
エルダックの手に掲げられる『封魔石』。
それがマナにとっては取んな代物なのかは皆目見当もつかなかったが、それが自分への切り札であるということは何となく理解できた。
それを使われたらおそらく自分は完全にこの世から姿を消すことになるのであろうと、感じ取った。
でも、もうどうしようもない。もう誰も助けてくれない。
マナが今ここからどれだけ逃げようと、逃げ切ることは不可能だ。
「…………さらばだ。マナ・デスト」
ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!
爆散した。
ガイアが作り上げたその壁が一部爆散した。頑丈な壁の一部に穴が開き、賢者二人が唖然としている間に、その穴を通り抜け、一人の影がフィールドに侵入した。
そしてそのままエルダックへと一直線。
さすがにこれは『封魔石』を使っている場合ではないと判断し、ポケットに仕舞うとハンマーを構え、それを侵入者に向けて全力で叩きつけた。
衝撃波が放たれた。
エルダックは目を見開き驚愕する。その人物をエルダックは殴り飛ばすことが出来なかったのだ。とてつもないパワーによってほぼ同じ力をハンマーに叩き込まれ、その場で停止した。
そしてそのままその影はエルダックへと肉薄し――
「『豪拳』っ!」
その鎧かと思ってしまうほどの腹筋にその拳は叩き込まれた。
「か、はっ」
エルダックの肉体はそのまま殴り飛ばされ、壁に激突。ハンマーを地面に立て、杖代わりにしてその場に立った。
そのエルダックの鋭い瞳が侵入者へと向けられる。
その男は角が生えており、黒髪。魔族らしき特徴を兼ね備えている。
――まさか、幹部以外にもこれほど強い魔族が存在していたのか?
その一撃の衝撃はハルゼンの物を上回っており、殴りつけられた腹をさするエルダック。
対して、マナはエルダックとは全く違う意味で驚愕していた。
この場所を幹部のみんなが守っているというのは分かる。だが、殆ど魔王城に滞在していないはずの暗部の一人がなぜこんな場所に居るのか。
暗部で魔王城に居座っているヴァルモダがイレギュラーだというのに。なぜかその男はこの場面に駆けつけることに成功していた。
「エシュド」




