5-66『なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで』
実力差がありすぎる。
マナの攻撃では一矢報いることは疎か、このままでは討伐されてしまうのも時間の問題。
これほどまでに実力を失ってしまい、情けなく感じてくる。これがかつて、勇者と渡り合った魔王の姿なのだろうかと。
賢者たちもそんな事は分かっているからこそ早めに仕掛けてきたのだ。全盛期の力を取り戻したマナがどれほどの力になるか分かったものじゃないから。
危険な芽は早めに摘んでおく。これぞ定石。
「はは、はっ」
笑えてくる。惨めすぎて笑えてくる。
こんな魔王が世界のどこに居るだろうか。こんなにちんちくりんで、か弱い小動物の様な魔王。
人類のトップには遠く及ばず、今にも討伐されそうになっている。ケルドとの戦いも勝負にすらなっていないと言っても過言ではないだろう。
攻撃をなんとか間一髪で防いだりはしているものの、一撃たりともケルドにダメージを与えることは出来ていない。
それも、先程ハルゼンの『エクスプロージョン』で大ダメージを受けて調子を崩しているであろうケルドにさえ子どものように扱われている。
「おいおい、泣いてんのかよ。これじゃ、僕が子どもを虐めてるみたいじゃないか」
「――えっ?」
言われて気がついた。
マナの眼からは大粒のナミダがボロボロと溢れ出してきている。抑えようと思っても抑えられるものじゃなく、逆にどんどんと溢れてきた。
――なんで。
――なんでなんで。
――なんでなんでなんでなんでなんで。
なんでこんな目に遭わなければいけないのだろう。
賢者たちが来なければ今日も平和に一日を過ごし、また明日にでも人間の街へ観光に行くつもりだった。
エシュドもマナと同じく人間の街に観光したりしているとの話だから、もしかしたらエシュドとまた会うかもしれないなどという楽しみを抱いていた。
それがどうだ。
いきなり命のやり取りの現場に放り込まれたのだ。
それも、自分じゃ絶対に敵わないような強大な相手。絶望の淵に立たされた。
よく今まで耐えたというものだ。誰だってそうだ、誰だって突然こんな状況に立たされたら精神の限界が来るというものだ。
それが涙となって現れた。それだけの話。
「なんで……なんであなたたち人間は魔族を殺すの」
「なんでって言われてもなぁ……」
「魔族は人間を殺すからだ」
言い淀むケルドの代わりにエルダックが答えた。
「あなたたちだって魔族をいっぱい殺してきた……何が違うの? ねぇ……どうしてこんな戦いが始まったかあなたたちは把握してるの? どうして人間と魔族が争い合うようになったのか、理解してるの? 私たち魔族を根絶しなければいけないという根拠はどこかにあるの? ねぇ……教えてよ。私に教えてよ。どうして戦わなければいけないのか、教えてよ!」
まるで癇癪を起こした子どものように泣きじゃくりながら訴えるマナ。
爆発したマナの感情を浴びせられたケルドはバツが悪そうにマナから目をそらした。ケルド自身にもマナと戦う理由というのはどこにもないのだ。
ただエルダックや国のお偉いさん方に言われているから魔王討伐をしようとしているだけ。
そんなことがなければケルドだってただただ遺跡探索に注力していたいところだ。
それに、思いがけずマナのこの必死な訴えはケルドの心にダメージを与えていた。
もともとマナの討伐は乗り気じゃなく、さらに少女のように見えるマナと戦うことには抵抗感すら覚えていた男だ。
それが目の前で泣かれてしまえば更に攻撃しにくくなってくる。ケルドからしてみれば気まずいどころの話ではない。早くこの場から消え去りたいほどだ。
しかも、この状況を自分が作り上げてしまったというところも大きく関わってくる。心が蝕まれていく。
思わず「帰りましょうよ、エル爺」と言う言葉を口にだしてしまいそうになるが、口に出してしまえば最後、エルダックに抱えられている大槌が牙を向くこととなるだろう。
「……魔族は人類へ牙を向く。それだけでわしらが魔族と戦う理由としては充分だ。ケルド、甘えは出すな」
「へいへい……人使い荒いなぁ」
結局ケルドに戦う以外の選択肢は残されていないのだ。
地面に倒れているマナにゆっくりゆっくりと近づいてくケルド。そしてケルドは自分の精神を落ち着かせるために自分に言い聞かせる。
別にこれは少女を殺すわけじゃないから。ただ封印するだけだから、何も命を奪うわけじゃないからと。
「じゃ、魔王ちゃん。そういうわけだからさ……大人しくやられてくれると僕としてもありがたい。あまり君を傷つけるというのは本意じゃないからさ。でも、これ以上抵抗するというのなら、僕は更に君を痛めつけることになってしまう。僕は嫌だからね」
エルダックから投げ渡された『封魔石』を手に握りしめ、マナへと近づいていく。
ケルドだけが正確に理解している『封魔石』の使い方。
こいつに魔力を流し込み、相手の本名を頭の中で唱えることによって近くに居て、尚且つ顔がイメージの顔が一致していれば発動できる。
この中にマナを封印することが出来る。
ただし、相手がピンピンしている状態だと失敗してしまう可能性があるから、出来る限り弱らせる必要がある……。
(これだけ心が弱っていれば充分か)
もうマナには抵抗する気力も残されていないと思われる。
魔力を『封魔石』へ流し込み、最後にマナの顔を凝視した。自分の脳内に刻みつけ、イメージする。
後はもう『マナ・デストラーラ』という言葉を唱えれば封印完了だ。
「さようなら、マナ・デストラ」
瞬間、ケルドの身体は遥か上空へと打ち上げられていた。
見ると、ケルドの立っていた地面はまるで拳の様に盛り上がっており、殴り飛ばされたのだということが理解できた。
そして宙を舞うケルド目掛けて迫る人影が一つ――
「さッきは良くもやッてくれたゼぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
人影の片腕には土塊が纏われている。
この状況はマズイ。ケルドは完全に意表を突かれてしまった。今ここで操る事ができる土も無いし、ケルドは土属性以外の魔法に関してはめっきり使えない。土属性に全てを注いだ魔王人生だったのだ。
ケルドがその一撃を防ぐすべなどどこにもなかった。
「地に堕ちるがいいゼぇ! 『土塊豪拳』」
上から叩き込まれたその一撃によって勢いよく叩き落とされる。
真下へ目を向けてみると、そこには大量の棘が――さっき自分がマナに対して行った戦法をまるっきりトレースされたということだ。
やられた――そんな呑気なことを考えている場合じゃないというのに、ケルドの脳を走ったのはそんな軽い言葉だった。
この状況、ケルドにはもうどうしようもない。このまま串刺しになるしか無い。だけど、ケルドは信じていた。
あの男が目の前で人が死にそうになっているのを無視するはずがないということを。
「『雷震』」
巨大なハンマーが地面へ叩き込まれた。
その瞬間、地面が大きく揺れ、作り上げられた針地獄が崩れ、均されていく。
そうだ、エルダックが人を見捨てるわけがない。この男は仏頂面ではあるが、人を見捨てるほど冷めているわけでもない。
「すみません、助かりました」
「油断をするな。あの魔族はまだ倒せたとはいい難い状況だったんだからな」
「うっす」
「今ので殺せたと思ッてたんだゼぇ……じゃまするんじゃないゼぇ、おッさん」
「ほう……わしに対しておっさんとは、肝が座っているようだな、魔族よ」
「そうだゼぇ。俺は魔族一番の肝ッ玉ッて有名なんだゼぇ」
マナを守るようにして地面に降り立った魔族。
それは間違いなく先ほどケルドに殴り倒されてのびていたはずの魔族で、もう既にピンピンしている様子だった。
さっきの大量出血はどこへやら、傷一つ見つからないほどに綺麗に全回復している。
鋭い目はケルドとエルダックを見据えており、牙をキラリと輝かせ、指をどどーんと突きつけた。
「俺が復活したからにゃ好きにはさせねぇゼぇ。そのミミズみてぇに小せぇ脳みそに刻み込メぇ。恐れおののけ、あんたらを倒す俺ッ様の名ハぁ! ガイアッだゼぇ」
はい、ついにガイア復活です。
ただ心配なのは今までの席数を数えたら分かると思うんですけど、ガイアって第五席なんですよね。
バルゼットよりも席順が後ろですが、大丈夫なんでしょうか?
次回をお楽しみに。




