5-64『ラスト一人』
ハンマーを下ろし、「はぁ……」と一息つくと、マナへと向き直った。
マナに緊張走る。もう暫くは魔法が使えないだろうが、それでもハルゼンとの戦いを見ていたマナにとっては絶望でしか無い。
結局自分が戦いに加わったとしても、何も出来なかった。ハルゼンを助けると言っておきながら何も出来なかった。
二人の戦いに戦慄してしまっていたから。
賢者、眼の前に居るのは紛うことなき正真正銘の賢者。
息が詰まりそうな思いだった。賢者と言う存在を前にすると足が震えてきて、呼吸もままならなくなる。
ここに来たその瞬間でさえ、マナは内心心臓バックバクで今にも倒れてしまいそうになっていたというのに、ハルゼンとエルダックの決戦を見て、その恐怖が身体の芯にまで響いてきている。
マナには賢者と言う人たちにいい思い出というものが一つも存在していない。
初めて出会った賢者、カルマ・エルドライトには為すすべ無く捕縛され、あわや食われそうになる。
そして今、エルダック・ヴォラキュリアと言う賢者の圧倒的な力を目の当たりにした。
気絶してしまいそうなところを必死にこらえていた。
ここで自分が倒れてしまえば、みんなが頑張ってくれていたのが全て無駄になると思ったから。
「ふぅぅぅぅっ! ふぅぅぅぅっ!」
落ち着こう落ち着こうと意識すればするほどにどんどんと悪い方向に思考が向かっていく。
加えて、大切な部下たちが全員やられているこの状況で落ち着けと言う方が無理な話だった。
「残すは魔王、お主だけだ……。剣を構えているということは、覚悟はできておるのだろう?」
出来ていない。出来ているわけがない。
だが、進むしか無い。時間は巻き戻ってくれたりはしないのだから。進む一方なのだから。
どうせエルダックはマナを逃がしたりはしない。それならばなぜこんな場所に来たのかという話になってしまう。
エルダックはマナを倒すためにここまでやってきたのだから。
「ごめん、エル爺……お待たせ」
最悪だった。
最悪のタイミングでもう一人の賢者、ケルド・ハムバーズが復活してしまった。
さっきまで激痛に悶えていたはずだと言うのに、ポーションをがぶ飲みして激痛を誤魔化して立ち上がった。
「はぁ……こんなことばかりやってたらストレスで白髪になっちゃうよ」
「もう少し頑張ってくれ。後は魔王を倒して終わりだ」
「え、マジ? あのハルゼンとか言う魔族倒したんだ〜。さっすがエル爺だ。僕には真似できないなぁ」
「お主は出来ないと言うよりもやる気が無さすぎるのが問題だと思うのだが?」
「やっべ、何も言い返せねぇ」
マナ一人になってしまったこのタイミングでの賢者との二対一。
額から汗が滲み出してくる。全力でマナの危機感知能力が警告を鳴らしている。今すぐに逃げろと、そう叫んでいる。
逃げる気はない。ここで部下を置いて逃げる気はないのだが、たとえ逃げようとしても二人の賢者が相手ではそんな事出来るわけがないだろう。
「――あ〜、エル爺は休んでていいっすよ」
「む? それはどういうことだ?」
「エル爺、さっきの戦いで『霹靂神』使ってたじゃないっすか。だから、魔法も使えないんだし、あとは僕がやっときますよ」
「魔法が使えないくらいどうということはないが」
「あー、あんたならそう言うだろうけど、そこは僕も譲れないところなんで、ここは僕に任せてくだせぇ」
なんだかバツが悪そうに笑いながら言うケルドに不気味なものを感じつつもエルダックはそこまでケルドが言うならばと渋々頷いた。
もちろん、ケルドがそう提案した理由というのはエルダックを気遣ってのことじゃない。
彼の性分からしたらエルダックなんてどうなろうが知ったこっちゃない。ほとんどありえないことではあるが、もしエルダックらが戦死したとしても恐らくケルドは「へ〜、そうなんすか。意外っすね」で済ませることだろう。
ならば、どうして今回この様な提案をしたのかと言うと、これまた彼の性分が関わってきている。
彼は冒険者になりたかったわけではなく、遺跡探索者をやりたかっただけなのだ。つまり、冒険者意識というものが人一倍欠けている。
眼の前に居るマナと言う少女を魔族だから討伐しなければいけない対象とは分かっているものの、それとは別に心苦しさのようなものも感じていた。
(さっきまではハルゼンとか言う魔族も居たからエル爺と共闘するのもありではあったんだけど、この少女を前にすると魔王だと分かっていても、複数人で攻撃するのは憚られるんだよなぁ。これを正直に言ったらエル爺に叱責されるから言わないけど)
戦わないという選択肢は存在していない。
サボっていたらサボっていたであとでエル爺に叱責されることが決まっているのだ。ならば、どうにかして自分一人でマナと戦ったほうがまだ気が楽だと言う話。
どうしようかと考えていた矢先、エルダックが魔法を使えなくなるという都合が良すぎる状況が発生したため、ケルドはそれを利用することにした。
「――というわけで、君の相手は僕がするよ」
「……面倒ならば、帰ってもいいのよ?」
「いやぁ、そうしたいところはやまやまなんだけどさ、そうも行かないらしいんだわ。だから、君を倒してから帰ることにするよ」




