5-63『神話』
ハルゼンは消えた。
エルダックの胸に突き刺されていたはずの刀と共にその姿はエルダックの正面から消失し、大槌は無の地面を叩き割る結果となってしまった。
『変速』による超速移動とはまるで違う。エルダックもハルゼンが動いたと言う気配を微塵も感じることが出来なかった。
ただあったのは、最後にハルゼンの瞳の中にある時計が淡く光ったということだけ。
その直後、ハルゼンは忽然と消失した。
だが、エルダックは感じ取っていた。今ハルゼンがどこに居るのか、そして何をしようとしているのか。
「恐らく――一般の冒険者であれば、対処は不可能であっただろうな」
「やっぱり、不意打ちは通用しないか」
頭上から降り注いだ狂刃。それは振り上げた大槌によって阻まれてしまった。
この一撃はエルダック相手には通用しないことくらいハルゼンもいい加減理解している。エルダックを今までの冒険者と同じ物差しで測ってはダメだということも理解している。
奥の手、プランa、プランb、プランc、といくつものプランを用意し、周到に挑んだとしても、そのすべてのプランを破壊し尽くしてくる――それが賢者エルダック・ヴォラキュリアと言う男なのだと。
今までハルゼンと戦い、ここまで耐えきれた者は誰一人として居ない。
まさに人類の盾、最強の矛の一柱としてふさわしいと思わず称賛したくなってくるほどの強さだ。
「『変速』っ!」
再び空気を掴み、エルダックへと投げつける。この空気に『変速』を付与して、威力を増強。
直撃したら突風なんて話にならないほどの強烈な衝撃が襲いかかる。
それについては先程エルダックがその身を持って経験済みだ。まさに空気の砲弾と言ったところだろう。
「『雷爆』」
だが、その様な一撃すらも止めてみせるのが賢者。
一度見た攻撃には直ぐに順応し、『雷爆』を叩きつけることによって空気の砲弾を相殺。更に爆発による爆風でハルゼンの肉体を吹き飛ばす。
「『壊雷』」
地面に大槌の柄を突き立てると、その両手に雷を纏わせ始めた。
今まさにエルダックは自由に動けない状態のハルゼンに向けて超級魔法を放とうとしている。
このままでは最大級威力の魔法がハルゼンを襲い、勝負が決まってしまう。
自分が敗北してしまったら、いったい誰が魔王様を守るのだろうか。
今この状況で、他に誰を頼ることができようか。否、この場に頼ることが出来る相手なんてどこにも居ない。
(この爺さん、射出系の魔法は魔王様にぶった切られるって分かってるから、使っていないはずなのに、何でこんなに強いんだよ)
――やはり、ここで負けるわけには行かない。
「っ! 『停止』」
瞬間、世界が停止した。ハルゼン以外の存在、全ての時間が停止した。
そう、『時の支配者』のもう一つの能力、それは時間停止能力。ハルゼン以外全ての時間を停止し、ハルゼンはこの時が止まった世界を自由に動けるという一見最強にも思える能力。
だが、これを維持できるのはせいぜい二秒程度。
これを維持するというのは肉体への負担が非情に大きいのだ。
故に、二秒以上維持するということは出来ない。つまり、やらなければいけないことはこの二秒以内に終わらせなければいけないということだ。
絶対にエルダックにあの魔法を発動させてはいけない。
魔法の発動を今すぐに止めるんだ――
「は?」
ハルゼンの下半身が吹き飛んだ。
走り、エルダックへ肉薄した瞬間に下半身が吹き飛び、そのまま地面に倒れ込んでしまった。
あぁ、そうか。自分は罠にはめられたのだと、この時ようやく気がついた。
二秒が経過し、世界の時間が正常に進み出す。それと同時に、ハルゼンの肉体を破壊したと思われる爆発がハルゼンの肉体を襲い、吹き飛ばされた。
罠は触れてしまえば時間を停止していても起動する。ただ、ハルゼンの肉体への影響と実際の発動には少々ラグが発生してしまい、先に時間停止中のハルゼンの肉体に影響が生じ、時間停止が解除された後、本命の効果が発動する。
時間停止するのもリスクが有る。なにせ、今回のように爆発系の罠だった場合、二連続でダメージを受けることになってしまうのだから。
「やはり、お主の力、それは時間停止、だったのだな。罠が動くかどうかは賭けだったのだが……その様子だと上手く行ったようだ」
エルダックは気がついていた。
ハルゼンの切り札が時間停止なのではないかと。いや、気がついていたと言うよりかは疑惑があったという方が正しい。
だからこうして罠を使ってハルゼンの能力を突き止めた。
エルダックの観察眼を逃れることは誰一人として出来ない。
ハルゼンは迂闊にもエルダックの眼の前で時間停止を多用しすぎたのだ。故にエルダックに考察する余地が生まれてしまった。
仮に今ここで時間停止を初お披露目していたらエルダックは為すすべ無くハルゼンの狂刃の前に倒れていたかもしれない。
今こうして立っている人、倒れている人が真逆になっていたのかもしれない。
だが、それらは全てかもしれないという可能性の話だ。今はこうしてエルダックが立ち、ハルゼンが倒れている。
それが今の全てだ。
ハルゼンは死なない。死なないと決めたら絶対に死なない男だ。
この男はそう出来ている。だから、死ぬことは有りえない。
吹き飛ばされた下半身が再生してゆく。それもありえないほどの速度で、まるで何事もなかったかのように。
「お主、もしやアンデッドか?」
「はぁ……はぁ……それをあんたに答える義理はないよ。ぼくが言うことを聞くのはそこに居る主だけだからね」
「ハルゼン! もう良いから、無茶は――」
「すみません、魔王様。やっぱり、ぼくは魔王様の命も聞くことは出来なさそうです」
だって、魔王様が死んだら弟が悲しむだろうから。
「『霹靂神』」
両手を合わせたハルゼン。
その肉体にはやがて稲妻が纏われていき、その姿は雷の甲冑を身に着けた様な姿へと変化していく。
その手に握られているのは一振りの長刀。雷によって強化されたそれは、どんな強固な守りをも突破する。
超級魔法――雷属性魔法の究極奥義とも呼べる魔法だ。
「使用したら暫く魔法が使えなくなってしまう。その覚悟があっての行動なのだとしたら、わしもそれに応えないわけには行かないだろう……『霹靂神』」
次に発動したのはエルダック。
同じ様に両手を合わせると、エルダックの肉体に雷が纏われていき、雷の甲冑を身に着けていく。
似たような容姿だ。お互いに雷で象られた甲冑を着用し、強大な力を放っている。唯一違う点と言ったら、その手に握られている武器だろう。
エルダックの手には雷で強化された大槌が握られていた。だが、それもさっきまでの大槌とは違い、雷によって更に巨大に、凶悪さが五割増しとなっている。
二人の『霹靂神』が睨み合っているこの圧力。一般人が当てられたら失禁してしまうこと間違いなしだ。
神と神の戦いと言っても過言ではない。
まるで神話の大怪獣決戦だ。
「この一撃に全てを込める」
「ならば、わしもこの一撃にてお主の本気を受けよう」
瞬間、稲妻走る。
落雷の様な轟音と共に駆けた二人の一撃は丁度中心にて相まみえ――
「『ミカヅチ』」
ハルゼンの狂刃が、
「『ミョルニル』」
エルダックの大槌が激突した。
周囲に凄まじい衝撃波が撒き散らされ、危うくマナも吹き飛ばされそうになってしまうが、なんとか踏みとどまる。
しっかりとその眼に部下の勇姿を焼き付けた。
(あぁ、もしかして、私と勇者の戦いってこんな感じだったのかな)
マナと勇者■■■の戦いとは違う点がいくつも存在する。
一つは二人共剣であったということ、一つは互いに光属性と闇属性の技をぶつけ合っていたこと。この他にも色々違いはあるものの、そのぶつかり合いに既視感を抱いていた。
あぁ、世界とはなんと残酷なのだろうか。
全てが思い通りに行くことなんてまず無い。守りたいという強い感情を抱いていたからと言って、必ずしも守れるというわけじゃない。
でも、人は足掻く。足掻いて足掻いて足掻き藻掻いて、理想の未来を掴み取ろうと奔走する。
「あがぁっ」
ハルゼンの『ミカヅチ』は敗北した。
押し切られ、『ミョルニル』に殴り飛ばされてしまったハルゼンは壁に激突し、そしてついにその強固な壁をぶち抜き、城外に落ちてしまった。
今の一撃でエネルギーを使い果たしてしまったのだろう。エルダックの『霹靂神』が解除され、エルダックは暫く魔法が使えなくなった。
だが、それでも魔王討伐において、一番の障害であるハルゼンをこの場から追放できたというのはあまりにも大きすぎた。
きっとハルゼンもこうなることは分かっていたはずだ。
エルダックには勝てないと。エルダックは自分たち以上の化け物なのだと。
でもそれでも、主のため、弟のために戦い抜いた。
マナは見ていた。
ずっとハルゼンの戦いを見ていた。恐怖で足が震えながらも一秒たりともハルゼンから視線を外すということはなかった。
そんなハルゼンの勇姿に、マナは人間臭さを感じ取った。
『ミカヅチ』と『ミョルニル』は『霹靂神』が前提です。
『霹靂神』を使用してやっと使えるようになる技ですね。




