5-62『速度』
もし、今のマナに全盛期ほどの力が宿っているのであれば、二人の戦いに追いすがるということも、もしくは二人を大きく超えた力を発揮できていたやもしれない。
だが、今のマナには全盛期の1/10程度の力も残されていない。
正直、魔剣『ノヴァ』ですらなぜ今のマナに応えてくれたのか疑問に思うレベルである。
故に、今のマナの目では超高速で動きぶつかり合う二人の姿を追うということは不可能であった。
音速で動くハルゼンに対して雷を駆使し、最低限の動きのみでハルゼンの攻撃をいなすエルダック。
オルターンでガラドと戦った際に、善戦できていたため、マナは期待していた。少しでも全盛期の力を取り戻せているのではない――と。
そんな都合の良いこと、あるはずがなかった。
確かに復活した時と比べたら強くなっているだろうが、全盛期程の力は一朝一夕で取り戻せるような簡単な力ではない。
ありとあらゆる面で、まだ魔族としては未熟なのだ。
前世の記憶があるからと言って、そこはどうにもならない。
ずっと戦い方を身体に教え込んできていたハルゼンとエルダックには未だ遠く及ばない。
「――ぬんっ」
ハルゼンが突っ込んでくる位置を予測して放たれる大槌フルスイング。
それはドンピシャだったようで、ハルゼンは慌てて飛び退いた。あのまま突っ込んでいたら間違いなく殴り飛ばされていたに違いない。
二人の緊張感はマックスだ。
互いに、眼の前にいる相手は自分と同等、もしくはそれ以上の力を持っているのかもしれないと考え、警戒している。
エルダックも今の力を得てからこれほど自分と対等に渡り合う相手と戦うのは初めてだが、貼るゼンもハルゼンとて『時の支配者』『変速』を使用した状態に対応してくる相手は初めてだった。
最初こそハルゼンが一方的に攻撃しているように見えたが、それら全てを受けきった上で、エルダックは徐々に順応してきている。
ハルゼンのスピードに肉体が、眼が慣れてきている。
そろそろ単純に攻撃していたんじゃエルダックに攻撃を届かせることは出来ないし、なんだったら反撃すらされ始めている。
初めて賢者と戦っているハルゼンだが、その賢者の化け物ぶりをその身を持って味わっているところだった。
だが、ハルゼンとて自分の能力がこの程度だなどと見切りをつけられてしまっては困る。まだハルゼンが見せているのはただの力の一部に過ぎないのだから。
この程度の力ならばガナンだって適応してくることだろう。あのバトルジャンキーはその程度のことはやってのける男だ。
それならば何がハルゼンを魔王軍幹部最強足らしめているのか――
「ねぇ、爺さん」
「なんだ」
「空気に殴られたことって、ある?」
「――? うむぅ!?」
それは強風と呼ぶにはあまりにも打撃的な一撃だった。
ハルゼンが空気を掴み、何かを投げるような動作をした直後、見えない塊に激突されたエルダックの肉体は吹き飛ばされる。
直ぐに気づいた。これは、風だ。腕を振るうことによって風を起こした。だがしかし、腕を振っただけでこの威力――
「さぁ、休んでいる暇はないよ! その老体に鞭を打って、ぼくに順応して見せてよ!」
「それが、お主の力というわけか……どうやらわしはこれでもお主を低く見積もっていたらしい。謝罪させてもらおう」
「じゃあ、その償いは、あんたのその命で支払ってもらおうか!」
吹き飛ぶエルダックに容赦なく繰り出されるハルゼンの閃光のように鋭い刺突。
エルダック以外だったら今の一撃で終わっていたかもしれない。だが、こともあろうにエルダックはその不安定体勢のまま刺突をハンマーで受け止め、そのまま受け流してハルゼンを刀ごと地面に叩きつけてしまった。
流れで体勢を立て直したエルダックの手に握られる大槌が地面に叩きつけられて動けなくなっているハルゼンへ襲いかかる――が、寸前に転がることによってその一撃を回避。
ハルゼンの額には大粒の汗が湧き出していた。
「どうやら命を支払うことになるのはお主のようだな」
「はっ、言ってくれるねぇ。うぐっ」
一度立ち上がって刀を構え直したハルゼンだったが、強烈な激痛を右足に感じ、その場で膝をついてしまう。
ズボンの裾を引っ張り上げてみると、右足は真っ黒に焦げていた。
いつやられてしまったのだろう。ハルゼンが気がつく間もなくいつの間にか受けていた雷によって足を焼かれてしまっていた。
その激痛が今来たらしい。
――エルダック・ヴォラキュリア。
魔族の間でもその名は各所に轟いている。
曰く、見つかったら逃げられない。曰く、絶対に勝てない。曰く、残忍である。曰く、曰く、曰く、曰く、曰く。
その噂は上げだしたらキリがないと言うほど。
ハルゼンだって当然エルダックの名は聞いたことがある。
だからこそ、ヴァルモダの口からその名が出た時には肝を冷やしたものだ。
弟が最強の殺し屋に狙われたというと、そうなるのも当たり前だろう。
その存在が今、ハルゼンの眼の前に居る。
様々な噂が飛び交っていた。だが、実際に目の前にしてみた感想としては、
――それでも過小評価じゃないか。
噂よりも速かった、噂よりも強かった、噂よりも思い切りが良かった。
落ち着け。
ハルゼンは今、魔王様を守らなければと言う焦燥感で冷静さを欠いている。
そんな状態では守りたいものも守れなくなってしまう。
相手がどんなに強くとも、ハルゼンは弟と魔王様を守るために戦わなければいけない。ここで戦慄している場合じゃない。
いつの間にか足の痛みは消失していた。
ハルゼンの肉体は自動的に超回復をしている。どれだけ傷つけられたとしてもたちどころに回復し、再び戦うことが出来るように――
『変速』『変速』、そうだ『変速』だ。
まだこの技には活用のしかたがいくらでも存在している。エルダックに見せたのはそのほんの一部のみ。
ハルゼンには賢者をも超えうる手札がいくらでも揃っていた。
「――『斬雷』」
「んぐっ」
立ち上がりと同時に放たれる雷の斬撃。それに『変速』を上乗せすることによって、急加速する狂刃の完成だ。
刃がエルダックの皮膚を焼き切る。だが、深部に到達するにはエルダックの魔力防御が邪魔だ。
――あんたは恐らく、ぼくが速くなったように見えただろう。
だけど、ぼくからしてみればあんたらのスピードが遅くなったように見えたんだぜ? なにせ、この『変速』というものは、指定したものの時間の進みを変更するものだからな。
「なっ」
「つまり、こういうこともできる」
突っ込んできたハルゼンに合わせるように大槌を振るったエルダック。だが、その一撃は空を切る結果となってしまっていた。
エルダックが大槌を振るったその場所には未だ、ハルゼンは到達していなかったのだ。
刺突の構えだ。
エルダックの胴を狙ったその一撃。
「なぁ、知ってるか? 速さは重さなんだ」
普通に素早く刺突したんじゃ筋肉を斬ることは出来ない。
ならば、『変速』の重ねがけだ。だが、通常、一つの対象には一回しか『辺ソック』は適用できない。
でも、ハルゼンと刀と言う別個体ならば話は別だ。
ハルゼンが『変速』で加速しながら放った突きの一撃。それに被せるようにして押し出される刀に『変速』を上乗せする。
まず間違いなく、ハルゼンの手が刀の速度アップについていけず、手からスッポ抜けるであろうが、そんな事は気にしていられない。
今ハルゼンが出せる最高火力の一撃。
「『二刻転牙』」
エルダックの肉体に触れる寸前に更なる加速をする刀。
ハルゼンの手からはスッポ抜け、エルダックの肉体を切り裂かんと襲いかかる。
ついに筋繊維を捉えた。エルダックは肉体を魔力で強化しているゆえに、皮膚を切り裂くことだってままならない。
だが、筋繊維を断ち切ってしまえば、その奥底には心臓が――
「はぁっ!! んぐぅっ!」
「は?」
エルダックは力んだ。
全身の筋肉がまるで鎧かと思ってしまうほど肥大化するくらいに力んだ。
ハルゼン懇親の一撃はただ力んだエルダックの筋肉に阻まれてしまい、心臓に達することは出来なかった。
「『雷震』」
刀が手元になくなってしまった今の状態で繰り出されるエルダックの一撃。
ハルゼンには反撃する手段が無くなってしまった。今のこの状況からエルダックの胸から刀を抜き、カウンターを仕掛けるというのは不可能。
だからこそ、むしろ今の一撃に関してはエルダックが受けてみせたといったほうが正しいのかもしれない。ハルゼンから武器を失わせるために――
雷の化身が拳を構え、ハルゼンを叩き潰さんとしている。
絶望的な状況。
ハルゼンは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。そして、
「『停止』」




